業々延々

コタツの上

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業々延々

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 ――あぁ、クソ。ダメだ。
 毒づいた声はゴミと自分しかいない部屋に響き、ヘッドホンに遮られて曇った。
 ちょっとした天啓かと思うほど、これは"行ける"と思っていたドラムのフィルイン。実際に打ち込んで音を聞いてみたら、これがまぁ大してハマらず。細かい修正を試してみても無駄で、いっそ邪魔なくらいだった。
 午後の気怠い会議の合間、腹痛を訴えトイレに逃げ込んでまでメモしたのに。早く帰って形にしてしまいたくて弾んでいた夕方の自分に教えてやりたい。そいつは箸にも棒にもかからない、フレーズのストックにもならないクソなんだぞと。
 ヘッドホンをむしり取るように外し、デスクの上に投げた。ついでに外れた度の入っていないPC用眼鏡も同様にして。机上で唯一それなりの値段がするオーディオインターフェースを避けて放った辺り、みみっちい貧乏根性が表れている。そして安物の椅子へ当たり散らすように背中を押し付ける。握っていた無線のマウスも床に投げ捨ててやろうかと思ったが、それで壊れたらもっと惨めな気分になるだけだと思って、やめた。
 わざと不機嫌な音を立てて溜め息を吐く。今度は何にも遮られず明瞭に聞こえた。もちろん、そんなことで気分が晴れるはずもない。
 加熱式タバコのホルダーとスティックを引っ掴んで、椅子を膝裏で押し退けるように立ち上がる。窓を開けて、ベランダへ出た。
 洗濯物を干すのにも大した役を成さない半畳ほどの空間。見下ろした路地に人の気配はない。深夜の住宅街、コンビニを求める近辺の住民以外は通る理由もないような道だから当然か。
 内部の温度が上昇したことを知らせるランプを確かめて、タバコの端に口をつけた。掠れた味の煙を適当に肺へ流し込んで、吐き出す。紙巻きから移行した直後は軽すぎて物足りなかったのに、すっかり慣れてしまった。室内で吸っても問題ない程度にヤニは少ないと聞くが、それでも賃貸の部屋でそんなことをする勇気はない。機材やギターに臭いがついて価値が下がるのも御免だ。もともと安物ばかりとは言え。
 街灯の数がケチられているせいで、そこかしこに薄闇が吹き溜まっている。それをぼんやりと見つめ、改めて自らの何者にもなれない日々を思い返す。
 実家を出て安くもない家賃を払い、誰でも出来る仕事を誰でも出来る質と速度でこなし、苦笑いしか出ない額の給料を受け取っている。人並みに身を削るストレスにもう限界だと毎日のように呻いて。恋人なんてここ何年もいないし、金を払ってまで女に触る気力もない。SNSを眺めては楽しそうな誰かに嫉妬して、そのバカバカしさに自ら呆れて。
 趣味らしい趣味といえば、精々が今さっき投げ出したアレくらいだ。
 よくあるメロディに教科書通りのアレンジを乗せた曲を一ヶ月以上もかけて作り、苦労したフリをして。それを動画サイトに放り投げては精々数百、千を超えれば御の字程度の再生数に一喜一憂する。インターネット上に掃いて捨てるほどいる、創造性の欠片もないDTMerのうちの一人。
 そんな時間と気力があるのなら、勉強して資格でも取って仕事の足しにすればいいと自分でも思う。限りある人生とやらを浪費している実感は十分にあった。
 不快を混ぜた煙を吐き出すついでに建物の狭間、細く区切られた空を見上げた。灯りが少ないせいだろう、こんなところでも星はそれなりに見える。流れ星でも降ってくれれば、珍しいものが見れたと自分を慰めることもできるだろうか。そんなものに願いを込めたって、何も変わらないと知ってはいても。
 ――けれど、作業中に前傾で固まっていた首へかかる負荷が心地よくて、しばらく空を見上げていた。
 そしてふと頭を過ぎるメロディ。自分のじゃない。随分と昔――股間の毛が生えたかどうかを気にしていた、そのくらい昔。初めて自分の小遣いで買ったCDに入っていた一曲。
 決して明るくはない、内向的な曲だ。そんな曲を歌っていた彼等は、確か三ヶ月後くらいに武道館でライブをやるはずだ。今でもこの曲を演ることなんてあるのだろうか。
 自分の生き方と彼等の生き方を、較べることすら難しい。
 そんな風になりたいわけじゃない。なれるなんて思っているはずもない。そういう人間もどこかには居るんだと、思いを馳せるだけ。
 ああ、タバコを口元へ運ぶのも億劫だ。
 とりとめなく、価値も意味もなく。そんなことを考えて。
 ほの温かいホルダーの中、タバコの葉がただ炭になっていく。
 そして、不意に。何の予兆もなく。
 それが浮かび上がる。降ってくる。
 曖昧な形のイメージ。目の奥で瞬く青い光の錯覚。どろりと背筋を這い落ちる痺れ。慌てて意識を向けて、そっとその尾に手を伸ばして。どうにか輪郭をはっきりさせようと試みる。
 空を見上げ、ぽかんと口を開けたまま。間抜け面を星に嗤われても今は構わない。漂っているその気配を逃したくはない。
 そして、そして――捕まえた。
 急くままにすぐ部屋へ戻り、タバコのホルダーは適当に机へ転がした。飛び込むようにディスプレイの前に座る。今だ、今のうちにこれを吐き出しておかなければ。
 これだって、どこかで誰かがとっくに思いついているような。すでにありふれていて、今更自分が形にしたところで何が変わるわけでもないものなんだろう。けれど、それでも、小さな自分の器から溢れてしまったものをどうにかせずにはいられない。思いついてしまったものを、無価値だからとなかったことに出来るほど大人じゃない。だからいつまでもこんなことを辞められずにいる。
 画面上に開いたウィンドウへ夢中で向かってキーボードへ指を走らせる。
 そうして手繰り寄せたのはたった数行。何らかの価値があるのかどうかも分からない詞の断片。
 どんなに願っても叶わない、そんな夢の歌。
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