乾坤一擲

響 恭也

文字の大きさ
110 / 172

戦勝の宴にて

しおりを挟む
 天正15年8月。
 織田幕府は戦勝の祝いとして、京北野の森にて大規模な茶会を開いた。将軍家や諸大名は名物を持ち寄って公開し、町人、農民も参加を許される。その際には茶碗など、飲み物を飲むための器を持参することとの触れであった。
 会場は広大で、10日間の催事であったが人が溢れた。身分に関係なく茶の湯を楽しみ、正親町天皇が立てた茶を、宇治の茶を栽培する農民が飲むという場面もあり、主上の慈悲深さがおおいに広まることとなる。中央の広場では舞台が建てられ、歌舞伎興行が行われた。出雲阿国率いる一座の舞は群衆を魅了し、新たな文化の訪れを予感させるものであったという。

「殿、確かにあの踊り子は美しい娘でしたねえ…」
「帰蝶、いや、違うのじゃ!?」
「何が違うとおっしゃるのですか?」
「儂はあの新しき舞に目を奪われたのであって、お前以外の女には…むぐっ!?」
「うふふふふふ、ではあちらに行きましょうか。久しぶりに…ねえ」
「うあああああああああああああああああああ!!!」

 信長が襟首を掴まれて帰蝶に連行されてゆく。その姿を秀信が複雑な表情をしてみていた。
「まさか、弟とか妹…できないよな??」

「柏陽様、なんときらびやかなのでしょうか」
「そうだな。倭国の力、ここまでとは。明でもここまでの宴は見たことがない」
「それに身分問わずとは思い切ったことをしますねえ」
「うむ、だがみな心行くまで楽しんでおる。それに狼藉を起こそうとすれば…」
 伯陽の目の前で酔った農民の男がさっくりと意識を奪われ連れ去られる。
「あー…あれが織田家の影ですか。恐ろしい手並みですね」
「だろう? まあ、台湾もあれで守られてるし、頼もしいと思うことにしようか」
「そうですね…ところで、あの小屋が気になるのですが」
「ん? 木蘭? おい、まてうわああああああああああああああ!!」
 伯陽も木蘭に襟首を掴まれて連行された。翌年春先、台湾王夫妻のもとに嫡男が誕生するが、またそれは別のお話。

「松、よき眺めじゃのう」
「ええ、ほんとうに。心からの笑顔にございます」
「うむ。父上の作り上げたこの世をわしは守ってゆかねばならぬ」
「ええ、私もそんなあなたを支えてゆきますよ」
 ところで当然のように嫁は膝の上である。そんな姿を見て顔を赤らめる農民の夫婦がいたが、すすすっと敷地のはずれの小屋に消えてゆく。非常に毒な光景であった。独り身の小姓が光彩の消えた瞳でぶつぶつつぶやくくらいには。
「うふふふふふふ」
「あはははははは」
 将軍夫妻はとても平和であった。

「なんだと? もう一度言ってみろ!」
「何度でも言ってやるわ!」
 会場内で大声が響き渡る。誰だと思ってそこに注目すると…ややげっそりした信長と秀隆が鼻先が触れ合いそうな距離でメンチを切りあっている。
「それを言ってしまうかクソ兄貴!」
「言ったが何だボケ弟!」
「「よろしい、ならば戦争だ!!」」

 壮絶な表情で互いを睨みあう兄弟。小姓は知っているが、よく殴り合いのけんかに発展している。だがここまでの剣幕でにらみ合うのは初めてのことで、周囲の人間もおろおろとしていた。
「二人とも、やめませい! 主上の御前である!」
 信忠が割り込んでくる。嫁をお姫様抱っこしていなければ非常に決まっていたことであろう。
「「だがこやつが!!」」
 同時に同じセリフを吐き、同じタイミングで顔をそらす。実はお前ら仲いいだろうと思わせる光景だ。
「何があった!?」
「人には譲れぬものがあるということですよ」
「叔父上!?」
「秀隆の割に良いことを言うわ、その意見だけは同意するとしよう」
「父上!?」
 間に挟まれた信忠がおろおろする。嫁は離さずに。むしろむぎゅっとしている。実は結構余裕あるだろ?
「戦場は尾張としようか」
「ふん、我が本拠でとは譲ったつもりか?」
「わが故郷でもあるぞ」
「ふむ、良かろう。一月後、互いの手勢は5000じゃ」
「そなたは1万でもよいぞ?」
「後で兵力差がどうこう言われたくないからな」
「よかろう。吠え面かくなよ?」
「貴様がな」
 そして同時に顔をそらす。各嫁が顔を真っ赤にしてうつむいていたのが印象的であった。

「両名其処までじゃ。まさか本気で戦をするわけでなかろう?」
「無論、試し戦でございます」
「ならばよい。武門の意地もあろう、我が裁可を下すがよいか?」
「この上もなきこと!」

 こうして尾張にて信長と秀隆の試し合戦が執り行われることとなった。なんというか一度も相争ったことのない二人に周囲の者は大いに盛り上がる。即座に掛札を販売し始める秀吉と利家、そして即座に信長のもとに行き先陣を願い出る権六。陣構築の助言に秀隆のもとを訪れる光秀。いろいろとカオスであった。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

ありふれた聖女のざまぁ

雨野千潤
ファンタジー
突然勇者パーティを追い出された聖女アイリス。 異世界から送られた特別な愛し子聖女の方がふさわしいとのことですが… 「…あの、もう魔王は討伐し終わったんですが」 「何を言う。王都に帰還して陛下に報告するまでが魔王討伐だ」 ※設定はゆるめです。細かいことは気にしないでください。

冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

シリアス
恋愛
冤罪で退学になったけど、そっちの方が幸せだった

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...