騎士と女盗賊

響 恭也

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大公からの呼び出し

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 あたしたちがジェノバへ帰り着いた次の日、あたしは熱を出して寝込んでいた。

「疲れが出たんだろう。無茶をさせてすまない」
「いいんだ、けど、寝込んじゃってて申し訳ないねえ」
「しばらく休みとしよう。なに、懐は潤っている」

 にこりともせずにいう言葉は、ジェド様の精いっぱいの冗談だと理解して、思わず笑みがこぼれた。
 なんか耳を真っ赤にして「お大事に」とだけ言い残してあたしの部屋から出てゆく。強い眠気を感じて、あたしの意識は眠りに落ちていった。

 どれくらいたったのかわからないけど、なんかノックの音で目が覚める。
「シェラ、すまない、起きているか?」
「はーい、大丈夫だよ」
「失礼する」
 ジェド様は相変わらず無表情だが、そこに何か焦りのようなものが感じられた。
「どうしたんだい?」
「うむ、大公から使者が来た。私と……シェラに会いたいと」
「はあ!?」
「普通に考えたら、あの時のシェラの働きが目に留まったのだろうな」
「けどさ、あんなのもういっぺんやれって言われても無理だよ?」
「お前の腕が立つのは事実だが……」
「まあ、あたしより強い奴なんかいくらでもいそうだし、ねえ」
 それこそ飛んでくる矢を10本くらいまとめて切り飛ばすような腕利きなんか普通にいそうだ。それだけに今回の呼び出しには違和感しかなかった。
「それで、いつ行くんだい?」
「それがな、今からすぐに馬車をよこすと」
「えー……意味が分かんないよ」
「まあ、言いたいことはわかる。むしろ私もそう思う。けど、これは機会になりうる」
「大公とのパイプを持てればッてことだね。わかったよ」
 身支度を整えて部屋から出るとジェド様を始め、アルフ、リース、レザも正装を整えていた。どうもパーティみんなが呼び出されたようだ。
「行こうか」
 無言でうなずき宿舎から出る。そこには場違いなほど立派な馬車が横付けされていた。
 馬車の横にはいかにもといった風情の執事が立っている。
「皆様をお迎えするよう大公殿下より仰せつかっております。本日はよろしくお願いいたします」
 そう言って慇懃な風情でお辞儀をする。よくわからないがとても様になっていた。
「ご苦労様です。一介の冒険者風情にどのような御用があるかはわかりかねますが、失礼の無い様にふるまいたく思います。本日はお世話をおかけします」
「はい、ではこちらへ」
 そうして案内されるがままに乗り込む。さっきの執事さんがそのまま手綱を取るようだ。馬の嘶きと共に馬車が動き出す。この辺の地面って結構凸凹してるはずだが、ほぼ振動が伝わってこない。
「こんな高級な馬車には国でも乗ったことがない」
「そうなの?」
「ああ、段差が来るたびにガツンと来る奴ばかりでな。ジェノバの底力だと思っておこうか。王家御用達より高級かもしれんぞ?」
 まあ、上位の冒険者であるアルフは、あたしよりいい馬車に乗る機会もあったんだろう。というかそもそもあたしは馬車なんてものに乗るのが今日が初めてだ。
 あんまりキョロキョロしないようにするのが精いっぱいだった。なんか内部の装飾もやたら豪華だし、そこにぶら下がってる飾り1個であたしならひと月食っていけそうだ。って志向がコソ泥に戻ってるや。いけないね、今はジェド様の配下なのに。

 そうこうしているうちになんかやたら分厚い門をくぐり、大公の離宮の一つに着いたらしい。馬車から降り立つとあまりの別世界ぶりにため息すら出なかった。
 ジェド様さえもぽかんとしている。表情には相変わらず表れてないけど、普段よりも目を見開いている事からそれがわかる。
「こちらへどうぞ」
 執事さんが案内してくれる。ジェド様を先頭にあたしたちは歩き出した。一応警戒はしている。あたしの察知以上の隠形を使いこなす相手もいることも想定して、袖と襟にダガーを仕込んでいる。ベルトは中に薄手の刃が仕込まれている。まあ、そもそもレザは魔法使いだし、リースもいる。あたしの仕込み武器が活躍する場面なんて来ない方がいいのだ。
 なんか、無駄にと感じてしまうほどでっかい扉が開いてゆく。なんか使用人が数人がかりでからくりを動かしてるんじゃないかって思う。
 赤いじゅうたんが少し先まで続いており、そこから3段ほどの段がある。その一番上に豪奢な椅子があり、そこに傲然と座す壮年の男性。銀髪をオールバックに流し口元にひげを蓄える以外は細面以外の特徴は見て取れない。しかし、この世全てを睥睨するかのような鋭い、鋭すぎる眼差しはあたしを威圧した。
 ジェド様を先頭に儀礼に従い跪く。そんなあたしたちを大公は興味深げに眺めている。

 そしてその傍らに立つ白銀のサーコートを纏った騎士風の男。こいつは化け物だ。今はそこに控えているだけだが、その気になればあたしたちの首は10を数える暇もなく飛ぶだろう。そう思わせるだけの内包された威圧と魔力だった。
 その認識は皆も同じようで、体内のギアを戦闘用に一段引き上げる。太刀打ちできないまでも何とか逃げ伸びて見せるとの決意を秘める。
 そんな様子を見て大公の顔にわずかに苦笑めいた表情が浮かぶ。
「よい、楽にせよ。取って食ったりはせぬよ。それとゲオルグ。彼らが緊張しているようだ。お主も少し楽にせよ」
「はっ!」
 その一言で雰囲気がやや弛緩する。
 ただあたしは緊張を解くなんてとてもできなかった。力の差はいろんな意味で歴然としている。そんな相手の懐に飛び込んでしまっているのだけども、だからこそ不測の事態への備えは要る。相打ち覚悟で向かってどれだけ足止めができるのか、考えれば考えるほど絶望的な結論しか出なかった。
 そんなさなか、大公が口を開く。それは無音の爆弾を放り込んできたに等しい内容だった。

「では、話をしよう。ジェラルド殿、当家に仕官しないか?」

 その意味を理解したジェド様は、いつも以上に目を見開いているようだった。
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