真紅の殺戮者と魔術学校

蓮月

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第一章

第22話

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※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「…やれやれ。脆いね、君って。」

少年の声に目を開ける。
辺りを見渡すとついこの間見た夢と
同じ草原が一面に広がり、
変わらず漆黒の空に満月が浮かんでいた。

俺は重たい身体を持ち上げて、
少年を探す。

「…いや、と言うべき?うーん…。まぁ、根本は一緒か。」

後ろを振り向くと少年が
不満気に俺を見ていた。

「…お前は。」

「久しぶりだね、レウ。ちょっとは僕の事、?」

少年の顔はフードを被っていて
やはり見えない。

「………。」

「…その様子だと全く思い出せてないんだね。」

少年はため息を吐き、
何かを考える様に腕を組んだ。

「…どうしようか。困るんだよな、それじゃあ。」

むーっと言いながらくるくる回る少年。
そして急に立ち止まり、ポンッと
手を打った。

。」

さも名案とばかりに嬉しそうに言う少年。

「…は?」

「さっきも言ったけど、君が早く思い出してくれないと困るんだよ。だから……。」

少年はクスクスと笑う。



    「身体、ちょうだい?」



少年は全く悪気のない声音で告げた。

「!?」

…身体を?

「今は君が身体の主導権を握ってるけど、君があまりにも思いだそうとしないからさぁ?だったら、僕が代わりにレウ・オールディスを演じるやるから君は此処で好きに過ごしててよ。…ねぇ、名案じゃない?」

クスクスと少年は笑う。

「…お前は俺の身体で何をする気なんだ。」

すると少年は俺の言葉が気に触ったのか、
忽ち不機嫌になった。

「…何勘違いしてんの?」

そしてこの場所も少年の感情に
影響を受けたように風が吹き始めた。

「…それに、僕が何をしようと君には関係ないよね?」

先程の楽しそうな無邪気な子供の声が
嘘かのように鋭利なナイフの様な声が
空気を震わせる。

「………。」

「…あぁ、そうだ。君が思い出せるように、君に関わりのある人間殺そっか。」

少年はナイフを取り出して
弄り始めた。

「やめろッ…!!」

俺は立ち上がり少年を捕まえようと
動くが、どこからか鎖が現れ、
脚に巻きついて動けなくなった。

「ッ!!」

「アハハッ!急に行動的になったね?」

俺は身体に"身体強化"魔術を
発動したが、何故か魔術が
キャンセルされた。

「!?」

「無駄だよ。此処では君は魔術は使えない。…僕は使えるけどね?」

「ッ…グゥ…ッ!」

鎖は増えて腕や身体にも
巻き付いてくる。
俺はびくともしない鎖から
逃れようともがく。

「頑張るね?」

少年は地に這い蹲る俺の傍に
しゃがんで手の平を俺に向けた。

「…ッ!!」

「やる気が出た君に最後のチャンスをあげるよ。次、こうなった時までに思い出せなければ……。」

少年の中指がゆっくりと俺の額に触れた。



「…身体は僕が貰うから。」



ー バチンッ!!

鋭い痛みと共に俺は意識を失った。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「ぅ……ッ。」

「レウ……。」

豪華なベットの上で苦しげな
声を上げているレウの傍で
キッカ・オールディスが
泣きそうな顔で座っている。

ー バンッ!

そこへ扉を壊さんばかりの
勢いで扉が開いた。

「レウは無事かッ!?」

叫ぶような声で入って来たのは
ディオン・オールディスだった。

「ディオン…。」

「キッカ…ッ、レウは!?」

「…身体的外傷はないそうよ。医師の方が言うには精神的なモノらしいわ。」

「…そうか。」

ディオンはキッカの震える肩を
背後から抱き締めた。

「…すまない。」

「貴方のせいじゃないわ…。悪いのは、レウに酷い事をした"ファーム"の奴らよ。きっと、あの時の事がフラッシュバックして倒れたのだわ。」

「………。」

「レウ……。」

キッカはそっとレウの髪を撫でる。
レウの表情が心無しか和らいだように
見える。

「………。」

夫婦はレウを静かに見守っていた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「……ん……ッ。」

俺はぼんやりと目を開けた。
目の前には見慣れた屋敷の自室の
天井があった。

「…帰っ…てきた…のか。」

出した声は酷く掠れていた。
取り敢えず水を飲もうと
サイドテーブルに手を伸ばす。
水を口に含み、喉を癒す。

「…あれから何時間経過したんだ?」

怪しい集団を捕らえ、少年の傷を癒した。
建物を出たところで…頭痛が…酷くなって…。

「…倒れた。」

…誰が俺をここまで運んだ?

「…それと夢。」

あの少年は?
それに俺の身体を…。

「…ッ。」

思い出してゾッとした。
生まれて初めてなのかもしれない。
こんなに背筋が凍るほどの恐怖を感じたのは。
施設にいた時、いつ死んでも
おかしくない程の環境にあったって
不思議と恐怖は感じなかった。
自分の命が危うい事より、
自分の身体を乗っ取られる事より、
父上、母上…みんなの命を
俺が…俺の身体で刈り取る事に
俺は恐怖を抱いていた。

「…嫌だ。」

殺したくない。
俺は自分の両手を見つめる。
きっと、この場にあの少年が
いたら言うだろう。
今まで散々沢山殺してきたのに
今更数十人増えたところでなんなんだ…と。

確かに俺は何も考えず、
ただ敵を殺してきた。
家族を…大切な人を守る為…
そして自分の目的を果たす為に。

「…俺は一体どうすればいい?」

少年は言っていた。
思い出せ、と。
そんな事を言われたって
忘れた記憶なんてないはずだ。
学校に入る前はここで過ごし、
その前は施設にいた。
その前は……。

「……え?」

その前は?
施設の最初の記憶…檻の中で
ただ自分の番が来るのを待っていた。
あの時の年齢だったら、
もう少し前でも既に自我は
形成されているはずだ。
それなのに…。


「…?」


ー コンコンッ。

その時、扉をノックする音が響いた。
俺は長く息を吐き出して心を落ち着かせた。

「…失礼します。」

そう言って入って来たのは
身体の弱い母上の為に
父上が特別に専属で雇っている
腕の良い老医師だった。
老医師はベットにいる俺が起きている事を
見ると驚いた顔をした。
そしてすぐに柔らかな笑みを浮かべた。

「…おや、お目覚めですか。ご気分はどうです?レウ坊ちゃん。」

「こんにちは。身体は大丈夫みたいです。」

老医師は俺のいるベットに
近寄り俺の顔色を見る。

「…そうですか。それは良うございました。お食事はとれそうですか?」

「ええ。大丈夫です。」

「………。」

何故かじっと俺を見つめる老医師。

「どうかしましたか?」

「…いえ。それでは私はお食事とディオン様方にレウ坊ちゃんがお目覚めになられた事をお伝えに行きます。」

「ありがとうございます。」

老医師は静かに部屋から出て行った。

「……はぁっ。」

ゆっくりと息を吐き出す。
そして先程気づいた事に思考を巡らす。
…何故…どうして今まで気づかなかったのか。

「何で記憶が…施設にいた時より前の…記憶が…ないんだ?」

思えばそうだ。
俺は俺の…血の繋がった両親も知らない。
いや…忘れてしまったのかもしれない。

「…というか、俺は実の両親にのか?」

でなければ、両親が死んでしまったか。
そうでなければ、あんな狂った施設に
いた理由が思いつかない。

「…そういえば。」

前に父上の部下が施設から
大量の資料を回収したと言っていた。
その資料は今どこにあるのだろう。
それを見ればもしかしたら
何かわかるかもしれない。

「父上に聞けば……いや、ユリヤさんに…。」

父上に言えば絶対理由を聞かれる。
ユリヤさんも詳しくは聞かないだろうが
父上に報告するだろう。

「どうすれば……。」

資料は内容が悪用されると
困るから厳重保管室にあるはず…。
となると、せめて補佐のユリヤさん
ぐらいの地位がある人でなければ
入れないだろう。

「父上とユリヤさん以外のそれなりの地位にある人なんて会った事…………あ。」

…あった。
いや、あったけどは…。

ー バンッッッ!!

どうしようか迷っていた瞬間、
ドアが壊れる…というか吹っ飛ぶぐらいの
勢いで扉が開いた。

「「レウ!!」」

「えっ、父上、母上?」

開けた張本人である父上と
何故かボロボロと泣いている母上が
早足で俺の元まで来て、
俺の身体をペタペタと触る。

「えっ、な、何ですか?」

「どこも痛い所ない?大丈夫?熱は?吐き気は?頭痛は?胸は痛くない?どこか痺れた所は?動かない所とかは…。」

母上が何を言っているのか
わからない程の早さで言う。

「…コホンッ。ディオン様、キッカ様。私が大丈夫と申しましたでしょう?レウ坊ちゃんが驚いていますよ。」

声に扉の方を見ると
苦笑した老医師が立っていた。
後ろには幼い十歳くらいの少女が
軽い食事を載せたワゴンを
持っていた。

「す、すまない…。」

スっと俺から手を引く父上と母上。

「取り敢えず少し食べた方がいいよ。倒れてから、2日経っているからね。」

「…2日も?」

…数時間ぐらいだと思っていた。

「前回は約5日間だったが…。」

父上に呆れた声で言われて
そういえばそうだったと気づく。

「はい、あーん。」

少女が俺にスープを
掬ったスプーンを差し出す。

「え…。」

「「「ええっ!?」」」

父上と母上、老医師の声が重なる。
そして少しの間、時が止まった…。

「な、何をしとるんじゃ!?」

ようやく、慌ててツッコミを入れる老医師。
しかし、少女はこてんと首を傾げている。

「何か変?」

「さ、流石に15歳には恥ずかしいんじゃないかしら…。」

母上は動揺を隠せずに
顔が引き攣っている。

「え?けど、よくお店に来る人が、「男なら幾つになっても、女の子からあーんってされれば病気も吹っ飛ぶ。」って…。」

「誰だ、そんな事を教えた馬鹿は…。」

父上が脱力した声で呟く。

「えーっと…レウ様と同じくらいの人で、髪はめずらしい青色で瞳もきれいな水色で…顔はとってもかっこよくて…。」

ん?それって…。

「…クぅーラぁートぉぉー!!?」

父上はコメカミをぴくぴくさせながら
手を握り締めている。
母上は、「あぁ、あの子ね…。」と
クスクス笑っている。

「あやつか…。店に来る度に孫に変な事を吹き込みよって…。」

老医師も深いため息を吐いている。
老医師は今はオールディス家で専属で
雇っているが、街の方で
小さな病院を営んでいた。
今は老医師の息子夫婦が
引き継ぎ、経営しているが、たまに
手伝ったりしているらしい。

…でもクラト先輩は何で病院に?

「アイツめ…城での件といい、今回の件、さらには幼い少女に変な事を吹き込むといい…何をしてるんだ!」

「…そういえば、父上。今回の件は無事に片付きましたか?」

ふと、思い出して父上に聞いてみる。

「あ…あぁ。片付いたは、片付いたが…。」

父上は何故か言葉を濁した。

「…では、私達はレウ坊ちゃんも大丈夫そうですし、そろそろ下がりましょうか。」

「あーんはいいの?」

老医師は目を細めて優しく
少女の髪を撫でる。

「あーんはしなくていいんだよ。…キッカ様、レウ坊ちゃんのついでに少し診察しましょうか。」

「そうね、お願いします。」

部屋から3人は出て行った。
父上は少しすまなさそうな顔をして
椅子を引き寄せた。

「…気をつかわせてしまったかな。」

「…すみません。配慮に欠けました。」

父上と二人の時に聞けば良かった。

「いや、いいんだよ。…それで、今回の件の事を話そうか。」

父上は今回の件を順に話し始めた。
まず、街でクラト先輩が不振な集団を発見。
それに俺とクラト先輩が対処。
ヒスティエの護衛はルチアが引き継いだ。
集団は俺とクラト先輩で鎮圧。
建物にいた少年は無事で今は城にいる。
ヒスティエ達も無事。

「…そして、その集団なんだが…クラトが情報を聞き出した後に…一人残らずした。」

「クラト…先輩が?」

「ああ。私はなるべく殺さぬように言ったのだが…。」

あのクラト先輩が全員を?
俺が気絶させた3人も殺したのか…。

「…一応、私の命令を無視した為、クラトは数日間の謹慎処分だ。まあ、情報をきちんと聞きだしていたから、軽い…というか無いに等しい処分だ。」

会った時は何故かいつもと違った
雰囲気だったとポツリと父上は零した。

「それで、クラトが聞き出した情報によれば彼等はある者に金で雇われたそうだ。少女を一人…ヒスティエ・バーデンを誘拐しろと。」

「…やはりそうですか。雇った者は?」

「フードを被った怪しい奴だった事しか分かっていない。」

「…しかし、ヒスティエを狙ったとなると…。」

「ああ。研究目的だろうな。『モーヴの瞳』の。」

「…諦めてないんですね。」

「そうだな…。」

父上の庇護下にあるとわかっても
連中は手を出してくる。
余程の自信があるのか…
それともそれ程急がねばならないのか。

「…厳重な警護が必要ですね。」

「また、ワシリー・ドレイクのような者が紛れ込んでいるかもしれないしな。…さて、この話はこれくらいにして、暫く身体を休めなさい。」

「…分かりました。」

父上は椅子から立ち上がり、
部屋から出ようとしてふと立ち止まった。

「…レウ。」

「何でしょうか?」

「…何か…何か心に抱えているのか?」

「…………。」

父上は俺を真っ直ぐに見つめている。
俺は何も言えずにただ沈黙していた。

「…私には言えないのなら、キッカやお前の友人に話してくれ。今回みたいに、抱え込んで倒れて欲しくない。…レウが倒れたと聞いて、私は…心臓が止まるかと思った。」

「……ッ。」

父上の苦しげな顔に俺の胸が痛んだ。
…けれど、これは自分の問題だ。
俺は父上に嘘を吐く。

「…分かりました。」

父上は俺の言葉にふっと安心した顔をした。

「…ではお休み。」

父上は部屋から出て行った。



























「…話したところでアンタらに何が出来るんだ?…なあ、レウ?」

嘲笑を交えつつ、
は呟いた。

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