私は私として生きていく

青葉めいこ

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私は私として生きていく

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 あら、よく私がこの修道院にいるとお分かりになりましたね。辺境伯閣下。

 ずっと君を捜していた?

 ふふ、捜していたのは、この体でしょう? 本来姉が宿っているはずの。

 分かっているなら一緒に来てくれ?

 お断りですわ。

 どうして、そんな意外そうなお顔をするのですか?

 自分の姉が死んでもいいのか、ですか?

 では、逆に訊きますが、私が死ぬのはいいのですか?

 今、姉が宿っている私の体が死にひんしているのは、院長様からお聞きしました。

 私が元の体に戻り、姉がこの体に戻れば、私は確実に死ぬでしょう。そうなってもいいと?

 あれが本来の君の体である以上、それが君の運命だ。受け入れろ、ですか?

 あらあら、先に私の体と人生を奪ったのは、姉ですよ。体が死にかけているから元に戻れというのは、あまりにも身勝手ではありませんか?

 私は、この体で新しい人生を歩んでいるのです。元の体がどうなっていようと、たとえ死ぬのだとしても、もうどうでもいいのです。

 それに、辺境伯閣下。あなたは、ご自分の一存で私を、いえ、姉の体を捜していたのでしょう?

 姉とその夫、私の元婚約者が元に戻る事を望んでいるのなら、とっくに元に戻っていますわ。わざわざ姉の体わたしを捜すまでもない。

 姉の夫、私の元婚約者は、あなたもご存じの通り、稀代の魔術師です。

 平民である彼の後ろ盾になるために、末端とはいえ一応貴族であり、未だ婚約者がいなかった子爵令嬢である私との婚約が決まったのですわ。

 彼は私の外見は気に入ったようですが、中身は姉のほうがよかったようで、私と姉の了承を得ずに勝手に体を入れ替えました。幸か不幸か、彼には、それだけの知識と魔力があった。

 美しい彼を愛していましたが、さすがに勝手にそんな事をされては恋心が瞬時に醒めましたわ。

 そんな私と違い、姉は全く憤らず状況をあっさり受け入れました。

 その気持ちは分かります。

 姉も彼を愛していたし、何より、あなたとの結婚を死ぬほど嫌がっていましたものね。

 何ですの? その驚いた顔は?

 まさか、姉のあの態度で自分が愛されていると思っていたのですか?

 そんな訳ないでしょう。

 姉は私と同じで、彼のような中性的な美貌の男性が好みなのです。あなたは、それとは真逆な男らしくて逞しい方。そういう男性を好む女性もいるのでしょうが、残念ながら姉の好みではありませんもの。

 だから、視界に入れないように、姉はあなたと目線を合わせなかったでしょう。

 あれは、ただ単に恥ずかしがっていただけではないのか、ですか?

 あらまあ、ずいぶんとポジティブな考えをするのですね。

 姉は、ちゃんと人と目を合わせて話す人ですよ。そんな事も分からなかったのですか? 姉を愛しているというわりには、姉の事をちゃんと見ていなかったのですね。

 あなたが姉を見ていない時の姉のあなたに向ける視線は、はっきりと煩わしいものを見るものでしたわ。誰だって、あれを見れば、姉が婚約者あなたをどう思っていたのか、丸わかりでしたのに。

 後、あなた、姉の話を全く聞かずに、一方的に、ご自分がお喋りするだけでしたでしょう? しかも、自慢話ばかり。人の自慢話など聞いていて一番楽しくないものですもの。

 贈られてくるプレゼントも全く姉に似合わない物ばかりでしたし。

 は? 似合っていた? 本気でそう思うなら目とセンスを疑ったほうがいい。贈られてくるアクセサリーは宝石が大きいだけの悪趣味で着け心地が悪い物だったし、ドレスは、どれも似たり寄ったりな、レースやリボンをふんだんに使ったスカート部分が膨らんだ暖色系、主にピンク色の少女趣味な物ばかり。元の私の体なら似合うけど、この体には全くに似合わない物ばかりですわ。細身でスラリとしたこの体なら飾り気のない寒色系のドレス、アクセサリーも控えめなほうが映えるというのに。

 それと、姉は、私もですが、寒いのが大嫌いなんです。あなたの故郷の辺境伯領は王国の最北にあり、温暖な我が領地よりも、ずっとずっと寒いのですもの。だから、行きたくない、この婚約はなしにしてくれとお願いした姉に、あなた、笑って慣れれば寒さなど平気だよ、などとのたまったそうですね。

 それで、姉は、あなたを話の通じない馬鹿だと見限ったそうですわ。まあ、そうですわよね。愛どころか関心すらない婚約者のために、自分の苦手を克服する人間などいやしないのに、そんな事も分からない阿保ではね。

 そんなだから、姉と婚約するまで他の令嬢との婚約が成立しなかったのでしょう?

 我が家と違って、辺境伯という国にとって重要な地位にいて、私や姉の好みではないけど、外見もそこそこなら釣り書きがたくさん届いたでしょうに。

 あまりにも破談になるから、国王陛下が見かねて、あなたのために婚約者のいない下位貴族の令嬢達を集めたお茶会を開いた。重鎮である辺境伯家を途絶えさせる訳にはいきませんものね。だから、辺境伯家より下の逆らえない家の令嬢達を集めたのですわ。

 それで、あなたは姉を見初めた。

 私も参加させられていたのですが、姉が選ばれて心底ほっとしましたわ。自分でいうのも何ですが、私は絶世の美女で姉は聡明ですが地味な女。大抵の人間は私を選ぶ。両親ですら、姉ではなく私を溺愛して優先してきましたもの。でも、今回は、そうならなくて心底ほっとしましたわ。

 辺境伯家を存続させるほうがずっと重要ですもの。心底嫌がる姉の気持ちを無視して、国王は王命として姉とあなたの婚約を強制したのですわ。

 あなたとの婚約がなければ、我が子爵家を継ぐのは姉のはずでした。我が家は二人姉妹ですからね。成人して家を継ぐ資格を得れば、わたしばかりを溺愛して優先し、成人前の自分に家政や領地経営を押し付けていた両親と互いに同族嫌悪しているわたしを放り出して好き勝手生きる予定だったのに、その長年の悲願を潰されてしまった。姉のその気持ちを理解できます?

 辺境伯夫人になれるのだから、今までの事は充分お釣りがくるだろう?

 本当に、自分の物差しでしか考えられないんですね。

 邪魔な人間を排除して、愛する故郷を統治する事だけを夢見ていたのに、外見も中身も自分の好みとは真逆な男と結婚して、さらには、自分が苦手な寒い場所で生涯暮らさなければいけなくなる事のどこが幸せなんですか?

 私もごめんです。

 だから、姉にになったと気づいた時、この修道院に逃げ込みました。修道女になってしまえば、あなたとの結婚はなしにできるでしょう。

 元凶の姉の夫を詰っても元に戻れないでしょうし、たとえ、元に戻っても、私にこんな事をした男との結婚は絶対に嫌ですもの。

 王命に背いた事になりますが、私と姉を無理矢理入れ替えた姉の夫とそれを許容した姉が全て悪いんですもの。後始末くらいしてほしいですわ。

 ところで、姉に、いえ、私の体に宿っている姉に会って、その中身が姉だと気づいたのですよね?

 外見が変わっても、私の体に宿る姉に気づいたのは、素直にすごいと思いますわ。

 気づいて、それを言っても、自分は、あなたの婚約者ではなく妹だとごまかされたのですか?

 ああ、だから、ここで私が長々と姉の心情を語るまで、姉の自分への嫌悪に全く気付かなかったのですね。

 全て君の推測だろう? 彼女が本当に自分をそう思っていたかどうかなど分からない、ですか?

 あはは、本当に馬鹿でポジティブな方ですね。それでよくもまあ、辺境伯、いえ、貴族の当主をやってられますね。

 ああ、怒らせてしまいましたか。

 でも、先に私に死ねと言い放ったのですもの。何を言われても仕方ないでしょう。

 死ねなどとは言ってない? あらあら、ご自分の発言をもう忘れたのですか? 今姉が宿っている死にかけている元の体に戻れと言ったではありませんか。それは、私に死ねというのと同じでしょう。

 ところで、聞きたいのですが、自分を嫌悪して他の男を愛しているおんなを本当に助けたいんですか?

 ああ、あなた、姉の自分への嫌悪を信じていませんものね。好かれていると思い込んでいるのですものね。それならまあ、愛する女を助けたいでしょうね。

 心配いりませんわ。

「姉」は死にません。

 怪訝そうな顔をなさってますね。

 理想わたしの体に、理想の人格の女としての姉を入れた姉の夫です。

 また、元の私の体とは違う、自分好みの女性の体に姉を入れるでしょう。

 その体の持ち主の女性は、今にも死にそうな元の私の体に入るから死ぬでしょうけれど。

 だから、「姉」は死にませんわ。あの男好みの女性の体の中で生きるでしょう。あの男が姉にきるまで、姉はそうやって生き続けるでしょうね。

 そんなの、彼女が可哀想だ?

 どこがですか?

 無理矢理、妹の体と入れ替えられたのに、元凶の男を愛して現状を許容しているおんなですよ。

 可哀想なのは、体と本来の人生を奪われた私と、これから体どころか命すら奪われようとしている女性のほうでしょう?

 そう思っているなら、元に戻るべきだ?

 はあ、何遍なんべん言ったら分かるんですか?

 体の入れ替えなどという禁呪は、あの男ほどの魔術師でなければ不可能です。

 そして、彼にそうする気は皆無でしょう。

 それでも、本当に姉を元に戻したいのなら、彼が根負けするまで、しつこく食い下がってみてはいかがですか?




 やれやれ、やっと出て行ってくれたわ。

 本当に、彼を説得しに行くとはね。

 あんまりしつこくすると、殺されるでしょうけど、そこはまあ覚悟しているわよね。

 すでに禁呪を行使した魔術師なのだから、殺人くらい平気でやると、どうして考えが及ばないのかしら。

 まあ、辺境伯家としても、あんな無能な当主より有能な分家の人間が新たに当主になったほうがずっといいわよね。

 我が子爵家も正統な当主はいなくなってしまうわね。子爵家の正統な後継者である姉妹のうち、姉となった私は修道女に、姉が宿ったわたしの体はもうすぐ死ぬもの。まあ、そもそも稀代の魔術師の彼に貴族位を与えるための結婚だったのですもの。我が家の血筋が完全に途絶えようと、もうどうでもいいわね。

 お姉様、あなたの体だろうと、私は私として生きていく。

 あなたにとって、この体で生きた人生は幸せではなかったのでしょうけれど、私にとっては、ようやく自分として生きられた気がしているのよ。今が一番幸せを感じているくらいだわ。

 いくら美しいと褒めそやされた外見だろうと、いえ、だらこそ、皆、私に外見しか見てくれなかった。私の人格なかみを見てくれなかった。

 皆、私の外見のイメージだけで、私という人間を勝手に判断した。

 私の趣味嗜好や価値観、思考回路とか、姉に似ているのに。だから、互いに嫌い合っていたのよね。お姉様。

 あの男も結局、私の外見から私の人格なかみを「自分好みの女じゃない」と判断して、姉と中身を入れ替えたんだわ。

 まあ、ちゃんと私を見てくれない男と結婚する事がなくなって、今ではよかったと思っているけれど。

 いつか、あなたもお姉様も、他人の体と人生を奪って生きる罪を償わなければならない。

 そして、私も――。

 お姉様と彼に体と人生を奪われる女性がいると分かっているのに、何もせず、ただこの体で生きる人生を謳歌するだけの私にも、いつか天罰が下るでしょう。

 でも、その日までは、この体で悔いが残らないように、精一杯、私として生きていきたい。

 姉の体だろうと、私は私として生きていく――。



 






 

 

 

 



 



 

 



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