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アイリーンは、あれ以来現れない。イレーヌの脅し(といっていいのかどうか)が効いたのだろう。
イレーヌは中庭でアイリーンと話した後、ウィルに彼女が魔族である事を話しておいた。
それに対してウィルは、さほど驚いていなかった。
「……あいつに痛めつけられて意識がなくなる寸前、黒髪の少女が駆け寄ってきた気がしたんだ。それが、あの子だったんだな」
どういう経緯か、アイリーンはウィルを気に入って人間に化けて彼と共に、この修道院にやってきたのだ。彼女が自分の意思でやってきたとは思わない。彼女とこの修道院には何の係わりもないのだから。
「彼」が送りつけたのだ。ウィル(とアイリーン)をウィルの母がいるこの修道院に。
イレーヌから息子を奪ったのは王妃だ。だが、間接的に「彼」も、それに係わっていると確信している。イレーヌがこの修道院から出られないのがその証拠だ。
だのに、なぜ今更イレーヌにウィルを会わせようというのか。
「彼」が何を考えているのか、さっぱり理解できない。
――けれど。
(……ウィルの前に現われたのなら、近いうちに私の前にも現れてくれるかしら?)
その時が自分の最期でも構わない。むしろ、イレーヌはそれを望んでいる。
我が子に再会できた。もう思い残す事はない。
イレーヌはウィルに母だと打ち明ける気はない。自らの出自を知ればウィルは苦しみだろうし、彼を守れなかった自分に母だと名乗る資格などないのだ。
十八年、母が傍にいなくても、ウィルは何とか生きていてくれた。それも父のような立派な青年に育ってくれた。一人でも何とか生きていってくれるだろう。母だと名乗りさえしなければ、イレーヌが死んでもウィルが悲しむ事はない。
十八年前望んだように、今度こそ「彼」の手で殺してほしかった。
(……ドノー、あなたは自らの罪の許しを請うために修道女になった。けれど、いくら神に祈ったところ許されはしないのよ)
どれだけ許しを請うたところで死者に声は届かない。
我が子が父そっくりに成長した事もまたイレーヌにとって己の罪を突きつけられる心地なのだ。
国と家族を奪った魔族に恋をした。
その罪は決して許されない――。
「ここのいたのか。イレーヌ」
一か月後、すっかり回復したウィルが中庭で洗濯物を干しているイレーヌの許にやってきた。
「ウィル様」
イレーヌは手にしているシーツを干すとウィルに向き直った。
「君のお陰で、すっかり回復した。それで、ここを出て行こうと思って」
「……出て行かれて、どうなさるのですか?」
ウィル自身が言っていた通り、彼はもう王太子ではない。この修道院を出て行っても行く当てなどないだろう。
「……君が気にする事じゃない」
「気にします。助けた方が、どうなるか気になるのは当たり前でしょう」
イレーヌのこの言葉は建前だ。十八年前ならともかく、今の彼女は、ただ看病しただけの人間なら、その後どうなろうと気にしない。勝手にしろと思う。神に仕える修道女になったのは他に道がなかったからであって博愛精神からではないのだ。
だが、ウィルだけは別だ。彼はイレーヌが腹を痛めて産んだ子なのだから。
母だと名乗る気はないし、ずっと一緒にいられるとは思ってもいない。
イレーヌは人間としては異端となってしまったため、この修道院でしか生きられない。そんなイレーヌがウィルとずっと一緒にいられるはずがない。
ウィルが幸せに生きられるのなら出て行くのは構わない。だが、行く当てもないのに出て行って、どうするというのか?
「……君には感謝している。俺がここまで回復できたのは君のお陰だ。それでも、俺にはやらなきゃいけない事があるんだ」
「……魔族と戦うのですか?」
ウィルは王太子だった。……真実は違っても、彼にとってはそうだろう。
王太子として国を取り戻したいと考えるのは当然だ。
何の気まぐれか、「彼」はウィルを殺さず、ただ痛めつけるだけだった。それでも、もう一度、国を取り戻すためにウィルが戦いを挑めば、今度は手加減などせず殺してしまうだろう。
勿論、そんな事、イレーヌには許容できない。
「俺を王太子と信じ、俺を守るために戦った臣下達の事を考えると、このまま安穏と生きられない。……俺を看護してくれた君には悪いと思うけれど、これだけは譲れない」
決然と言うウィルに、ある人の姿が重なった。
ウィルによく似たイレーヌの父親、今は亡きイグレック国の国王の姿が。
魔族に国を奪われ命を絶たれる直前でも父は父だった。最期まで誇り高く「彼」に対した。
(……どうして、あなたは私でも「彼」でもなく、お父様に似ているの?)
外見だけではない。ウィルが時折見せる言動も父に似ているのだ。
仕方ない事だと頭では分かっている。
――けれど。
(……分かっているわ。これは、私の身勝手な感情よ。ウィルは何も悪くないのに)
再会できた時は素直に嬉しかった。
けれど、青年になったウィルに父の面影を見る度に、どうしても罪悪感が刺激されて胸が痛むのだ。
「これから修道院長に挨拶してくる」
ウィルは挨拶を終えたら出て行くつもりなのだ。それが分かってイレーヌは焦った。
「待ってください!」
「悪いが、とめても無駄だ」
「……私の話を聞いて、それでも行くというのなら、とめはしません。まず、私の話を聞いてください」
「話とは?」
「洗濯物を干し終わったら部屋に伺います。待っていてください」
イレーヌは中庭でアイリーンと話した後、ウィルに彼女が魔族である事を話しておいた。
それに対してウィルは、さほど驚いていなかった。
「……あいつに痛めつけられて意識がなくなる寸前、黒髪の少女が駆け寄ってきた気がしたんだ。それが、あの子だったんだな」
どういう経緯か、アイリーンはウィルを気に入って人間に化けて彼と共に、この修道院にやってきたのだ。彼女が自分の意思でやってきたとは思わない。彼女とこの修道院には何の係わりもないのだから。
「彼」が送りつけたのだ。ウィル(とアイリーン)をウィルの母がいるこの修道院に。
イレーヌから息子を奪ったのは王妃だ。だが、間接的に「彼」も、それに係わっていると確信している。イレーヌがこの修道院から出られないのがその証拠だ。
だのに、なぜ今更イレーヌにウィルを会わせようというのか。
「彼」が何を考えているのか、さっぱり理解できない。
――けれど。
(……ウィルの前に現われたのなら、近いうちに私の前にも現れてくれるかしら?)
その時が自分の最期でも構わない。むしろ、イレーヌはそれを望んでいる。
我が子に再会できた。もう思い残す事はない。
イレーヌはウィルに母だと打ち明ける気はない。自らの出自を知ればウィルは苦しみだろうし、彼を守れなかった自分に母だと名乗る資格などないのだ。
十八年、母が傍にいなくても、ウィルは何とか生きていてくれた。それも父のような立派な青年に育ってくれた。一人でも何とか生きていってくれるだろう。母だと名乗りさえしなければ、イレーヌが死んでもウィルが悲しむ事はない。
十八年前望んだように、今度こそ「彼」の手で殺してほしかった。
(……ドノー、あなたは自らの罪の許しを請うために修道女になった。けれど、いくら神に祈ったところ許されはしないのよ)
どれだけ許しを請うたところで死者に声は届かない。
我が子が父そっくりに成長した事もまたイレーヌにとって己の罪を突きつけられる心地なのだ。
国と家族を奪った魔族に恋をした。
その罪は決して許されない――。
「ここのいたのか。イレーヌ」
一か月後、すっかり回復したウィルが中庭で洗濯物を干しているイレーヌの許にやってきた。
「ウィル様」
イレーヌは手にしているシーツを干すとウィルに向き直った。
「君のお陰で、すっかり回復した。それで、ここを出て行こうと思って」
「……出て行かれて、どうなさるのですか?」
ウィル自身が言っていた通り、彼はもう王太子ではない。この修道院を出て行っても行く当てなどないだろう。
「……君が気にする事じゃない」
「気にします。助けた方が、どうなるか気になるのは当たり前でしょう」
イレーヌのこの言葉は建前だ。十八年前ならともかく、今の彼女は、ただ看病しただけの人間なら、その後どうなろうと気にしない。勝手にしろと思う。神に仕える修道女になったのは他に道がなかったからであって博愛精神からではないのだ。
だが、ウィルだけは別だ。彼はイレーヌが腹を痛めて産んだ子なのだから。
母だと名乗る気はないし、ずっと一緒にいられるとは思ってもいない。
イレーヌは人間としては異端となってしまったため、この修道院でしか生きられない。そんなイレーヌがウィルとずっと一緒にいられるはずがない。
ウィルが幸せに生きられるのなら出て行くのは構わない。だが、行く当てもないのに出て行って、どうするというのか?
「……君には感謝している。俺がここまで回復できたのは君のお陰だ。それでも、俺にはやらなきゃいけない事があるんだ」
「……魔族と戦うのですか?」
ウィルは王太子だった。……真実は違っても、彼にとってはそうだろう。
王太子として国を取り戻したいと考えるのは当然だ。
何の気まぐれか、「彼」はウィルを殺さず、ただ痛めつけるだけだった。それでも、もう一度、国を取り戻すためにウィルが戦いを挑めば、今度は手加減などせず殺してしまうだろう。
勿論、そんな事、イレーヌには許容できない。
「俺を王太子と信じ、俺を守るために戦った臣下達の事を考えると、このまま安穏と生きられない。……俺を看護してくれた君には悪いと思うけれど、これだけは譲れない」
決然と言うウィルに、ある人の姿が重なった。
ウィルによく似たイレーヌの父親、今は亡きイグレック国の国王の姿が。
魔族に国を奪われ命を絶たれる直前でも父は父だった。最期まで誇り高く「彼」に対した。
(……どうして、あなたは私でも「彼」でもなく、お父様に似ているの?)
外見だけではない。ウィルが時折見せる言動も父に似ているのだ。
仕方ない事だと頭では分かっている。
――けれど。
(……分かっているわ。これは、私の身勝手な感情よ。ウィルは何も悪くないのに)
再会できた時は素直に嬉しかった。
けれど、青年になったウィルに父の面影を見る度に、どうしても罪悪感が刺激されて胸が痛むのだ。
「これから修道院長に挨拶してくる」
ウィルは挨拶を終えたら出て行くつもりなのだ。それが分かってイレーヌは焦った。
「待ってください!」
「悪いが、とめても無駄だ」
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