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「話って?」
部屋を訪れたイレーヌに椅子に腰掛けたウィルは言った。
小さな机と椅子、寝台だけでいっぱいの狭い部屋。ウィルが今まで暮らしていた王宮の私室とは違いすぎるだろう。
ウィルはイレーヌに寝台に座るように促したが彼女は首を振って立ったままだ。
「……まず、これを見てください」
イレーヌは、ためらいもせず修道服を脱ぎだした。
「ちょっ、イレーヌ!?」
それに、ウィルはぎょっとした。突然、女が男性の前で服を脱ぎだしたのだ。当然の反応だ。
「とめないで! これを見て!」
とめようとするウィルにイレーヌは強い口調で言うと、むき出しになった豊かな胸、その心臓の位置を示した。
「……それは!?」
イレーヌに促され最初は恐る恐るという感じで視線を向けたウィルだが、「それ」を目にすると顔色を変えた。
「……魔刻印、文字通り魔族の魔力によって押された刻印です」
イレーヌの心臓の位置には、朱色で描かれた逆五芒星を丸で囲んだ刺青のようなものがあった。無論、刺青などではない。十八年前、彼女の祖国を侵略した魔族の魔力によって押された刻印だ。
「……魔族の刻印なら、ただ単に肌に刻まれたってだけじゃないんだろう?」
驚きから脱したウィルが尋ねると、修道服を着直したイレーヌは頷いた。
「……はい。あなたの仰る通りです。私に魔刻印を押した魔族は祝福だと言った。けれど、私には呪いでしかない」
「……呪い?」
「……これのせいで、私は老いない上、決して死ねない体になりました。いえ、正確には、私に魔刻印を施した魔族が死なない限り死ねないんです。
高い所から飛び降りても、池に沈んでも、自分の体に火を点けても無駄でした。他人が私を殺そうとしても振り上げた剣は私ではなく、その人を殺してしまう」
今イレーヌが言ったのは十八年前、全て彼女が自分に試した事だ。
「……私の本当の年齢は今年で三十三。だのに、十五の時、この魔刻印を押された時から私の外見は全く変わりません」
「……それでは、君は、いや、貴女が俺の」
ウィルは信じられないという顔でイレーヌを凝視した。
「……はい。私があなたを産んだ母親です」
イレーヌはウィルが言わんとした言葉を口にした。
母だと名乗るつもりはなかった。けれど、ウィルをとめるためなら何だってする。
それに、おそらくウィルは知っている。「俺を王太子と信じ」。それは、真実を知らなければ出てこない言葉だ。
「……信じてもらえないだろうけれど、俺には胎児の頃からの記憶がある」
ごく稀に、そういう人間がいるのはイレーヌも知っている。
「……だから、ご自分が王太子でない事を知っていたのですね」
「……ああ。王妃に連れ去られる俺に向かって泣き叫ぶ君……いや、貴女を憶えている」
「……君でもお前でも構いませんよ」
いくらイレーヌが自分を産んだ母親だと分かっても、十八年も離れていたのだ。しかも、彼女の外見はウィルより年下だ。「貴女」とは言いにくいだろう。まして、「お母さん」や「母上」と呼んでほしいとは、とても言えない。
「……あなたに、ずっと謝りたかった」
「謝る?」
怪訝そうな顔のウィルにイレーヌは言った。
「……王妃に連れ去られるあなたを守れず、王太子として魔族と戦わせ大怪我を負わせてしまった。あの時、私があなたを守れていれば、こうはならなかった」
「貴女のせいじゃない。むしろ、俺などよりも、ずっとつらい目に遭っていたんだろう。不老で死ねないだけじゃない。貴女は、ここから出られない。だから、俺を取り戻せなかった。違うか?」
ウィルの言う通りだ。イレーヌは十八年、この修道院から出られなかった。門から歩いて出ようとしても、壁をよじ登ろうとしても、見えない壁に阻まれて決して修道院から出られない。
これもまた魔刻印のせいなのだろう。どういう理由か知らないが「彼」はイレーヌに修道院以外で暮らす事を許さない。
だが、何にしろイレーヌは外では暮らせない。弱者に手を差し伸べる修道院だから人間としては異端になってしまった彼女でも何とか受け入れてもらえるのだ。
……この二百年、魔族という種が誕生してから女性達が修道院に駆け込む理由で最も多いのは、これなのだ。魔族と係わってしまったために、人間としては異端となり人里では、とても暮らせないからだ。
「……俺を痛めつけた魔族、セバスチャンと名乗ったあいつが」
ウィルの顔は、できれば訊きたくないのだけれど訊かなければならないという悲壮感に満ちたものだった。
「……俺の生物学上の父親なんだな?」
イレーヌは、しばしためらった後、頷いた。ウィルが覚悟を持って訊いてきたのだ。ごまかすなどできない。
「……『彼』に出会ったのは十八年前、私の祖国イグレック国を侵略する魔族として現れたのです」
部屋を訪れたイレーヌに椅子に腰掛けたウィルは言った。
小さな机と椅子、寝台だけでいっぱいの狭い部屋。ウィルが今まで暮らしていた王宮の私室とは違いすぎるだろう。
ウィルはイレーヌに寝台に座るように促したが彼女は首を振って立ったままだ。
「……まず、これを見てください」
イレーヌは、ためらいもせず修道服を脱ぎだした。
「ちょっ、イレーヌ!?」
それに、ウィルはぎょっとした。突然、女が男性の前で服を脱ぎだしたのだ。当然の反応だ。
「とめないで! これを見て!」
とめようとするウィルにイレーヌは強い口調で言うと、むき出しになった豊かな胸、その心臓の位置を示した。
「……それは!?」
イレーヌに促され最初は恐る恐るという感じで視線を向けたウィルだが、「それ」を目にすると顔色を変えた。
「……魔刻印、文字通り魔族の魔力によって押された刻印です」
イレーヌの心臓の位置には、朱色で描かれた逆五芒星を丸で囲んだ刺青のようなものがあった。無論、刺青などではない。十八年前、彼女の祖国を侵略した魔族の魔力によって押された刻印だ。
「……魔族の刻印なら、ただ単に肌に刻まれたってだけじゃないんだろう?」
驚きから脱したウィルが尋ねると、修道服を着直したイレーヌは頷いた。
「……はい。あなたの仰る通りです。私に魔刻印を押した魔族は祝福だと言った。けれど、私には呪いでしかない」
「……呪い?」
「……これのせいで、私は老いない上、決して死ねない体になりました。いえ、正確には、私に魔刻印を施した魔族が死なない限り死ねないんです。
高い所から飛び降りても、池に沈んでも、自分の体に火を点けても無駄でした。他人が私を殺そうとしても振り上げた剣は私ではなく、その人を殺してしまう」
今イレーヌが言ったのは十八年前、全て彼女が自分に試した事だ。
「……私の本当の年齢は今年で三十三。だのに、十五の時、この魔刻印を押された時から私の外見は全く変わりません」
「……それでは、君は、いや、貴女が俺の」
ウィルは信じられないという顔でイレーヌを凝視した。
「……はい。私があなたを産んだ母親です」
イレーヌはウィルが言わんとした言葉を口にした。
母だと名乗るつもりはなかった。けれど、ウィルをとめるためなら何だってする。
それに、おそらくウィルは知っている。「俺を王太子と信じ」。それは、真実を知らなければ出てこない言葉だ。
「……信じてもらえないだろうけれど、俺には胎児の頃からの記憶がある」
ごく稀に、そういう人間がいるのはイレーヌも知っている。
「……だから、ご自分が王太子でない事を知っていたのですね」
「……ああ。王妃に連れ去られる俺に向かって泣き叫ぶ君……いや、貴女を憶えている」
「……君でもお前でも構いませんよ」
いくらイレーヌが自分を産んだ母親だと分かっても、十八年も離れていたのだ。しかも、彼女の外見はウィルより年下だ。「貴女」とは言いにくいだろう。まして、「お母さん」や「母上」と呼んでほしいとは、とても言えない。
「……あなたに、ずっと謝りたかった」
「謝る?」
怪訝そうな顔のウィルにイレーヌは言った。
「……王妃に連れ去られるあなたを守れず、王太子として魔族と戦わせ大怪我を負わせてしまった。あの時、私があなたを守れていれば、こうはならなかった」
「貴女のせいじゃない。むしろ、俺などよりも、ずっとつらい目に遭っていたんだろう。不老で死ねないだけじゃない。貴女は、ここから出られない。だから、俺を取り戻せなかった。違うか?」
ウィルの言う通りだ。イレーヌは十八年、この修道院から出られなかった。門から歩いて出ようとしても、壁をよじ登ろうとしても、見えない壁に阻まれて決して修道院から出られない。
これもまた魔刻印のせいなのだろう。どういう理由か知らないが「彼」はイレーヌに修道院以外で暮らす事を許さない。
だが、何にしろイレーヌは外では暮らせない。弱者に手を差し伸べる修道院だから人間としては異端になってしまった彼女でも何とか受け入れてもらえるのだ。
……この二百年、魔族という種が誕生してから女性達が修道院に駆け込む理由で最も多いのは、これなのだ。魔族と係わってしまったために、人間としては異端となり人里では、とても暮らせないからだ。
「……俺を痛めつけた魔族、セバスチャンと名乗ったあいつが」
ウィルの顔は、できれば訊きたくないのだけれど訊かなければならないという悲壮感に満ちたものだった。
「……俺の生物学上の父親なんだな?」
イレーヌは、しばしためらった後、頷いた。ウィルが覚悟を持って訊いてきたのだ。ごまかすなどできない。
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