イレーヌ

青葉めいこ

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 ゼドゥ国の隣にある小国、イグレック国。

 文武両道で美丈夫な国王、彼を支える聡明で美しき王妃。

 王妃に似た王女と国王に似た王太子。

 王家と国家に忠誠を誓った有能な臣下達。

 国土こそ小さいが彼らに治められたイグレック国は平和を享受していた。

「彼」が現れるまでは――。




 イレーヌの目は突然現れた魔族に釘付けだった。

 人間にはない黒い髪と瞳、尖った耳。人間に似ていながら人間離れした美貌。

 イグレック国王宮、玉座のある大広間。

「彼」が国王である父や王妃である母、王太子である弟、そして臣下達を惨殺するのをよそに、イレーヌはひたすら彼を見つめ続けた。

 家族や臣下達を目の前で殺されても何とも思わなかった。

 あまりの出来事に感情が麻痺したのか。

 いや、その時には、もうすでにイレーヌの心は奪われていたのだ。

 家族や臣下達を殺し祖国を侵略した魔族セバスチャンに――。

 血に染まり多数の死体が転がる大広間。

 彼とイレーヌしか生きている者は存在しない。

 目の前にやって来た彼をイレーヌは、ただ見つめ続けた。

 彼が優美な手をイレーヌに伸ばした。殺されるのだと思っていた。恐怖はなかった。

 イレーヌだけを生かしてくれるとは、この時には思わなかったのだ。彼の手にかかって死ぬのなら悪くないとすら思っていたのに。

 この時に、殺してくれればよかったのに――。

 顎を摑まれ口づけられた。ただ呆然とするイレーヌを彼は床に押し倒した。




「どうした? アイリーン・・・・・

 元は国王の、父の寝室、その豪華な寝台に腰掛けた黒髪の麗人が部屋の中央に立ち尽くすイレーヌに声をかけた。

 セバスチャンと名乗った彼がイグレック国の国王や臣下達を惨殺してから三日経っている。

「……私の名はイレーヌです。アイリーンと呼ぶのは、やめてください」

 惨劇の場と化した大広間で彼に抱かれた。その際に「イレーヌ」と名乗ったにもかかわらず、彼はイレーヌを「アイリーン」としか呼ばない。

 ……「アイリーン」と呼びながらイレーヌを抱くのだ。

 彼は魔力でイレーヌを寝台に放り投げた。

「……何を!?」

 抗議しようとするイレーヌの両肩を彼は押さえつけた。

「私にとっては『アイリーン』だ」

「違うわ! 私はイレー」

 イレーヌは最後まで言えなかった。彼に口づけられたからだ。

 今夜も甘くて苦しい行為が始まる――。




 イレーヌは気づいてしまった。

 彼が、なぜイレーヌだけを生かしたのか。

 彼にとってイレーヌは「アイリーン」という女性の身代わりなのだ。

 ……国を家族を奪った男だのに、それに対する憎しみではなく、身代わりにされた悔しさや悲しみのほうが上回っている。

 それに気づいて、イレーヌは愕然とした。

 自分は自分だ。どれだけ「アイリーン」という女性に似ていたとしても、イレーヌはイレーヌ以外の何者にもなれないし、なる気もない!

 それに彼が気づいて、イレーヌに厭きてくれない限り、殺してはくれないだろう。

 彼がイレーヌに厭きて殺してくれるのを待つのは、彼に殺された家族や臣下達に申し訳ない。

 イレーヌも本当は、あの時、殺されていたはずだからだ。

 たまたま、彼の想い人に似ていたから殺されずにすんだにすぎない。

 だから、イレーヌは自らを殺そうと思った。

 その時は、簡単にできると思ったのだ。

 けれど、何をしても無駄だった。

 高い所から飛び降りても、刃物で心臓を刺そうとしても、火と自らの体に点けようとしても。

 最初に彼に抱かれた後、胸に押された魔刻印。

 それをイレーヌを死から遠ざける。

 最初に自殺を試み失敗した後、彼に教えられた。

「私が生きている限り、お前は他殺も自殺も不可能だ。その若く美しい姿のまま生き続ける」

 魔刻印を押した彼が死なない限り、イレーヌは死ねないのだ。

 イレーヌに彼は殺せない。彼が魔族というのもあるが……心情的に無理だ。

 いくら家族と国を奪った魔族だと言い聞かせても、イレーヌに彼を傷つける事はできない。

 また、他者が彼を傷つけたり殺したりするなど考えたくもなかった。

 この、イレーヌにとっては呪いでしかない魔刻印が消えるのだとしても、彼の死を望む事はできなかった。

 彼がいくらイレーヌから全てを奪った魔族だとしても――。

 やはり、これは、もう彼に殺してもらうしかない。

 そのためには、彼には、さっさとイレーヌに厭きてもらわねば――。













 

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