イレーヌ

青葉めいこ

文字の大きさ
12 / 18

12

しおりを挟む
「……お分かりになったでしょう? 私がどれだけ最低な女か」

 ただただ呆然とイレーヌの話を聞いているウィルに、イレーヌは自嘲の笑みを向けた。

「……国や家族を奪った男を憎むよりも、身代わりにされた事に憤る、どうしようもない女です。こんな私に、あなたの母だと名乗る資格も、そう思ってもらえる資格もない」

 何より、父そっくりに成長した現在のウィルに対して複雑な想いがある。

 それでも――。

「それでも、母として、あなたに生きていてほしいと思う気持ちに嘘はありません」

 ウィルはゼドゥ国の国王の息子ではない。けれど、自分を王太子と信じ自分を庇って死んでいった臣下達への罪悪感が、死ぬと分かっていても彼に戦いを挑む理由なのだろう。

 王妃と国王がウィルを王太子にした。ウィルが王太子として生きる破目になり、彼に重傷を負わされたのは、王妃と国王のせいだ。

 ウィルには何の罪もない。

 けれど、そう簡単に割り切れないのだろう。

 実際に、目の前で自分を庇って死んだ人間を目にしては。

「……俺に、あいつと戦うなというのか? あいつが俺の生物学上の父親だから?」

 ウィルはほろ苦く笑った。

「……貴女の胎にいるうちから俺を殺そうとした男を生物学上以外で父親と思えというのは、絶対に無理だ」

「そういう事ではありません」

 ウィルの誤解を解くためにイレーヌは必死な顔で言った。

「いくら血が繋がっていても肉親の情を抱けない人もいます。愛情は強制できません。

 彼が父親だから戦うなと言っているのではありません。私はただ、あなたに生きていてほしいのです。……それが、あなたを苦しめる事になっても、生きていてほしい。ただ、それだけなんです」

 これはイレーヌの我儘だ。

 時には生きている事のほうがつらい。この十八年、イレーヌもそうだった。

 ウィルも自分一人が生き残った現実がつらいのだ。

 それでも、我が子ウィルには生きていてほしい。

 それが、ウィルを苦しめる事になっても――。

「……俺は十八年、貴女の傍にいなかった。こんな俺がいなくなったとしても、悲しまなくていいんだ」

 ウィルは優しく微笑んだ。その顔がひどく父に似ていて、イレーヌは泣きたくなった。

「……確かに、十八年、あなたは私の傍にいなかった。それでも、我が子あなたが、この世界のどこかに生きていてくれる事が、ここに閉じ込められ決して死ねない私の支えになった」

 イレーヌは泣きそうな顔で微笑んだ。

「……あなたは私の最後の希望。それを奪わないで」

 ウィル自身がいなくなる事を望んでいるのだとしても、イレーヌは絶対に認めない。

 ウィルのためではない。自分のためだ。

 自分がこれからも生きるために、ウィルには生き続けてほしい。

 そんな醜い思いが言わせた言葉だった。




「……イレーヌ」

 ひどく困った顔をしたウィルだが、次の瞬間、顔色を変えた。

 ウィルだけではない。イレーヌもだ。

 自分達の目の前に現れた存在故に――。

 空間が揺らいだと思ったら、目の前に現れたのだ。

 魔族だが「彼」ではない。

 尖った耳、短い黒髪と黒い瞳、中背痩躯、そして、彼に匹敵する美貌。

 同じ魔族だのに、彼とは、だいぶ印象が違う。

 彼の表情からは人間とは違う思考回路と長すぎる生による重厚さが窺い知れた。それが、人間離れした美貌と相まって他者を威圧する空気を放っていた。

 けれど、現れた魔族の青年は、親しみやすささえ感じる穏やかな顔をしている。

 だが、なぜだろう。

 イレーヌには、この目の前の一見、穏やかで優しげな顔をした魔族のほうが、彼よりも恐ろしい存在に思えて仕方なかった。

 それは、ウィルも同じらしく、ひどく緊張した顔をしている。それでも、魔族からイレーヌを庇うように彼女の前に立った。

「やあ」

 魔族は、ひどく人懐っこい笑顔をイレーヌとウィルに向けた。

 それでも、イレーヌとウィルの警戒心は解けなかった。

 そんなイレーヌとウィルに構わず、魔族は自己紹介した。

「僕はジェームズ。魔王だ」

「「魔王!?」」

 イレーヌとウィルは同時に驚きの声を上げた。

 ジェームズと名乗った魔王は、しげしげとウィルを見つめると納得したように頷いた。

「……ああ、なるほど。あの馬鹿娘が惚れるのも分かる。いい男だね。君」

「……魔王が俺達に何の用だ?」

 強張った顔で尋ねるウィルとは対照的に魔王は穏やかに言った。

「君達に会いたかったんだ」

「私達に?」

 ウィルの背後でイレーヌは首を傾げた。なぜ、魔王がイレーヌとウィルに会いたいなどと思うのだろう?

「君に付きまとっていたあの馬鹿娘、僕の娘なんだ」

 魔王は、さらりとイレーヌとウィルにとって衝撃的な発言をした。

「……あのアイリーンという魔族、あなたの娘なんですか?」

 イレーヌの確認に魔王は頷いた。

「ああ。僕と僕の愛する人間の女、アイリーンとの間に産まれた娘だ」

(……魔王が愛する人間の女性も「アイリーン」)

 あの魔族のアイリーンは母親の名前をそのまま名付けられたのだろう。

 魔族のアイリーンは彼と知り合いだった。だから、もしかしたら、彼の想い人は彼女ではないかと思っていた。……そうだったら絶望するなと。

 けれど、本当は、彼の真実の想い人は――。

 それ・・だったら、身代わりが必要な理由も納得できる。

 ……だからといって、身代わりになどなってやる気はさらさらないが。

 そもそも誰も誰かの身代わりになどなれないのだから――。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チョイス伯爵家のお嬢さま

cyaru
恋愛
チョイス伯爵家のご令嬢には迂闊に人に言えない加護があります。 ポンタ王国はその昔、精霊に愛されし加護の国と呼ばれておりましたがそれももう昔の話。 今では普通の王国ですが、伯爵家に生まれたご令嬢は数百年ぶりに加護持ちでした。 産まれた時は誰にも気が付かなかった【営んだ相手がタグとなって確認できる】トンデモナイ加護でした。 4歳で決まった侯爵令息との婚約は苦痛ばかり。 そんな時、令嬢の言葉が引き金になって令嬢の両親である伯爵夫妻は離婚。 婚約も解消となってしまいます。 元伯爵夫人は娘を連れて実家のある領地に引きこもりました。 5年後、王太子殿下の側近となった元婚約者の侯爵令息は視察に来た伯爵領でご令嬢とと再会します。 さて・・・どうなる? ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

夢を現実にしないための正しいマニュアル

しゃーりん
恋愛
娘が処刑される夢を見た。 現在、娘はまだ6歳。それは本当に9年後に起こる出来事? 処刑される未来を変えるため、過去にも起きた夢の出来事を参考にして、変えてはいけないことと変えるべきことを調べ始める。 婚約者になる王子の周囲を変え、貴族の平民に対する接し方のマニュアルを作り、娘の未来のために頑張るお話。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

魔法使いとして頑張りますわ!

まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。 そこからは家族ごっこの毎日。 私が継ぐはずだった伯爵家。 花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね? これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。 2025年に改編しました。 いつも通り、ふんわり設定です。 ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m Copyright©︎2020-まるねこ

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

処理中です...