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忘れていた出会い
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二年間の蟠りが解消し、ご機嫌で自宅に帰ってきたエウリだが、玄関で館の主の隣にいる人を見てげんなりした。
どうして今日は会いたくない人に会うのだろう?
アリスタとは二年間の蟠りがなくなったから会えてよかったけれど、「彼」とは本当に会いたくなかった。家族になるから嫌でも毎日顔を合わせる事になる。だから、今だけでも避けたいと思っているのに。
「ようやく会えたな。エウリ」
ハーキュリーズは苦々しい顔で言った。それさえも美しく見えるが、せっかくの上機嫌に水を差された気分なエウリは生憎見惚れる気にはなれない。
「……何で、この方が、ここにいるのよ?」
ハーキュリーズの隣で申し訳なさそうな顔をしているこの館の主パーシーに、エウリは露骨に不機嫌な顔を向けた。
玄関でパーシーと一緒のところに遭遇したのだ。ハーキュリーズが勝手に訪ねてきたのではなくパーシーが連れてきたのだろう。
一応ミュケーナイ侯爵一家には、エウリがグレーヴス男爵家ではなくパーシーの許にいる事は伝えてある。
皇族であるティーリュンス公爵の館に、なぜ男爵令嬢が居候しているのか、普通なら根掘り葉掘り訊くはずだが、どういう訳か彼らはそうしなかった(デイアだけは、出版社の社長と所属している作家という関係で納得したのだろう)。
興味がないのか、踏み込むべきではないと気遣ってくれたのか。あんな高飛車な結婚条件を出したエウリを受け入れてくれた人達だ。一般人と同じ尺度では、はかれないのかもしれない。
「……ハークに頼まれたんだよ。エウリに会わせてほしいって。君は俺の親友だけど、ハークは可愛い甥っ子だ。断れなかったんだ」
……忘れていた。パーシーは意外と身内に甘いという事を。
「この前は話の途中で帰られたからな。ゆっくり話したい」
顔合わせの後、さっさと馬車に乗り込んだ事だろう。
「結婚をやめろというお話なら聞くつもりはありません」
「最終的にはそうだが、違う話だ」
「立ち話もなんだ。居間で話せ」
パーシーは二人を居間に連れて行った。
「ハークはエウリと二人で話したいだろうから俺は遠慮するが、俺の家で妙な真似はするなよ。ハークは本物の紳士だから言う必要もないだろうがな」
男性に恐怖と嫌悪を抱くエウリのために、パーシーはわざわざ釘を刺してくれているらしい。
「しませんよ」
今度はハーキュリーズが、げんなりした顔になった。
パーシーと入れ違いに侍女が飲み物とお菓子を持ってきてくれた。
侍女が去ると同時にハーキュリーズは言った。
「君は誤解している」
「誤解ですか?」
「私は君の外見だけを見て求婚したんじゃない。その内面にも惹かれて求婚したんだ」
「……知り合ったばかりで、私の何が分かると言うんです?」
エウリの一番腹の立つを事をハーキュリーズは何気なく言ってくれる。
(……私がどういう人間か知りもしないくせに)
まだ外見だけで好きになったと言われたほうがマシだ。エウリ自身も男性の外見しか見ていないからお互い様だし。
苛々するエウリだが、次のハーキュリーズの言葉で思考停止になった。
「――アドニス」
「……なせ、その名を?」
エウリは動揺のあまり思わず尋ねてしまった。ごまかすとか思いつきもしなかったのだ。
ハーキュリーズが言っているのは当然BL作家「アネモネ・アドニス」の事ではないだろう。BL作家のほうなら「アネモネ・アドニス」であって「アドニス」ではないのだから。それに、何より彼が妹のようにBL小説を読むとは思えない。
「……やはり憶えていないんだな」
ハーキュリーズは苦笑した。
「四歳の時だ。君は少年の恰好で『アドニス』と名乗っていた」
「……四歳」
ハーキュリーズが四歳なら当然エウリも四歳。グレーヴス男爵夫妻に引き取れる前だ。彼の言う通り、その頃のエウリは少年の姿で「アドニス」と名乗っていた。
母が亡くなる前に「女の子でいるよりは男の子でいるほうが安全だろうから。その際は『アドニス』と名乗りなさい」という言葉で男装を始めたのだが「安全」などではなかった。
みすぼらしい少年の姿でも、おぞましい欲望の対象として狙う輩もいるのだ。身寄りのない幼子など奴らにとって絶好の獲物でしかない。エウリが男性に嫌悪と恐怖を抱いた要因だ。
「……その頃の私と会っていたんですか?」
現在と違い生きる事だけに精一杯だったエウリは他人の美醜になど興味はなかった。すごい美少年だっただろうハーキュリーズを憶えていなくても当然だと思う。
何より「アドニス」として生きたあの頃の事は、「彼女」との出会い以外は全て抹消したいくらい忌まわしいのだ。
「ああ。夏祭りで出会い頭に私が手にしていた食べ物を奪って逃げた」
くすくす笑うハーキュリーズは整い過ぎて冷たい印象を受ける美貌が和らぎ、それはそれで魅力的だが、話の内容が内容のためエウリは赤面した。
その頃の自分ならやりそうな事だとエウリはハーキュリーズの言葉を全く疑わなかった。
それからハーキュリーズはエウリが憶えていない彼との出会いを詳しく話してくれた。
「君と過ごした時間は短かったのに、ずっと忘れられなかった。いくら衝撃的な出会いでも、君を少年だと思っていたから自分はおかしいんじゃないかと悩んだりもしたな」
(……腐女子として、BL作家として、おいしいネタだわ)
忌まわしい過去の話をしているこんな時でさえ、そういうネタには反応してしまう自分にエウリは内心苦笑した。
(数年後再会して実は女だったってオチはなしで、男のままでくっつけてしまおう)
自分が完全に忘れていたハーキュリーズとの出会いですら、BL小説のネタとして使おうとするエウリだった。
「君が社交界デビューした姿を見て、すぐに気づいた。彼女こそ私がずっと捜し求めていた『アドニス』だって」
「……よく分かりましたね」
みすぼらしい恰好をしたアドニスと絶世の美少女となったエウリ。
いくら同じ色の髪と瞳、似た顔だと気づいても、まず同一人物だと思わないだろうに。
「自分でも不思議なんだけどね。一目で分かったんだ。アドニスだった君も、エウリュディケ・グレーヴスになった君も、私が惹かれた同じ一人の人間だ。
これで分かっただろう? 私は君の美しい外見だけで求婚したんじゃないって事が」
確かに子供の頃のエウリ、アドニスの外見で好きになる人などいないだろう。
貧相な子供。いつもお腹を空かせて食べ物の事だけを考えていた。生存本能の赴くままに。
あれは人間ではなく獣と同じだ。
エウリが忘れたい消し去りたいと願っている過去の一片。
それでも、あの頃の自分を否定する気はない。
どれだけ忘れたく消し去りたい過去であっても現在の自分を形作っている一部なのだから。
だからこそペンネームに「アネモネ・アドニス」を使っているのだ。
「……外見だけで求婚した。そう言われたほうがマシだった」
エウリはぽつりと呟いた。内心の想いのため敬語を遣う余裕などなかった。
「エウリ?」
怪訝そうに自分を見るハーキュリーズにエウリはほろ苦く微笑んだ。
「『アドニス』だった私を知った上で好きになった。そう言えば、私が絆されるとでも? 好きになるとでも? 残念ですが、むしろ逆です。
『アドニス』だった私を否定する気はありません。あの頃があって現在の私になったんですもの。でも、あの頃の事は思い出したくもない忌まわしい過去の一片であり、それを思い出させられるのは不愉快でしかないんです」
「……好きになってもらうために話した訳じゃない。ただ外見だけで好きになったんじゃないって事を知ってほしかったんだ。だが、それが君を不愉快にさせたのなら、すまない」
ハーキュリーズが途方に暮れているのが分かる。
「……そういうところまで、オルフェ様と同じですね」
エウリは呆れた視線をハーキュリーズに投げた。
「謝るのは私のほうでしょう? 自分だけの理屈で一方的に怒って真剣に気持ちを伝えてくれたあなたに、きつい態度をとってしまったんですもの」
今だけではない。求婚の時も、顔合わせの時も、エウリは、いつもハーキュリーズの言葉を真剣に聞かなかった。「どうせ、この人も自分の外見だけで求婚したのだ」と思い込み適当にあしらってきたのだ。
エウリは優雅な所作で頭を下げた。
「ごめんなさい。ハーキュリーズ様」
貴族の令嬢ならば「申し訳ありません」と言うべきだろうが、自分らしい謝罪の言葉としてエウリは「ごめんなさい」が相応しいと思ったのでそうした。
「君が謝る事など何もないよ。『アドニス』からエウリュディケ・グレーヴスとなって驚くほど綺麗になっても、君の根本は何ひとつ変わってないんだって、その態度で確信して嬉しかったんだ。きつい態度をとられて嬉しいと思えるのは君だけだな」
エウリが「アドニス」だった頃から好きになった彼が理解不能だ。
「アドニス」がみすぼらしい「少年」だったからではない。親切にしたのに、きつい言葉を返され人さらいに遭遇したのだ。普通なら忌まわしい過去として忘れるはずだのに。
「どうか『ハーク』と呼んでほしい。父上とデイアは愛称で呼んでいるんだから、いいだろう?」
「……では、『ハーク様』と呼ばせていただきます」
確かに家族の中で彼だけずっと「ハーキュリーズ様」と言うのは不公平な気もする。それに、「ハーキュリーズ」よりは「ハーク」のほうが言いやすいし。
「……ところで、あなたが話してくださった私、いえ『アドニス』との出会いですが」
エウリは数分前のハークと同じ言葉を遣った。
「あなたは誤解している」
「誤解?」
ハークは鸚鵡返しした。それも数分前のエウリと同じ反応だ。
「人さらいから一緒に逃げた事です。その時の事は憶えていない。それでも、あなたが言うような、あなたを見捨てられなかったなんていう優しい気持ちからではないと断言できます」
エウリが、「アドニス」が、どれだけ卑怯で卑劣な人間なのか知って幻滅してくれればいい。
「……あれは、最初に人買いに捕まった時の事です。そこで同い年の女の子に出会ったんです」
エウリは「アドニス」として生きた二年間で唯一忘れたくない「彼女」との出会いを話し始めた。
どうして今日は会いたくない人に会うのだろう?
アリスタとは二年間の蟠りがなくなったから会えてよかったけれど、「彼」とは本当に会いたくなかった。家族になるから嫌でも毎日顔を合わせる事になる。だから、今だけでも避けたいと思っているのに。
「ようやく会えたな。エウリ」
ハーキュリーズは苦々しい顔で言った。それさえも美しく見えるが、せっかくの上機嫌に水を差された気分なエウリは生憎見惚れる気にはなれない。
「……何で、この方が、ここにいるのよ?」
ハーキュリーズの隣で申し訳なさそうな顔をしているこの館の主パーシーに、エウリは露骨に不機嫌な顔を向けた。
玄関でパーシーと一緒のところに遭遇したのだ。ハーキュリーズが勝手に訪ねてきたのではなくパーシーが連れてきたのだろう。
一応ミュケーナイ侯爵一家には、エウリがグレーヴス男爵家ではなくパーシーの許にいる事は伝えてある。
皇族であるティーリュンス公爵の館に、なぜ男爵令嬢が居候しているのか、普通なら根掘り葉掘り訊くはずだが、どういう訳か彼らはそうしなかった(デイアだけは、出版社の社長と所属している作家という関係で納得したのだろう)。
興味がないのか、踏み込むべきではないと気遣ってくれたのか。あんな高飛車な結婚条件を出したエウリを受け入れてくれた人達だ。一般人と同じ尺度では、はかれないのかもしれない。
「……ハークに頼まれたんだよ。エウリに会わせてほしいって。君は俺の親友だけど、ハークは可愛い甥っ子だ。断れなかったんだ」
……忘れていた。パーシーは意外と身内に甘いという事を。
「この前は話の途中で帰られたからな。ゆっくり話したい」
顔合わせの後、さっさと馬車に乗り込んだ事だろう。
「結婚をやめろというお話なら聞くつもりはありません」
「最終的にはそうだが、違う話だ」
「立ち話もなんだ。居間で話せ」
パーシーは二人を居間に連れて行った。
「ハークはエウリと二人で話したいだろうから俺は遠慮するが、俺の家で妙な真似はするなよ。ハークは本物の紳士だから言う必要もないだろうがな」
男性に恐怖と嫌悪を抱くエウリのために、パーシーはわざわざ釘を刺してくれているらしい。
「しませんよ」
今度はハーキュリーズが、げんなりした顔になった。
パーシーと入れ違いに侍女が飲み物とお菓子を持ってきてくれた。
侍女が去ると同時にハーキュリーズは言った。
「君は誤解している」
「誤解ですか?」
「私は君の外見だけを見て求婚したんじゃない。その内面にも惹かれて求婚したんだ」
「……知り合ったばかりで、私の何が分かると言うんです?」
エウリの一番腹の立つを事をハーキュリーズは何気なく言ってくれる。
(……私がどういう人間か知りもしないくせに)
まだ外見だけで好きになったと言われたほうがマシだ。エウリ自身も男性の外見しか見ていないからお互い様だし。
苛々するエウリだが、次のハーキュリーズの言葉で思考停止になった。
「――アドニス」
「……なせ、その名を?」
エウリは動揺のあまり思わず尋ねてしまった。ごまかすとか思いつきもしなかったのだ。
ハーキュリーズが言っているのは当然BL作家「アネモネ・アドニス」の事ではないだろう。BL作家のほうなら「アネモネ・アドニス」であって「アドニス」ではないのだから。それに、何より彼が妹のようにBL小説を読むとは思えない。
「……やはり憶えていないんだな」
ハーキュリーズは苦笑した。
「四歳の時だ。君は少年の恰好で『アドニス』と名乗っていた」
「……四歳」
ハーキュリーズが四歳なら当然エウリも四歳。グレーヴス男爵夫妻に引き取れる前だ。彼の言う通り、その頃のエウリは少年の姿で「アドニス」と名乗っていた。
母が亡くなる前に「女の子でいるよりは男の子でいるほうが安全だろうから。その際は『アドニス』と名乗りなさい」という言葉で男装を始めたのだが「安全」などではなかった。
みすぼらしい少年の姿でも、おぞましい欲望の対象として狙う輩もいるのだ。身寄りのない幼子など奴らにとって絶好の獲物でしかない。エウリが男性に嫌悪と恐怖を抱いた要因だ。
「……その頃の私と会っていたんですか?」
現在と違い生きる事だけに精一杯だったエウリは他人の美醜になど興味はなかった。すごい美少年だっただろうハーキュリーズを憶えていなくても当然だと思う。
何より「アドニス」として生きたあの頃の事は、「彼女」との出会い以外は全て抹消したいくらい忌まわしいのだ。
「ああ。夏祭りで出会い頭に私が手にしていた食べ物を奪って逃げた」
くすくす笑うハーキュリーズは整い過ぎて冷たい印象を受ける美貌が和らぎ、それはそれで魅力的だが、話の内容が内容のためエウリは赤面した。
その頃の自分ならやりそうな事だとエウリはハーキュリーズの言葉を全く疑わなかった。
それからハーキュリーズはエウリが憶えていない彼との出会いを詳しく話してくれた。
「君と過ごした時間は短かったのに、ずっと忘れられなかった。いくら衝撃的な出会いでも、君を少年だと思っていたから自分はおかしいんじゃないかと悩んだりもしたな」
(……腐女子として、BL作家として、おいしいネタだわ)
忌まわしい過去の話をしているこんな時でさえ、そういうネタには反応してしまう自分にエウリは内心苦笑した。
(数年後再会して実は女だったってオチはなしで、男のままでくっつけてしまおう)
自分が完全に忘れていたハーキュリーズとの出会いですら、BL小説のネタとして使おうとするエウリだった。
「君が社交界デビューした姿を見て、すぐに気づいた。彼女こそ私がずっと捜し求めていた『アドニス』だって」
「……よく分かりましたね」
みすぼらしい恰好をしたアドニスと絶世の美少女となったエウリ。
いくら同じ色の髪と瞳、似た顔だと気づいても、まず同一人物だと思わないだろうに。
「自分でも不思議なんだけどね。一目で分かったんだ。アドニスだった君も、エウリュディケ・グレーヴスになった君も、私が惹かれた同じ一人の人間だ。
これで分かっただろう? 私は君の美しい外見だけで求婚したんじゃないって事が」
確かに子供の頃のエウリ、アドニスの外見で好きになる人などいないだろう。
貧相な子供。いつもお腹を空かせて食べ物の事だけを考えていた。生存本能の赴くままに。
あれは人間ではなく獣と同じだ。
エウリが忘れたい消し去りたいと願っている過去の一片。
それでも、あの頃の自分を否定する気はない。
どれだけ忘れたく消し去りたい過去であっても現在の自分を形作っている一部なのだから。
だからこそペンネームに「アネモネ・アドニス」を使っているのだ。
「……外見だけで求婚した。そう言われたほうがマシだった」
エウリはぽつりと呟いた。内心の想いのため敬語を遣う余裕などなかった。
「エウリ?」
怪訝そうに自分を見るハーキュリーズにエウリはほろ苦く微笑んだ。
「『アドニス』だった私を知った上で好きになった。そう言えば、私が絆されるとでも? 好きになるとでも? 残念ですが、むしろ逆です。
『アドニス』だった私を否定する気はありません。あの頃があって現在の私になったんですもの。でも、あの頃の事は思い出したくもない忌まわしい過去の一片であり、それを思い出させられるのは不愉快でしかないんです」
「……好きになってもらうために話した訳じゃない。ただ外見だけで好きになったんじゃないって事を知ってほしかったんだ。だが、それが君を不愉快にさせたのなら、すまない」
ハーキュリーズが途方に暮れているのが分かる。
「……そういうところまで、オルフェ様と同じですね」
エウリは呆れた視線をハーキュリーズに投げた。
「謝るのは私のほうでしょう? 自分だけの理屈で一方的に怒って真剣に気持ちを伝えてくれたあなたに、きつい態度をとってしまったんですもの」
今だけではない。求婚の時も、顔合わせの時も、エウリは、いつもハーキュリーズの言葉を真剣に聞かなかった。「どうせ、この人も自分の外見だけで求婚したのだ」と思い込み適当にあしらってきたのだ。
エウリは優雅な所作で頭を下げた。
「ごめんなさい。ハーキュリーズ様」
貴族の令嬢ならば「申し訳ありません」と言うべきだろうが、自分らしい謝罪の言葉としてエウリは「ごめんなさい」が相応しいと思ったのでそうした。
「君が謝る事など何もないよ。『アドニス』からエウリュディケ・グレーヴスとなって驚くほど綺麗になっても、君の根本は何ひとつ変わってないんだって、その態度で確信して嬉しかったんだ。きつい態度をとられて嬉しいと思えるのは君だけだな」
エウリが「アドニス」だった頃から好きになった彼が理解不能だ。
「アドニス」がみすぼらしい「少年」だったからではない。親切にしたのに、きつい言葉を返され人さらいに遭遇したのだ。普通なら忌まわしい過去として忘れるはずだのに。
「どうか『ハーク』と呼んでほしい。父上とデイアは愛称で呼んでいるんだから、いいだろう?」
「……では、『ハーク様』と呼ばせていただきます」
確かに家族の中で彼だけずっと「ハーキュリーズ様」と言うのは不公平な気もする。それに、「ハーキュリーズ」よりは「ハーク」のほうが言いやすいし。
「……ところで、あなたが話してくださった私、いえ『アドニス』との出会いですが」
エウリは数分前のハークと同じ言葉を遣った。
「あなたは誤解している」
「誤解?」
ハークは鸚鵡返しした。それも数分前のエウリと同じ反応だ。
「人さらいから一緒に逃げた事です。その時の事は憶えていない。それでも、あなたが言うような、あなたを見捨てられなかったなんていう優しい気持ちからではないと断言できます」
エウリが、「アドニス」が、どれだけ卑怯で卑劣な人間なのか知って幻滅してくれればいい。
「……あれは、最初に人買いに捕まった時の事です。そこで同い年の女の子に出会ったんです」
エウリは「アドニス」として生きた二年間で唯一忘れたくない「彼女」との出会いを話し始めた。
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