腐女子令嬢は再婚する

青葉めいこ

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嫌われるために

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「君の口ぶりからして、彼女と今も交流があるみたいだな」

「はい。私にとって男性の親友はパーシー……ティーリュンス公爵様で、女性の親友は彼女です」

 ――あなたは自由に生きて。

 アドニスとして生きた二年間を支えていたのは、母の最期の言葉だけじゃない。

 ――君は自由に生きるんだ!

 人買いから逃がしてくれた時に叫んだ彼女の言葉もまたアドニスを、エウリを支えてくれていたのだ。

 だからこそ、彼女を見捨てて逃げた事が、ずっと心に残っていた。

 彼女が自分から人買いの許に戻ったとしても、それが彼女にいい結果をもたらしたとしても、エウリが彼女を踏みつけにした事実は変わらないのだ。

「君は彼女を見捨てて逃げたと言ったが、その事で彼女が君を責めたのか?」

「……いいえ。むしろ、あの時、私を逃がした事がよかったのかと、ずっと悩んでいたと言っていました」

「どういう意味だ?」

「……幼い子供がたった一人で生きるのは過酷な事だと後で気づいたからです。確かに、ひどい娼館や、どっかの変態に売られるよりはマシかもしれない。それでも運が良ければ、彼女のように、とてもいい方に引き取られたり、娼館によっては娼婦を大切にしてくれる所もありますから」

「……だが、それは、君の言うように、とても運がいい場合だろう?

 ……『アドニス』として生きた頃の事を君は思い出したくもない忌まわしい過去だと言う。私が想像もできないほどつらい体験もしたんだろう。それでも私は彼女が君を逃がしてくれて感謝している。そうでなければ、私は『アドニス』に、君に出会えなかったからな」

「……私は完全に忘れているのに?」

 彼女との出会い以外は忌まわしい過去として忘却したのに。

「それでも、私は憶えている。君にとっては忌まわしい過去の一片でも私には大切な思い出だ。君がどれだけ不愉快に思っても忘れる事はできない」

「アドニス」として生きた頃の事を、ずっと忌まわしい過去だと思い続けてきた。

 それでも、その頃の自分アドニスを大切に想ってくれた人もいたのだ。

 亡くなった母だけじゃない。二年前に再会した「彼女」も、ハークも、たった一度だけ会った「アドニス」を、エウリを、気にかけてくれていたのだ。

(……そんな風に想ってもらえる価値など、私にはないのに……)

 だからこそ、ハークにはエウリへの恋情を消してほしかった。

「……私が、どうやってアリスタ様と離婚したか聞いたら、そうは言えないでしょうね」

 そのためになら、なるべく隠していたかった前夫との離婚の経緯だって話す。ハークなら友人の醜聞を言い触らしたりしないから安心して話せる。

「知っている」

 ハークは意外な言葉を放った。

「君が、どうやってアリスタと離婚したのか知っているんだ」

「……アリスタ様がお話になったんですか?」

 前妻と妻にはめられた事を友人によく話せたものだ。

「生半可な覚悟で手に入れられる女性じゃないと忠告してくれたんだ」

「……忠告ですか」

(……アリスタ様がどういう風にお話したかは知らないけれど……意味はなかったみたいね)

 知ってもなお、ハークはエウリに求婚しにきたのだから。

「……愛してくれる夫と離婚するのに卑怯な手を使った女ですよ。私は『アドニス』だった頃から何も変わらない。好意を抱いてくれる人を傷つける事に、利用する事に、何のためらいも覚えないのだから」

「だが、アリスタは君と離婚してよかったんだろう? 素晴らしい奥方と再婚できて可愛い息子が生まれたんだから」

「それは結果論です。……彼女の時と同じ。私がした事が帳消しになる訳じゃない」

 彼女を見捨てて逃げた事。

 アリスタを傷つけた事。

 それらが二人に良い結果をもたらしたのだとしても、エウリがした事は人として許されない事だ。

「……さっきから聞いていれば、まるで私に嫌われるために自分を悪く言っているようなんだが?」

「……事実を言っているだけです」

 彼に嫌われるために自分を悪く言っているのではない。

 これがエウリが過去に行ってきた事であり、それを知れば誰だってエウリを嫌いになる。

「……あなたは、容姿だけでなく素晴らしい方です。だから、私のような容姿以外取り柄がない上、卑怯で卑劣な女ではなく、あなたに相応しい女性と結婚してほしいのです」

 ハークの顔に怒りが浮かんだ。整い過ぎた顔に怒りが加わると、それはそれで美しいが迫力もある。心の弱い者なら見惚れるよりも一目散で逃げ出しそうだ。

「……私を嫌いで、嫌われるために言っているのだろうが、そんな風に自分を貶める事を言うな。それは、君を大切に想う人達をも貶めていると、なぜ聡明な君が気がつかないんだ?」

(……嫌いじゃない……)

 恋愛感情であれ情欲の対象であれ自分を「女」として見る男性が、とにかく嫌で重荷だった。

 だが、困った事にハークを嫌いでなくなってきている。むしろ、アリスタやオルフェと同じで、義弟などよりも、ずっと好きになってきている。無論、これは恋愛感情ではなく人としての好意だ。

 だが、それを言う事はできない。ハークに期待を持たせたくない。

 人として好きになっても、男性としては愛せないだろうから。

「……アリスタに言われるまでもなく、君が生半可な覚悟で人生を共にできる女性でないのは分かる。君が『アドニス』として生きた過去じゃない。それ以前の君が生まれながらに持っているものが『生半可な覚悟』では受け入れられないものなんだろう?」

 ……さすがは兄妹と言うべきか。彼もまたエウリが「重いもの」を背負っているのを感じ取っていたのだ。

「君が話したくないなら聞かない。それでも、私は君がいいんだ」

 ――君がどんな人間でも受け入れる。

 離婚する、しないで揉めていた時に、アリスタが言った科白だ。

 今ハークが言ったのは違う科白だのに、なぜか、あの時のアリスタを思い出した。

 ――お前に何が分かる!? 何も知らないくせに!

 あの時は、思わず怒鳴ってしまった。

 エウリュディケ・グレーヴスとなってから誰かに「お前」などと言った事はなかった。そもそも怒鳴ったりなどしなかった。

 養父母に恥じない娘であるように、完璧な貴婦人であるように振舞っていたからだ。

 言った後、後悔した。貴婦人らしからぬ言動だったからではない。

 アリスタにも誰にも知られたくないと思っている事を「何も知らないくせに」などと言って責めるのは、お門違いだと気づいたからだ。

「……ハーク様、あなたは、お父様のように私の結婚条件を呑む事ができないでしょう?」

 真剣にエウリを愛しているからこそ、彼はエウリのあの高飛車な結婚条件を呑む事が絶対にできないだろう。

「だから、私は絶対に、あなたを受け入れる事ができない」

「――父上が君を見ていなくても?」

「あの方が私の外見だけを見ていても構いません。結婚条件さえ守っていただけるなら」

 最初はエウリもオルフェの外見しか見てなかった。今は中身も好ましく思っている。

 それでもオルフェが変わらずエウリの外見だけを重視していても構わない。結婚条件を守ってくれる事が重要だからだ。

「……デイアから聞いた。父上を外見だけでなく好ましく思っているんだろう? 息子の私が言うのもなんだが、父上はいい男だ。いつか父上を本当に夫として愛するかもしれない。その時、つらい想いをするのは君だ」

 互いを「いい男だ」と言い切れるのは良好な親子関係を築いているからだろう。

 女一人のために崩壊する親子関係ではないようだと気づいてエウリは安心した。

 オルフェに求婚された時「息子と気まずくなっても責任など取らない」言ったし本気でそのつもりだった。二人が勝手に自分に求婚してきたのだから。

 だが、この親子に好意を持った今は、自分などのためにそうなるのは申し訳ない。

「未来は誰にも分かりません。あなたの仰る通り、オルフェ様を夫として愛してしまうかもしれない。けれど、これだけは言えます。私は絶対に子供だけは産みたくない。オルフェ様を夫として愛してしまっても、これだけは絶対です」

「……私では駄目なんだな」

「ええ。あなたでは駄目なんです」

 エウリは、はっきりと言い切った。ハークの事を思うなら、きっぱりと振るべきなのだ。

「お願いがある」

 ハークは気を取り直した顔で言った。

「私が嫌いでも、この先、父上と何があっても、デイアとは仲良くしてほしい。今でこそ母上に強気な態度をとれるようになったが、本来のあの子は繊細で優しいんだ。あの子が身内以外で人と打ち解けた姿を見るのは初めてなんだ」

「私もデイア様とは生涯の友人でいたいと思っています」

 これは紛れもないエウリの本心だ。

 エウリが何か「重いもの」を背負っている事に気づいても「友人」だと言ってくれた。

 この先、オルフェと何があってもデイアとは友人でいたい。

 けれど、エウリが背負う「重いもの」を知れば離れていくだろう。

 知っても変わらぬ愛情や友情を寄せてくれた人達もいた。だが、そんな奇跡は二度と起きるはずがない。


















































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