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もう一人の親友
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「……どうしたんだ?」
ソファにぐったりと横になっているエウリに、居間に入ってきた絶世の美女は驚いた顔をしていた。
常に完璧な貴婦人であるように振舞っているエウリが、こんな風に行儀悪くソファに横になっている事は普段ならありえないのだ。
「……ああ、アン。お帰り。今回も無事でよかったわ」
横たわっていた体を元に戻してエウリは、この館のもう一人の同居人を出迎えた。
アンことアンドロメダ・ティーリュンス。
先代のティーリュンス公爵が養女としたため世間ではパーシーの義妹で通っているが、実は彼の従妹である。パーシーの生母、ダナエ妃の弟の娘なのだ。
ダナエ妃は父親の賭博の借金のかたに娼館に売られた。そんな父親となど縁を切りたいと売られた先の娼館の女将の養女となり名前を変えた。「ダナエ」は改名した後の名前なのだ。
そして、その娼館で先代の皇帝陛下と出会い彼の妾妃となりパーシーを産んだ。
アンは父親から性的虐待を受けていた。彼女曰く「なけなしの理性があったのか、最後まではされなかった」らしいが。母親は娘を守るどころか彼女に嫉妬し人買いに売った。そこでアドニス、三歳のエウリ(アネモネ)と出会ったのだ。
ハークに語った「彼女」とはアンの事なのだ。
アンを人買いに売った事で父親は怒り母親を殺した。その後、父親も自殺した。
縁を切った家族だ。弟が醜聞を起こそうがダナエ妃にもパーシーにも何の係わりもない。
だが、弟の幼い娘の存在を知り放っておけなかったのだろう。ダナエ妃は息子の養父となった先代のティーリュンス公爵に頼んでアンを捜してもらったのだ。
運よく、どっかの変態や娼館に売られる前に先代のティーリュンス公爵に見つかり、彼に引き取られる事になった。
ダナエ妃はアンを養女にしたかったらしいが、妾妃が養母となればアンは皇女という事になり様々な柵が生じてしまう。
だから、代わりに先代のティーリュンス公爵が養女にしたのだ。「ティーリュンス公爵」は特別だ。彼の養女であれば他の貴族令嬢よりは自由に生きられる。
「さっき玄関でハーク様とすれ違ったが、君と同じく疲れた顔をしていた。何があったんだ?」
眩いばかりの金髪はゆるやかな癖毛でアンの腰まで届く。雨上がりの空のような青い瞳。白磁の肌。女性美の極致の肢体。
エウリと並んでも遜色のない絶世の美女であるアンは、肖像画で見る限り伯母であるダナエ妃にそっくりだ。
だが、印象は真逆で、ダナエ妃は楚々としているがアンは毅然として見える。
「……実はね」
エウリはアンがいない間に起こった事を話し始めた。
アンは三年前からパーシーが長官をしている帝国情報局で諜報員として働ている。帝国内を巡回し、時には外国に出かけ、滅多に自宅であるここに帰らないのだ。
「……随分と厄介な事になっているね」
アンは呆れた視線をエウリに向けた。
「……自分でもそう思っているから、これ以上何も言わないで」
エウリの懇願をアンは無視した。
「せめて『男性としては愛せないけど、人としては好きだ』と言ってあげればいいじゃないか。君は好意を持った人を傷つけて平然としていられる人間じゃない。だから、そんなに落ち込んでいるんだろう?」
「……あの方に期待を持たせたくないの」
「人として好きだ」と言ってしまえば、「頑張れば、そのうち男性として愛してくれるんじゃないか」と期待させそうで言えない。
もし、ハークを男性として愛しても、子供だけは絶対に作らないと決めているエウリは彼が望むような事は何ひとつとしてしてあげられないのだから。
アリスタの時のように、彼を深く傷つける事になる。
そんな事は二度としたくない。
「……君が宰相閣下の『妻』となれば毎日顔を合わせる事になるんだから、どっちにしろ期待するだろう? 身近にいれば、自分の事を知ってもらえて好きになってもらえるんじゃないかって」
言いながらアンは何かに気づいた顔になった。
「……まさか……宰相閣下は、それが狙いなのか?」
「……どういう事?」
「最初は息子との結婚を勧めてきたんだろう? でも、君が嫌がったから、君のその無茶苦茶な結婚条件を呑んでまで身近に置きたかったんじゃないか? いずれは息子と結婚してもらうために」
――あの方が息子の想い人を「妻」にするなどありえない。
もし、オルフェがアンの言う思惑でエウリを「妻」の迎えようとしているのなら、アリスタの疑問の答えにもなる。
今はたとえ息子を傷つけても、自分の「妻」としてエウリを傍に置き、いずれは息子と結婚してもらう。
確かに、オルフェはアリスタが言っていた通り、厳しいけれど愛情のある父親だ。そうでなければ、ハークとデイアが父親とあれほど良好な関係を築けるはずがない。
息子のために、エウリを「妻」に迎えようとしていると言われれば納得できなくもない。
――その姿を傍で見ていられるのなら、息子の嫁でも私の妻でもかまわない。
だが、あの言葉もまた嘘だとは思えないのだ。
息子のためだけでなく自分のために、エウリを傍に置こうとしているのも確かだと思うのだ。
「……無理よ。結婚条件を呑んでくれない限り、私はハーク様と結婚できないわ」
「……『子供だけは絶対に作らないと決めている』、か」
アンはエウリの全てを知っている。知った上でパーシー同様、変わらぬ友情を寄せてくれているのだ。
実の父親に「おもちゃ」にされた彼女にとって、エウリが背負う「重いもの」は到底許容できないものだっただろうに。
だからこそ、アンはエウリにとって大切なもうひとりの親友なのだ。
「……君は私にとってもパーシー様にとっても大切な親友だ。だから、できるなら相愛の男性と結婚して幸せな家庭を築いてほしいと願っている。それは、君の亡くなったお母様も同じじゃないのか?」
――どんなつらい目に遭ったとしても、あなたは自由に生きて。
最期まで娘を心配していたお母様。
――君が何か「重いもの」を背負っていたとしても、幸せになりたいと願う事は罪じゃない。
アリスタの父親、ラピテース将軍が言ってくれた言葉だ。
最初から息子との結婚に反対していても、短い間でも義理とはいえ親子となった仲だからと、エウリを気にかけてくれたのだ。
彼の息子にひどい仕打ちをしたのに。
「……相愛の男性と結婚しなくても、子供がいなくても、私は今、充分幸せよ。お母様が私に望んだ未来とは違うかもしれないけれど、お母様の言葉通り『自由に生きて』いるわ」
BL作家アネモネ・アドニスとして、そこそこ売れている。大好きなBLで稼いでいるのだ。今、エウリは充分すぎるくらい幸せだ。
「その様子では、まだエウリに言ってないようだな」
ノックの後、部屋に入ってきたのは、この館の主パーシーだ。
「あ、申し訳ありません。話し込んでしまって」
「どうしたの?」
恐縮するアンの傍でエウリは柳眉をひそめた。
「しばらくこの館を仕事で使う。君がいると邪魔なんだ。アンを護衛につけるから、一週間ほどグレーヴス男爵が経営するホテルにでも行っていてくれ。君の養父母とは話をつけているし、大嫌いな義弟は今コンサートで同盟国にいるからホテルに突撃される心配はないぞ」
グレーヴス男爵家は元々帝国有数の商家だ。養父の祖父の時代、帝国と同盟国との戦争時、ものすごい安値もしくは無料で帝国民に物資を提供した功績で当時の皇帝陛下から男爵位を授かったのだ。
「……何でよりによってグレーヴスのホテルなの? あなたの持っている別邸でもいいじゃない」
亡くなった実の娘「エウリュディケ」の身代わりではなく、今目の前にいるエウリを娘として愛している。
そう言ってくれたし、エウリの全てを知っても変わらぬ愛情を寄せてくれた。
そんな養父母をエウリもまた愛している。
それでも義弟がいる以上、なるべく係わりたくないのだ。義弟は養父母の実の息子だ。彼と完全に縁を切りたければ養父母とも縁を切るしかない。
「今の君はグレーヴス男爵令嬢だ。だから、グレーヴス男爵に係わりのある所にいてほしいんだ。嫌ならオル……宰相の館に世話になるか? 近い将来、彼の『妻』になるんだから、それもいいかもな」
「……意地悪言わないでよ。ハーク様と気まずいのに、お世話になれる訳ないじゃない」
「だったら、結婚自体をやめろ。そうすれば、ハークと係わる事もなくなる。君を守る盾なら俺がなってやるから」
「……それだけは駄目よ」
パーシーに迷惑をかけたくない。
それだけでなく、アンを傷つけたくないのだ。
アンは義兄であり従兄であるパーシーを愛している。一人の男性として。
パーシーは男色家だ。しかも、アンは彼の実母にそっくりだ。そんな彼女を恋愛対象にできるはずがない。
最初から叶わない恋だ。
そうと分かっていながら、アンは彼を愛する事をやめられないのだ。
パーシーがエウリを「妻」に迎えたとしても本当の意味では夫婦にはならない。それでも、名目だけでもパーシーの妻の座にエウリがいれば、アンは複雑な気持ちになるだろう。
……アンの事は傷つけたくないからとパーシーとの結婚は拒絶するくせに、ハークは傷つけても彼の父親と結婚しようとしている。
求婚された時はハークの事はどうでもよかった。むしろ煩わしい存在だった。彼もまた自分の外見だけで結婚しようとしているのだろうと。
だから、何のためらいもなく高飛車な結婚条件を受け入れてくれた彼の父親と結婚を決めたのだ。
だが今は、「アドニス」だった時の過去を知られていても不思議と嫌いになれない。むしろ人として好意を抱いている。
オルフェがエウリに求婚した思惑がアンの言っている通りなら、これ以上ハークを傷つける前に、この結婚はやめるべきだろうか?
だが、グレーヴス男爵家、義弟と完全に縁を切るために、何よりエウリを守る盾としてパーシー以外ではオルフェが最適なのだ。
帝国の宰相を代々務めるミュケーナイ侯爵。
しかも、彼は普通なら到底受け入れられないエウリの結婚条件さえ受け入れてくれた。
(……しばらく、あの親子から離れて考えるしかないわね)
……切り札がある。
ハークから完全にエウリへの恋情を消せる切り札が。
だが、それはできれば使いたくない。
(……そう思うのは、私の我儘ね)
アリスタとの離婚の時には使わなかった。大切な人達を傷つけ利用するという卑怯で卑劣な手を使った。
あんな事は二度としたくない。
それくらいなら――。
(……切り札を使えば、誰も傷つけないわ)
……強いて言うなら傷つくのはエウリ自身か。
嫌われるどころか、穢らわしいものを見るような眼で見られるだろう。
だが、それは当然の事だ。甘んじて受け入れるしかない。
ソファにぐったりと横になっているエウリに、居間に入ってきた絶世の美女は驚いた顔をしていた。
常に完璧な貴婦人であるように振舞っているエウリが、こんな風に行儀悪くソファに横になっている事は普段ならありえないのだ。
「……ああ、アン。お帰り。今回も無事でよかったわ」
横たわっていた体を元に戻してエウリは、この館のもう一人の同居人を出迎えた。
アンことアンドロメダ・ティーリュンス。
先代のティーリュンス公爵が養女としたため世間ではパーシーの義妹で通っているが、実は彼の従妹である。パーシーの生母、ダナエ妃の弟の娘なのだ。
ダナエ妃は父親の賭博の借金のかたに娼館に売られた。そんな父親となど縁を切りたいと売られた先の娼館の女将の養女となり名前を変えた。「ダナエ」は改名した後の名前なのだ。
そして、その娼館で先代の皇帝陛下と出会い彼の妾妃となりパーシーを産んだ。
アンは父親から性的虐待を受けていた。彼女曰く「なけなしの理性があったのか、最後まではされなかった」らしいが。母親は娘を守るどころか彼女に嫉妬し人買いに売った。そこでアドニス、三歳のエウリ(アネモネ)と出会ったのだ。
ハークに語った「彼女」とはアンの事なのだ。
アンを人買いに売った事で父親は怒り母親を殺した。その後、父親も自殺した。
縁を切った家族だ。弟が醜聞を起こそうがダナエ妃にもパーシーにも何の係わりもない。
だが、弟の幼い娘の存在を知り放っておけなかったのだろう。ダナエ妃は息子の養父となった先代のティーリュンス公爵に頼んでアンを捜してもらったのだ。
運よく、どっかの変態や娼館に売られる前に先代のティーリュンス公爵に見つかり、彼に引き取られる事になった。
ダナエ妃はアンを養女にしたかったらしいが、妾妃が養母となればアンは皇女という事になり様々な柵が生じてしまう。
だから、代わりに先代のティーリュンス公爵が養女にしたのだ。「ティーリュンス公爵」は特別だ。彼の養女であれば他の貴族令嬢よりは自由に生きられる。
「さっき玄関でハーク様とすれ違ったが、君と同じく疲れた顔をしていた。何があったんだ?」
眩いばかりの金髪はゆるやかな癖毛でアンの腰まで届く。雨上がりの空のような青い瞳。白磁の肌。女性美の極致の肢体。
エウリと並んでも遜色のない絶世の美女であるアンは、肖像画で見る限り伯母であるダナエ妃にそっくりだ。
だが、印象は真逆で、ダナエ妃は楚々としているがアンは毅然として見える。
「……実はね」
エウリはアンがいない間に起こった事を話し始めた。
アンは三年前からパーシーが長官をしている帝国情報局で諜報員として働ている。帝国内を巡回し、時には外国に出かけ、滅多に自宅であるここに帰らないのだ。
「……随分と厄介な事になっているね」
アンは呆れた視線をエウリに向けた。
「……自分でもそう思っているから、これ以上何も言わないで」
エウリの懇願をアンは無視した。
「せめて『男性としては愛せないけど、人としては好きだ』と言ってあげればいいじゃないか。君は好意を持った人を傷つけて平然としていられる人間じゃない。だから、そんなに落ち込んでいるんだろう?」
「……あの方に期待を持たせたくないの」
「人として好きだ」と言ってしまえば、「頑張れば、そのうち男性として愛してくれるんじゃないか」と期待させそうで言えない。
もし、ハークを男性として愛しても、子供だけは絶対に作らないと決めているエウリは彼が望むような事は何ひとつとしてしてあげられないのだから。
アリスタの時のように、彼を深く傷つける事になる。
そんな事は二度としたくない。
「……君が宰相閣下の『妻』となれば毎日顔を合わせる事になるんだから、どっちにしろ期待するだろう? 身近にいれば、自分の事を知ってもらえて好きになってもらえるんじゃないかって」
言いながらアンは何かに気づいた顔になった。
「……まさか……宰相閣下は、それが狙いなのか?」
「……どういう事?」
「最初は息子との結婚を勧めてきたんだろう? でも、君が嫌がったから、君のその無茶苦茶な結婚条件を呑んでまで身近に置きたかったんじゃないか? いずれは息子と結婚してもらうために」
――あの方が息子の想い人を「妻」にするなどありえない。
もし、オルフェがアンの言う思惑でエウリを「妻」の迎えようとしているのなら、アリスタの疑問の答えにもなる。
今はたとえ息子を傷つけても、自分の「妻」としてエウリを傍に置き、いずれは息子と結婚してもらう。
確かに、オルフェはアリスタが言っていた通り、厳しいけれど愛情のある父親だ。そうでなければ、ハークとデイアが父親とあれほど良好な関係を築けるはずがない。
息子のために、エウリを「妻」に迎えようとしていると言われれば納得できなくもない。
――その姿を傍で見ていられるのなら、息子の嫁でも私の妻でもかまわない。
だが、あの言葉もまた嘘だとは思えないのだ。
息子のためだけでなく自分のために、エウリを傍に置こうとしているのも確かだと思うのだ。
「……無理よ。結婚条件を呑んでくれない限り、私はハーク様と結婚できないわ」
「……『子供だけは絶対に作らないと決めている』、か」
アンはエウリの全てを知っている。知った上でパーシー同様、変わらぬ友情を寄せてくれているのだ。
実の父親に「おもちゃ」にされた彼女にとって、エウリが背負う「重いもの」は到底許容できないものだっただろうに。
だからこそ、アンはエウリにとって大切なもうひとりの親友なのだ。
「……君は私にとってもパーシー様にとっても大切な親友だ。だから、できるなら相愛の男性と結婚して幸せな家庭を築いてほしいと願っている。それは、君の亡くなったお母様も同じじゃないのか?」
――どんなつらい目に遭ったとしても、あなたは自由に生きて。
最期まで娘を心配していたお母様。
――君が何か「重いもの」を背負っていたとしても、幸せになりたいと願う事は罪じゃない。
アリスタの父親、ラピテース将軍が言ってくれた言葉だ。
最初から息子との結婚に反対していても、短い間でも義理とはいえ親子となった仲だからと、エウリを気にかけてくれたのだ。
彼の息子にひどい仕打ちをしたのに。
「……相愛の男性と結婚しなくても、子供がいなくても、私は今、充分幸せよ。お母様が私に望んだ未来とは違うかもしれないけれど、お母様の言葉通り『自由に生きて』いるわ」
BL作家アネモネ・アドニスとして、そこそこ売れている。大好きなBLで稼いでいるのだ。今、エウリは充分すぎるくらい幸せだ。
「その様子では、まだエウリに言ってないようだな」
ノックの後、部屋に入ってきたのは、この館の主パーシーだ。
「あ、申し訳ありません。話し込んでしまって」
「どうしたの?」
恐縮するアンの傍でエウリは柳眉をひそめた。
「しばらくこの館を仕事で使う。君がいると邪魔なんだ。アンを護衛につけるから、一週間ほどグレーヴス男爵が経営するホテルにでも行っていてくれ。君の養父母とは話をつけているし、大嫌いな義弟は今コンサートで同盟国にいるからホテルに突撃される心配はないぞ」
グレーヴス男爵家は元々帝国有数の商家だ。養父の祖父の時代、帝国と同盟国との戦争時、ものすごい安値もしくは無料で帝国民に物資を提供した功績で当時の皇帝陛下から男爵位を授かったのだ。
「……何でよりによってグレーヴスのホテルなの? あなたの持っている別邸でもいいじゃない」
亡くなった実の娘「エウリュディケ」の身代わりではなく、今目の前にいるエウリを娘として愛している。
そう言ってくれたし、エウリの全てを知っても変わらぬ愛情を寄せてくれた。
そんな養父母をエウリもまた愛している。
それでも義弟がいる以上、なるべく係わりたくないのだ。義弟は養父母の実の息子だ。彼と完全に縁を切りたければ養父母とも縁を切るしかない。
「今の君はグレーヴス男爵令嬢だ。だから、グレーヴス男爵に係わりのある所にいてほしいんだ。嫌ならオル……宰相の館に世話になるか? 近い将来、彼の『妻』になるんだから、それもいいかもな」
「……意地悪言わないでよ。ハーク様と気まずいのに、お世話になれる訳ないじゃない」
「だったら、結婚自体をやめろ。そうすれば、ハークと係わる事もなくなる。君を守る盾なら俺がなってやるから」
「……それだけは駄目よ」
パーシーに迷惑をかけたくない。
それだけでなく、アンを傷つけたくないのだ。
アンは義兄であり従兄であるパーシーを愛している。一人の男性として。
パーシーは男色家だ。しかも、アンは彼の実母にそっくりだ。そんな彼女を恋愛対象にできるはずがない。
最初から叶わない恋だ。
そうと分かっていながら、アンは彼を愛する事をやめられないのだ。
パーシーがエウリを「妻」に迎えたとしても本当の意味では夫婦にはならない。それでも、名目だけでもパーシーの妻の座にエウリがいれば、アンは複雑な気持ちになるだろう。
……アンの事は傷つけたくないからとパーシーとの結婚は拒絶するくせに、ハークは傷つけても彼の父親と結婚しようとしている。
求婚された時はハークの事はどうでもよかった。むしろ煩わしい存在だった。彼もまた自分の外見だけで結婚しようとしているのだろうと。
だから、何のためらいもなく高飛車な結婚条件を受け入れてくれた彼の父親と結婚を決めたのだ。
だが今は、「アドニス」だった時の過去を知られていても不思議と嫌いになれない。むしろ人として好意を抱いている。
オルフェがエウリに求婚した思惑がアンの言っている通りなら、これ以上ハークを傷つける前に、この結婚はやめるべきだろうか?
だが、グレーヴス男爵家、義弟と完全に縁を切るために、何よりエウリを守る盾としてパーシー以外ではオルフェが最適なのだ。
帝国の宰相を代々務めるミュケーナイ侯爵。
しかも、彼は普通なら到底受け入れられないエウリの結婚条件さえ受け入れてくれた。
(……しばらく、あの親子から離れて考えるしかないわね)
……切り札がある。
ハークから完全にエウリへの恋情を消せる切り札が。
だが、それはできれば使いたくない。
(……そう思うのは、私の我儘ね)
アリスタとの離婚の時には使わなかった。大切な人達を傷つけ利用するという卑怯で卑劣な手を使った。
あんな事は二度としたくない。
それくらいなら――。
(……切り札を使えば、誰も傷つけないわ)
……強いて言うなら傷つくのはエウリ自身か。
嫌われるどころか、穢らわしいものを見るような眼で見られるだろう。
だが、それは当然の事だ。甘んじて受け入れるしかない。
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