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「絶対に許さない」
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「『彼女』でないなら誰が妻でも同じだからだ」
オルフェの科白に驚いたのは彼の妻だけではない。エウリも充分驚いている。
(オルフェ様、愛している女性がいるの?)
政略結婚だというこの女はともかく、だったら、どうして、仮初めでもエウリを「妻」に迎えようとしているのだろう?
オルフェは愛していても相手の女性は違うのだろうか?
オルフェは素晴らしい男性だが世の女性全てが彼に恋する訳ではない。エウリだってアリスタやハークという素晴らしい男性から愛されても同じ想いを返せなかったのだから。
「どこの誰です!? 貴方が妻に迎えたかった女というのは!?」
「知ってどうする?」
激昂する妻にオルフェは醒めた眼を向けた。
「決まっています! 二度と貴方に近づけないようにするんです!」
エウリにしようとした事を、その女性にしようというのか?
そんな事、オルフェが許すはずがないし、エウリだって許さない。見知らぬ女性でも彼女が最も忌避する行為がされるのを見過ごす事などできない。
「そんな必要などないさ。もう彼女は、この世のどこにもいないのだから」
亡くなっているのか。
「では、貴方の生涯の妻は、わたくしだけですわね」
女は今の状況にはそぐわない嬉しそうな笑顔を見せた。
デイアやオルフェではないが、この女の頭の中には何が詰まっているのだろう?
エウリを攫い未遂だったとはいえ女性にとって最悪な事をしようとしたのだ。それを断罪するために皆、ここに集まったというのに。
「いいや。私は、この子を新たな『妻』に迎えるし、お前は私の妻ではなくなる」
「どういう事ですか!?」
「この子を攫い、ひどい事をしようとしたお前を私は絶対に許さない」
オルフェは無表情で淡々と言っているが、なぜか深く強い怒りを感じた。
エウリは首を傾げた。オルフェが、これほど怒っている理由が分からないのだ。
オルフェにとって重要なのは、エウリという一人の女性ではなく、その姿だ。初めて面と向かって会話した求婚の時でさえ「君の外見にしか興味がない」とはっきり言われた。
女は「妻は、わたくしだけでいい」とエウリを排除したくて、こんな事をした。それは、オルフェのせいではないが、彼の性格なら責任を感じエウリにすまないと思うのかもしれない。
そうだとしても、これほど怒る事だろうか?
「それほど貴方は、この下賤な女に心を奪われたというのですか!? いくら、この女が、わたくしよりも若くて美しいからって、こんな女のどこがいいの!? この女は、貴方ばかりかハークまで誑し込んでいるんですよ!?」
オルフェは一瞬だけ強い怒りと不快感を見せたが、さすがは「帝国の盾」と謳われる冷静沈着な宰相、一切の感情の乱れを感じさせない声で呼びかけた。
「カシオペア」
エウリが聞く限り初めてオルフェは妻の名前を呼んだ。彼が妻を語る時、常に「あれ」呼ばわりだったから。
呼ばれた当の本人も久しぶりだったのだろう(結婚して十八年、さすがに全く名前を呼ばれなかったなどという事はないだろう)女は目を丸くして夫を見返した。
「……旦那様?」
「政略結婚でも、お前は、いや、君は私を愛してくれた。何よりハークとデイアを産んでくれた。だから、大抵の事は許そうと思った。妻に愛されているのに愛せず、他の女性を愛している不実な夫である私には、それしかできないと思ったから」
帝国は男尊女卑で一夫多妻だ。正妻以外の女性を愛そうと(しかも、心の中でだ)「不実な夫」とは誰も思わないのに。生真面目で優しいオルフェは愛されているのに愛し返せない事を心苦しく思いそう言うのだろう。
「だが、今回の事は絶対に許さない。なぜなら、この子は、私が唯一愛した女性が愛し最期まで気にかけた娘だからだ」
オルフェの言う「この子」はエウリだろう。この場に現れてから彼はエウリをそう言っている。
最期までエウリを愛し気にかけた女性など、たった一人しかいない。
だが、その人は――。
(……いえ、待って、それなら、全ての説明がつくわ)
オルフェが、エウリの姿に執着し、高飛車な結婚条件さえ受け入れ「妻」にしようとした理由がそれなら全ての説明がつく。
「……オルフェ様、あなたは」
「意味が分かりません! 貴方は、この女を愛しているから妻にしたい訳ではないのですか!? 貴方が愛した女とこの女は、どんな関係があるのです!?」
エウリの言葉に被さるように女は喚いた。
「お前に話す義理はない」
素っ気なく応対した夫の代わりに、なぜか女はエウリに矛先を向けた。
「お前! お前は、それでいいの!?」
「……意味が分からないわ」
エウリは女が先程オルフェに向けたのと同じ言葉を返した。女が何を言いたいのか本当に意味不明だった。
「分からないの!? 旦那様は、お前を愛しているから第二夫人にするんじゃないわ! 旦那様が愛した女とお前が何らかの係わりがあるから妻にするのよ! それでいいの!?」
エウリは思わず笑ってしまった。今の状況にはそぐわないが、鈴の音を転がすような彼女の笑い声は、この場にいる人間の耳に心地よく聞こえた。
「な、何がおかしいの!?」
「いえ、言葉だけを聞くと、まるで、あなたが私の心配をしているようだから」
無論、女に、そんな思いなどないのは分かっている。女は、とにかく旦那様とエウリの結婚をやめさせたくて言っているのだ。
「結論を言うなら構わないわ。オルフェ様に愛する方がいても。私がオルフェ様と結婚するのは、オルフェ様のお顔がこの世で一番好きで、しかも、私の出した高飛車な結婚条件を受け入れてくださったからですもの」
「高飛車な結婚条件?」
女は、どうやらエウリがオルフェに出した結婚条件を知らないらしい。
エウリからは話していない。愛する夫に新たな妻ができるのを不快に思うのは分かるが、初対面で彼女ばかりか養父まで侮辱した女だ。話す義理などない。
そして、どうやら、ミュケーナイ侯爵一家も、わざわざ女に教えていないらしい。まあ、この女とあまり話などしたくないだろうから、それも当然か。
それに、誰かが女にエウリの結婚条件を教えたとしても結果は変わらない。この女が自分以外の女性をオルフェの妻と認めるはずがないのだから。
「お前は、旦那様を愛しているから結婚したいんじゃないの?」
信じられないと言いたげな女に、エウリは微笑んだ。
「オルフェ様だって、私の外見しか興味ないからお互い様でしょう。それに、もうあなたには関係ない話だわ」
「わたくしは旦那様の正妻よ! 旦那様を愛していない女を第二夫人に認められるはずないでしょう!」
「本気でオルフェ様を愛している女性でも認める気など欠片もないくせに」
「お前の許しなど要らないし、先程も言ったが、お前はもう私の妻ではなくなる」
毒づくエウリに続いて冷ややかにオルフェが言った。
「どういう意味です!?」
「お前を帝国から追放する。そして、戻ってくる事は絶対に許さない。元皇女でも侯爵夫人でもない。ただの女として生きるんだ。それが、お前への罰だ。言っておくが、皇帝陛下は、すでに了承済みだ」
気色ばむ女にオルフェは淡々と告げた。
オルフェの様子からして穏便には済ませないようだ。それに気づいて、エウリは安堵した。
愛する夫から離されて、元皇女でも侯爵夫人でもない、ただの女として生きる。
確かに、この高慢で気位の高い女には何よりもつらい罰だろう。
後はパーシーとアン、彼の部下達に任せて居間を出たエウリとミュケーナイ侯爵一家|(オルフェとハークとデイア)だった。
「すまなかったな。危険な目に遭わせて」
「いえ。絶対に助けはくると信じていましたし、謝らなければならないのは、私のほうです」
居間を出た直後謝罪したオルフェに、エウリはそう言うと頭を下げた。
「デイア様を巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」
「エウリ様が謝る事はないわ。わたくしは自分から巻き込まれにいったもの」
デイアにもその自覚はあったらしい。
「……デイアならそうするだろうからと何も教えなかったというのに、まさか、この子が攫われる場に遭遇するとはな」
さすがは父親と言うべきか、オルフェは娘の行動が予想できていたのだ。
「何にしろ、彼女の目的は私だったのに、巻き込んだ上、ひどい言葉を聞かせてしまった事は申し訳なく思っています」
デイア自身言っていた通り、自分から巻き込まれにきたとしても、母親からあんなひどい言葉を聞かさていいはずがない。エウリが、そのきっかけになってしまったのは、本当に申し訳なく思っている。
「エウリ様のせいじゃないわ。それに、あなたは、わたくしのために怒ってもくれた。それをありがたいと思っているわ」
「……あなたのためではありません。私が嫌なんです。あの言葉を言う母親を見るのも、言われる娘を見るのも」
もし、言われているのが友人であり義理の娘となるデイアでなくても、見知らぬ女性でも、エウリは同じように怒っていただろう。
それくらいエウリにとっては最大の禁句だったのだ。
「……あなたにとっては絶対に聞きたくない言葉かもしれないけれど、わたくしは、お母様が『産むんじゃなかった』と言ってくれたお陰で、あの人を生物学上の母親と割り切る事ができたわ。あそこまで、わたくしを否定する人を母として慕うのが馬鹿馬鹿しくなったの。あの人以外の身内からは過ぎるくらいの愛情を与えられている。それで、充分だわ」
「……あの女、デイアに、またそんな事を?」
「あの人に何を言われても、わたくしはもう気にしませんわ。それに、もう二度と、あの人がわたくし達の前に現れる事はないのでしょう?」
忌々し気に呟く父親にデイアが柔らかな口調で言った。
「……デイア、お前を苛めた時は、ここに追いやるだけだったのに、今回は身分を剥奪し帝国からの追放だ。幼い我が子達よりも、この子を捜す事を優先したりもした。お前達よりも、この子を大切にしていると思われるかもしれないが」
「貴方が私とデイアを父親として愛している事は、ちゃんと分かっています。父上」
ハークが父親の言葉を遮って言った。
「わたくしへの苛めと今回の事は比較にもならないでしょう。今回の被害者がエウリ様でなくても、お父様は同じようになさったわ。今回のほうが罰が重いからって、それで、わたくしとお兄様への愛情がないとは思わないわ」
「……本当に、お前達は私には過ぎた子供達だよ」
家族のしんみりした話し合いに口を挟むのは気が引けるが、エウリには、どうしても聞きたい事があった。
「……オルフェ様、あなたにお聞きしたい事があります。できれば、二人きりでお話したいのですが」
「私も君に話さなければならない事がある」
オルフェの科白に驚いたのは彼の妻だけではない。エウリも充分驚いている。
(オルフェ様、愛している女性がいるの?)
政略結婚だというこの女はともかく、だったら、どうして、仮初めでもエウリを「妻」に迎えようとしているのだろう?
オルフェは愛していても相手の女性は違うのだろうか?
オルフェは素晴らしい男性だが世の女性全てが彼に恋する訳ではない。エウリだってアリスタやハークという素晴らしい男性から愛されても同じ想いを返せなかったのだから。
「どこの誰です!? 貴方が妻に迎えたかった女というのは!?」
「知ってどうする?」
激昂する妻にオルフェは醒めた眼を向けた。
「決まっています! 二度と貴方に近づけないようにするんです!」
エウリにしようとした事を、その女性にしようというのか?
そんな事、オルフェが許すはずがないし、エウリだって許さない。見知らぬ女性でも彼女が最も忌避する行為がされるのを見過ごす事などできない。
「そんな必要などないさ。もう彼女は、この世のどこにもいないのだから」
亡くなっているのか。
「では、貴方の生涯の妻は、わたくしだけですわね」
女は今の状況にはそぐわない嬉しそうな笑顔を見せた。
デイアやオルフェではないが、この女の頭の中には何が詰まっているのだろう?
エウリを攫い未遂だったとはいえ女性にとって最悪な事をしようとしたのだ。それを断罪するために皆、ここに集まったというのに。
「いいや。私は、この子を新たな『妻』に迎えるし、お前は私の妻ではなくなる」
「どういう事ですか!?」
「この子を攫い、ひどい事をしようとしたお前を私は絶対に許さない」
オルフェは無表情で淡々と言っているが、なぜか深く強い怒りを感じた。
エウリは首を傾げた。オルフェが、これほど怒っている理由が分からないのだ。
オルフェにとって重要なのは、エウリという一人の女性ではなく、その姿だ。初めて面と向かって会話した求婚の時でさえ「君の外見にしか興味がない」とはっきり言われた。
女は「妻は、わたくしだけでいい」とエウリを排除したくて、こんな事をした。それは、オルフェのせいではないが、彼の性格なら責任を感じエウリにすまないと思うのかもしれない。
そうだとしても、これほど怒る事だろうか?
「それほど貴方は、この下賤な女に心を奪われたというのですか!? いくら、この女が、わたくしよりも若くて美しいからって、こんな女のどこがいいの!? この女は、貴方ばかりかハークまで誑し込んでいるんですよ!?」
オルフェは一瞬だけ強い怒りと不快感を見せたが、さすがは「帝国の盾」と謳われる冷静沈着な宰相、一切の感情の乱れを感じさせない声で呼びかけた。
「カシオペア」
エウリが聞く限り初めてオルフェは妻の名前を呼んだ。彼が妻を語る時、常に「あれ」呼ばわりだったから。
呼ばれた当の本人も久しぶりだったのだろう(結婚して十八年、さすがに全く名前を呼ばれなかったなどという事はないだろう)女は目を丸くして夫を見返した。
「……旦那様?」
「政略結婚でも、お前は、いや、君は私を愛してくれた。何よりハークとデイアを産んでくれた。だから、大抵の事は許そうと思った。妻に愛されているのに愛せず、他の女性を愛している不実な夫である私には、それしかできないと思ったから」
帝国は男尊女卑で一夫多妻だ。正妻以外の女性を愛そうと(しかも、心の中でだ)「不実な夫」とは誰も思わないのに。生真面目で優しいオルフェは愛されているのに愛し返せない事を心苦しく思いそう言うのだろう。
「だが、今回の事は絶対に許さない。なぜなら、この子は、私が唯一愛した女性が愛し最期まで気にかけた娘だからだ」
オルフェの言う「この子」はエウリだろう。この場に現れてから彼はエウリをそう言っている。
最期までエウリを愛し気にかけた女性など、たった一人しかいない。
だが、その人は――。
(……いえ、待って、それなら、全ての説明がつくわ)
オルフェが、エウリの姿に執着し、高飛車な結婚条件さえ受け入れ「妻」にしようとした理由がそれなら全ての説明がつく。
「……オルフェ様、あなたは」
「意味が分かりません! 貴方は、この女を愛しているから妻にしたい訳ではないのですか!? 貴方が愛した女とこの女は、どんな関係があるのです!?」
エウリの言葉に被さるように女は喚いた。
「お前に話す義理はない」
素っ気なく応対した夫の代わりに、なぜか女はエウリに矛先を向けた。
「お前! お前は、それでいいの!?」
「……意味が分からないわ」
エウリは女が先程オルフェに向けたのと同じ言葉を返した。女が何を言いたいのか本当に意味不明だった。
「分からないの!? 旦那様は、お前を愛しているから第二夫人にするんじゃないわ! 旦那様が愛した女とお前が何らかの係わりがあるから妻にするのよ! それでいいの!?」
エウリは思わず笑ってしまった。今の状況にはそぐわないが、鈴の音を転がすような彼女の笑い声は、この場にいる人間の耳に心地よく聞こえた。
「な、何がおかしいの!?」
「いえ、言葉だけを聞くと、まるで、あなたが私の心配をしているようだから」
無論、女に、そんな思いなどないのは分かっている。女は、とにかく旦那様とエウリの結婚をやめさせたくて言っているのだ。
「結論を言うなら構わないわ。オルフェ様に愛する方がいても。私がオルフェ様と結婚するのは、オルフェ様のお顔がこの世で一番好きで、しかも、私の出した高飛車な結婚条件を受け入れてくださったからですもの」
「高飛車な結婚条件?」
女は、どうやらエウリがオルフェに出した結婚条件を知らないらしい。
エウリからは話していない。愛する夫に新たな妻ができるのを不快に思うのは分かるが、初対面で彼女ばかりか養父まで侮辱した女だ。話す義理などない。
そして、どうやら、ミュケーナイ侯爵一家も、わざわざ女に教えていないらしい。まあ、この女とあまり話などしたくないだろうから、それも当然か。
それに、誰かが女にエウリの結婚条件を教えたとしても結果は変わらない。この女が自分以外の女性をオルフェの妻と認めるはずがないのだから。
「お前は、旦那様を愛しているから結婚したいんじゃないの?」
信じられないと言いたげな女に、エウリは微笑んだ。
「オルフェ様だって、私の外見しか興味ないからお互い様でしょう。それに、もうあなたには関係ない話だわ」
「わたくしは旦那様の正妻よ! 旦那様を愛していない女を第二夫人に認められるはずないでしょう!」
「本気でオルフェ様を愛している女性でも認める気など欠片もないくせに」
「お前の許しなど要らないし、先程も言ったが、お前はもう私の妻ではなくなる」
毒づくエウリに続いて冷ややかにオルフェが言った。
「どういう意味です!?」
「お前を帝国から追放する。そして、戻ってくる事は絶対に許さない。元皇女でも侯爵夫人でもない。ただの女として生きるんだ。それが、お前への罰だ。言っておくが、皇帝陛下は、すでに了承済みだ」
気色ばむ女にオルフェは淡々と告げた。
オルフェの様子からして穏便には済ませないようだ。それに気づいて、エウリは安堵した。
愛する夫から離されて、元皇女でも侯爵夫人でもない、ただの女として生きる。
確かに、この高慢で気位の高い女には何よりもつらい罰だろう。
後はパーシーとアン、彼の部下達に任せて居間を出たエウリとミュケーナイ侯爵一家|(オルフェとハークとデイア)だった。
「すまなかったな。危険な目に遭わせて」
「いえ。絶対に助けはくると信じていましたし、謝らなければならないのは、私のほうです」
居間を出た直後謝罪したオルフェに、エウリはそう言うと頭を下げた。
「デイア様を巻き込んでしまって、申し訳ありませんでした」
「エウリ様が謝る事はないわ。わたくしは自分から巻き込まれにいったもの」
デイアにもその自覚はあったらしい。
「……デイアならそうするだろうからと何も教えなかったというのに、まさか、この子が攫われる場に遭遇するとはな」
さすがは父親と言うべきか、オルフェは娘の行動が予想できていたのだ。
「何にしろ、彼女の目的は私だったのに、巻き込んだ上、ひどい言葉を聞かせてしまった事は申し訳なく思っています」
デイア自身言っていた通り、自分から巻き込まれにきたとしても、母親からあんなひどい言葉を聞かさていいはずがない。エウリが、そのきっかけになってしまったのは、本当に申し訳なく思っている。
「エウリ様のせいじゃないわ。それに、あなたは、わたくしのために怒ってもくれた。それをありがたいと思っているわ」
「……あなたのためではありません。私が嫌なんです。あの言葉を言う母親を見るのも、言われる娘を見るのも」
もし、言われているのが友人であり義理の娘となるデイアでなくても、見知らぬ女性でも、エウリは同じように怒っていただろう。
それくらいエウリにとっては最大の禁句だったのだ。
「……あなたにとっては絶対に聞きたくない言葉かもしれないけれど、わたくしは、お母様が『産むんじゃなかった』と言ってくれたお陰で、あの人を生物学上の母親と割り切る事ができたわ。あそこまで、わたくしを否定する人を母として慕うのが馬鹿馬鹿しくなったの。あの人以外の身内からは過ぎるくらいの愛情を与えられている。それで、充分だわ」
「……あの女、デイアに、またそんな事を?」
「あの人に何を言われても、わたくしはもう気にしませんわ。それに、もう二度と、あの人がわたくし達の前に現れる事はないのでしょう?」
忌々し気に呟く父親にデイアが柔らかな口調で言った。
「……デイア、お前を苛めた時は、ここに追いやるだけだったのに、今回は身分を剥奪し帝国からの追放だ。幼い我が子達よりも、この子を捜す事を優先したりもした。お前達よりも、この子を大切にしていると思われるかもしれないが」
「貴方が私とデイアを父親として愛している事は、ちゃんと分かっています。父上」
ハークが父親の言葉を遮って言った。
「わたくしへの苛めと今回の事は比較にもならないでしょう。今回の被害者がエウリ様でなくても、お父様は同じようになさったわ。今回のほうが罰が重いからって、それで、わたくしとお兄様への愛情がないとは思わないわ」
「……本当に、お前達は私には過ぎた子供達だよ」
家族のしんみりした話し合いに口を挟むのは気が引けるが、エウリには、どうしても聞きたい事があった。
「……オルフェ様、あなたにお聞きしたい事があります。できれば、二人きりでお話したいのですが」
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