腐女子令嬢は再婚する

青葉めいこ

文字の大きさ
28 / 46

ペイア・ラーキの正体

しおりを挟む
「あなたが、そう思ってくれて、よかったわ」

 言った義母だけでなく、この場にいるミュケーナイ侯爵家の人々は、どこかほっとした表情を見せていた。

 自己否定するようなエウリの発言に彼らも危惧を抱いていたようだ。

 けれど、そんな危惧は無用だ。

 どれだけ自らを否定し死を願う心持ちになっても、エウリはそれ・・だけは絶対にしない。

 そう思う度に母の最期の言葉を思い出すからだ。

 ――どんなつらい目に遭っても、あなたは自由に生きて。

 我が子エウリのために地獄のような三年を耐え、その手を汚す事さえ厭わなかった人。

 あの人の事を思えば、自ら命を絶つなど許されるはずがない。

「そうだ。エウリとデイアに渡す物があるの」

 エウリがあれこれ考えていると、義母が弾んだ声で背中に隠していたらしい本を二冊取り出した。

 思わず反射的に受け取ったエウリとデイアは本のタイトルを見て驚いた。昨日の騒動で結局買えなかったペイア・ラーキの新作だった。

「ありがとう! お祖母様」

 本を抱きしめ素直に喜色を露にするデイアはたいそう可愛らしかった。

 そんな彼女を見て、ほっこりとした気持ちになりながらエウリもお礼を言った。

「ありがとうございます」

(デイア様から本を買いそびれた事を聞いて、わざわざ買ってきてくださったのかしら?)

 そう思いながらエウリはバッグから財布を取り出した。

「お支払いしますわ」

「買ったのではないから、お代は結構よ」

「では、クレイオ様から貰ったのですか?」

 ペイア・ラーキの本は全てプロイトス出版から出されている。義母のすぐ下の妹クレイオは、プロイトス出版の副社長ピエロス・マグニシアの妻でありBL部門の編集長だ。エウリもBL作家アネモネ・アドニスとしてお世話になっている。

 姉である義母に頼まれてクレイオは本を贈ったのだろう。そう納得しかけたエウリに義母が驚くべき発言をした。

「確かに、あの子からだけど、著者見本で貰ったうちの二冊よ」

 エウリは最初、義母の言葉を理解できなかった。

 そんなエウリをどう思ったのか、義母はさらなる追いうちをかけてくれた。

「あなただって作家なんだから、著者見本は本が出版される度に貰うでしょう?」

「お、お祖母様?」

「エウリが作家?」

 デイアの視線は兄とエウリを行ったり来たりしている。エウリがBL作家アネモネ・アドニスだという事を隠しているから気にしてくれているのだろう。

 そんなデイアの隣で、ハークが怪訝そうな顔をしている。

 ハークに対して何かしらごまかさなければいけないのだが、義母の言葉が衝撃すぎてエウリは、ただ呆然とするばかりだ。

「……ペイア・ラーキの本をお義母様が著者見本として貰ったって事は……」

「そう。私がペイア・ラーキよ」

 義母は、あっさりと認めた。

「……本当に?」

 義母がそんな嘘を吐く人でない事は短い付き合いながら理解していても、やはりすぐには信じられないエウリだった。

 義母の家族、ミュケーナイ侯爵家の人々に動揺している様子は見られないから、生まれた時から彼女と付き合っている彼らは当然ながら知っているのだ。

「信じられない? 私の旧姓はカリオペイア・・・・トラーキ・・・アよ」

(だからペンネームが「ペイア・ラーキ」か。失礼だけど何のひねりもないわね)

「……どうして、私を作家だと?」

 エウリには、もうごまかす気力がなかった。

「何回か私に、いえ、ペイア・ラーキに、お手紙をくれたでしょう?」

「はい」

 アリスタとの結婚前、まだグレーヴス男爵家にいた頃、読んだ本の感想を手紙で送ったのだ。

「知っていると思うけど、ペイア・ラーキはプロイトス出版に送られてくる新人賞の審査員をしているわ。最終選考に残ったアネモネ・アドニスの小説とあなたが書いた手紙の文字と文章の言い回しが同じに見えたから」

 ペイア・ラーキほどの作家なら送られてくるファンレターも多数だろうに、その中のひとつであるエウリの手紙とアネモネ・アドニスの小説で正体に気づくとは、さすがは帝国が世界に誇る作家というべきか。

「ついでに言うと、ルペ・キャットは私の妹のエウテルペ・・よ。

 私のすぐ下がクレイオ、その次が現在トラーキア子爵をしているポリュドロス、この子だけが私達姉妹と母親が違うのだけどね。その次がエウテルペ、さらに六人の妹達、末妹がウラニアよ」

 先代のトラーキア子爵の唯一の息子であり正妻が産んだ唯一の子供がポリュドロス。第二夫人が産んだのが義母をはじめとする九人姉妹だ。

「……私に話してしまっていいのですか?」

「エーペ、エウテルペの許可はとってあるわ」

 エーペはエウテルペの愛称だろう。

「エーペの雅号の由来は名前と猫が好きだからだけど、何のひねりもないわね」

 エウリがペイア・ラーキ義母に思った事を義母は妹に対して発言した。

「特に三毛猫がお好きだからマークに使っているのでしょうか?」

 エウリは常日頃の疑問を尋ねてみた。

「エーペの亡くなった夫が雄の三毛猫を飼っていてね。エーペがその猫を見ようと彼の家を覗いたのが二人の出会いのきっかけだったからでしょうね」

 さして猫に詳しくないエウリでも知っている。雄の三毛猫は希少だ。三千匹に一匹とか三万匹に一匹だといわれている。猫好きとしては、ぜひ見てみたいと思うだろう。

「エウリは作家なのか?」

 義母とエウリの話が終わったのを見計らってハークが声をかけてきた。

「ハークに黙っていたようだけど、家族になるなら知ってもらうべきだと思うわ。エウリをずっと見守っていたオルフェは、当然知っていたのでしょうしね」

「はい」

 義母が視線を向けるとオルフェは頷いた。

「ハークだけ知らないのは不公平だと思う。勝手にばらしてしまったのは申し訳ないけれど」

「そうですね。同じ家に暮らすのなら、いつまでも隠すのは無理でしょうしね」

 義母の言葉に納得したエウリはハークに向き直った。

「黙っていただければありがたいのですが、私はBL作家のアネモネ・アドニスなんです。あっ、BLというのは」

「……知っているから説明は不要だ」

 考えてみれば、ハークの祖母である義母はBL作家として作家デビューしたのだ。知っていて当然だろう。

「……あー、もしかして、私と父上の顔が好きだと言っていたのは」

「はい! BLのネタとしてです! 私にとって男性はBLのネタですわ。それで男性への恐怖を克服できましたもの!」

 嫌そうな顔で、それでも確認として訊いてきたのだろうハークに、エウリは、それはそれは綺麗な笑顔で答えた。

「……そうか」

 何やらがっくりときているハークに、エウリは、ほろ苦く微笑んだ。

「……私が、こんな女だと知って幻滅しましたか?」

 まあ、出会いが最悪だったのだから(エウリは憶えていないが)今更、幻滅も何もないだろうが。

「私を外見だけでなく愛しているのなら、私のこういう一面も受け入れてみせればいい」と思っていたエウリだが、今はハークに嫌われるのはつらい。自分の出自を知っても彼の態度が変わらなかったから余計にだ。

 それでも、エウリは人生を懸けた仕事としてBL作家をしている。こんな自分を愛しているというのなら受け入れてくれなければ。

「……私を見くびるな」

 ハークは期せずして父親と同じ事を言った。

「私はBL作家でもあるお祖母様とは産まれた時から付き合っている。好きになった女性がBL作家だろうと気持ちは揺るがない」

 そう言いつつも、ハークの顔は引きつっている。

「……ショックを受けているお兄様に、さらなるショックを与えてしまうのですが」

 デイアが恐る恐るという感じで口を開いた。

「今更これ以上、驚く事などないよ」

「わたくしは作家ではありませんが、BLが好きです」

 デイアの告白にハークでだけでなくエウリも驚いた。まさか彼女がそれ・・を打ち明けるとは思わなかったのだ。

「エウリ様が、ご自分の秘密を全て打ち明けられたのに、わたくしだけ黙っている訳にはいかないでしょう?」

 驚くエウリに対して、デイアはそう説明した。

「……私が秘密を打ち明けたからといって、あなたまで、そうする必要はないのですよ?」

 だから、義母も自分の秘密、自分がペイア・ラーキだと打ち明けたのだろうか?

「勿論、周囲には隠しますし、侯爵令嬢としての責務や皇太子妃としての責務は果たしますわ」

「……君がどんな趣味だろうと、責務を果たせば問題ないだろう」

 デイアの弁明に対してオルフェはそう言った。











しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】帝国滅亡の『大災厄』、飼い始めました

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
 大陸を制覇し、全盛を極めたアティン帝国を一夜にして滅ぼした『大災厄』―――正体のわからぬ大災害の話は、御伽噺として世に広まっていた。  うっかり『大災厄』の正体を知った魔術師――ルリアージェ――は、大陸9つの国のうち、3つの国から追われることになる。逃亡生活の邪魔にしかならない絶世の美形を連れた彼女は、徐々に覇権争いに巻き込まれていく。  まさか『大災厄』を飼うことになるなんて―――。  真面目なようで、不真面目なファンタジーが今始まる! 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2019年春、エブリスタ長編ファンタジー特集に選ばれました(o´-ω-)o)ペコッ

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 番外編『旅日記』

アーエル
ファンタジー
カクヨムさん→小説家になろうさんで連載(完結済)していた 【 異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 】の番外編です。 カクヨム版の 分割投稿となりますので 一話が長かったり短かったりしています。

【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳 どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。 一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。 聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。 居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。 左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。 かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。 今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。 彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。 怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて ムーライトノベルでも先行掲載しています。 前半はあまりイチャイチャはありません。 イラストは青ちょびれさんに依頼しました 118話完結です。 ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
※本編を加筆修正しますので、一旦一部公開とさせていただいています。 〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 ※本編を加筆修正する予定ですので、一旦一部公開とさせていただいています。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

処理中です...