腐女子令嬢は再婚する

青葉めいこ

文字の大きさ
29 / 46

ハークの結婚宣言

しおりを挟む
 微妙な空気が流れる中、ハークが言った。

「エウリ、君が父上と結婚した後、私も結婚する」

「ハーク様?」

 エウリは(彼は何を言いたいのだろう?)と首を傾げた。

「君に求婚していながら、うまくいかなかった時の事も考えて、私にとって最良な妻となる女性を事前に見繕っていた。君を愛していても、次期ミュケーナイ侯爵として、次期宰相として、私には結婚し子供を作る義務がある。ずっと独り身という訳にはいかないんだ」

 ハークは、ほろ苦く微笑んだ。

「彼女は自分との結婚は君が私の求婚を断った後で構わないと言ってくれた。彼女の厚意に甘えたんだ。身勝手で最低だろう?」

「いいえ。身勝手なのは私です。ハーク様。だって、その方が私に嫉妬して妙な行動をとらないかが心配なんですもの」

「意味が分からないな」

 聡明なハークであっても女心は理解できないのだろうか?

「そうまでして、あなたと結婚したいと仰るなんて、その方は、あなたを愛していらっしゃるのでしょう?」

 エウリの科白にハークは笑った。その笑顔は見惚れるほど美しく、その笑い声も天上の音楽のように素晴らしいものだったが、エウリとしては、なぜ笑われたのかが分からず、きょとんとするばかりだ。

「……あの?」

「悪い」

 ハークは笑った事を謝った後、説明した。

「嫌われてはいないと思う。でなければ、私の子供を産んでもいいとは言ってくれないだろうしね」

 ハークという一人の男性の妻ではなく、次代のミュケーナイ侯爵夫人となる事が、その女性の目的なのだろうか?

「……あなたのお気持ちに応えられない私がこんな事を言うのはなんですが、結婚して、あなたもその方も幸せになれますか?」

「彼女の事は人として好きだし、彼女もそう言ってくれた。彼女とならいい夫婦になれると思う」

「わたくし、皇太子殿下との間に、たくさん子供を産みますわ」

 突然こんな事を言いだしたのはデイアだった。

「デイア?」

「デイア様?」

 デイアは皆の視線を受けて少しだけ恥ずかしそうな顔になった。

「たくさん子供を産んだから、一人、お兄様に差し上げます。だから、お兄様が無理して結婚する必要はなくなりますわ」

 デイアの突然の思いがけない科白は、どうやら兄を慮っての事らしい。想っているいる女エウリがいるのに義務感だけで結婚し子供を作ろうとする兄を不憫に思ったのだろう。

 確かに、デイアと皇太子の御子ならミュケーナイ侯爵家の跡取りに相応しい。

「ありがとう。でも、妻や子を持って一人前という考えが今も根強い帝国だ。私は彼女と結婚し子供を作るよ。彼女との間に子供ができなければ、君と皇太子殿下の御子を養子にするしかないけどね」

「……お兄様」

 デイアは困ったような痛ましいような顔で兄を見ている。

「お前が選んだ女性だ。反対する気は毛頭ないが、誰を結婚相手に選んだんだ?」

 男爵家の養女で、しかも離婚歴のあるエウリでさえ息子ハークの妻になるのを反対しなかったオルフェだ。どんな女性でも、あっさりと認めそうだ。まあ、エウリの場合は愛した女性の娘だからというのが最大の理由だったのだろうが。

「レディ・メガラ・テーバイですよ」

「えっ、あの方なの!?」

「えっ、あの子なの!?」

 ほぼ同じ反応をしているのはデイアと義母だ。

「彼女か?」

 オルフェは驚くというよりは意外そうだ。

「メガラ・テーバイ様って、確か、デイア様が選ばれるまで皇太子殿下の婚約者最有力候補でしたよね?」

 結局は皇太子の「レディ・デイアネイラ・ミュケーナイ以外、妻にしたくない」という一言で、デイアが皇太子妃に決まったのだが。

 メガラは帝国海軍第一軍の提督をしているテーバイ公爵の娘であり皇后の姪である。現在の皇后はテーバイ公爵の妹なのだ。

 テーバイ一族は元は海賊だった。約二百年前、他の海賊や他国の海軍に苦しめられた帝国を、その優れた海戦術で救い公爵位を授けられたのだ。

 メガラは今年十七、ハークより一歳下だ。薄い色の髪と瞳が多い帝国貴族では珍しい黒髪に藍色の瞳の絶世の美少女だ。年齢、容姿、家柄、全てがハークの結婚相手として申し分ない。

「ええ。あの方を選んでくださればよかったのに」

 デイアは心底残念そうに言った。

「それは無理だろう。殿下は母親によく似た彼女相手じゃ子供を作れないって言っていたし、何よりデイア以外を妻に迎える気はないと思うよ」

「……いくらわたくしがミュケーナイ侯爵の娘だからって」

「いや、それは関係ないよ。殿下はデイアだから皇太子妃に、妻にしたいんだろう」

「……お兄様とメガラ様が互いに納得して結婚されるのなら、わたくし、何も言いませんわ」

 デイアは、あからさまに話題を変えた。

「わたくしもメガラ様の事は好きですから、あの方がお義姉ねえ様になるのは嬉しいですわ」

 皇太子の婚約者最有力候補だったメガラと皇太子の婚約者となったデイア。

 周囲が勝手にライバルだと思い込んでいるが実際の彼女達は仲がいい。エウリは夜会や園遊会で親し気に会話している二人を何度も見かけた。彼女達にとっては本当に皇太子も皇太子妃の地位も、どうでもいいのだろう。

「……私も二人が決めた事なら反対はしないけど」

 そう言うと、義母は家族を見回した。

「家族になるのなら、メガラの事、エウリに話すべきよね?」

「ああ、そうですね」

 オルフェの言葉にハークとデイアも頷いた。

「あの?」

(メガラ様に何か秘密があるのかしら?)

 エウリが思った通りだった。

「メガラは私の妹の一人ポリヒムニアの娘なの。末妹ウラニアのすぐ上がポリヒムニアよ」

 義母の言葉に少なからず驚いた。……今日は何回驚かされるのだろう。本当はエウリが驚かせにきたはずだのに。

「……えっと、確かメガラ様はテーバイ公爵が行きずりの女性との間に……失礼しました」

 ミュケーナイ侯爵家とは違い帝国建国から続く貴族ではないが、代々優秀な提督を輩出した公爵家で皇帝陛下の信任も厚い。そのため表立っては誰も口にしないが帝国貴族ならば知っている。メガラはテーバイ公爵が行きずりの女性との間にもうけた娘だと。幸いテーバイ公爵とメガラは似ているため二人が親子だと疑われる事はなかった。

「皆が噂している大半は事実だし、あなたが、あの子達を貶める意図がないのは分かるから大丈夫よ」

 義母の言う「あの子達」はポリヒムニアとメガラだろう。

「その『行きずりの女性』がムニア、ポリヒムニアなの」

 ムニアはポリヒムニアの愛称だろう。

「……私の妹達は皆、個性的だけど、中でもムニアは特に変わった子でね。昔から好奇心旺盛で観察眼も鋭くて子爵令嬢だのに探偵になったわ。それで、当時、海賊が係る事件の捜査中に捕まって、それを助けたのが海軍の提督になったばかりのクレオン様……テーバイ公爵様だった。それが、二人の出会いよ」

 クレオンはテーバイ公爵の名前だ。

「当時、クレオン様には奥方と生まれたばかりの息子フィオネス様がいたけど、ムニアに一目惚れしてしまってね」

 クレオン・テーバイ公爵と正妻の間に産まれたのがフィオネスだ。メガラの異母兄で今年十八、エウリやハークと同い年になる。

「奥方の事は大切にしていたし、フィオネス様の事は勿論、愛しているけれど、奥方とは家同士の結びつきで結婚したからね」

 貴族ならば珍しくもない話だ。男女の愛がなくても人として好意や尊敬を抱ければ充分幸福な結婚だと考えられている。……それでもエウリはアリスタを夫として受け入れる事ができなかったけれど。

「ムニアも助けてもらった恩と人としてクレオン様の事は好きだから一時は恋人として付き合ったのだけど、ムニアも他の妹達と同じで恋愛に奔放でね。どれだけクレオン様が求婚しても断り続けたわ。メガラがお腹にいると分かっても変わらなかった。

 結局は結婚はせずメガラだけクレオン様が引き取って育てる事になったわ。……ムニアは決して悪い子ではないのだけど、ひとつの事に集中すると周りが見えなくなるあの子がメガラを育てるなんて到底無理だったもの」

「……メガラ様は、その事をご存知なんですか?」

「ええ。ムニアは時々メガラに会いに行っているわ。一緒に暮らしていないけど、仲のいい母娘よ」

 母娘の関係など人それぞれだ。他人が口だす事ではない。それに、エウリにとっては一緒に暮らせなくても会おうと思えば会える関係が羨ましかった。

(……だって、私は、どれだけ願っても、お母様とは二度と会えないのだから)


















 



















しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】帝国滅亡の『大災厄』、飼い始めました

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
ファンタジー
 大陸を制覇し、全盛を極めたアティン帝国を一夜にして滅ぼした『大災厄』―――正体のわからぬ大災害の話は、御伽噺として世に広まっていた。  うっかり『大災厄』の正体を知った魔術師――ルリアージェ――は、大陸9つの国のうち、3つの国から追われることになる。逃亡生活の邪魔にしかならない絶世の美形を連れた彼女は、徐々に覇権争いに巻き込まれていく。  まさか『大災厄』を飼うことになるなんて―――。  真面目なようで、不真面目なファンタジーが今始まる! 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2019年春、エブリスタ長編ファンタジー特集に選ばれました(o´-ω-)o)ペコッ

ツンデレ王子とヤンデレ執事 (旧 安息を求めた婚約破棄(連載版))

あみにあ
恋愛
公爵家の長女として生まれたシャーロット。 学ぶことが好きで、気が付けば皆の手本となる令嬢へ成長した。 だけど突然妹であるシンシアに嫌われ、そしてなぜか自分を嫌っている第一王子マーティンとの婚約が決まってしまった。 窮屈で居心地の悪い世界で、これが自分のあるべき姿だと言い聞かせるレールにそった人生を歩んでいく。 そんなときある夜会で騎士と出会った。 その騎士との出会いに、新たな想いが芽生え始めるが、彼女に選択できる自由はない。 そして思い悩んだ末、シャーロットが導きだした答えとは……。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ※以前、短編にて投稿しておりました「安息を求めた婚約破棄」の連載版となります。短編を読んでいない方にもわかるようになっておりますので、ご安心下さい。 結末は短編と違いがございますので、最後まで楽しんで頂ければ幸いです。 ※毎日更新、全3部構成 全81話。(2020年3月7日21時完結)  ★おまけ投稿中★ ※小説家になろう様でも掲載しております。

異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 番外編『旅日記』

アーエル
ファンタジー
カクヨムさん→小説家になろうさんで連載(完結済)していた 【 異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 】の番外編です。 カクヨム版の 分割投稿となりますので 一話が長かったり短かったりしています。

【完結】異世界召喚 (聖女)じゃない方でしたがなぜか溺愛されてます

七夜かなた
恋愛
仕事中に突然異世界に転移された、向先唯奈 29歳 どうやら聖女召喚に巻き込まれたらしい。 一緒に召喚されたのはお金持ち女子校の美少女、財前麗。当然誰もが彼女を聖女と認定する。 聖女じゃない方だと認定されたが、国として責任は取ると言われ、取り敢えず王族の家に居候して面倒見てもらうことになった。 居候先はアドルファス・レインズフォードの邸宅。 左顔面に大きな傷跡を持ち、片脚を少し引きずっている。 かつて優秀な騎士だった彼は魔獣討伐の折にその傷を負ったということだった。 今は現役を退き王立学園の教授を勤めているという。 彼の元で帰れる日が来ることを願い日々を過ごすことになった。 怪我のせいで今は女性から嫌厭されているが、元は女性との付き合いも派手な伊達男だったらしいアドルファスから恋人にならないかと迫られて ムーライトノベルでも先行掲載しています。 前半はあまりイチャイチャはありません。 イラストは青ちょびれさんに依頼しました 118話完結です。 ムーライトノベル、ベリーズカフェでも掲載しています。

【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

たまこ
恋愛
 公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。  ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。 ※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
※本編を加筆修正しますので、一旦一部公開とさせていただいています。 〜花が良く育つので「緑の手」だと思っていたら「癒しの手」だったようです〜 王都の隅っこで両親から受け継いだ花屋「ブルーメ」を経営するアンネリーエ。 彼女のお店で売っている花は、色鮮やかで花持ちが良いと評判だ。 自分で花を育て、売っているアンネリーエの店に、ある日イケメンの騎士が現れる。 アンネリーエの作る花束を気に入ったイケメン騎士は、一週間に一度花束を買いに来るようになって──? どうやらアンネリーエが育てている花は、普通の花と違うらしい。 イケメン騎士が買っていく花束を切っ掛けに、アンネリーエの隠されていた力が明かされる、異世界お仕事ファンタジーです。 ※本編を加筆修正する予定ですので、一旦一部公開とさせていただいています。 *HOTランキング1位、エールに感想有難うございました!とても励みになっています! ※花の名前にルビで解説入れてみました。読みやすくなっていたら良いのですが。(;´Д`)  話の最後にも花の名前の解説を入れてますが、間違ってる可能性大です。  雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。 ※完結しました。全41話。  お読みいただいた皆様に感謝です!(人´∀`).☆.。.:*・゚

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

処理中です...