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秘密を打ち明けられる
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皆が帰り、館の主であるパーシーも仕事があると出て行った後、意外な人がやってきた。
「レダ様?」
侍女に案内され居間に通されたのは、レダ・マグニシア。テュンダの妻でオルフェの従妹だ。
「お久しぶりです。エウリ様」
まろやかで甘い声に相応しい絶世の美貌。長く真っ直ぐな眩いばかりの金髪。晴れ渡った空のような青い瞳。白磁の肌。中背で子供を三人産んだとは思えない女性美の極致の肢体。
母と同じ特徴を持つレダだが印象は少し違う。優しげだが強い意志も感じさせる眼差しは、たおやかで儚げな母にはなかったものだ。
「約束もせず突然押しかけて申し訳ありません。あなたに、お話したい事がありまして」
「私にですか?」
エウリは母と同じ特徴を持つレダを好ましく思っているが実はあまり親しくない。同じ出版社に所属していても翻訳部門の編集長とBL作家では、あまり接点はないのだ。
むしろ、エウリは彼女の母親クレイオと親しい。BL部門の編集長であるクレイオにはBL作家としてデビューした当時からお世話になっているので。
こんな風に約束もなしに訪ねられる間柄ではない。
侍女がお茶の支度を終えて居間から出て行った後、レダは思い切ったように言った。
「……夫から、あなたの出自を聞きました」
「……そうですか」
レダは自分の妻というだけでなくオルフェの従妹だ。オルフェの「妻」となるエウリとも親戚になる。だから、テュンダは話したのだろう。親戚になるからだけでなくレダならば秘密を守れると信頼もしているからだろう。
「長い話になりそうですね。どうぞお座りください」
立ったままだったレダはエウリに促されると素直に対面のソファに腰を下ろした。
「あなたの秘密を知った以上、私も自分の秘密を話すべきだと思いました。けれど、すでに私の秘密を知っているテュンダはともかくパーシー様やオルフェ様には知られたくない。あなたがお一人になったのを見計らって来ました」
事前にテュンダが言っていたのか、レダは夫がオルフェやパーシーと一緒にエウリに会いに行った事を知っているようだ。
だが、さすがにデイアまでいたとは思わなかったらしく彼女については何も言わない。デイアは突然やってきたのでレダが知らないのは無理もない。
「テュンダは私があなたに自分の秘密を打ち明ける必要はないと言いました。あなたの秘密を墓場まで持って行くだけで充分だと」
「テュンダの言う通りですよ。私の秘密を知った方は、貴女のように自分の秘密を話すべきだと思うようですが、そこまでする必要はないんです」
帝国と公国の最大の禁忌となる存在の事を話せば命はない。それくらい誰だって分かる。二つの国の最大の秘密を墓場まで持って行くだけでつらいだろう。わざわざ自分の秘密を打ち明ける必要などないのだ。
「いいえ。あなたも夫もそう言ってくださいますが、やはり話すのが礼儀でフェアだと思います。
それだけでなく信頼できる方に聞いていただきたいのです。……あなたには不愉快な話になるのは確実なので、申し訳ないのですが」
レダは絶対に秘密をもらさないという意味で「信頼できる方」と言ったのだろう。エウリの出自を知っても、その為人を知るほど親しくはないので。
「……そこまで仰るならお聞きしますが」
独りで重い秘密を抱えるつらさは分かる。信頼できる人と秘密を共有できれば独りで抱えるよりも楽になる気がするのだ。
「……私には双子の弟ヒュアキントスがいます。ご存知かもしれませんが俳優をしています」
ヒュアキントス・マグニシア、ヒュアの愛称を持つ彼は、帝国が世界に誇る俳優である。
双子とはいえレダには全く似ていないが絶世の美貌なのは同じだ。BL妄想するのに最適な(こういう言い方はどうかと思うけど)皇帝とオルフェを足して二で割ったような男臭さのない優雅で優美な男性だ。
だが、エウリにとって残念な事に、テュンダと同じ「あの男」に似た髪と瞳の色、プラチナブロンドに青紫の瞳だ。
男色家である事を公言し実はパーシーの情人でもある。
その容姿故に誰もがヒュアが男色家なのを納得しているがエウリだけは、それは嘘だと見破っている。腐女子である事を抜きにしても男性に嫌悪と恐怖を抱いているので直感で分かるのだ。真性の男色家かどうかは。
何より二年前、初めて、この館で遭遇した時のヒュアのエウリとアンを見た瞳で確信した。あれは、紛れもなく「男」として「女」を見る瞳だ。いくらBL妄想に最適な超絶美形でも自分を「女」として見る男には不快感しか覚えない。まして、「あの男」に似た髪と瞳の色の持ち主なら尚更だ。
だが、ヒュアの自分達を見る瞳に不快感を示すエウリにアンが言った科白で勘違いに気づいた。「あの方が見ているのは私達ではないよ。私達を通して別の女性を見ている」と。父親に愛する女性の身代わりとして「おもちゃ」にされていたアンだから気づいたのだろう。
エウリとアンの共通点は同じ色の髪と瞳、体型、そして絶世の美貌。ヒュアは、彼女達を通して彼女達に似た特徴の女性を「女」として見ていたのだろう。
本当は男色家ではないのに、なぜ、そう公言しているのか。ましてパーシーの情人などをしているのかは分からない。分からないけれど、他人が隠したがっている事に踏み込む気はない。
「……私の秘密は、ヒュアを、双子の弟を異性として愛している事です」
レダの美しい唇から衝撃的な言葉が放たれた。
目を瞠るエウリにレダは淡々と言葉を続けた。
「……今のあなたと同じ年頃の時は、特につらかった。まだ若かった私は弟への恋心を抑えるのが苦しかった。『他の男性と体を重ねれば、弟への恋心を消せるかもしれない』そんな愚かな事を考えついた私は、夜の街をさ迷うようになったのです」
テュンダが言っていた「どうしようもない事に苦しんでいた」というのは、この事か。想ってはいけない相手への断ち切れない恋情に苦しんでいたのだ。
「……さすがに素面ではできなかったので酒場で何杯もお酒を飲んでは何人もの男性に声を掛けられました。けれど、いざとなれば怖気づいてしまって家に逃げ帰る日々でした。そんなある日、いつものように酒場でお酒を呑んでいた私は、どこか弟に似た男性に声を掛けられたんです。弟に似たこの人になら抱かれてもいいと思った私は彼を誘ったんです。そして、一か月後、妊娠に気づきました」
レダの口ぶりからすると当時、彼女が体を重ねた男性は「弟に似た男性」以外いないようなので、その時妊娠した子、ポリュの生物学上の父親は、その「彼」以外ありえないのだろう。
「酔っぱらっていたので弟に似ているという印象以外、憶えておらず、どこの誰か分からないけれど、私にポリュを授けてくれた『彼』には感謝しています。
けれど当時、若かった私は困惑するばかりでした。自分で言うのもなんですが、私は両親にとって手のかからない娘でした。そんな私が、どこの誰とも知れない男の子を身籠ったと知れば、どれだけ両親を失望させるだろう。……何より、ヒュアにどう思われるだろう。お腹の中にいる我が子ではなく、そんな事ばかり考えていました」
エウリが「養父母に恥じない養女でありたい」と考えているのは、ひとえに血が繋がっていない自分を本当の娘のように愛してくれているからだ。……出自を知っても養父母の自分に対する態度が変わらないから余計に、その思いが強い。
けれど、レダは紛れもなく血の繋がった家族だのに「失望されるのが怖い」と考えている。家族のあり方は人それぞれなのだろう。
「そんな家族から離れて、お腹の子をどうするのか考えたくてモレア島に来ました。
そこで、テュンダに出会ったんです。私が思いつめた顔で海を見ていたからでしょう。自殺だと勘違いされて声を掛けられて私の事情を知った途端、『お腹の子の父親になる』と言い出したんです。
普通なら断るところですが、私は即座に受けました。初対面の記憶喪失の男性だろうと、私が自殺するんじゃないかと声をかけてくれた上、自分の子供でもないのに『お腹の子供の父親になる』と言ってくれたんです。悪い人間には見えなかった」
テュンダの見かけは医者に相応しく優しげで柔和で警戒心を起こさせないものだ。実際、彼はいい人間だろう。どんな理由があるにしろ、嫌悪して当然のエウリをずっと気にかけてくれていたのだから。
「……何より、テュンダはヒュアと同じ色の髪と瞳。それだけで夫にするには充分だった。テュンダやテュンダを大切に想う人達にとって、あまりにもひどいですね」
レダは自嘲の笑みを浮かべた。
「……貴女だけがテュンダに対して、そう思っているのならそうですが、テュンダもまた貴女にお母様の面影を見て求婚したのなら、お互い様だと思います」
「いいえ。私のほうがひどい女です。
……こんな言い方は失礼ですが、私はあなたのお母様よりもずっと恵まれた状況だのに、ポリュを産む決断ができなかった。家族に失望されるのが怖かった。だからといって、堕胎もできなかった。産むのも嫌だけれど堕胎も怖い。
そんな身勝手な私に、どんな理由があれ『お腹の子の父親になる』と言ってくれたテュンダには感謝しかありません」
「……ひとつお聞きしたい事があるのですが、こんな事を訊くのはどうかと思うので、答えたくないのなら答えてくださらなくて構いません」
「秘密を打ち明けにきたのです。できるだけ答えますよ」
穏やかに微笑んで促すレダに、エウリは意を決して言った。
「……テュンダに感謝していると言いましたね。では、テュンダを夫として、男性として愛しているのですか?」
レダは難しい顔になった。
「……勿論、家族として愛しています。でも、あなたが仰るような男性として愛しているのかと言われると答えは『いいえ』です。あなたが仰る意味で私が愛しているのは今も昔も、たった一人ですから」
テュンダの妻となった今でもレダは双子の弟を異性として愛しているのだ。
それでも、テュンダの妻となり三人の娘達の母親となった事で弟への恋心に、それなりに折り合いをつけたのだろう。
「……テュンダは貴女の秘密を知っていると仰いましたね」
「……はい。どこの誰とも知れない男の子を宿している上、弟を愛しているのも承知で、テュンダは私と結婚してくれました。普通なら、そんな事は絶対にできない。そうしてくれたのは、彼もまた私と同じ苦しみを持っているからだと今は分かります」
レダが言っているのは、愛してはいけない人を愛した苦しみだろう。
「……テュンダはおそらく今も亡くなった私のお母様を愛している。それでも夫婦でいられますか?」
「私が弟を愛しているのに、彼が他の女性を、妹を愛していても責める事などできません。男女の愛でなくても夫婦として互いに尊重し、娘達の良き父親であれば、それで充分です。何より、ポリュを後で産まれた実の娘達である双子と分け隔てなく愛してくれる。それだけで感謝しています」
夫婦や家族のあり方は人それぞれだ。エウリが口を挟む事ではない。
「レダ様?」
侍女に案内され居間に通されたのは、レダ・マグニシア。テュンダの妻でオルフェの従妹だ。
「お久しぶりです。エウリ様」
まろやかで甘い声に相応しい絶世の美貌。長く真っ直ぐな眩いばかりの金髪。晴れ渡った空のような青い瞳。白磁の肌。中背で子供を三人産んだとは思えない女性美の極致の肢体。
母と同じ特徴を持つレダだが印象は少し違う。優しげだが強い意志も感じさせる眼差しは、たおやかで儚げな母にはなかったものだ。
「約束もせず突然押しかけて申し訳ありません。あなたに、お話したい事がありまして」
「私にですか?」
エウリは母と同じ特徴を持つレダを好ましく思っているが実はあまり親しくない。同じ出版社に所属していても翻訳部門の編集長とBL作家では、あまり接点はないのだ。
むしろ、エウリは彼女の母親クレイオと親しい。BL部門の編集長であるクレイオにはBL作家としてデビューした当時からお世話になっているので。
こんな風に約束もなしに訪ねられる間柄ではない。
侍女がお茶の支度を終えて居間から出て行った後、レダは思い切ったように言った。
「……夫から、あなたの出自を聞きました」
「……そうですか」
レダは自分の妻というだけでなくオルフェの従妹だ。オルフェの「妻」となるエウリとも親戚になる。だから、テュンダは話したのだろう。親戚になるからだけでなくレダならば秘密を守れると信頼もしているからだろう。
「長い話になりそうですね。どうぞお座りください」
立ったままだったレダはエウリに促されると素直に対面のソファに腰を下ろした。
「あなたの秘密を知った以上、私も自分の秘密を話すべきだと思いました。けれど、すでに私の秘密を知っているテュンダはともかくパーシー様やオルフェ様には知られたくない。あなたがお一人になったのを見計らって来ました」
事前にテュンダが言っていたのか、レダは夫がオルフェやパーシーと一緒にエウリに会いに行った事を知っているようだ。
だが、さすがにデイアまでいたとは思わなかったらしく彼女については何も言わない。デイアは突然やってきたのでレダが知らないのは無理もない。
「テュンダは私があなたに自分の秘密を打ち明ける必要はないと言いました。あなたの秘密を墓場まで持って行くだけで充分だと」
「テュンダの言う通りですよ。私の秘密を知った方は、貴女のように自分の秘密を話すべきだと思うようですが、そこまでする必要はないんです」
帝国と公国の最大の禁忌となる存在の事を話せば命はない。それくらい誰だって分かる。二つの国の最大の秘密を墓場まで持って行くだけでつらいだろう。わざわざ自分の秘密を打ち明ける必要などないのだ。
「いいえ。あなたも夫もそう言ってくださいますが、やはり話すのが礼儀でフェアだと思います。
それだけでなく信頼できる方に聞いていただきたいのです。……あなたには不愉快な話になるのは確実なので、申し訳ないのですが」
レダは絶対に秘密をもらさないという意味で「信頼できる方」と言ったのだろう。エウリの出自を知っても、その為人を知るほど親しくはないので。
「……そこまで仰るならお聞きしますが」
独りで重い秘密を抱えるつらさは分かる。信頼できる人と秘密を共有できれば独りで抱えるよりも楽になる気がするのだ。
「……私には双子の弟ヒュアキントスがいます。ご存知かもしれませんが俳優をしています」
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双子とはいえレダには全く似ていないが絶世の美貌なのは同じだ。BL妄想するのに最適な(こういう言い方はどうかと思うけど)皇帝とオルフェを足して二で割ったような男臭さのない優雅で優美な男性だ。
だが、エウリにとって残念な事に、テュンダと同じ「あの男」に似た髪と瞳の色、プラチナブロンドに青紫の瞳だ。
男色家である事を公言し実はパーシーの情人でもある。
その容姿故に誰もがヒュアが男色家なのを納得しているがエウリだけは、それは嘘だと見破っている。腐女子である事を抜きにしても男性に嫌悪と恐怖を抱いているので直感で分かるのだ。真性の男色家かどうかは。
何より二年前、初めて、この館で遭遇した時のヒュアのエウリとアンを見た瞳で確信した。あれは、紛れもなく「男」として「女」を見る瞳だ。いくらBL妄想に最適な超絶美形でも自分を「女」として見る男には不快感しか覚えない。まして、「あの男」に似た髪と瞳の色の持ち主なら尚更だ。
だが、ヒュアの自分達を見る瞳に不快感を示すエウリにアンが言った科白で勘違いに気づいた。「あの方が見ているのは私達ではないよ。私達を通して別の女性を見ている」と。父親に愛する女性の身代わりとして「おもちゃ」にされていたアンだから気づいたのだろう。
エウリとアンの共通点は同じ色の髪と瞳、体型、そして絶世の美貌。ヒュアは、彼女達を通して彼女達に似た特徴の女性を「女」として見ていたのだろう。
本当は男色家ではないのに、なぜ、そう公言しているのか。ましてパーシーの情人などをしているのかは分からない。分からないけれど、他人が隠したがっている事に踏み込む気はない。
「……私の秘密は、ヒュアを、双子の弟を異性として愛している事です」
レダの美しい唇から衝撃的な言葉が放たれた。
目を瞠るエウリにレダは淡々と言葉を続けた。
「……今のあなたと同じ年頃の時は、特につらかった。まだ若かった私は弟への恋心を抑えるのが苦しかった。『他の男性と体を重ねれば、弟への恋心を消せるかもしれない』そんな愚かな事を考えついた私は、夜の街をさ迷うようになったのです」
テュンダが言っていた「どうしようもない事に苦しんでいた」というのは、この事か。想ってはいけない相手への断ち切れない恋情に苦しんでいたのだ。
「……さすがに素面ではできなかったので酒場で何杯もお酒を飲んでは何人もの男性に声を掛けられました。けれど、いざとなれば怖気づいてしまって家に逃げ帰る日々でした。そんなある日、いつものように酒場でお酒を呑んでいた私は、どこか弟に似た男性に声を掛けられたんです。弟に似たこの人になら抱かれてもいいと思った私は彼を誘ったんです。そして、一か月後、妊娠に気づきました」
レダの口ぶりからすると当時、彼女が体を重ねた男性は「弟に似た男性」以外いないようなので、その時妊娠した子、ポリュの生物学上の父親は、その「彼」以外ありえないのだろう。
「酔っぱらっていたので弟に似ているという印象以外、憶えておらず、どこの誰か分からないけれど、私にポリュを授けてくれた『彼』には感謝しています。
けれど当時、若かった私は困惑するばかりでした。自分で言うのもなんですが、私は両親にとって手のかからない娘でした。そんな私が、どこの誰とも知れない男の子を身籠ったと知れば、どれだけ両親を失望させるだろう。……何より、ヒュアにどう思われるだろう。お腹の中にいる我が子ではなく、そんな事ばかり考えていました」
エウリが「養父母に恥じない養女でありたい」と考えているのは、ひとえに血が繋がっていない自分を本当の娘のように愛してくれているからだ。……出自を知っても養父母の自分に対する態度が変わらないから余計に、その思いが強い。
けれど、レダは紛れもなく血の繋がった家族だのに「失望されるのが怖い」と考えている。家族のあり方は人それぞれなのだろう。
「そんな家族から離れて、お腹の子をどうするのか考えたくてモレア島に来ました。
そこで、テュンダに出会ったんです。私が思いつめた顔で海を見ていたからでしょう。自殺だと勘違いされて声を掛けられて私の事情を知った途端、『お腹の子の父親になる』と言い出したんです。
普通なら断るところですが、私は即座に受けました。初対面の記憶喪失の男性だろうと、私が自殺するんじゃないかと声をかけてくれた上、自分の子供でもないのに『お腹の子供の父親になる』と言ってくれたんです。悪い人間には見えなかった」
テュンダの見かけは医者に相応しく優しげで柔和で警戒心を起こさせないものだ。実際、彼はいい人間だろう。どんな理由があるにしろ、嫌悪して当然のエウリをずっと気にかけてくれていたのだから。
「……何より、テュンダはヒュアと同じ色の髪と瞳。それだけで夫にするには充分だった。テュンダやテュンダを大切に想う人達にとって、あまりにもひどいですね」
レダは自嘲の笑みを浮かべた。
「……貴女だけがテュンダに対して、そう思っているのならそうですが、テュンダもまた貴女にお母様の面影を見て求婚したのなら、お互い様だと思います」
「いいえ。私のほうがひどい女です。
……こんな言い方は失礼ですが、私はあなたのお母様よりもずっと恵まれた状況だのに、ポリュを産む決断ができなかった。家族に失望されるのが怖かった。だからといって、堕胎もできなかった。産むのも嫌だけれど堕胎も怖い。
そんな身勝手な私に、どんな理由があれ『お腹の子の父親になる』と言ってくれたテュンダには感謝しかありません」
「……ひとつお聞きしたい事があるのですが、こんな事を訊くのはどうかと思うので、答えたくないのなら答えてくださらなくて構いません」
「秘密を打ち明けにきたのです。できるだけ答えますよ」
穏やかに微笑んで促すレダに、エウリは意を決して言った。
「……テュンダに感謝していると言いましたね。では、テュンダを夫として、男性として愛しているのですか?」
レダは難しい顔になった。
「……勿論、家族として愛しています。でも、あなたが仰るような男性として愛しているのかと言われると答えは『いいえ』です。あなたが仰る意味で私が愛しているのは今も昔も、たった一人ですから」
テュンダの妻となった今でもレダは双子の弟を異性として愛しているのだ。
それでも、テュンダの妻となり三人の娘達の母親となった事で弟への恋心に、それなりに折り合いをつけたのだろう。
「……テュンダは貴女の秘密を知っていると仰いましたね」
「……はい。どこの誰とも知れない男の子を宿している上、弟を愛しているのも承知で、テュンダは私と結婚してくれました。普通なら、そんな事は絶対にできない。そうしてくれたのは、彼もまた私と同じ苦しみを持っているからだと今は分かります」
レダが言っているのは、愛してはいけない人を愛した苦しみだろう。
「……テュンダはおそらく今も亡くなった私のお母様を愛している。それでも夫婦でいられますか?」
「私が弟を愛しているのに、彼が他の女性を、妹を愛していても責める事などできません。男女の愛でなくても夫婦として互いに尊重し、娘達の良き父親であれば、それで充分です。何より、ポリュを後で産まれた実の娘達である双子と分け隔てなく愛してくれる。それだけで感謝しています」
夫婦や家族のあり方は人それぞれだ。エウリが口を挟む事ではない。
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