番認定された王女は愛さない

青葉めいこ

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 リーヴァは王宮の応接間の一つに竜帝を連れてきた。

 申し訳ないがシグルズにも立ち会ってもらった。

 これには難色を示した竜帝をリーヴァは説き伏せた。

「男女が二人きりで会っては何を噂されるか分かりません。まして、あなたは公式の場で、わたくしに求婚したのです。妙な詮索を避けるためにも、わたくしの婚約者である彼に立ち会ったもらうべきだと思いますわ」

 竜帝ファヴニールは自国を守るためなら容赦なく敵を屠るが普段は公明正大な統治者だと聞く。いくら弱小国の王女に求婚しても、会って早々、無体な真似をするとは思えないが、何にしろリーヴァは、この嫌悪感しか抱けないモノと二人きりになどなりたくないのだ。

 紅茶やお菓子、軽食を用意した侍女達が下がると、早速リーヴァは対面のソファに座った竜帝に話しかけた。

「あなたは、わたくしを番だと仰いましたが」

 公式の場で言った事を抜きにしても竜帝が嘘を吐いたとは思わない。人間獣人問わず魔力を持つ者は言霊に縛られているため嘘を吐けば多大なダメージを受けるからだ。今目の前にいる竜帝は平然としていて嘘によるダメージは全く感じられなかった。

 ……リーヴァとしては嘘や質の悪い冗談であってほしかったが。

「わたくし達人間には、番という概念がないのです。だから、わたくしには、あなたが、番、運命の伴侶かどうか分からないのです」

 もし、本当に、番、運命の伴侶だとしても、リーヴァは絶対に認めないけれど。

「貴女が余の番だ。それは間違いない。我が真名まなに懸けて誓う」

 自らの存在を示す真実の名前、真名に懸けて誓った事は破れない。破れば最悪の場合死ぬからだ。

「……あなたが運命で定められた番であっても、わたくしが愛しているのは、婚約者であるシグルズです」

 リーヴァは隣に座っているシグルズに視線を流した。

 竜帝とリーヴァの話を黙って聞いていたシグルズは、リーヴァの視線を受けて口を開いた。

「竜帝陛下、私も王女殿下を愛しているのです」

 こんな状況だのに、やはり婚約者に、愛する男性に「愛している」と言われるのは嬉しいものだ。思わず微笑みそうになる顔をリーヴァは何とか引きしめた。今は笑っている場合ではない。

「たとえ、番という運命の伴侶でなくても、私と王女殿下は愛し合っています。私と王女殿下を引き裂くような真似はしないでいただけませんか?」

 シグルズの言葉は懇願で口調も柔らかいが表情は非常に醒めたものだった。とても世界最強の帝国の統治者に向けていいものではない。

 竜帝の美貌が不快そうに歪んだ。その瞳は、はっきりと「人間風情が!」と告げている。

 魔力が強い者ほど暴走しないように強い自制心を身につけるのは義務だ。世界最強の帝国の統治者となるほどの男なら、その自制心もかなりなものだと思うが、もしもという事もある。

 シグルズが危険にさらされる前に、リーヴァは自分に竜帝の意識を向ける事にした。

「……婚約者シグルズの事を抜きにしても、わたくしは絶対にあなたを愛せません」

「出会ったばかりだ。しかも、人間である貴女には番という概念はない。すぐに余を愛するのは無理なのは理解できる」

「……そうではないのです」

 不興を買うかもしれない。

 それでも、リーヴァの本心を知った上で結婚するのなら覚悟をすべきだ。

 愛されない覚悟を――。

 それに、もしかしたら結婚しなくて済むかもしれない。

「わたくしは爬虫類が生理的に駄目なんです」

 リーヴァが意を決して言った科白に対し、竜帝はきょとんとした。それが自分とどう関係あるのか分からないという顔だ。

「……あなたの本性は竜でしょう。竜は爬虫類に似ていますわ。だから、申し訳ないのですが、わたくしは、あなたに嫌悪感しか抱けないのです」

「……竜を爬虫類と一緒にしなくでくれ」

 げんなりしている竜帝に、リーヴァは素っ気なく言った。

「わたくしには同じに見えますわ」

 いくら人の形になった竜帝が美丈夫であっても本性が竜だと思うと、どうしても嫌悪感しか抱けない。

「それでも、わたくしと結婚したいのですか?」

「貴女は余の番だからな」

 竜帝は頷いた。

「……番だから、ですか?」

 シグルズは呟いた。

「『番だから』王女殿下を妻にしたいのですね」

 シグルズの表情は、どこか皮肉げだった。

「何が言いたい?」

 美しい眉をひそめる竜帝に、シグルズは一見柔らかな、けれど、はっきりと目に嘲りを込めた微笑を向けた。

「王女殿下のこれまでの生き様も性格も何も知らないくせに、ただ『番だから』という理由だけで王女殿下を欲しているのでしょう? あなた方獣人の番という概念は恐ろしいですね」

「……我らを愚弄しているのか?」

 はっきりと怒りを露にして尋ねた竜帝に、リーヴァはシグルズが何かされるのではと心配になったが、当のシグルズは平然としている。普段穏やかな彼だが意外と胆力はあるらしい。

「いいえ。あなた方獣人の番という概念、番を求める本能に対して思う事などありませんよ。私と王女殿下に係わりがなければ勝手にしろと思います」

「番だろうと、運命で決められた伴侶だろうと、わたくしは、あなたを愛さない」

 これ以上、竜帝の怒りがシグルズにいかないように、リーヴァは再び竜帝の意識を自分に向けるべく言い放った。

「確かに、こいつの言うように、余は貴女を知らない。そして、貴女も余を知らない。けれど、番なのだ。これから互いを知っていけば」

「互いを愛するようになる」と竜帝は続けたかったのだろうが、リーヴァは遮った。竜帝の言葉を遮るなど不敬だろうが知った事ではない。世迷言など聞きたくない。

「あなたに興味がないどころか、嫌悪感しか抱けないのですよ。あなたを知る気は全くないし、また、あなたに、わたくしという人間を知ってほしいとも思いません」

 リーヴァに続けてシグルズが言った。

「メロヴィーク帝国には人間もいるそうですが、大半は冷遇されていると聞いています」

 獣人の国といわれるメロヴィーク帝国だが少数ながら人間もいる。

 獣人に番認定されて夫婦になった者、あるいは罪人や奴隷だった者だ。世界最強の帝国と事を構えてまで奴隷や罪人を取り戻そうとする国はいない。罪人や奴隷が逃げ込むのに最適な場所なのだ。

 けれど、かつて人間に虐げられていたせいか、獣人の大半は人間に対して好意的ではない。獣人の尊崇の対象である竜帝が「過去に人間との間に何があったとしても、この国の民となったのなら同士だ。助け合って生きていこう」と言ったお陰で表立っての暴力こそないがシグルズのいうように冷遇されていると聞く。

「そんな所に王女殿下が嫁いでも、つらい思いをさせるだけと思いませんか? 王女殿下を愛しているのなら彼女の幸せを一番に考えるべきでしょう?」

「余の番につらい思いなどさせない。余が守るし、無論、幸せにしてみせる」

 当然のように言い切る竜帝に、リーヴァは冷たく言った。

「そう思うのなら、わたくしとの結婚は諦めてください。わたくしの幸せはシグルズと結婚して祖国に尽くす事ですから」

 夫を愛しているのなら種族も慣習も違う国に嫁いでも必死に馴染もうと努力するだろう。

 けれど、リーヴァは竜帝を絶対に愛せない。

 竜帝のために異国に馴染む努力をする気は毛頭ないのだ。

 獣人の尊崇の対象である竜帝を無下に扱うリーヴァに対して獣人達も決して彼女を竜帝妃と認めず冷たく当たるだろう。

 自業自得ではあるが、異国でつらく孤独な日々を送る未来しか予想できない。

 これだけリーヴァとシグルズが言ったというのに、この後、竜帝はリーヴァの両親、アースラーシャ王国の国王と王妃にリーヴァを妃に迎えたいと直談判したのだ。

 あの両親に竜帝の申し出を断れるはずがない。

 リーヴァの不幸となるしかない未来が確定してしまった。




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