あなたを破滅させます。お父様

青葉めいこ

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第一部 ジョセフ

45 母親として

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 疲れた顔をした王太子妃が室内に入って来た。背後には女官を二人従えている。

 故意でなくても王子を泣かせたのだ。それについて、母親の彼女が何か私に言うだろうとは覚悟していた。

 だが、まさか王太子妃自ら私の元に足を運ぶとは思わなかった。

 こういう高貴な身分のお方は、人を呼び出す事はあっても自ら足を運ぶ事はないものだ。

 事前に王太子妃の女官から「妃殿下がいらっしゃいます」と知らされた時には、何度も確認してしまったくらいだ。

「ようこそいらっしゃいました。妃殿下」

 私は美しく完璧な一礼をしてみせた。行儀作法の授業の成果だ。

「あなた達は下がっていて」

 王太子妃は女官二人を部屋から下がらせると、今度は私の隣に立つロザリーに目を向けた。

「ジョゼフィーヌと二人きりで話したいの」

 言外に「あなたも部屋から出て行って」という王太子妃の命令に、ロザリーは常の彼女らしくなく毅然と言った。

「申し訳ありませんが、妃殿下とお嬢様を二人きりにはできません」

「私なら大丈夫だから。あなたは下がっていて」

「お嬢様!」

 驚いた顔で私を見下ろすロザリーに私は首を傾げた。

「あの脳内お花畑……ルイーズが来た時は柱の陰に隠れていたくせに、どうして私を妃殿下と二人きりにするのは嫌がるの?」

 王太子妃がここに来た理由が息子を泣かせた私への叱責であっても、私がそれくらいでへこたれる人間ではない事などロザリーだってもう分かっているはずだ。

「相手がルイーズ様なら心配していません。あの方の言動に何かを思う人間など、まずいないでしょうから」

 確かに、あんな脳内お花畑ごときの言動で傷ついたりする人間など、まずいない。

 それにしても、世間的には愛人だのに正妻の娘ルイーズに対して、ずいぶんな言い方だ。私は気にしないのでスルーしたが。

「心配しなくても私なら大丈夫よ。相手が今生の妹だろうが妃殿下だろうが、何とも思わない人間の言動で傷つくようなかわいらしい神経を生憎私は持ち合わせていないから」

 王太子妃当の本人を前にして言う科白ではないが、これは私の本心だ。いちいち他人の言動に傷ついていたら前世で秘密結社の実行部隊などやってられない。

「……何か勘違いしているようね」

 王太子妃は私の小生意気な言葉に怒るではなく溜息を吐いた。

「……いえ、あなた達が懸念している事をするのが普通なのよね。

 王太子妃は何やらぶつぶつ呟いている。

「あの、妃殿下?」

 思わず声をかけた私ではなく王太子妃はロザリーに目を向けた。

「あなたが心配している事などしないから安心していいわ。わたくしはジョゼフィーヌとお話したくて来たのよ」

 王太子妃の真意を探るためか、ロザリーはしばし彼女を見つめていたが、納得したのか「失礼します」と一礼して部屋から出て行った。




「……ロザリーの事、許してあげてください」

「ジョゼフィーヌ?」

 ソファに座った王太子妃は怪訝そうに立ったままの私を見た。

「ご存知だと思いますが、彼女はジョゼフィーヌ……今生の私を産んだ母親です。娘の私を心配して、あのような言動になったのです。どうか、お許しください」

 ロザリーに対して、この体ジョゼフィーヌを産んだ母親という認識しかないが、彼女に何かあったら、やはり後味が悪い。だから、こうして謝っているのだ。

「怒ってなどいないわ。むしろ、感心しているの。王太子妃わたくし相手でも娘を心配して強気な態度に出られるとはね。……それが母親なのよね」

 王太子妃は長い睫毛を伏せた。

「私は、てっきり妃殿下はフランソワ王子を泣かせた事に怒って乗り込んで来たのだと思っていました。けれど、違うようですね」

 王太子妃は「お話したくて来た」と言った。息子を泣かせた私を叱責するのなら、こういう言い方はしない。

「あなたを叱る理由はないわ。むしろ、叱るならフランソワでしょう? 将来国王になる身で人前で泣くなど許されないわ」

 王太子妃の言う事は、王太子妃としてなら正論だ。

 けれど、母親としては――。

「……母親としてなら、あなたを怒るのが当然なのよね」

 王太子妃は苦笑した。

「……気づいているのでしょう? わたくしが実の息子フランソワを愛していない事」

「……もしかしたらと思っていました」

 前世で、妹を、もう一人の娘を愛せない母を見てきた。

 だから、気づいた。

 人前だからというのもあったのだろうが、王太子妃がフランソワ王子に対する言動は、全て母としてはではなく王太子妃としてのものだった。

 どれだけ厳しい言動をしようと、根底に愛があるのなら周囲に伝わるものだ。

 だから、お祖母様の心の奥底にあるジョゼフィーヌわたしに対する肉親の情が分かった。

 けれど、王太子妃には、が全く感じられなかったのだ。





























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