あなたを破滅させます。お父様

青葉めいこ

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第一部 ジョセフ

69 ジュール王子が恋をした

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「……ジュール王子が王妃様に恋をした?」

「ああ」

 私の確認に国王はあっさり頷いた。

 私は主にブルノンヴィル辺境伯領にいるし、腹黒いお子様であるジュール王子が嫌いで従兄とはいえ彼を避けていた。だから、王妃とジュール王子が一緒にいるところを見た事はほとんどなく彼が王妃に恋をしているかどうかなど私には分からない。

 だが、家族として誰よりも王妃やジュール王子の近くにいる国王が断言したのだから、そうなのだろう。

 王妃は国王の正妻でありフランソワ王子の生母だ。

 妾妃であるレティシア妃が生母のジュール王子とは血が繋がっていないが、父親である国王の正妻である以上、ジュール王子にとっては義母だ。

 ジュール王子の恋は決して許されるものではない。

「あ、だから、ジュール王子を王太子にして、ゆくゆくは国王にするのですね」

 国王になれば、生母以外の前国王の「妻」を王妃にできるのだ。

「アンヌが次代の国王の王妃にもなるのなら、ユリウクラディース帝国もうるさくは言わないだろう?」

 王妃の息子であるフランソワ王子は国王にならなくても、ユリウクラディース帝国の皇女である王妃が次代の国王の王妃にもなるのならば、確かに帝国もうるさくは言ってこないだろう。

 けれど――。

「……不愉快に思われるかもしれませんが、女として陛下に言いたい事があります」

 肉体は十歳の私が「女として」と言うのはおかしいだろうが、国王は笑いもしないし微妙な顔もしなかった。ただ静かに私の次の言葉を待っている。

「あなたは確かに父親としてジュール王子の事を考えていらっしゃるのでしょう。けれど、妻である王妃様の事は考えないのですか?」

 国王が私に話している事は息子ジュール王子の恋を叶えたいという親心だ。王妃の事をまるで考えていない。少なくとも私にはそう思える。

「確かに、皇女として生まれた以上、政略の道具にされる覚悟はしていらっしゃるでしょう。ジュール王子に嫁げと命じられれば、そうするかもしれない」

 私もブルノンヴィル辺境伯になった以上、この命は国や民に捧げられるものだという覚悟はしている。

 フランソワ王子との婚約が解消されても新たな婚約者が政略で決められるだろう。二度と恋などしたくないので、それは構わないが。

「でも、夫として、人として、あんまりではないのですか?」

 彼は国王だ。家族よりも国益優先なのは仕方ない。

 けれど、息子の恋心を叶えるために妻を犠牲にするのは、夫として、人として、どうなのか?

 王妃は国王を男性として愛していないと私にはっきり言った。それでも、こんな扱いはあんまりだと思うのだ。

「君の言っている事は尤もだ」

 国王は怒らず頷いた。

「けれど、アンヌを女性として愛せない私が夫でいるよりも、アンヌを女性として愛して大切にするジュールが夫になるほうがアンヌも幸せになれると思ったのだ。これもまた私の罪悪感を減らすための方便だと君は言うのだろうが」

「ですが、王妃様にとってジュール王子は恋愛対象にはならないでしょう?」

 親子ほどの年の差があり、自分の夫の息子だ。

 実の息子であるフランソワ王子よりも気に入っているようだが(私には、その気持ちが理解できないけど)、決して恋愛対象にはならないだろう。

「それに、ジュール王子だって今は王妃様が好きでも、成長したら他の女性に心を奪われるかもしれませんよ」

 むしろ、その可能性のほうが高い。

 親子ほどの年の差がある女性をいつまでも好きでいられるだろうか?

「君の言っている事は尤もだが」

 国王は同じ言葉を繰り返した。

「ラルボーシャンの王家の男は、一度恋したら他の女性に心変わりする事は、まずないんだ」

 確かに、お祖父様も国王も政略で別の女性を正妻にしたが、お祖父様はお祖母様、国王はレティシア妃だけを愛している。

「君を妻にできなくなったフランソワには可哀想だがな。あいつを国王にしないのなら、わざわざ君を妻にして奮起させる必要もなくなった。だったら、嫌がる君に婚約継続を強いるのも悪いしな」

 だったら、最初から婚約などさせるなと言いたいが、王家には王家の思惑があったのだと思う。それがおそらく「国王となるフランソワ王子を奮起させるため」だったのだろう。

 なぜ、私がフランソワ王子の妻となる事で彼が奮起するのか理解できないが別に知らなくていい。彼に興味ないし、重要なのは彼と婚約解消できた事なのだから。

 フランソワ王子が嫌いだし、将来国王にならないのだとしても王子妃という立場もまた重い責務が付きまとうだろう。お祖母様に頼まれたし、ブルノンヴィル辺境伯家に生まれた以上、その義務は果たそうと思うが、それ以外は絶対に嫌だ。

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