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第一部 ジョセフ
70 知らなかったで許されない事もある
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「フランソワ王子の次の婚約者は決まっていますか?」
ふと思いついた。
けれど、王太子にはならなくても王子の婚約者だ。いくらフランソワ王子の元婚約者で国王の姪であっても一貴族が口にしていい事ではないだろう。それに気づいたの口にしてしまった後だった。
「いや、国内外の王子の婚約者として相応しい家格の令嬢達は、あらかた婚約してしまっているからな」
王子の婚約者は大抵他国の王族や皇族の女性だが、王侯貴族は幼い頃に婚約者を決められるのが常だ。
「フランソワが国王にならないのなら婚約者は誰でもいい。フランソワを王子としてではなく個人として見て気遣ってくれる優しい女性にしようと思っている。それだけが私が父親として、あいつにできる唯一の事だしな」
国王もまた王妃と同じでフランソワ王子を息子として愛していないのだと分かった。
最愛の女性との間に生まれたジュール王子だけを息子として愛している。だからこそ、いくら愛していないとはいえ自分の正妻を息子の正妻にしても構わないのだ。
「……そう思っている陛下には申し訳ないのですが、ああ、いえ、しばらくの間でいいわ。その後なら陛下の望み通り、フランソワ王子を気遣う優しい女性を婚約者にすればいいのですもの」
「何を言っている?」
ぶつぶつ呟く私を国王が怪訝そうに見た。
「フランソワ王子の新たな婚約者を私の妹、ルイーズにしてほしいのです」
私の言葉に、国王は目を瞠った。
「……君の異母妹のルイーズか?」
「ええ。私がフランソワ王子の婚約者になれたのですから嫡出子であるルイーズも当然なれるでしょう?」
血筋だけを見れば、母親が正妻でヴェルディエ侯爵家の令嬢であったルイーズのほうが王子の婚約者として相応しい。
けれど――。
「……血筋は問題ないが、ルイーズ自身は何かと問題がある子だろう?」
国王にまで知られているとは。いや、知っていて当然か。自分とレティシア妃の姪なのだから。
今年九歳になるが、脳内花畑な思考は変わっていないらしい。国王と寵姫の姪、ブルノンヴィル辺境伯家の令嬢なので表立って敵意や害意は向けれていないが、通学している学園では遠巻きにされているようだ。アルマンからの報告で知った。
そんな子なので当然、いくら血筋が良くても婚約を申し出る家がいない。これからする事に都合がよかったが。
「しばらくの間でいいのです。どうかルイーズをフランソワ王子の婚約者にしてください」
「なぜ、そこまでして、ルイーズをフランソワの婚約者にしたいんだ?」
国王の疑問は尤もだ。
「お父様を喜ばせてさしあげたくて」
そのために今生でも妹を利用するのは申し訳ないけれど、未だに「ルイーズはレオン様の婚約者なの!」と喚き隙あらばレオンの元に行こうとする子だ。アルマンのお陰でレオンに被害が被っていないのは幸いだが。そういう子なら多少利用させてもらっても構わないだろう。
「私」と初対面の時、「どんくさくて、どうしようもないお姉様」と言われた事を決して根に持っている訳ではない。
「フランソワ王子の婚約者が私から妹に挿げ替えられたと知れば、お父様は必ず喜ぶでしょう」
実情は円満な婚約解消だけれど、婚約者を妹に奪われたと思わせれば、ジョセフは必ず喜ぶ。
大嫌いな娘の不幸をジョセフが喜ばないはずないのだから。
「『君』となる前のジョゼフィーヌはともかく、『君』は、いくら父親でもジョセフのような人間は嫌いだろう? なぜ、あいつを喜ばせたいなどと言うんだ?」
さして交流はないのに七年の付き合いで国王は「私」という人間を理解してくれているようだ。
「後にくるざまぁをより活かすためですわ」
そのためには、まずお父様に喜んで頂かなくては。
「あいつが君に何かしたのか?」
私が「ざまぁ」などと言ったのだ。国王がそう訊いてくるのは当然だ。
「他人には理解できない事です。でも、私には何よりも許せなかった事だから」
だから、お父様にざまぁする。
今生の私に免じて、ざまぁは七年前のあれだけで済ませてあげるつもりだったし、不自由のない生活をさせてあげるつもりだった。
けれど、その私の思いをジョセフ自身が粉々に砕いてくれたのだ。
ジョセフにそのつもりがなかったのは分かっている。ロザリーの整形した顔が娘の前世の顔だと知らず情欲の対象として見ただけだ。
知らなかったから?
それで許されない事もあるのだ。
……私も知らなかった。
知ろうともしなかった。
前世の両親を目の前で殺されて以来正気を失った妹、香純。
その香純を《アネシドラ》が経営する病院に入院させた事で両親を殺された私が実行部隊員になっても逆らう危険性がない事を示した。妹を人質にとっていると思わせたのだ。
母は大嫌いな祖母に酷似した香純を娘とはいえ嫌悪感を抱いていたけれど、私と父は脳内花畑な思考で、とことん相性が合わない妹に、嫌悪感まではいかなくても好きになれず無視していた。
そんな妹だから、いざとなれば切り捨てるつもりだった。
……実際、そうしてしまった。
正気を失った妹は、日がな一日、ベッドに横になっているか、ぼんやりと椅子に座ったりしていた。
毎日見舞いに行っていた訳ではない。そこまで妹に関心はないし、実行部隊員として忙しかったのだ。
一年に一度、両親の命日、私の誕生日にだけ妹を見舞っていた。
だから、妹に何が起こっていたのか、気づかなかった。
病院に入院させたその日から正気を失った幼い妹を彼女の主治医は「おもちゃ」にしていたのだ。
その結果、香純は妊娠し出産した。彼女が二十二、前世の私が二十五の時だ。
出産のショックで正気を取り戻した香純は、生まれてきた娘を床に叩きつけて殺した。私が見舞いで訪ねた時、ちょうどその場面で、止める間もなかった。
衝動的な行動だったのだと思う。気づいたら十五年経っていて、しかも出産していたのだ。いくら脳内花畑でも許容範囲を超えるだろう。
その際の会話で、主治医に「おもちゃ」にされていた事をぶちまけられた。
正気を失っていても、自分や周囲に起こる出来事を認識できない訳ではない。ただそれに対して何も感じずリアクションが取れなかっただけだ。
その後、屋上に駆け上がって行った香純を追いかけたものの、飛び降りようとする妹を止めなかった。
正気を取り戻したとはいえ、こういう出来事があった以上、トラウマに苦しむだろう。そんな妹の世話をするのは面倒だと思ってしまったのだ。
母のように妹に嫌悪感を抱いている訳ではないが、ごく普通の姉妹のような肉親の情を感じた事もない。
復讐に人生を捧げるのは構わないが、この妹のために人生を捧げるのは嫌だった。
だから、自殺しようとする妹を止めなかった。
その代わりといっては何だが、妹を「おもちゃ」にした主治医には、それ相応の報いを受けてもらった。
ふと思いついた。
けれど、王太子にはならなくても王子の婚約者だ。いくらフランソワ王子の元婚約者で国王の姪であっても一貴族が口にしていい事ではないだろう。それに気づいたの口にしてしまった後だった。
「いや、国内外の王子の婚約者として相応しい家格の令嬢達は、あらかた婚約してしまっているからな」
王子の婚約者は大抵他国の王族や皇族の女性だが、王侯貴族は幼い頃に婚約者を決められるのが常だ。
「フランソワが国王にならないのなら婚約者は誰でもいい。フランソワを王子としてではなく個人として見て気遣ってくれる優しい女性にしようと思っている。それだけが私が父親として、あいつにできる唯一の事だしな」
国王もまた王妃と同じでフランソワ王子を息子として愛していないのだと分かった。
最愛の女性との間に生まれたジュール王子だけを息子として愛している。だからこそ、いくら愛していないとはいえ自分の正妻を息子の正妻にしても構わないのだ。
「……そう思っている陛下には申し訳ないのですが、ああ、いえ、しばらくの間でいいわ。その後なら陛下の望み通り、フランソワ王子を気遣う優しい女性を婚約者にすればいいのですもの」
「何を言っている?」
ぶつぶつ呟く私を国王が怪訝そうに見た。
「フランソワ王子の新たな婚約者を私の妹、ルイーズにしてほしいのです」
私の言葉に、国王は目を瞠った。
「……君の異母妹のルイーズか?」
「ええ。私がフランソワ王子の婚約者になれたのですから嫡出子であるルイーズも当然なれるでしょう?」
血筋だけを見れば、母親が正妻でヴェルディエ侯爵家の令嬢であったルイーズのほうが王子の婚約者として相応しい。
けれど――。
「……血筋は問題ないが、ルイーズ自身は何かと問題がある子だろう?」
国王にまで知られているとは。いや、知っていて当然か。自分とレティシア妃の姪なのだから。
今年九歳になるが、脳内花畑な思考は変わっていないらしい。国王と寵姫の姪、ブルノンヴィル辺境伯家の令嬢なので表立って敵意や害意は向けれていないが、通学している学園では遠巻きにされているようだ。アルマンからの報告で知った。
そんな子なので当然、いくら血筋が良くても婚約を申し出る家がいない。これからする事に都合がよかったが。
「しばらくの間でいいのです。どうかルイーズをフランソワ王子の婚約者にしてください」
「なぜ、そこまでして、ルイーズをフランソワの婚約者にしたいんだ?」
国王の疑問は尤もだ。
「お父様を喜ばせてさしあげたくて」
そのために今生でも妹を利用するのは申し訳ないけれど、未だに「ルイーズはレオン様の婚約者なの!」と喚き隙あらばレオンの元に行こうとする子だ。アルマンのお陰でレオンに被害が被っていないのは幸いだが。そういう子なら多少利用させてもらっても構わないだろう。
「私」と初対面の時、「どんくさくて、どうしようもないお姉様」と言われた事を決して根に持っている訳ではない。
「フランソワ王子の婚約者が私から妹に挿げ替えられたと知れば、お父様は必ず喜ぶでしょう」
実情は円満な婚約解消だけれど、婚約者を妹に奪われたと思わせれば、ジョセフは必ず喜ぶ。
大嫌いな娘の不幸をジョセフが喜ばないはずないのだから。
「『君』となる前のジョゼフィーヌはともかく、『君』は、いくら父親でもジョセフのような人間は嫌いだろう? なぜ、あいつを喜ばせたいなどと言うんだ?」
さして交流はないのに七年の付き合いで国王は「私」という人間を理解してくれているようだ。
「後にくるざまぁをより活かすためですわ」
そのためには、まずお父様に喜んで頂かなくては。
「あいつが君に何かしたのか?」
私が「ざまぁ」などと言ったのだ。国王がそう訊いてくるのは当然だ。
「他人には理解できない事です。でも、私には何よりも許せなかった事だから」
だから、お父様にざまぁする。
今生の私に免じて、ざまぁは七年前のあれだけで済ませてあげるつもりだったし、不自由のない生活をさせてあげるつもりだった。
けれど、その私の思いをジョセフ自身が粉々に砕いてくれたのだ。
ジョセフにそのつもりがなかったのは分かっている。ロザリーの整形した顔が娘の前世の顔だと知らず情欲の対象として見ただけだ。
知らなかったから?
それで許されない事もあるのだ。
……私も知らなかった。
知ろうともしなかった。
前世の両親を目の前で殺されて以来正気を失った妹、香純。
その香純を《アネシドラ》が経営する病院に入院させた事で両親を殺された私が実行部隊員になっても逆らう危険性がない事を示した。妹を人質にとっていると思わせたのだ。
母は大嫌いな祖母に酷似した香純を娘とはいえ嫌悪感を抱いていたけれど、私と父は脳内花畑な思考で、とことん相性が合わない妹に、嫌悪感まではいかなくても好きになれず無視していた。
そんな妹だから、いざとなれば切り捨てるつもりだった。
……実際、そうしてしまった。
正気を失った妹は、日がな一日、ベッドに横になっているか、ぼんやりと椅子に座ったりしていた。
毎日見舞いに行っていた訳ではない。そこまで妹に関心はないし、実行部隊員として忙しかったのだ。
一年に一度、両親の命日、私の誕生日にだけ妹を見舞っていた。
だから、妹に何が起こっていたのか、気づかなかった。
病院に入院させたその日から正気を失った幼い妹を彼女の主治医は「おもちゃ」にしていたのだ。
その結果、香純は妊娠し出産した。彼女が二十二、前世の私が二十五の時だ。
出産のショックで正気を取り戻した香純は、生まれてきた娘を床に叩きつけて殺した。私が見舞いで訪ねた時、ちょうどその場面で、止める間もなかった。
衝動的な行動だったのだと思う。気づいたら十五年経っていて、しかも出産していたのだ。いくら脳内花畑でも許容範囲を超えるだろう。
その際の会話で、主治医に「おもちゃ」にされていた事をぶちまけられた。
正気を失っていても、自分や周囲に起こる出来事を認識できない訳ではない。ただそれに対して何も感じずリアクションが取れなかっただけだ。
その後、屋上に駆け上がって行った香純を追いかけたものの、飛び降りようとする妹を止めなかった。
正気を取り戻したとはいえ、こういう出来事があった以上、トラウマに苦しむだろう。そんな妹の世話をするのは面倒だと思ってしまったのだ。
母のように妹に嫌悪感を抱いている訳ではないが、ごく普通の姉妹のような肉親の情を感じた事もない。
復讐に人生を捧げるのは構わないが、この妹のために人生を捧げるのは嫌だった。
だから、自殺しようとする妹を止めなかった。
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