81 / 113
第一部 ジョセフ
81 今は喜んでいればいい。お父様
しおりを挟む
王宮の宛がわれた私室に戻ると意外な人物が待っていた。
「……突然いらしたのです」
困惑した顔で今まで彼の相手をしてくれていた王宮の侍女に、お礼を言うと下がってもらった。
侍女は、どこかほっとした様子で一礼すると、そそくさと出て行った。無理もない。こいつの相手は、さぞや大変だっただろう。
「遅い! いつまで待たせるんだ! 本当に、お前は鈍くさいな!」
貴族でなくても訪問するなら先触れを出すのが普通だろう。それをせず突然押しかけておきながら罵る男に、私は深い溜息を吐いたが何も言わなかった。
こいつに何を言っても無駄なのは分かっているからだ。
「……恐れながら、ジョセフ様」
「アルマン、大丈夫だから下がっていて。リリもよ」
諫めようとするアルマンを止め、嫌悪も露な顔でジョセフを睨みつけるリリ共々下がらせた。
私はジョセフの対面のソファに座ると言った。
「……それで、何の御用ですか? お父様」
わざわざ嫌っている娘に会いに来たのだ。彼にとって余程の用事なのだろう。
それが、私にとって「余程の用事」であるとは限らないけれど。
案の定、私にとっては、どうでもいい事をジョセフは嬉々として話し始めた。
「フランソワ王子との婚約を解消されたそうだな?」
「そうですが?」
それを話したくて、わざわざ大嫌いな娘を訪ねにきたのか?
「代わりに婚約者になったのは、お前の異母妹だ。どうだ? 悔しいだろう? せっかく王太子妃や王妃になれたかもしれないのに、異母妹に取って代わられたのだからなあ!」
ジョセフの中では、慣習通り王妃の息子であるフランソワ王子が王太子となり次期国王になると思っているのだろう。
国王は私には次期国王をジュール王子にする旨を告げたが周囲には黙っている。ジュール王子の命が狙われる危険があるからだろう。
だから、戴冠式はあっても立太子の儀式はせず、王太子は空位のままだ。
慣習であれば、戴冠式と立太子の儀式は同時に行われるものなのに。
その事を不審に思い、もしかしたらと考えている貴族達もいるというのに、ジョセフには、その可能性が思い至らないのだろう。
よくこれで自分こそが新たなブルノンヴィル辺境伯だと言えるものだ。
喜色満面で叫ぶジョセフに、私は醒めた眼差しを向けたくなるのを堪えた。
……なるほど。
この男は、フランソワ王子との婚約が解消になった事、それ以上に婚約者が異母妹に取って代わられた事で私が落ち込んでいると思っているのか。
私の落ち込んだ顔を見たくて、わざわざ王宮までやってきたのだ。
確かに、フランソワ王子の婚約者が私からルイーズになれば、お父様は喜ぶだろうと思ったが、それは予想以上だったようだ。
「それに、新たな婚約者はジャンだってな。ヴェルディエ侯爵家の男は女を愛せない」
ジャンは違う。彼は女性であるリリを愛している。
けれど、そんな事、わざわざジョセフに教える義理もない。
知ったとしても他の女を愛している男と結婚する憐れな女と思われるだけだろう。
「女と結婚するのは跡継ぎを産ませるためだと社交界の者は皆、知っている。いくら夫が将来の宰相でも子供を産むだけの道具としてしか見られないとは本当に憐れだな!」
「……そう、ですね。悔しくて悲しいですわ。だから、もうこれ以上、私に追い打ちをかけないでくださいな。お父様」
私は今生のジョゼフィーヌのように悲し気な顔を作り瞳を伏せた。
後のざまぁを際立たせるためなら馬鹿馬鹿しい演技だってする。
私の演技にあっさり騙されてくれたようで、ジョセフは、それはそれは嬉しそうな笑顔を見せた。性格はともかく外見はお祖母様に酷似した完璧な美形だ。その笑顔は中身を知らなければ見惚れるほど美しかった。
今は喜んでいればいい。お父様。
あなたには、これからたっぷりと地獄を味わってもらうから――。
「……突然いらしたのです」
困惑した顔で今まで彼の相手をしてくれていた王宮の侍女に、お礼を言うと下がってもらった。
侍女は、どこかほっとした様子で一礼すると、そそくさと出て行った。無理もない。こいつの相手は、さぞや大変だっただろう。
「遅い! いつまで待たせるんだ! 本当に、お前は鈍くさいな!」
貴族でなくても訪問するなら先触れを出すのが普通だろう。それをせず突然押しかけておきながら罵る男に、私は深い溜息を吐いたが何も言わなかった。
こいつに何を言っても無駄なのは分かっているからだ。
「……恐れながら、ジョセフ様」
「アルマン、大丈夫だから下がっていて。リリもよ」
諫めようとするアルマンを止め、嫌悪も露な顔でジョセフを睨みつけるリリ共々下がらせた。
私はジョセフの対面のソファに座ると言った。
「……それで、何の御用ですか? お父様」
わざわざ嫌っている娘に会いに来たのだ。彼にとって余程の用事なのだろう。
それが、私にとって「余程の用事」であるとは限らないけれど。
案の定、私にとっては、どうでもいい事をジョセフは嬉々として話し始めた。
「フランソワ王子との婚約を解消されたそうだな?」
「そうですが?」
それを話したくて、わざわざ大嫌いな娘を訪ねにきたのか?
「代わりに婚約者になったのは、お前の異母妹だ。どうだ? 悔しいだろう? せっかく王太子妃や王妃になれたかもしれないのに、異母妹に取って代わられたのだからなあ!」
ジョセフの中では、慣習通り王妃の息子であるフランソワ王子が王太子となり次期国王になると思っているのだろう。
国王は私には次期国王をジュール王子にする旨を告げたが周囲には黙っている。ジュール王子の命が狙われる危険があるからだろう。
だから、戴冠式はあっても立太子の儀式はせず、王太子は空位のままだ。
慣習であれば、戴冠式と立太子の儀式は同時に行われるものなのに。
その事を不審に思い、もしかしたらと考えている貴族達もいるというのに、ジョセフには、その可能性が思い至らないのだろう。
よくこれで自分こそが新たなブルノンヴィル辺境伯だと言えるものだ。
喜色満面で叫ぶジョセフに、私は醒めた眼差しを向けたくなるのを堪えた。
……なるほど。
この男は、フランソワ王子との婚約が解消になった事、それ以上に婚約者が異母妹に取って代わられた事で私が落ち込んでいると思っているのか。
私の落ち込んだ顔を見たくて、わざわざ王宮までやってきたのだ。
確かに、フランソワ王子の婚約者が私からルイーズになれば、お父様は喜ぶだろうと思ったが、それは予想以上だったようだ。
「それに、新たな婚約者はジャンだってな。ヴェルディエ侯爵家の男は女を愛せない」
ジャンは違う。彼は女性であるリリを愛している。
けれど、そんな事、わざわざジョセフに教える義理もない。
知ったとしても他の女を愛している男と結婚する憐れな女と思われるだけだろう。
「女と結婚するのは跡継ぎを産ませるためだと社交界の者は皆、知っている。いくら夫が将来の宰相でも子供を産むだけの道具としてしか見られないとは本当に憐れだな!」
「……そう、ですね。悔しくて悲しいですわ。だから、もうこれ以上、私に追い打ちをかけないでくださいな。お父様」
私は今生のジョゼフィーヌのように悲し気な顔を作り瞳を伏せた。
後のざまぁを際立たせるためなら馬鹿馬鹿しい演技だってする。
私の演技にあっさり騙されてくれたようで、ジョセフは、それはそれは嬉しそうな笑顔を見せた。性格はともかく外見はお祖母様に酷似した完璧な美形だ。その笑顔は中身を知らなければ見惚れるほど美しかった。
今は喜んでいればいい。お父様。
あなたには、これからたっぷりと地獄を味わってもらうから――。
2
あなたにおすすめの小説
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる