後悔などしていない

青葉めいこ

文字の大きさ
5 / 10

5 公爵令息①

しおりを挟む
 僕にとっての唯一の愛する女性は、従姉で義姉である彼女だった。

 公爵令嬢は勿論、皇太子妃や皇后になるに相応しく聡明な彼女だが、その容姿は何とも地味なものだ。決して醜くはない。だが、現皇后のような美しさや華やかさが欠けているのだ。

 だが、僕には好ましかった。

 聡明さや穏やかさが宿る眼差しを向けられるだけで胸が温かくなるのだから。

 聡明で穏やかで、馬鹿な皇太子やその取り巻きに何をされても、お前らに感情の一欠けらでもくれてやるものかとばかりに、冷たく凪いだ海を思わせる目をした彼女が、その激情を覗かせるのは、たった一人に対してだけだ。

 僕の唯一の兄。

 彼女の従兄で義兄。

 帝国で代々宰相を務める公爵家の嫡子。

 誰よりも美しく怜悧な男。

 だが、僕に言わせれば、人として欠陥品だ。

 皇后の事は、女として、母として、人として、欠陥品だと気づくのに、なぜ、兄の事は気づかないのか。

 恋しているが故に目が曇っているのか。

 兄は皇后と同種の人間だ。

 公人としては理想的で立派かもしれない。

 だが、個人としては最悪な欠陥品だ。

 そんな兄は自分に似ている皇后に恋している。

 この世で一番嫌いな皇后おんなを愛しているおとこを愛するのをやめられない彼女。

 兄が望まなくても、愛する彼が馬鹿な皇太子の下に置かれないように、自分の死と引き換えにしてでも皇太子を排除しようとしている。

 馬鹿だ、愚かだと言うのは、簡単だ。

 自分を何とも思っていない男のために、自分の全てをけているのだから。

 だが、この僕も、最悪な欠陥品だと、この世で一番嫌っている兄を愛している彼女を愛しているのだ。

 彼女が死を望んでいるのだとしても、彼女を助け生かしたかった。

 そのためなら、彼女がこの世で一番嫌い、自分もまたこの世で一番嫌っているおとこと同種の人間である皇后おんなにだって頭を下げられる。

 そもそも皇太子馬鹿息子に非があり、発端は皇后達、親世代なのだ。

 皇后もまた罪悪感からか、彼女を助けようとしていた。

 あっさり快諾された後、あるお願いもしておいた。

 僕の「お願い」に皇后は驚いた顔をしていたが、結局、頷いてくれた。

 彼女に対する罪悪感故なのだろう。




 兄上。

 あなたの思い通りにはさせない。

 あなたが皇帝になるのが彼女の願いなら、それは叶える。

 だが、あなたが真に望むものは絶対に与えない。

 この世界の支配者、美しく怜悧で完璧な皇帝として人々から尊敬され敬愛されても、最愛の女だけ一番欲しいものは決して手に入らない。

 ざまあみろ。

 人として、男として、誰もが羨む最高のものをことごとく手にしても、愛だけは与えられない孤独な人生を歩むがいい。

 




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛は全てを解決しない

火野村志紀
恋愛
デセルバート男爵セザールは当主として重圧から逃れるために、愛する女性の手を取った。妻子や多くの使用人を残して。 それから十年後、セザールは自国に戻ってきた。高い地位に就いた彼は罪滅ぼしのため、妻子たちを援助しようと思ったのだ。 しかしデセルバート家は既に没落していた。 ※なろう様にも投稿中。

それは確かに真実の愛

宝月 蓮
恋愛
レルヒェンフェルト伯爵令嬢ルーツィエには悩みがあった。それは幼馴染であるビューロウ侯爵令息ヤーコブが髪質のことを散々いじってくること。やめて欲しいと伝えても全くやめてくれないのである。いつも「冗談だから」で済まされてしまうのだ。おまけに嫌がったらこちらが悪者にされてしまう。 そんなある日、ルーツィエは君主の家系であるリヒネットシュタイン公家の第三公子クラウスと出会う。クラウスはルーツィエの髪型を素敵だと褒めてくれた。彼はヤーコブとは違い、ルーツィエの嫌がることは全くしない。そしてルーツィエとクラウスは交流をしていくうちにお互い惹かれ合っていた。 そんな中、ルーツィエとヤーコブの婚約が決まってしまう。ヤーコブなんかとは絶対に結婚したくないルーツィエはクラウスに助けを求めた。 そしてクラウスがある行動を起こすのであるが、果たしてその結果は……? 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

無価値な私はいらないでしょう?

火野村志紀
恋愛
いっそのこと、手放してくださった方が楽でした。 だから、私から離れようと思うのです。

マリアの幸せな結婚

月樹《つき》
恋愛
花屋の一人娘マリアとパン屋の次男のサルバトーレは子供の頃から仲良しの幼馴染で、将来はマリアの家にサルバトーレが婿に入ると思われていた。 週末は花屋『マルゲリータ』でマリアの父の手伝いをしていたサルバトーレは、お見舞いの花を届けに行った先で、男爵家の娘アンジェラに出会う。 病気がちであまり外出のできないアンジェラは、頻繁に花の注文をし、サルバトーレを呼び寄せた。 そのうちアンジェラはサルバトーレとの結婚を夢見るようになって…。 この作品は他サイトにも投稿しております。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

あなたにわたくしは相応しくないようです

らがまふぃん
恋愛
物語の中だけの話だと思っていました。 現実に起こることでしたのね。 ※本編六話+幕間一話と後日談一話の全八話、ゆるゆる話。何も考えずにお読みください。 HOTランキング入りをしまして、たくさんの方の目に触れる機会を得られました。たくさんのお気に入り登録など、本当にありがとうございました。 完結表示をしようとして、タグが入っていなかったことに気付きました。何となく今更な感じがありますが、タグ入れました。

愛してくれないのなら愛しません。

火野村志紀
恋愛
子爵令嬢オデットは、レーヌ伯爵家の当主カミーユと結婚した。 二人の初対面は最悪でオデットは容姿端麗のカミーユに酷く罵倒された。 案の定結婚生活は冷え切ったものだった。二人の会話は殆どなく、カミーユはオデットに冷たい態度を取るばかり。 そんなある日、ついに事件が起こる。 オデットと仲の良いメイドがカミーユの逆鱗に触れ、屋敷に追い出されそうになったのだ。 どうにか許してもらったオデットだが、ついに我慢の限界を迎え、カミーユとの離婚を決意。 一方、妻の計画など知らずにカミーユは……。

苦しい恋はいらない

青空一夏
恋愛
マディソン・プラム伯爵令嬢は幼い頃から大好きだったジョシュア・バーレー侯爵と結婚することができた。 ところが、ジョシュアは元婚約者とベタベタしていて、マディソンには冷たい。 傷ついたマディソンはいつも相談相手にしていた美貌の幼なじみのデイビッド・ストロベン伯爵からプロポーズされるが‥‥ お互いに相思相愛の侯爵夫妻のすれ違いな思いが、溶け合う課程を描く甘いラブストーリー。

処理中です...