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9話

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「おい!兄ちゃん!どうしてこんな所で寝てるんだ?
昨日カイリが安らぎ亭の兄ちゃんの部屋まで連れてったはずだよな?」

 朝になりロック弟がテラの様子を見に部屋に行ったらもぬけの殻だった為テラを探していたロック弟が酔い潰れて寝ていたテラと宿屋の親父を見つけたのだ。
2人は遅くまで酒を飲んでそのまま外で寝てしまっていたのだ。

「兄ちゃん大丈夫か⁉
こりゃ起きそうもねえな…とりあえず宿に連れてくか…」

 ロック弟はテラを宿に連れて行き女将に話をする。
女将もテラが居ない事を心配していたので村の中に居たことを聞いて安心したようだ。
しかし女将はロック弟から自分の旦那もテラと一緒に外で寝ていた事を聞いて激怒するのであった…

 それからテラが目を覚ましたのは昼過ぎであった。

「痛っ!あれここは宿の部屋?僕はどうしたんだっけ?
宿屋の親父さんに酒を飲まされて…ダメだこれ以上思い出せない…」

 テラは頭痛が酷く気持ち悪いため記憶を思い出す事よりも回復魔法で頭痛を和らげる事にした。
状態異常を回復する魔法を使った後自分の頭に回復魔法を掛ける。
痛みは幾分和らいだが、100%とは言えない状態にテラは

「はーだからお酒は嫌いなんだ…もう絶対に飲まないぞ!
今日はジャイアントポアを使った宴って聞いたけど絶対に飲まないんだから」

大きな声で決意表明をする。
その声を聞いた女将がテラの部屋へと駆け付けドアをノックする。

「テラ様!起きられましたでしょうか?」

「あっ…はい起きてます」

「では失礼しますね」

「はい、どうぞ」

テラはベッドから体を起こし椅子に腰を掛ける。

「テラ様昨夜は家の主人が失礼いたしました」

「いえ、一緒に飲んでしまった僕もいけないので…」

「いえ、家の主人がお酒が苦手なテラ様に対して強引に飲ませたに決まってます」

「いえ、僕が…」

「テラ様家の主人は酔ってしまうと一緒に居る人にお酒を飲ませる癖がありますので庇う必要はありませんよ」

 女将の迫力にテラはそれ以上何も言えなくなってしまった。
そして女将はもう昼過ぎで本来朝食しか用意しない安らぎ亭だが、特別にご飯を用意したことをテラに伝える。
テラはお礼を言ってすぐに準備を済ませ食堂へと行くとそこにはロック兄弟が居た。

「おはようございます、と言ってもこんな時間では変ですかね?」

「そうだなもう昼過ぎだぞ!
それにしても朝起きたら兄ちゃんが居なくて探してみたら外で宿の親父と寝てるから驚いたぜ!
一体何があったんだ?」

 ロック弟の問いにテラは昨夜の事を話す(盗み聞きした事を除いて)
その答えを聞いたロック兄弟は大きな声で笑いだした。

「わっはっは、兄ちゃんたら完全に宿屋の親父にしてやられたな!
親父は酒飲めないように昨日の宴には女将に参加せてもらえなかったんだよ!
だから兄ちゃんを見つけて良い飲み相手が見つかったと思って飲まされたんだよ」

「そうだったんですか…
だから会った時は親父さん酔ってなかったんですね」

 アンの治療の時に酒飲みと聞いていた親父が酔ってなかった理由を聞いてテラは昨晩は気にしてなかったがなるほどと思いながらも、そんな宿の親父さんに会ってしまった自分は運が悪いと思った。
料理が運ばれ食事が終わるとテラはアンの治療を行った後村を散歩する事にした。

「こんにちは、もう腰は大丈夫ですか?」

「お陰様で大分楽になりました」

「えっ!ではまだ痛いんですか⁉ちょっと失礼しますね」

 テラは老人の腰に手をやり回復魔法を詠唱する。

「もうそれほど痛くありませんから回復魔法を掛けて頂かなくても大丈夫ですよ」

老人は断るがテラの詠唱は続く。
詠唱が終わると魔法が発動し老人の腰の痛みが消える。

「あ、ありがとうございます。
しかしワシにはあまり蓄えがないのですが…」

「気にしないで下さい、この間の治療で治し切れてなかった僕の責任ですから」

「あ、ありがとうございます。
しかし何もお礼をせぬ訳にはいきませぬ。
何か欲しい物でもございませぬか?」

「うーん、では僕がまたこの村に来る時まで腰を痛めないように心掛けて下さい。
そうすれば僕も嬉しいしお爺さんも健康で居られるからそれでどうでしょうか?」

「そんな事で良いのですか⁉
分かりました、腰を痛めないように気をつけさせて頂きます」

 老人はテラに何度もお礼と絶対に腰を痛めないように気を付けると言って頭を下げた。
テラはちょっと困りながらも老人と別れ散歩を続ける事にした。
そして会う人会う人に治療後の経過を聞いたり、アフターサービスの治療をしたりしてたらいつの間にか辺りは暗くなり始めていた。

「そろそろ一回宿に戻ろうかな」

 テラが宿に戻ると安らぎ亭の一家とロック兄弟が食堂に集まっていた。

「おう兄ちゃん最後のドナ村は堪能できたか?
って言っても小さい村だから大したものはないがなはっはっはっ」

ロック兄がそう言うと周りから軽蔑の目がロック兄に向けられる。

「お兄ちゃんはまたこの村に戻ってくるんだよ!
最後なんて酷い事言わないで!」

「そうだぜ兄貴!それにこの村だって良い所はいっぱいあるだろ!」

アンと弟に怒られロック兄はしゅんとしてしまった。

「もうすぐジャイアントボアを使った料理が出来るはずだから宴も始まるぜ。
今日も村人総出で祝うから兄ちゃんも覚悟しとけよ」

ロック弟の言葉に若干恐怖を抱きながらテラは今日は絶対酒を飲まないと心に誓うのであった。

「あのー母さん、テラ様と明日でお別れだから今日は俺も飲んで良いかな?」

「あんたは何言ってるんだい!昨日お酒が苦手なテラ様を酔わせたのはどこのどいつだい!
変な事言ってると二度とこの家に入らせないよ!」

女将の返事に宿の親父はしょんぼりして肩を落とした。
周りの皆は大声で笑いながらそのやり取りを見ていた。

 そして日が完全に落ちた時、連夜の宴が始まった。
ロック弟がジャイアントボアの事を再び村人に説明し、もう2頭のジャイアントボアについても今日街道でたまたま死体を見たと村人に伝えてくれた。
それを聞いた村人達は脅威が去って再び町との行き来が出来る事に安堵していた。
村の近くに脅威になるモンスターが居なくなり、安心した村人達は昨夜よりも早い勢いで食事や酒をお腹へと収めて行く。
 テラもジャイアントボアの肉料理に舌鼓を打ちながら今日はジュースを飲んでいる。
そこにロック弟が話しかけてくる。

「初めて会った時は袋に入れられて縛られていた兄ちゃんがまさか村の英雄になるとはな…
流石の俺も全く思いもしなかったぜ」

「英雄だなんて…僕はただ治療をしただけですから…
それに僕もまさか袋に入れられて運ばれるなんて思いもしなかったですよ」

「はっはっはっ、そりゃ違えねえ!
でも兄ちゃんはこの村で皆を助けた上、このジャイアントボアを倒してくれたんだから紛れもねえドナ村の英雄だよ!」

「ええと…僕は自分に出来る事をしただけですから…」

「まあ兄ちゃんならそう言うよな、でも村の皆が兄ちゃんに…いやテラに感謝してる事は覚えておいてくれ。
もちろん俺と兄貴も兄ちゃんに感謝してるんだぜ」

その言葉にテラはどうしていいか分からずただ頷くしかなかった。
 そして昼に治療をした老人がテラの所へとやってくる。

「テラ様…やはり何かお礼をしないとワシの気が済みません。
大した物ではありませんがワシが若い頃に冒険者をやっていた時に使っていたこの鎧を受け取って貰えませんか?
テラ様は冒険者と聞きましたので是非使って欲しいのです」

「あ…えっと………」

「兄ちゃんこれは受け取ってやりな、爺さんは若い頃はCランクまで行った凄腕の冒険者だったらしい…
もっとも今となっては見る影もねえがなはっはっはっ」

「ロックよ…どうやらお主に今のワシの実力を見せねばならぬようだな」

老人は持っていた杖を剣のように構えロック弟ににじり寄っていく。

「おっ!やるか」

「2人ともやめて下さい!」

 テラの言葉に2人はビクッと反応し動きを止めテラの方を見ながら笑いだす。

「兄ちゃんこの爺さんはな俺の親父の親友でな小さなころからこうやって遊んでいたんだ。
一応俺の剣捌きも爺さんに教えて貰ったものさ」

「テラ様すいませぬ、この小僧と話しているとどうしてかいつもこうなってしまうのです」

「そうだったんですか、お2人は昔から仲が良かったのですね」

「へっ!この爺さんと仲が良いだと…冗談はやめてくれよ」

「こんなはなたれ小僧と仲が良いとは…テラ様冗談はお止め下され!」

「えっでも…」

なぜか2人はにらみ合いを始めてしまった。
どうすればいいか分からずテラがオロオロしていると老人がそんな姿のテラに気付き慌ててテラの方へと向き直る。

「テラ様申し訳ありません、ついこの小僧と話しているとこうなってしまうのです…
それでこの鎧ですがいかがでしょうか?もう着られぬワシが持っておくよりもテラ様が使ってくれると鎧も喜ぶと思うのですが…」

 鎧はモンスターの皮で出来たレザーアーマーで動き安そうに作られている。
テラは貰ってもいいか悩んでいたが、せっかくの老人の好意を無下にしては悪いと思い受け取ることにした。
そして試着をしてみると少し大きめだったが紐をきつく縛る事で対応できる程度であった。
その姿をみた老人は感動して打ち震えていた。

 だが老人は喜びのあまりテラに酒を進め押しに弱いテラに強引に酒を飲ませ始めてしまった。
ロック弟が止めようとしてくれていたのだが老人の方が強く、その結果テラは今晩も昨晩と同じように酔い潰れてしまうのであった。
   主役が早々に酔いつぶれてしまったためその日の宴はジャイアントボアの肉を食べ終えた所で早々とお開きになるのであった。
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