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10話

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「うっ!頭が・・・」

   テラは昨晩は早い時間に酔ってしまい寝てしまったためまだ日が昇ったばかりの時間に目を覚ます。
しかし昨日と同様頭痛が激しくベッドの中で回復魔法と状態異常回復の魔法を使う羽目になっていた。

「お酒は飲まないって誓ったのに・・・
僕は何をしてるんだろ」

   頭痛と体のダルさからテラは起きたばかりなのに自暴自棄になってしまう。
とりあえず回復魔法で回復したテラはまだ朝早いようなので、今日町に向かうために準備をする。
大した物はないが老人から貰った鎧を装備したり、ぼろい槍の穂先を研ぎなおしたりする。

「ジャイアントボアは倒したけど他のモンスターが現れるかもしれないから準備はしとかなくちゃ…
でも本当に出たら僕で勝てるのかな…
こんな事なら少しでも槍や攻撃魔法の練習しとけば良かった…」

 村に戻ってからの二日間は宴や村人との交流に時間を費やしてしまい何も訓練をしてなかった事を悔やむ。
そこでテラはロック兄弟に言われていた町にある剣術道場の事を思い出す。
そこでは槍術も教えてくれるらしいので自分に合った戦い方を学ぼうと考える。
少しでも強くなって魔族に狙われているだろうメルの元へと一刻も早く駆け付けようと決意する。
 荷物の整理も終わり準備が出来た頃そろそろ朝食に向かっても良いだろうと思い食堂へと向かう。
そこでテラが目にしたものはロック兄弟と安らぎ亭の女将と親父が横たわる姿であった。
全員意識がないようでテラはその惨状に絶句し立ち尽くしていた。




「あーお兄さんおはよう」

食堂の椅子に腰かけていたカイリがテラに声を掛ける。

「安らぎ亭の人達ね、昨日旦那さんが酒を飲む飲まないで女将と言い争った後、結局女将も少しだけって事で一緒に飲んじゃったみたいでその結果深酒してまだ起きないのよ。
ロック兄弟は昨日2人で飲み過ぎてまだ寝てるだけだから気にしないで」

 カイリが4人はただ寝ているだけとテラに教えるとテラは安堵する。

「こんな状態だから朝食は私のお店で準備してあるから…
それにしてもお兄さんの最後の日だってのに全くこの人達は…」

カイリは心底呆れてるように頭に手をやりため息をつく。
 カイリは昨日の宴中にこうなる事をなんとなく予感していたらしく、テラとアンを心配して先程宿に訪れた事を教えてくれた。
アンは既に酔いどれ酒場に連れて行っておりカイリの両親が面倒をみているそうだ。
その話を聞きテラも酔いどれ酒場へと向かう。

「お兄さんは言わないと思うけど、あの人達の事責めないであげてね。
多分お兄さんとの別れが名残惜しくて飲み過ぎてしまっただけだから、ね?」

「僕は元から責めるつもりはありませんよ。
僕なんかに優しくしてくれた人たちですから感謝しかないですよ」

「ふふっそう言って貰えるとあの人達も嬉しいと思うわ」

「もちろんカイリさんにも色々と助けて頂いたので感謝してますよ」

「そう言って貰えるとお姉さんも嬉しいわ」

 そこまで話したところで酔いどれ酒場に到着し店の中へと入る。
そこではアンがカウンターの椅子に座って1人で食事していた。

「おはようアンさん、もう座っても大丈夫なの?」

「お兄ちゃん!
まだ歩いたりは1人で出来ないけど座ったり立ち上がったりは出来るよ」

「順調に回復してるみたいで良かった。
後でまた回復魔法で治療しようね」

「うん!お願いねお兄ちゃん!」

 アンの笑顔に朝から癒されたテラは食事をして安らぎ亭へとアンとカイリと共に戻る。
アンはまだ1人で歩くことが出来ず両脇をテラとカイリに支えられながら歩いている。

「お二人共すいません。
家の両親が起きないばかりに・・・」

「アンちゃん大丈夫だからきにしないで、
困った時はお互い様でしょ」

「カイリさん・・・ありがとうございます」

「いいのよ、それよりもあの人達ちゃんと起きてるかしらね?
一応書き置きも置いて来たけどまだ寝てたりして」

「ふふふっお父さんならまだ寝てそうですけどお母さんは起きてると思いますよ」

   二人の会話について行けないテラはただ黙ってアンに肩を貸しながらただ歩くだけであった。
安らぎ亭に着き食堂を見ると誰の姿も無かった。
少しして女将が現れて謝罪をしてくる。
女将によると先程親父以外は目を覚ましたそうだ。
ロック兄弟は今慌てて出発の準備をしていて親父は部屋で寝ているそうだ。

「テラ様本当に申し訳ございません。
カイリも色々と済まないね」

「気にしない気にしない、こんな事昔はしょっちゅうあった事だから大丈夫よ」

「済まないね、アンが生まれてからはこんな事無いようにしてたんだけどね・・・」

   テラは2人が話している間にアンを部屋へと連れて行きベッドへと寝かす。

「お兄ちゃん最後の治療だね・・・寂しいけどお願いします」

「うん」

 そっとアンの足に手を置き回復魔法の詠唱を行う。
詠唱を行いながらアンの顔を見るとアンは涙ぐんでいた。

「お兄ちゃん…私…ぐすっ…絶対に強くなって…お兄ちゃんが帰ってくるの待ってるからね!
その時は…私と結婚するか…ちゃんと返事を聞かせてね…」

顔を真っ赤にしながらアンはテラに言う。
テラは魔法の詠唱をわざと長くしてどう答えればいいか考える。
しかし考えがまとまる前に詠唱は終わり魔法が発動する。
足の治療が終わりテラはようやく考えがまとまり口を開く。

「アンさん、僕はやるべき事があるからアンさんと一緒になれるかは分からないよ。
ただ何年後になるか分からないけどちゃんと返事をしにこのドナ村に戻ってくるから」

「はい、今の私には十分過ぎる答えです。
お兄さんを振り向かせる為に良い女になって待ってますから…」

 涙を流しながらアンは言う。
その姿にどうゆう答えになろうと絶対にドナ村に戻って来なければと思うテラだった。
その後は2人で他愛ない世間話をしてテラは部屋を後にする。

 食堂に戻るとカイリと女将の姿はなく代わりにロック兄弟が居た。

「よう兄ちゃん!悪かったな…俺達が寝坊しちまうとは…
もう俺達の準備は終わってるからいつでも出れるぜ!」

「おはようございます。
僕もまた酒に飲まれてしまったのでお互い様ですよ。
準備は僕も終わってますからいつでも大丈夫です」

「じゃあ皆にこの事を知らせてくるからそれが終わったら出発でいいか?」

「はい、大丈夫です」

 出発が決まるとロック兄弟はその事を知らせに村の中を駆け回る。
テラは1人食堂に残されポツンと座っていた。
そろそろ出発かなと思いテラは宿屋を出る。
すると宿屋の前には大勢の村人が集まっていた。
ロック兄弟が宿の前に立っていてボディガードのようにテラの両脇に立ち馬車へとエスコートする。
道の両側が村人で埋め尽くされテラに歓声を上げている。

「兄ちゃん絶対にまた来いよ!」
「テラ様ありがとうございました、またのご利用をお待ちしておりますから…」
「お兄ちゃん絶対にまた来てね」

 安らぎ亭の3人が声を掛けてくる。
テラは深々とお辞儀をしてその声に答える。

「お兄さん、お父さんとお母さんの腕を治してくれてありがとね」

 カイリが声を掛ける。
その声にもテラはお辞儀で答える。
 そして馬車へと着くとロック兄弟に御者席で皆の声に答えるよう言われテラはロック弟と共に御者席に座る。
馬車はゆっくりと動き出し村人達は再び歓声を上げる。

「気を付けて行けよー」
「腰は絶対にきをつけるからな」
「絶対にまた来いよ」

 様々な声にテラは何度も何度もお辞儀をする。
そしていつの間にか目から涙を流しながら手を振りお辞儀をしていた。

「絶対にまた来ますから!皆さんありがとうございました」

テラは腹の底から声を出し村人にお礼を言う。
その声に何人もの村人が涙を流していた。
馬車は無情にも先に進んで行き徐々に村人の声はテラへと届かなくなっていった。

「兄ちゃん…俺達はこれからこの近くで一番大きい街アインスタッドに向かう。
そこなら兄ちゃんが探している人の情報も入るだろうし、剣術道場で兄ちゃんの訓練も出来るからな」

「はい………ありがとうございます…」

 テラはなかなか泣き止む事が出来ず鼻をすする音が静かな森に流れる。
ロック弟も話を止め馬車の操車に集中するのだった。

 2時間程経った頃最初の休憩を取る。
そこでお昼に弁当を食べるのだが、なんとカイリの手作り弁当であった。
3人分用意されておりどれも美味しそうだ。

「兄ちゃん聞いてくれよ、うちの弟な今度結婚するんだってよ!
相手は誰だと思う?」

 ロック兄の問いかけにテラはどう答えるのが正解か分からず

「えっ!誰なんですか?」

「なんとなーこの弁当を作ってくれたカイリなんだ!
俺も昨日の夜その話を聞いてな、つい嬉しくなって飲み過ぎちまった」

「おい兄貴何勝手に喋ってんだよ!
俺からちゃんと言おうと思ってのによ」

「悪い悪い、でもずっと奥手だったお前がついに告白するなんてマジで驚いたぜ!
一体どうしたんだ?」

「それは…ジャイアントボアに襲われて兄貴が死んじまうと思ってさ、その時に人って簡単に死んじまうもんなんだと思ったら生きてる内に言っとかなきゃって思ったんだ」

「そうだな…俺もそろそろ考えないとまずいかもな…」

 そんな話をしながら食事を取り終え、再び馬車へと乗り込む。
今度は御者席ではなくロック兄と一緒に荷台に行くとそこには様々な荷物が積まれていた。
馬車が出発し荷台の中でロック兄は話し出す。

「実はな兄ちゃんが普通に渡したら恐縮しちまうって言って俺達に兄ちゃんへのプレゼントを託した奴らが居るんだ。
そこにある物は全部兄ちゃんへって預かった物だ」

 ロック兄が指し示す所には武器類や袋などが置かれていた。

「そんな…こんなに…皆さんに悪くて僕は受け取れませんよ」

「皆そう言うと思って俺達に預けてきたわけだからこれは受け取ってくれないか?
不要だったら売ってくれて構わないから頼む!」

「え…そんな僕は何もしてないのに…」

「兄ちゃんも分かってるとは思うがドナ村は裕福な村ではない。
そんな村の奴らが是非兄ちゃんへって託してくれた物だから受け取って貰わないと俺も困るんだ。
だから人助けだと思って受け取ってくれ!」

 テラはロック兄の必死なお願いに渋々受け取ることを了承するのであった。
武器は槍と剣があり、袋の中には盾やローブなどの防具類や旅に役立つであろう様々な道具が入っていた。
そして袋の中に手のひら大の袋が入っており開けてみると銅貨や銀貨が入っていた。

「お金まで入ってますよ!これはちょっと受け取れません」

「それは家の弟がつけた値段が安すぎるって言ってた奴らが入れたものだ。
治療を受けた本人達の感謝の表れだからそれこそ受け取ってくれ」

 袋の中にはけっこうな額が入っており悪いなと思いながらも受け取る事にした。

(このお金は大事に使いますから)

 そう心に決めるテラを乗せて馬車はアインスタッドへと進むのであった。
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