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1巻

1-2

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「その心配はない」
「え?」
「実はな? もうじきこの村に王都から兵士が来ることになっているんだ」
「それは……なんで?」
「お前も知っていると思うが、この村は農業が盛んだ。規模こそ小さいが、品質のいい農作物が収穫できる。それらを王都や他国に売ることで村の生計を立てているんだが、以前王都で取り引きした作物が大変気に入ってもらえてな」

 確かにこの村の農作物の品質は良い。
 日本の農業を知っている俺から見ても、今の農業技術は素晴らしいものだ。
 特に、ここみたいな小さな村には農業の知識を持っている人が多い。だから、意外と田舎や小さい村の作物のほうが、都会に比べて高品質だったりする。

「王都の偉い人に村の事情について聞かれて、魔物に困っていることを話したんだ。そしたら、兵士が来てくれるだけでなく、村に結界を置いてもらえるように話をつけてくださってな」
「結界だって?」

 この世界には様々な魔道具が存在している。その中でも結界は高級品だ。
 本来結界を張る場合は、基点となる場所に魔法陣を展開し、そこへ魔力を流す必要がある。連続で使用する場合は、ずっと魔力供給をしなくてはならないのだ。少なくとも、七〇〇年前はそうだった。
 しかし今では、自然界の魔力を利用する技術が発達している。
 それが、結界の魔道具である。この特殊な装置によって、結界は簡単に運用できるようになった。ただし、装置を作るのにはそれなりの時間と素材が必要で、大量生産は難しい。だから今でも、結界の魔道具を使っているのは主要都市や特別な場所だけなのだ。
 それをこの村に置くなんて、ずいぶん太っ腹な奴もいたもんだな。
 俺は感心したように言う。

「なるほど、確かにそれなら魔物に関する心配はいらないな」

 村に出没する魔物はそこまで強くない。だからといって生身の人間で対処するのは厳しいが、結界を破壊できるほどの魔物は今のところ来ていない。結界さえあれば、この村の人々が死ぬようなことにはならないだろう。

「レイブ、まだ不満はあるか?」
「……」

 俺は大きくため息をついた。
 まったく、ここまで入念に準備されていては断れないだろ? まぁ俺を王都へ行かせるためにやったというわけでもないだろうが。

「わかったよ。父さん」

 こうして俺は王都へ行くことを決心した。
 王都にも国家魔術師にも興味はあったし、それ以上に、今の世界を自分の目で確かめたいという気持ちがあった。
 ちょうどいい。この機会に世界中を見て回るのも悪くない。
 満足したらまた、この村に帰ってくればいいんだから。


    † † †


 それから二日後。
 東から昇った太陽の光が、旅立つ俺に降り注ぐ。
 村の皆は、俺を送り出すために集まってくれていた。
 父さんが声をかけてくる。

「レイブ、本当に馬車は必要ないのか?」
「うん」

 この村から王都までの距離は、徒歩で行こうと思えば数ヶ月はかかってしまうほど遠い。馬車でも一ヶ月は必要だ。
 王立魔法学園の入学審査はもう二ヶ月後に迫っている。徒歩では間に合わないだろう。
 当たり前のように父さんは心配してくる。

「しかし審査は二ヶ月後だぞ? 間に合うのか?」
「大丈夫だよ父さん。この村にある馬車は一台でしょ? それを借りるわけにはいかないよ」
「確かにそうだが……いや、お前が言うのなら大丈夫なのだろうな」
「うん、大丈夫。それに良い機会だし、王都に行くまでにいろいろ見てみたいと思ってるんだ。あと……」

 俺はふところから、とある笛を取り出した。

「徒歩で行くなんて、俺は一言も言ってないよ?」

 俺はそう言って笛を口にくわえ、息を吹き込む。
 笛の音が村中に響き渡った。

「一体何を……」

 空から鳴き声が聞こえてくる。
 見上げると、凄まじい勢いで何かが接近してきている。巨大な翼を持つそれは、激しい突風をまとって降り立った。
 父さんが驚いて声を上げる。

「こ、これは――グリフォンか!?」

 グリフォン――それはたかの翼と上半身、ライオンの下半身を持つ「魔物」……ではなく、神々によって創造された、黄金を守護する「神獣しんじゅう」である。
 神獣と呼ばれる生物は、一〇〇〇年前は当たり前のように生息していたが、今では全く見なくなってしまった。その理由は、争いを繰り返したことによって地上にいた神々が天へ帰ってしまったから――と言われている。ではなぜ、目の前のこの生物はまだ存在しているのか?
 その理由は、こいつは神獣ではないから。

「違うよ父さん、こいつはグリフォンじゃない」
「そ、そうなのか? なら一体……」
「こいつはヒポグリフ、名前はアイネだよ」

 ヒポグリフは、グリフォンと雌馬の間に生まれたとされる生物で、鷹の翼と上半身、馬の下半身を持つ。グリフォンとの違いは、下半身が馬であるということ、そして神獣ではなく「幻獣げんじゅう」であるということ。
 本来存在するはずのない獣――故に幻獣と呼ばれている。

「というわけで、王都にはこいつに乗っていくよ!」

 ヒポグリフを前に、村人達は驚いていた。
 父さんが呆れたように言う。

「まったくお前は、俺の心配なんて簡単に吹き飛ばしてしまうんだな」
「うん。それじゃ、いってきます!」
「ああ! いってこい! 我が息子よ!」

 父さんに続いて、母さんや村人達が言葉を送る。
 そして、俺を乗せた幻馬は瞬く間に空へと消えていった。



 3 英雄は天から降り立つもの


 本日は晴天なり。雲ひとつない青空に、一本の長い軌跡が残る。
 その姿を見た者は、大空を舞う巨大な鳥と勘違いするだろうか。

「いいぞ」

 幻獣ヒポグリフが俺を背に乗せ、空を駆け抜ける。

「やっぱり最高だな! アイネ!」

 幻獣はそれに応えるように鳴く。

「そうかそうか、お前も楽しいか! 思えば数百年ぶりか? お前の背に乗るのは……懐かしいな」

 アイネと出会ったのは、俺が勇者だった頃……つまり、今から一〇〇〇年以上前。
 アイネは一緒に魔王と戦った戦友であり、相棒だった。
 二度目に転生した時には、召喚の角笛つのぶえを持っていなかったから呼び出せなかったが、なぜか今回は所有した状態で転生することができた。
 召喚と名がついているが、実際はヒポグリフに聞こえる音を出すだけで、異界から呼び出しているわけではない。

「さーて、これからどうするかな~」

 学園の入学審査は今から二ヶ月後、王都で行われる。
 馬車でさえ最低でも一ヶ月はかかるほど遠い場所にあるというのはさっきも言ったが、普通の方法で向かおうと思ったら、まず寄り道なんてできないだろう。
 ただこいつなら、俺の相棒なら、その心配はない。
 ヒポグリフの最高速度は音速を超える。その気になれば、王都まで一日すらかからないのだ。
 もちろん、それだけの速さに耐えられる人間などいない。
 今の俺も肉体自体はただの人間。正直、最高速度でなくても厳しい。だからこうやって、強化魔法をかけている。
【強化魔法:ギムレット】――魔物との戦闘でも使用していたこの魔法は、魔術師であれば使えて当然、基本中の基本だ。簡単な魔法ではあるが、使用者によって威力や持続時間が異なる。
 ちなみに俺が使えば、聖剣クラスでないと傷つけられないほど硬い体になる。

「このまままっすぐ王都に向かうのはもったいないな」

 俺は今日まで村の周囲からほとんど出たことがなかった。村周辺の地域、他の村には何度か行く機会があったけど、それ以上の遠出はしていない。
 理由は、あの村で魔物と戦えるのが俺一人だけだったということ。俺がいない間に、村が魔物に襲われたらひとたまりもない。だから、遠方への外出は控えてきた。俺の目の前には、当たり前だが見たことのない風景が広がっている。
 一応、村を出る時に世界地図は持ってきたが……

「これじゃ、さすがにわからないな」

 田舎だったからだろう。村にあった地図はあまりにも簡素だった。記されているのは、村を中心にした周囲の集落と、王都までの経路のみ。

「まぁ、あの村じゃこれで十分だしな~。よし、仕方がない……」

 俺は両目を閉じる。

「【千里眼せんりがん】」

 そして、閉じた両目を力強く開いた。
 普段の俺の瞳は銀色。しかし今は黄金の瞳に変化していた。
 千里眼とは魔法ではなく、天から授かった恩恵。生まれつき持っている加護かごのようなものだ。これも先ほどの魔法同様、所有者によって効果が異なる。
 一般には遠くの物が見える程度だが、人によっては壁が透けて見えたり、過去や未来すら見えたりする。
 ちなみに俺の千里眼は、その中でも群を抜いて特別だ。
 なぜなら、すべてを見抜くことができるから。これは別に比喩ではない。文字通りの意味だ。俺の眼は、俺が見たいと思った物すべてを見ることができる。
 自分でもわかっている。ハッキリ言ってチートだ。

「う~ん、特に何もないのか」

 周辺を観察してみたが、小さな村や似たような町しかなかった。
 この辺りは王都からも遠い。この先数十キロは、今見えた風景が続いていることだろう。
 千里眼で王都までの経路をくまなく観察してもいいのだが、それでは旅の楽しみがなくなってしまう。
 もう少し進んでみようか。

「よし! このまま行くぞ、アイネ!」


    † † †


 とある街道を、白を基調とした派手な馬車が走る。
 街道の周囲は木々で覆われ、見通しは悪い。道を走っているのは、その馬車一台だけだ。
 馬車の中には、二人の少女の姿があった。

「王都までは、あとどのくらいなのかな?」
「おそらく、あと二週間ほどで到着すると思います」
「そっか、意外と早く着きそうだね」
「はい」

 彼女達は、王都へ向かっている途中だった。

「国を出発して、もう半月以上経ったんだね……」
「はい」
「これで……良かったんだよね?」
「……」

 社内に重苦しい空気が流れる中、不安げな二人を乗せた馬車が急停車する。

「な、何!?」

 驚いた二人は不用意にも馬車から降り、外へ出てしまう。そして、その目で見てしまった。
 目の前で、御者ぎょしゃの男が殺されるさまを……


 そして数分後、武器を持った男達が、壊れた馬車を取り囲むように立っていた。
 その中の一人、リーダーらしき男が少女達のもとへと近づく。

「はっはっはっ! まさか、アストレア皇国の第二皇女、覚姫さとりひめともあろうお方が、護衛もロクに付けずに出歩いてるとはなぁ?」
「来るな!」
「おー怖い怖い、威勢だけは認めてやるよ? だが、もう限界だろう?」

 壊れた馬車を背に、メイド服を着た少女が立ち塞がる。彼女の服はすでにボロボロになっていた。その後ろには、彼女が守ろうとしているもう一人の少女がいた。
 後ろの少女がメイド服の少女に言う。

「これ以上は……」
「大丈夫です。なんとかして、貴女だけでも逃がしてみせます……」
「駄目だよそんなの! この人達の狙いはわたしなんだから、わたしが投降すれば――」
「それは駄目です!」
「でも!」

 そこへ、リーダーの男が口を挟む。

かばい合ってるところ悪いんだけどさ~、そいつは無駄だぜ? 二人とも可愛がってやるからさ!」

 男達はゲスな笑みを浮かべている。
 そのニヤケ顔のまま、男達はゆっくりと馬車へ近づく。
 満身創痍まんしんそういの少女達は、天に願った。
 誰か――助けて――
 刹那せつな
 激しい突風が周囲に吹き荒れる。
 そして、少女達が願いを捧げた天から何かが降り立った。
 舞い上がる土煙が晴れると、そこには一人の青年が立っていた。


「俺に助けを求めたのは――君達か?」

 少女達の願いは、彼に届いていた。

「だ、誰だてめぇは!?」

 突如として現れたレイブに、周囲の男達は動揺する。
 二人の少女の近くにいた男の問いかけにも、レイブは意に介さず、少女達のほうへ振り向く。

「大丈夫……ではなさそうだけど、大きな怪我はしていないな?」

 状況についていけていないのは、彼女達も襲撃者達と同様だった。
 自分達を心配する彼に、上手く言葉を返すことができない。それでもなんとか返事をするため、少女達は首を縦に振った。

「そうか。なら良かった」

 レイブはそう言って笑った。
 彼の笑顔を見た少女達は、少しだけ緊張がほぐれたらしい。安堵した表情を見せる。
 そこへ男が割って入る。

「て、てめぇ! 何無視してやがる!」

 レイブの態度に苛立った男は、彼に怒声を放った。
 しかしそれでもレイブは反応を示さない。それどころか、襲撃者達は先ほどまで怯えていた少女達にまで無視されていた。
 少女の一人がレイブに問う。

「あ、あの……あなたは一体……」
「ん? 俺か? 俺は――」
「無視すんなって言ってんだろっ!!」

 しびれを切らした男が、背を向けたままのレイブに襲いかかる。
 剣を両手で振りかざし、力に任せて叩きつける。

「なっ!」

 しかし男の剣は、最後まで振り下ろされることなく停止した。
 レイブが振り返ることなく左手だけを後ろに回し、親指と手のひらで挟んで剣を止めたのだ。
 渾身こんしんの一撃を素手で止められたことに驚愕する男。さらに掴まれた剣は、レイブによって粉々に破壊されてしまった。
 レイブが告げる。

「邪魔だ」
「――っが!!」

 レイブの蹴りが、男の腹部へ直撃する。
 それによって、男は遥か後方へ吹き飛ばされていった。

「まったく、女の子との会話を邪魔するなんて、マナーがなってないな」

 動揺する男達。レイブが蹴り飛ばしたのがリーダー格だったため、男達は次の行動を迷っているらしい。逃げるべきなのか、戦うべきなのか。レイブの強さを見せつけられて、その程度の判断すらできないでいた。

「悪いけど話は後だな……まずは、この五月蠅うるさい連中を黙らせよう」

 そう言ってレイブは男達を睨みつける。
 その殺気の乗った眼光に、男達はたじろいでしまう。だが、男達は恐怖に駆られ、我を忘れたまま一斉にレイブへ襲いかかってきた。
 レイブはつぶやくように言う。

「無駄だ」

 すると、レイブを中心にして巨大な魔法陣が展開される。
 襲いかかろうとした男達は、彼にたどり着くことなく動きを止めた。
 周囲には冷気が立ち昇っており、男達は声を上げる。

「こ、これって……【氷結魔法:アイリス】!?」

【氷結魔法:アイリス】――展開した魔法陣内に存在する物すべてを氷漬けにする魔法である。それによって、男達は仲良く固まってしまった。
 男達は完全に氷漬けにされ、次々と粉々になっていく。
 少女の一人が呆然としたまま呟く。

「すごい……でも、どうしてわたし達は無事なの?」

 アイリスは範囲内にいるすべてを対象にする魔法。
 発動した本人はともかく、魔法陣の内側にいる物すべてが含まれるはず。しかし、範囲内にいた彼女達は無傷だった。
 ここで少女は、自分の下に展開されている別の魔法陣に気付く。

「これは……【反魔法:ラプス】ですね」

【反魔法:ラプス】は、魔法に直接魔法陣をぶつけることで、その効力を失わせる魔法。
 レイブはアイリスを展開するのと同時に、この魔法を彼女達の足元へ展開していた。これによってアイリスの効果は打ち消され、彼女達だけが無事だったのだ。

「まったく違う魔法を同時使用するなんて」

 別種の魔法を同時使用することは、熟練の魔術師でも難しい。
 それにもかかわらずなぜレイブには可能なのか。それは、レイブには常識が通用しないということだ。

「さて……これで一段落かな」

 レイブがそう呟くと、メイド姿の少女が倒れ込んでしまった。

「アリス!?」

 倒れた少女を、もう一人の少女が抱きかかえる。
 張り詰めていた糸が切れてしまい、全身の力が抜けてしまったのだ。

「よく頑張ったな……」

 レイブはねぎらいの言葉をかけ、アリスと呼ばれた少女へ手をかざす。

「【回帰魔法:クロノスヴェール】」

 神々こうごうしい光がアリスを包み込む。
 それにより、一瞬で傷一つない状態へと回復した。
 いや、正確には回復したのではなく、時間が戻ったというのが正しい。
 クロノスヴェールは魔法ではなく魔法――対象の時間を戻す魔法だ。
 アリスは、傷を負う前の状態へと戻った。
 傷だけでなく衣服のダメージまで消えているのはそのためだ。

「これで平気かな?」
「今の魔法は……」

 二人の少女が不審そうな表情を浮かべている。しばらく微妙な沈黙が流れたが、銀色の髪をした少女がはっとして告げる。

「あの……助けてくださってありがとうございました!」

 銀髪の少女が深く頭を下げる。それにアリスも続く。

「いやいや! 二人とも頭を上げてくれ! そんな大したことしてないから!」
「いいえ、貴方が来てくれなかったら、今頃わたし達ははずかしめられていました……本当に感謝しています」
「そっか、それは良かったよ」
「はい。それで……」
「ん? 何かな?」

 銀髪の少女がレイブを見つめて言う。

「あなたは、一体何者なんですか?」


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