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魔界編(本編)
174.アリス・フォートランド⑨
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彼の腰には、同胞から奪い取った魔道書が吊るされていた。
この空間はトーラスが生み出したものだ。
彼の魂そのものを具現化した空間は、彼が意のままに操ることができる。クロノスタシスが効果を発揮しなかったのも、それが原因である。世界に直接作用する魔法は、この空間内では使えない。
負傷が回復しなかったのは、彼が生み出した大鎌の効果である。
この武器で負った傷は回復しない。そういう効果を付与した武器を、彼は魔道書の力を使って生み出した。永遠に蘇り続けるゾンビ達も、無数に置かれた墓標も、この空までも彼が生み出したものだ。
「理解したか。ここは私の世界、私だけの空間だ! この世界では私が支配者、その支配からは逃れられない。君達は初めから、私の手のひらの上だったのだよ」
トーラスは高らかに笑っている。勝機を確信しているのだ。
自らの力を明かすのも、俺がからくりに気付く前に畳み掛けなかったのも、すべて彼の驕りだった。この空間では、自分こそが絶対で、神にも等しい存在なのだと思っている。だからこそ、負けるはずが無いと思っている。
そんな彼を馬鹿にするように、俺は鼻で笑った。
「何がおかしい」
「いや悪い、実に滑稽だと思ってな」
「なんだと」
「支配……支配ねぇ」
俺は左手に魔剣を召喚した。そして、切先が地面を向くように持ち替え、ゆっくりと持ち上げる。
「その言葉を口にするには――お前じゃ不足すぎる」
勢いよく魔剣を地面につき立てた。
しばらく沈黙が続く。未だ何も起こらない。
「ふっ……ふふ、ふはははははは――何のマネか知らないが、芸にして面白かったよ! だがもう幕引きにしよう。さぁ私の従僕達よ」
地中からゾンビ達が起き上がっていく。
「あの男に死の恐怖を与えてやれ」
トーラスが命令を下す。
ゾンビ達はのろのろと歩き出す。しかし数歩進んだ後、全員が歩みを止めた。
「……なんだ、何をしている」
トーラスは止まれという命令は出していない。にもかかわらず、ゾンビ達は行動を停止させた。再度命令をしなおすトーラスだが、ゾンビ達はそれを無視する。
ゾンビ達は身体の向きをクルリと変えた。すべての個体がトーラスへと身体を向ける。そしてのろのろと彼に向かって歩き出した。
「なぜこっちに向かってくる……。私の命令がきけないのか! ここは私の世界だぞ!!」
「いいや、もう違う」
迫り来るゾンビ達の後ろで、剣を突き刺したままの俺に、トーラスは目を向けた。
不敵に笑う俺を見て、彼は直感した。
まさか……奪ったのか?
この世界の支配権を、私から奪ったというのかっ!?
トーラスは知らなかった。俺が魔王だったという事実を、彼は知らなかったのである。
魔王とは支配者、あらゆる生物の頂点に君臨する、支配という言葉を体現した存在だった。
俺は魔剣を通して自身の魔力を注ぎこんだ。俺の魔力は世界を侵食し、その支配権をトーラスから奪い取った。このゾンビ達は彼が生み出したのではなく、俺が彼の言葉に合わせて生み出していた。当然命令権は俺にある。
馬鹿な……ありえない。ありえるはずがない!
トーラスは心の中で叫んだ。
そう、ありえないことなのだ。普通ならありえないことが起きている。どんな計算を用いても、この状況は説明がつかない。研究者だった彼には、これが常識から逸脱していることがわかる。
しかし、俺にそんな常識は通じない。魔王とは支配者、圧倒的な理不尽を振りかざす者。魔王に不可能などありはしない。
「くそっ! くそっ!!」
トーラスは迫り来るゾンビ達を大鎌で斬り裂いた。倒しても倒しても、次々に湧き上がり迫り来る。永久に終わることは無い攻撃に、彼は少しずつ後ずさった。
奇しくもこの感覚は、かつて彼の同胞が最後に感じたものと同じだった。徐々に迫り来る脅威に恐れを感じ、もう無いはずの心臓が、鼓動をうち始めたように錯覚する。
「――!?」
「これは返してもらいます」
隙だらけになったトーラスの懐に、アリスが転移してもぐりこんだ。腰にぶら下がった魔道書を奪い、すぐに俺の隣へ移動する。
俺が世界の支配権を奪った時点で、彼女達と戦うゾンビ達も動きを止めていた。それに気付いたアリスは、静かに機をうかがっていたのだ。
「よくやったな」
「はい」
俺はアリスの頭にぽんと手を置いてそう言った。
アリスは嬉しそうに微笑んだ。
和やかさを垣間見せる俺達とは対照的に、トーラスは苦渋の表情を見せる。
「貴様ぁ……」
睨み付けるようにアリスを見る。
魔道書が彼の手を離れたことで、空間が崩壊し始めた。ゾンビ達が消え、空がひび割れ大地が崩れていく。大きな揺れに襲われふらついたアリスをそっと抱き寄せ、崩壊が治まるまで待った。
そうして空間は完全に消滅し、遺跡内の一室へと変化した。何も無いただ広いだけの部屋だ。いつの間にか手にしていた大鎌も消えている。
「からっぽ……。お前にはお似合いの場所じゃないか」
「返すんだ……。その本を渡せ!!」
「お断りします」
「っ……」
アリスはきっぱりと断った。
俺は彼女から手を離し、聖剣を強く握りしめた。そして――
「返せと――……なっ……」
トーラスの懐にもぐりこみ、胸を突き刺した。
この空間はトーラスが生み出したものだ。
彼の魂そのものを具現化した空間は、彼が意のままに操ることができる。クロノスタシスが効果を発揮しなかったのも、それが原因である。世界に直接作用する魔法は、この空間内では使えない。
負傷が回復しなかったのは、彼が生み出した大鎌の効果である。
この武器で負った傷は回復しない。そういう効果を付与した武器を、彼は魔道書の力を使って生み出した。永遠に蘇り続けるゾンビ達も、無数に置かれた墓標も、この空までも彼が生み出したものだ。
「理解したか。ここは私の世界、私だけの空間だ! この世界では私が支配者、その支配からは逃れられない。君達は初めから、私の手のひらの上だったのだよ」
トーラスは高らかに笑っている。勝機を確信しているのだ。
自らの力を明かすのも、俺がからくりに気付く前に畳み掛けなかったのも、すべて彼の驕りだった。この空間では、自分こそが絶対で、神にも等しい存在なのだと思っている。だからこそ、負けるはずが無いと思っている。
そんな彼を馬鹿にするように、俺は鼻で笑った。
「何がおかしい」
「いや悪い、実に滑稽だと思ってな」
「なんだと」
「支配……支配ねぇ」
俺は左手に魔剣を召喚した。そして、切先が地面を向くように持ち替え、ゆっくりと持ち上げる。
「その言葉を口にするには――お前じゃ不足すぎる」
勢いよく魔剣を地面につき立てた。
しばらく沈黙が続く。未だ何も起こらない。
「ふっ……ふふ、ふはははははは――何のマネか知らないが、芸にして面白かったよ! だがもう幕引きにしよう。さぁ私の従僕達よ」
地中からゾンビ達が起き上がっていく。
「あの男に死の恐怖を与えてやれ」
トーラスが命令を下す。
ゾンビ達はのろのろと歩き出す。しかし数歩進んだ後、全員が歩みを止めた。
「……なんだ、何をしている」
トーラスは止まれという命令は出していない。にもかかわらず、ゾンビ達は行動を停止させた。再度命令をしなおすトーラスだが、ゾンビ達はそれを無視する。
ゾンビ達は身体の向きをクルリと変えた。すべての個体がトーラスへと身体を向ける。そしてのろのろと彼に向かって歩き出した。
「なぜこっちに向かってくる……。私の命令がきけないのか! ここは私の世界だぞ!!」
「いいや、もう違う」
迫り来るゾンビ達の後ろで、剣を突き刺したままの俺に、トーラスは目を向けた。
不敵に笑う俺を見て、彼は直感した。
まさか……奪ったのか?
この世界の支配権を、私から奪ったというのかっ!?
トーラスは知らなかった。俺が魔王だったという事実を、彼は知らなかったのである。
魔王とは支配者、あらゆる生物の頂点に君臨する、支配という言葉を体現した存在だった。
俺は魔剣を通して自身の魔力を注ぎこんだ。俺の魔力は世界を侵食し、その支配権をトーラスから奪い取った。このゾンビ達は彼が生み出したのではなく、俺が彼の言葉に合わせて生み出していた。当然命令権は俺にある。
馬鹿な……ありえない。ありえるはずがない!
トーラスは心の中で叫んだ。
そう、ありえないことなのだ。普通ならありえないことが起きている。どんな計算を用いても、この状況は説明がつかない。研究者だった彼には、これが常識から逸脱していることがわかる。
しかし、俺にそんな常識は通じない。魔王とは支配者、圧倒的な理不尽を振りかざす者。魔王に不可能などありはしない。
「くそっ! くそっ!!」
トーラスは迫り来るゾンビ達を大鎌で斬り裂いた。倒しても倒しても、次々に湧き上がり迫り来る。永久に終わることは無い攻撃に、彼は少しずつ後ずさった。
奇しくもこの感覚は、かつて彼の同胞が最後に感じたものと同じだった。徐々に迫り来る脅威に恐れを感じ、もう無いはずの心臓が、鼓動をうち始めたように錯覚する。
「――!?」
「これは返してもらいます」
隙だらけになったトーラスの懐に、アリスが転移してもぐりこんだ。腰にぶら下がった魔道書を奪い、すぐに俺の隣へ移動する。
俺が世界の支配権を奪った時点で、彼女達と戦うゾンビ達も動きを止めていた。それに気付いたアリスは、静かに機をうかがっていたのだ。
「よくやったな」
「はい」
俺はアリスの頭にぽんと手を置いてそう言った。
アリスは嬉しそうに微笑んだ。
和やかさを垣間見せる俺達とは対照的に、トーラスは苦渋の表情を見せる。
「貴様ぁ……」
睨み付けるようにアリスを見る。
魔道書が彼の手を離れたことで、空間が崩壊し始めた。ゾンビ達が消え、空がひび割れ大地が崩れていく。大きな揺れに襲われふらついたアリスをそっと抱き寄せ、崩壊が治まるまで待った。
そうして空間は完全に消滅し、遺跡内の一室へと変化した。何も無いただ広いだけの部屋だ。いつの間にか手にしていた大鎌も消えている。
「からっぽ……。お前にはお似合いの場所じゃないか」
「返すんだ……。その本を渡せ!!」
「お断りします」
「っ……」
アリスはきっぱりと断った。
俺は彼女から手を離し、聖剣を強く握りしめた。そして――
「返せと――……なっ……」
トーラスの懐にもぐりこみ、胸を突き刺した。
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