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魔界編(本編)
175.アリス・フォートランド⑩
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聖剣はトーラスの胸部を貫通している。
浄化の力が流れ込み、不死者となった身体を蝕んでいく。
「ぐっ……貴様……」
「お前は何も支配できていない。世界も、魔法も……自分の魂すらも」
「くっ……くそがあああああああああああああああ」
汚い言葉を叫びながら、彼の身体は消えていった。
肉体も魂も、すべてが魔へ落ちた彼は、聖剣の力によって完全に消滅する。彼の心に残ったのは、消える直前に感じた虚しさだけだった。そうしてようやく気付かされる。自分が、からっぽの存在だったということを……。
トーラスの身体が消えた後、触媒となっていた魔道書が貫かれていた。黒魔法の原点が記された魔道書だが、すでに効力は失っている。
俺はその魔道書を手にとり、炎を生み出し焼いた。
「これは……世に残しちゃいけないものだ」
独り言を口にする。
魔道書は灰となって空気中に舞っていく。この瞬間、トーラスとの戦いが終わった。
トーラス・グレイ・フォートランド、彼は偉大な男だったのだろう。誰より賢く、才気に溢れた存在だったに違いない。だが、大きすぎる才は、いずれ自らにも爪をたてる。
彼が人類では到達できない壁を、軽々と越えてしまったように、才能は時として枷すら外してしまうのだ。俺の周りにも才能を持った人たちがいる。彼女達が道を誤らないように、俺が見守っていかなくてはいけない。そう感じさせる戦いだった。
「おつかれさまでした。レイ様」
「アリスもおつかれ。さっきの動き、本当によかったよ」
「ありがとうございます」
「ムウもおつかれ」
「いやはや、我輩はあんまりだったでありますよぉ~」
ムウは黒猫の姿に戻っていた。
アリスはトーラスから奪った魔道書を持っている。
「レイ様、これを」
その本を俺に差し出した。
俺は差し出された本を見つめて、数秒考えてから横に首を振った。
「お前が持つべきだ」
「私が?」
俺は頷いた。
「その魔道書は、お前の先祖がトーラスを止めるために造り上げたものだ。先祖達の想いが、たくさん込められてる」
「想い……ですか」
罪を償おうとする心、恐怖に抗う強い意思。そういった想いが、この魔道書には込められていた。その想いに応えられるのは、同じ血を引くアリスだけ。
背負うという言い方は重く感じるかもしれないけど、彼女が持つべきだと思った。
「わかりました」
アリスは魔道書を胸にぎゅっと抱き寄せ、微笑みながらそう言った。
すると部屋の地面から淡い光の胞子が浮き上がってきた。一つ二つ、次々に浮き上がり漂っていく。
「これは……」
「ありがとう――」
突然聞き覚えの無い声が聞えてきた。それは女性の声、聞えた先には胞子の一つが漂っている。その胞子が俺達の前まで移動して、半透明な人の姿へと形を変えた。
「私は、エバン・フォートランドです。そしてここに漂う光達は、私と共に戦った同胞達の魂」
こんなことは俺も初めてだった。死者の魂が光となって漂う。幻想的で神秘的な光景が広がっていた。
「どうして今になって……」
「私達の魂は、彼によって囚われていました。ですが、あなた方が彼を倒してくれたお陰で、ようやく解放されたのです」
「そう……だったんですか」
「はい。これでやっと旅立てます」
光の胞子が天井へ上がっていく。
エバンはアリスが抱える魔道書に目を向けた。
「その本、大切にしてくださいね」
「――はい。もちろんです」
そう答えたアリスに、エバンはニッコリと笑顔を見せた。
彼女もまた、光の胞子に戻って舞い上がっていく。胞子は天井をすり抜けて地上へ昇り、さらに天まで昇っていく。
俺は天国なんて信じていないけど、もしそんな場所があるのなら、彼女達には天国で安らかに過ごしてほしいと思った。
すべての胞子が消えていく姿を見届けた後、俺達は来た道を戻った。途中たくさんの棺が置かれた部屋も通る。その時にアリスが――
「あの、お願いがあるのですが」
「お願い?」
遺跡の地上にある入り口、その隣に墓標が立っている。最初に訪れた時にはなかったものだ。
俺が墓標の前で作業をしている姿を、後ろでアリスとムウが眺めている。作業が終わり、ふぅーと呼吸を整えながら立ち上がった。
「これでよかったか?」
「はい。ありがとうございます」
アリスのお願いは、エバン達の墓を造ることだった。
地上に出た俺は、彼女の願いにそって墓を立てた。石で造られた墓には、祈りを込めた言葉が刻まれている。
「どうか安らかに……」
アリスは墓標に向かって手を合わせた。
俺とムウも、彼女と同じように手を合わせる。
この戦いを経て、黒魔法の成り立ちを知った俺は、改めて決意した。
この魔法は、人が使っていい力ではない。世に残せてはならない負の遺産だ。あいつは……ゼロはこの事実を知っているのだろうか?
知らないのなら、次にあった時に伝えよう。もし知っていたのなら、説教をしてやらなくちゃならない。きっと聞かないだろうけど、俺には言う義務がある。
魔界での旅は始まったばかりである。
次に出会うのは、敵か味方か……はたして――
浄化の力が流れ込み、不死者となった身体を蝕んでいく。
「ぐっ……貴様……」
「お前は何も支配できていない。世界も、魔法も……自分の魂すらも」
「くっ……くそがあああああああああああああああ」
汚い言葉を叫びながら、彼の身体は消えていった。
肉体も魂も、すべてが魔へ落ちた彼は、聖剣の力によって完全に消滅する。彼の心に残ったのは、消える直前に感じた虚しさだけだった。そうしてようやく気付かされる。自分が、からっぽの存在だったということを……。
トーラスの身体が消えた後、触媒となっていた魔道書が貫かれていた。黒魔法の原点が記された魔道書だが、すでに効力は失っている。
俺はその魔道書を手にとり、炎を生み出し焼いた。
「これは……世に残しちゃいけないものだ」
独り言を口にする。
魔道書は灰となって空気中に舞っていく。この瞬間、トーラスとの戦いが終わった。
トーラス・グレイ・フォートランド、彼は偉大な男だったのだろう。誰より賢く、才気に溢れた存在だったに違いない。だが、大きすぎる才は、いずれ自らにも爪をたてる。
彼が人類では到達できない壁を、軽々と越えてしまったように、才能は時として枷すら外してしまうのだ。俺の周りにも才能を持った人たちがいる。彼女達が道を誤らないように、俺が見守っていかなくてはいけない。そう感じさせる戦いだった。
「おつかれさまでした。レイ様」
「アリスもおつかれ。さっきの動き、本当によかったよ」
「ありがとうございます」
「ムウもおつかれ」
「いやはや、我輩はあんまりだったでありますよぉ~」
ムウは黒猫の姿に戻っていた。
アリスはトーラスから奪った魔道書を持っている。
「レイ様、これを」
その本を俺に差し出した。
俺は差し出された本を見つめて、数秒考えてから横に首を振った。
「お前が持つべきだ」
「私が?」
俺は頷いた。
「その魔道書は、お前の先祖がトーラスを止めるために造り上げたものだ。先祖達の想いが、たくさん込められてる」
「想い……ですか」
罪を償おうとする心、恐怖に抗う強い意思。そういった想いが、この魔道書には込められていた。その想いに応えられるのは、同じ血を引くアリスだけ。
背負うという言い方は重く感じるかもしれないけど、彼女が持つべきだと思った。
「わかりました」
アリスは魔道書を胸にぎゅっと抱き寄せ、微笑みながらそう言った。
すると部屋の地面から淡い光の胞子が浮き上がってきた。一つ二つ、次々に浮き上がり漂っていく。
「これは……」
「ありがとう――」
突然聞き覚えの無い声が聞えてきた。それは女性の声、聞えた先には胞子の一つが漂っている。その胞子が俺達の前まで移動して、半透明な人の姿へと形を変えた。
「私は、エバン・フォートランドです。そしてここに漂う光達は、私と共に戦った同胞達の魂」
こんなことは俺も初めてだった。死者の魂が光となって漂う。幻想的で神秘的な光景が広がっていた。
「どうして今になって……」
「私達の魂は、彼によって囚われていました。ですが、あなた方が彼を倒してくれたお陰で、ようやく解放されたのです」
「そう……だったんですか」
「はい。これでやっと旅立てます」
光の胞子が天井へ上がっていく。
エバンはアリスが抱える魔道書に目を向けた。
「その本、大切にしてくださいね」
「――はい。もちろんです」
そう答えたアリスに、エバンはニッコリと笑顔を見せた。
彼女もまた、光の胞子に戻って舞い上がっていく。胞子は天井をすり抜けて地上へ昇り、さらに天まで昇っていく。
俺は天国なんて信じていないけど、もしそんな場所があるのなら、彼女達には天国で安らかに過ごしてほしいと思った。
すべての胞子が消えていく姿を見届けた後、俺達は来た道を戻った。途中たくさんの棺が置かれた部屋も通る。その時にアリスが――
「あの、お願いがあるのですが」
「お願い?」
遺跡の地上にある入り口、その隣に墓標が立っている。最初に訪れた時にはなかったものだ。
俺が墓標の前で作業をしている姿を、後ろでアリスとムウが眺めている。作業が終わり、ふぅーと呼吸を整えながら立ち上がった。
「これでよかったか?」
「はい。ありがとうございます」
アリスのお願いは、エバン達の墓を造ることだった。
地上に出た俺は、彼女の願いにそって墓を立てた。石で造られた墓には、祈りを込めた言葉が刻まれている。
「どうか安らかに……」
アリスは墓標に向かって手を合わせた。
俺とムウも、彼女と同じように手を合わせる。
この戦いを経て、黒魔法の成り立ちを知った俺は、改めて決意した。
この魔法は、人が使っていい力ではない。世に残せてはならない負の遺産だ。あいつは……ゼロはこの事実を知っているのだろうか?
知らないのなら、次にあった時に伝えよう。もし知っていたのなら、説教をしてやらなくちゃならない。きっと聞かないだろうけど、俺には言う義務がある。
魔界での旅は始まったばかりである。
次に出会うのは、敵か味方か……はたして――
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