一度目は勇者、二度目は魔王だった俺の、三度目の異世界転生

染井トリノ

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魔界編(本編)

183.アリスの世界

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「おらおらどーしたぁ!!」

「くっ……」

 グラエルはアックスを不規則に振り回していた。
 一見何も考えていないような動きだが、その型にはまらないリズムはアリスを翻弄させた。
 彼の攻撃は重く、そして素早い。
 さすがはタルタロスの囚人といったところだろう。
 ただのチンピラにしか見えない彼は、紛れもなく強者だった。
 そして彼は人間ではなく悪魔だ。

「おらよ!」

 地面を力強く踏みつけた。
 一瞬魔法陣が光ったあと、地面が剣のように形状を変化させてアリスを襲った。
 なんとかギリギリで躱した彼女は距離をとった。
 彼の武器は近接戦闘だけではない。
 悪魔としての膨大な魔力量とセンスも兼ね備えていた。

「おいおい急に大人しくなりやがったなぁ~ まさかこの程度についてこれないのかぁ?」

「……」

 一連の攻防でアリスは悟った。
 肉弾戦、魔法戦、どちらをとっても自分より遥かに強い。

 わかっていたことですが予想以上ですね。
 スピードもパワーも桁違い。
 魔法の規模も、発動までにかかる時間も圧倒的。
 私の転移を主体にした戦い方にも、ものの数秒で慣れてしまった。
 恐ろしいほどの戦闘センスを持っているようです。
 まず間違いなく、これまでに戦った誰よりも強いでしょうね。

「おいいつまで黙ってんだ? もしかして、もう戦意喪失しちまったか?」

「……違います」

「ほんとーかぁ? 実は内心震えてんじゃねぇの? 今すぐ謝って俺のオモチャになるってんなら、見逃してやってもいいぜ?」

「お断りします」

「嘘だよバーカ! 俺もてめぇみてーなガキはお断りだ! 宣言通り、ゴブリンどもの苗床にしてやるよ」

 グラエルは品のない笑みを浮かべた。
 普通ここまで言われれば怒りも覚えるが、アリスは平然としていた。
 特に興味のない相手に言われたところで、なんとも思わないらしい。
 今も冷静に状況を分析し、勝てる算段を整えていた。

「しっかしよぉー拍子抜けだぜ。この程度のやつが仲間ってことは、レイブとかいうガキもカスなんじゃねーのかぁ~」

 その一言を聞いた瞬間、アリスの思考は停止した。

「最悪てめぇらを餌にしようかと思ってたんだがなぁ。これで雑魚なら普通にぶっ殺して――」

「黙ってください」

 グラエルは殺気を感じとった。
 無感情、無表情だったアリスから怒りが溢れていたのだ。
 そして、レイブを馬鹿にされたことで止まった思考は、高速回転して再始動し勝利までのルートを導き出していった。

「レイ様を侮辱することは許しません」

「はっ! 許さないだってぇ~ 馬鹿が、許しを請うのはてめぇだ!」

「いいえあなたです」

 アリスは一冊の本を取り出した。
 その本は、かつて彼女の先祖が、罪を犯した同胞を止めるために作り上げた魔道書だ。
 怒りを発火剤にして組み立てた勝利へのルート。その鍵を握るのが、魂を具現化する力を持つ、この魔道書なのだ。

「術式展開――」

 アリスは魔道書に魔力を注ぎ込んだ。
 この本は使用者の魂を具現化する。
 以前トーラスが使用した際は、空間そのものを作り出していた。
 そして今回も、魔道書の力が空間に作用し、二人のいる場所を変化させていく。

「何だこれは――」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「不思議の国のアリス?」

「うん。俺が元いた世界にはそういう題名の本があるんだよ」

 あるとき、日常での会話でそんな話題があがった。

「どんな話なのですか?」

「う~ん、俺もうろ覚えなんだけどさ。トランプの兵隊とか、しゃべる動物が出てきたりとかして、まさに夢の国って感じだったかな」

「夢の国……ですか。そんなものが実在するなら、一度行ってみたいですね」

「興味あるならムウにお願いしてみるか。あいつは俺の記憶をもってるし、一部ならそれを元に再現できると思うぞ」

「はい。ぜひお願いします」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 まるで絵本の中の風景のようだった。
 トランプの兵隊、チャシャ猫、帽子屋、三月ウサギ、代用ウミガメ。
 様々なキャラクターが織り成す世界。
 これこそ彼女の魂の具現化、彼女の理想が形になった風景。

「ようこそ――私の世界へ」

 イメージしたのはムウを通して知った本の世界。
 ありえない光景の連続を、魔道書の力で具現化させていた。

「何だよ、このふざけた空間は!」

「ここは私の魂が具現化した空間です」

「魂だとぉ?」

「あなたはもう逃れられません。この空間では、私がすべてです」

 トランプの兵隊が一斉に動き出した。
 全員が手に鎌を持っている。
 さらにチャシャ猫が跳び回り、いかれた帽子屋がステッキを振りました。

「くっそ、何だこいつら!」

 グラエルはアックスで応戦した。
 この世界では、地形や空間に作用する魔法が使えない。
 さらに逃げ出そうとしても無意味だ。
 術者を倒すか、術者が発動を止めない限り終わらない。

「くそがぁ!」

 破壊しても破壊しても、何度でも復活してくる。
 これは夢の世界、アリスが連想した不思議の国。
 ありえないことが現実になる世界で、グラエルは苦しみ始めた。
 強者である彼も、理解できない現象には対処できない。
 術者を倒せば良いとわかっていても、そこまでの道のりが果てしなく遠く感じられていた。

「あなたは私よりも強いです。ですが、強さだけが勝利の掴み取るとは限りませんよ」

「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 鮮やかなで奇妙な世界に、悲痛な叫び声が木霊した。
 
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