一度目は勇者、二度目は魔王だった俺の、三度目の異世界転生

染井トリノ

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2巻

2-3

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「ありえない! ファフニールが現代にいるはずがない!」

 俺が思わず声を上げると、ケーニッヒが告げる。

「わからないのですか? 復活したんですよ! この邪竜は!」
「まさか、お前が――」
「その通りですよ! ファフニールを復活させたのはこの私です! ……と言いたいところですが、残念ながら私ではありません」
「なんだと?」
「この邪竜を復活させたのは、あのお方です」

 あのお方――? 一体誰のことだ。俺がいぶかしんでいると、ケーニッヒが言う。

「あのお方こそ、この世界で最も偉大な存在! この世のすべてを知り、すべてを支配することができる至高の存在!」

 恍惚こうこつとするケーニッヒに俺は尋ねる。

「誰だそいつは!」
「おっと失敬、これ以上は話すべきではありませんね。それでは、そろそろ私は失礼するとしましょう。もう少し、あとほんの少しでコレは完成する……ああ、今から楽しみで仕方がありません!」
「待て!」
「待ちませんよ。それに先ほども言ったでしょう。君は自分の心配をするべきです」

 ファフニールが俺に襲いかかろうと翼を広げる。

「くそっ――」
「ファフニールは、元々私からコレを奪った女、エレナ・ローズブレイドを殺すために用意したごまです。コレを奪還するに当たって、一番の障害となるのはあの女ですからね」
「エレナを!?」
「そうですよ。そして君はあの女の弟子だ。いくら強くても、あの女の弟子にすぎない君ではファフニールには勝てない」

 ケーニッヒがシルフィーを抱えたまま背を向ける。追おうとした俺だったが、ファフニールの翼が起こす風に阻まれてしまった。

「それではさようなら――灰色の守護者」

 灰色の守護者――俺が王都を守った時、人々からつけられた呼び名だ。
 ケーニッヒは皮肉交じりに俺をそう呼ぶと、シルフィーと一緒に姿を消した。

「くそっ、転移されたか」

 今すぐに後を追いたいところだが……こいつがそれを許してくれそうにない。
 ファフニールがえる。鳴き声だけで空間が震えるようだ。

「うるさいぞ! お前に構ってる暇はない!」

 俺は右手を天にかざした。

「【雷魔法:天雷てんらい】――十連!」

 十本の稲妻が天から轟き、すべてがファフニールに着弾した。激しい雷鳴と衝撃に一瞬ひるんだファフニールだが、すぐに持ち直してしまう。

「無傷だと!?」

 直撃しているのに外見上の傷は見当たらない。上位魔法ですら通じないのか。
 どうやら、こいつが伝説の邪竜っていう話は本当らしいな。
 そうなると、気になるのはこいつを復活させた人物だ。
 ケーニッヒが言っていた人物――「あのお方」とは一体何者なんだ。いや、今はそんなことを考えている場合じゃない!

「早くシルフィーのもとへ行くぞ」

 俺を遮るファフニールが先ほどよりも素早く尾を振り回す。
 俺は【時空間魔法:レルミット】を使用し、一瞬で空中へ転移することで攻撃を回避した。上空に立つ俺を、ファフニールが睨んでくる。

「さて、どうやって倒そうか……」

 待っててくれ、シルフィー。この邪竜を打ち倒して、必ず助けに行くから。

「来い!」

 俺に応えるようにファフニールが雄叫びを上げた。
 英雄と邪竜、神話の中でしか語られなかった戦いが、今幕を開ける。


    † † †


 ボクはどうして生まれたの?
 エレナさんに助けられてから、ずっとそれを考えていた。
 実験のために生みだされたボクには、親も兄弟もいない。きっと普通に生きていくなんて無理だ。だったらボクにできることってなんなのかな?
 そう考えた時、魔術師として戦うこと以外思いつかなかった。こんなボクにできることは、それしかないと思ったから……
 けれど、そんなボクにも友達ができた。嬉しかった。ボクのことを心配してくれる誰かがいると知って、初めて生きている実感が持てた気がした。
 ボクを助けてくれたエレナさん、一緒に競い合う同級生たち、肩を並べて戦ってくれる生徒会の仲間たち。そして今日、初めて秘密を打ち明けたレイ……


 ああ、今ならわかる気がするよ。ボクが生まれてきたのは、きっと――


    † † †


「――……」

 シルフィーが目を覚ます。

「おお! ようやく目覚めたね?」

 それを見て喜ぶ男が一人。ケーニッヒだ。
 シルフィーは培養液の入った機械の中に裸で入れられている。身体に上手く力が入らないまま、シルフィーは周囲に視線を巡らす。計器やモニターのたくさん並んだ無機質な景色が目に映った。

「ここは……?」
「懐かしいだろう? 前の研究所に近いデザインにしたんだ! 君に思い出してもらうためにね」

 シルフィーは、はっとする。そしてすべてを悟った。ケーニッヒは自分を生みだした研究所の人間に違いない。

(そうか。だからこの人、嫌な感じがしたんだ……それに、この場所も。だからこんなにも心がざわつくんだ。まるで、この研究所がボクのいるべき場所だって言われているみたいで……)

 そしてシルフィーは、さらにあることに気が付く。一緒にいたはずのレイブが見当たらない。

「レイは?」
「ん? 彼なら今頃、ファフニールのえさになっているだろうね」
「そんなっ……」
「君が気に病むことじゃないよ。彼は私から君を奪った女の弟子だ。だったら殺されても文句は言えないだろ? そもそも君は、人間のような下等生物とは違うんだ」

 ケーニッヒが高らかに言った。

「喜んでくれ! 君は今から完全な精霊体になるんだ!」
「……」

 シルフィーは黙ったままだ。

「今の君は、まだ半分程度しか精霊と結合できていないが、そんな不完全な状態は今日で終わる。この私の手によって、醜い人の姿を捨て、至高の存在となるんだ!」
「人の姿を……捨てる?」
「そうだとも! 完全な精霊体になるにはさらに精霊を肉体に入れる必要があるんだ。そうなれば人の形など保っていられるはずがない。現に今、まだ半分程度しか結合していない状態でも水化現象が起きているだろう?」

 ケーニッヒが言う水化現象とは、ファフニールの攻撃を受けた際に見せた、身体の一部を水に変化させた状態のことだ。

「あれはボクの魔法で――」
「魔法? 何を言っているんだ。そんな魔法が存在するわけないだろう」
「えっ……」
「あの現象は単に、君の肉体が人の形を保てなくなっているだけだよ」

 シルフィーは動揺する。
 身体を水に変える魔法などではなかった。彼女が、人間から逸脱し始めている証明でしかなかったのだ。

「理解したかい。それじゃさっそく始めるとしよう」

 絶望するシルフィーをよそに、ケーニッヒが操作盤の前に移動する。

「これでようやく私の悲願が叶う。君も生まれてきた意味を果たせるんだ、光栄だろう。それにもう、今までのように下等な連中と馴れ合う必要もなくなるんだ!」

 その言葉にシルフィーは思う。

(生まれて来た意味……やっぱりボクは、この実験のためだけに生まれてきたのかな? もしそうだとしたら、これでやっと……)

 シルフィーの脳内に、これまでの記憶が走馬灯のように映しだされる。人間として、魔法学園で過ごした毎日、仲間たちとの思い出。それが、諦めかけた彼女の心を奮い立たせた。

「――ぃやだ――」
「ん?」
「嫌だ……ボクは精霊体になんてなりたくない!」

 機械の中に囚われながらも、シルフィーは声を上げる。
 シルフィーの叫びはまさしく、彼女の心の叫びそのものだった。

「何を言っているんだ。君は精霊体になるためだけに生みだされたんだぞ」
「そうかもしれない……でも!」

 思い出の中で、シルフィーは笑っていた。

「ボクは、皆と一緒にいたいんだ!」

 それが彼女の答えだった。生きる意味などわからない。けれど、仲間たちと過ごすことは、彼女に生きる喜びを与えていた。
 だから――

「皆といられて、ボクは幸せだった。あんな毎日が続いてほしい! ボクは人間として、皆と生きていたいんだ!」
「馬鹿らしい……」

 呆れたようにケーニッヒがため息を漏らした。

「どうやら、魔法学園の連中といたことで不純物が混ざってしまったようだね。だが安心するといい。精霊体になれば、人間だった時の記憶は消える」
「そんなの嫌……絶対嫌!」
「感情も忘れられる! さぁ始めようか!」
「嫌だ! ボクは――ボクは人間だ!」

 シルフィーの叫びを無視して、ケーニッヒが操作盤の前に立つ。
 無情にもケーニッヒが装置を起動させようとした、その時だった。

「よく言った。その答えは正しい」

 爆発音と共に研究所の天井が砕け、崩れ落ちる。ケーニッヒが手を止めた。

「なっ、なんだ!」

 彼が見上げると、そこに立っていたのは――

「き、貴様は!?」
「待たせたな、迎えに来たよ」

 助けを求める少女の叫びに応えるように、灰色の守護者が降り立った。



 3 シルフィー・フェレーラ②


 俺は天井を打ち砕いて登場した。
 それを見上げるシルフィーとケーニッヒ。

「レイ、よかったぁ……」

 シルフィーはそう言うと、安心した表情を浮かべた。ファフニールと戦っていた俺の無事が信じられないようだったが。

「ああ、遅くなってすまない」
「なぜだ……どういうことだ!」

 ケーニッヒが取り乱した様子で叫び、さらに続ける。

「なぜ貴様がここいる!? 貴様はファフニールと戦っていたはずだろう? どうやってここへ来た!」
「研究者のくせに、その程度の考察もできないのか」
「な、なんだと?」
「倒したからに決まってるだろ」

 ケーニッヒがきょうがくに目を見開き、額から汗を流す。

「ありえない……ありえないぞ! 倒しただと? あれはファフニールだぞ! ただの竜じゃない、伝説の邪竜! 神話の英雄にしか倒せない存在だ! それが貴様ごときに倒せるわけがない」
「そうだな。あれは確かにファフニールだった。そのことには俺も驚かされたよ……お前の言う通り、あれは英雄にしか倒せない」
「だったらなぜ――」
「まだわからないのか? つまり、俺がそういう存在だったってことだ」
「なっ……」

 俺は右手に一本の剣を握っていた。


 今から数十分前、俺はファフニールと対峙していた。

「さて、どうやって倒そうか……」

 この黒竜が本当に伝説上のファフニールであるなら、おそらくほとんどの攻撃は通じない。
 現に上位魔法を連発しても、ダメージは与えられなかった。
 俺が思案していると、ファフニールが再び炎を吐き出してくる。俺は跳んでその攻撃を回避した。

「おいおい、あまり周囲を燃やさないでほしいな」

 ファフニールの炎で燃え上がる森。ファフニールには呪いの力がある。この炎にも、なんらかの呪いがめられているのだろう。攻撃を受けるわけにはいかない。
 ファフニールは巨体でありながらなかなかのスピードで動く。炎だけでなく、尻尾や翼による物理攻撃も警戒すべきだ。

「ファフニールか……」

 俺は空中で攻撃をかわしながら考えていた。
 そうか、ファフニールか……だとしたら、俺がやるべきことは決まっている。

「【風魔法:ダウンバースト】!」

 襲ってくるファフニールの爪を避けると、俺は魔法を唱えた。
【風魔法:ダウンバースト】。風魔法中最高の威力を持つ魔法で、空から強力な下降気流を発生させ、広域を風圧で押し潰す。
 それにより、ファフニールが空中から地面に叩き落とされた。ほうこうするファフニール。これでも、目立ったダメージは与えられない。だが、目的はダメージを与えることではない。

「悪いな。少しの間そこでじっとしててくれ」

 ダウンバーストの持続時間は十秒。俺はこの魔法を、単なる足止めに使った。
 そして、右手を前に突きだす。

「こいつを呼びだすには、少しだけ時間がかかるんだ」

 右手から光が放たれた。あおく光る粒子は、俺の手の上で収束し形を成す。そして、一振りの剣へと変化した。
 召喚された剣を見て、ファフニールが怯えたように反応する。
 剣の持つ迫力にされたようだ。
 ファフニールが炎を吐き出す体勢を取ると、俺は召喚した剣を両手で持ち、頭上で大きく構えた。すると剣が蒼い光をまとう。

「この剣こそ、かつてお前のような強敵たちを滅ぼした魔剣――」

 ファフニールが炎を吐き出したのと同時に、俺が剣を振り下ろした。

「――バルムンクだ」

 剣から光の斬撃が放たれ、ファフニールを炎ごと消し飛ばした。


 俺は、ケーニッヒによく見えるように剣を突きだした。

「この剣こそ、魔剣バルムンクだ」

 ケーニッヒが取り乱して言う。

「馬鹿な、それが魔剣だと!?」
「そうだと言っている」
「ありえない! 君ごときが魔剣を所持しているなど……それは、選ばれし者だけが手にすることを許されたものだ!」
「しつこいな、何度も言わせるなよ。俺にはその資格があったってことだ」
「っ――」

 魔剣バルムンク。これを手に入れたのは、魔王時代のことだった。
 あの頃俺は、世界中に散らばる魔剣や魔道具を収集していた。他の誰かの手に渡り、悪用されることを防ぐために……
 その結果、あの時代に存在したすべての魔剣は、現在俺が所持している。

「話は終わりだ。いい加減彼女を解放しろ。でないと、今度はこの魔剣がお前に振り下ろされることになるぞ」

 俺は切っ先をケーニッヒに向けて言った。するとケーニッヒは、突然冷静さを取り戻し、ニヤリと笑う。

「いいだろう……認めよう! 君はどうやら私の想像を超える存在だったようだ。だがっ!」

 ケーニッヒが操作盤に触れる。その直後、シルフィーがじんじょうでない悲鳴を上げた。

「っ!?」

 その声に俺が驚いていると機械が砕け散り、中に入っていたシルフィーが解放された。
 だが、様子がおかしい。

「シルフィー?」
「……」

 俺の呼びかけに応えないまま、突然シルフィーは【水魔法:トライデント】を唱え、水の槍を作りだした。そしてその槍を躊躇ちゅうちょなく俺へ投擲とうてきする。

「くっ」

 放たれた水の槍を、俺はバルムンクで斬り捨てる。シルフィーの様子をよく見てみると、瞳に光がなかった。

「……なるほど、洗脳か」
「その通りだ! 使うつもりはなかったが、念のために準備しておいて正解だったよ!」

 俺の呟きに、ケーニッヒはあざけるように言う。
 シルフィーが右手を水に変化させ、さらに刃物のように形作った。ケーニッヒは叫ぶ。

「さぁ戦え! 英雄である君には、コレを傷つけられないだろう!」

 彼の言う通り、俺には操られたシルフィーをやみに攻撃することはできない。
 ケーニッヒが勝ち誇ったような表情を見せ、さらに挑発するように言う。

「最初に言っておくが、私を殺しても洗脳は解けないぞ。コレを支配しているのは私の力ではない! あのお方から授かった力だ!」

 また「あのお方」か。
 確かに今の彼女からは、この場に存在しない何者かの魔力が感じられるし、ケーニッヒの言っていることは事実らしいな。

「さぁ行け! あの男を殺せ!」

 ケーニッヒの命令通りに動くシルフィー。一切の躊躇ためらいもなく、彼女は俺を攻撃する。俺はそれを躱しながら考え続けていた。
 肉体を水に変化させられる彼女に、物理攻撃は通じない。雷系の魔法や、魔剣や聖剣での攻撃ならダメージを与えられるだろうが、それでは彼女を傷つけてしまう。
 でも、こうした展開も、残念ながらすべて俺の予想通りだ。そのための対策もちゃんと用意してある。この力を使えば、シルフィーを洗脳から解放できる。
 ただその代わり、シルフィーは別のリスクを背負うことになる。
 だから、そうだな……もう一度、彼女の意思を確かめるとしよう。

「聞こえるか! シルフィー!」

 攻防の中で俺は呼びかけた。しかし、洗脳された彼女からの応答はない。

「無駄だ! 今のソレに声は一切届かない! 対話など不可能だ!」

 ケーニッヒの声を無視して、俺はシルフィーに呼びかけ続ける。

「お前、さっき言ったよな? 自分は人間だって!」
「――」
「だったらこんな奴らに、好き勝手されていいのか!?」
「――……」
「お前の覚悟はそんなものか? 本気で人間として皆と一緒にいたいと思っているなら、俺の言葉に応えてみせろ!」

 答えはない。
 しかし俺の言葉は、彼女の心へ届いたようだ。
 戦いの最中、シルフィーの目から涙があふれる。

「わかったよ――その涙がお前の答えだな!」

 彼女の心の奥底にある、皆と一緒に生きたいという願いが、この涙を生みだしたはずだ。
 シルフィーの涙を、俺は肯定として受け取った。

「いくぞ」

 俺は強く踏み込んだ。防御を捨て、シルフィーの身体が触れるまで急接近する。そして、両腕を掴み彼女の自由を奪う。その体勢のまま、額と額を重ね合わせた。
 すると、シルフィーの周囲を光の粒子が舞った。
 一瞬、時が止まったかのような静寂が訪れる。俺は重なった額をゆっくりと離していく。
 ケーニッヒが焦りをあらわにして言う。

「なんだ、何をしたんだ。おい、なぜ攻撃しない! 早くその男を殺せ!」

 俺は小さく笑うと、シルフィーに尋ねる。

「なぁ、シルフィー……あんなこと言ってるけど、どうする?」
「そうだね」

 シルフィーが、閉じていた目をゆっくりと開く。
 そして――

「――嫌だ」
「なっ!?」

 シルフィーは、ケーニッヒに向かって笑顔で言い放った。
 彼女の瞳には光が戻っていた。洗脳は解かれたのだ。
 俺は裸のシルフィーに、自分の着ていた上着をかけてやった。

「な、なぜだ……一体何を……」

 動揺するケーニッヒが、彼女の右手に刻印が刻まれていることに気付いた。

「馬鹿な……あの刻印は――れいぞくの刻印」
「へぇ、よく知ってるな。さすが研究者」

 俺が彼女に使ったのは、以前リルネットを助けるために使った、他者を自分の支配下に置く力だ。このスキルは、魔王時代に手に入れた特権であり、選ばれし王にのみ与えられたものだ。
 この力によって俺は、シルフィーを自分の支配下へ置いた。
 彼女の背負う別のリスクとは、敵の洗脳から解放された後、今度は俺の支配を受けることになるということ。俺は彼女に呼びかけ、その覚悟を確かめた。
 たとえこれからどうなろうと、人間として生きていく覚悟があるということを。

「なぜその力が使える……それは、その力を使えるのは、あのお方だけのはずだ」
「そうか。あのお方って奴もこれが使えるんだな」

 口を滑らしたケーニッヒのお陰で、少しだけ「あのお方」について情報が得られた。
 この程度の情報じゃ予測しか立てられない。しかし隷属の刻印が使える人物となれば、かなり絞ることができるだろう。
 ケーニッヒが取り乱して叫ぶ。

「貴様、一体何者だ!?」
「やれやれ、それに答えるつもりはないよ。お前の質問責めにはもう飽きたんだ」

 俺は一瞬にしてケーニッヒの目の前に移動し、バルムンクの柄で腹部に打撃を加える。

「少し寝てろ」
「うっ――」

 ケーニッヒは地面に崩れ落ちた。
 俺は倒れたケーニッヒを見下ろして言う。

「お前には聞きたいことが山ほどあるからな。今はこれで勘弁しておいてやるよ」

 これまでシルフィーに与えた苦痛に比べれば不十分だが、それは今後、身をもってつぐなってもらうとしよう。
 これで、彼女は過去から解放された。俺の支配下にいる限り、もう二度と彼女に手は出させない。

「レイ」
「ん?」
「助けてくれて――ありがとう」

 シルフィーは事件の前と変わらぬ笑顔でそう言った。

「どういたしまして」

 人として生きることを決意したシルフィーの表情は、紛れもなく人間の少女のものだった。


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