2代目魔王と愉快な仲間たち

助兵衛

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61話 風の鏃

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帝国十二勇士の女が魔法を唱えた瞬間。
緑の刃達が破れ、人間が油断した瞬間。

「……」

竜に乗った女が聖剣を振るった瞬間。
竜が勝利の咆哮を挙げた瞬間。

「……」

悪魔王が変態を行う瞬間。
鉄の猪と帝国兵士が殴り合いを始めた瞬間。

「……」

全て、風の鏃にとっては絶好の射撃タイミングであった。
しかし、最初の奇襲以降は新たな矢を番えない。
部下達にも弓を背負わせ、手には槍を持たせてた。

決して健闘する彼らに情が湧いたとか、魔王に反逆をする為では無い。

絶好の射撃タイミングではあった……しかし、例え矢を放ったとしてもアレに阻まれる故に撃つことが出来なかった。

アレ……土煙を巻き上げ荒野を駆ける、うら若きケンタウロス。
春の息吹が、魔王城のすぐ手前で陣を構える風の鏃達の元に辿り着いた。

群れから離れる前よりもずっと四肢が発達し、予想よりかなり早く到着した孫娘に風の鏃は表情を厳しくする。

「お爺様! 今すぐ射撃をお止め下さい! 」

「落ち着け、もう止めておる」

「あ! 本当だ! 」

ほっ、と胸を撫で下ろした春の息吹。
彼女に対し、ケンタウロスの戦士らは一斉に槍を向けた。

族長である風の鏃、そして春の息吹の二体をぐるりと取り囲み完全に逃げ場を無くす。

「お、お爺様? これは一体」

春の息吹は知っている。
これは一族に叛いた者が最後に受ける審判の儀式。
刃を向けて取り囲み、ケンタウロス最大の武器である脚を使えなくする。

弓では無く槍で、一騎討ちを行う。

「槍を構えろ春の息吹」

槍の切先が眉間に突き付けられる。
恐怖より困惑が勝った。

「私に、お爺様と槍を交えよと」

この儀式は死によってのみ決着する。
勝ち残った戦士はそのまま一族に残り族長となるも良し、賛同する者を率いて新たな群れを作るも良し。

「そう言っておろう! さあ! やるぞ、最後の模擬戦ではお前の勝ちだったな! 」

「う、う、う」

春の息吹は急かされ、槍を構える。

戦いに応える意味では無く、ただ己の身を守る為に受動的に構えた槍だった。

「槍を交えよ! 父祖へと捧げよ! 」

取り囲むケンタウロスが互いの槍を打ち鳴らし、原始的なリズムを奏でる。

「槍を交えよ! 父祖へと捧げよ! 」

伝統的な儀式だ!
なんて誇らしいのだろう!
同一の血統で殺し合えるなんて滅多にない!
素晴らしい! 

「……うぇ」

吐き気を催し、春の息吹は眉を顰めた。

きもちわるい。

「ゆくぞ! 」

隙を見逃す風の鏃では無い。
肉親だというのに、いや、肉親であるからこそ確実に殺す為に槍を振るった。

春の息吹は半歩退いて槍を受ける。
火花が散り、甲高い音が荒野に響く。

二度、三度、四度。

一方的な攻防は繰り返す度に勢いを増して、その度に後退していた春の息吹の背後には囲む槍が迫りつつあった。

「……お爺様」

「どうした春の息吹! もっと攻めこぬか! まさか臆した訳ではあるまいな! 」

まさかまさか!
ケンタウロスは戦士の血統!
死を恐れるはずがない、肉親との殺し合いを避けるはずがない。

殺し合い最高! 戦争最高!
その為だけに生きてきた、その為に槍と弓を鍛えてきた。

なんてクソみたいな風習だ。

「お爺様、私は……死にたくありません! 」

「……は? 」

激しい攻撃の手が止まる。
想像もしなかった言葉に、風の鏃だけでなくその場のケンタウロス全員がポカンと間抜けに口を開けていた。

「だって! お爺様は、悔いとかは無いのですか!? お婆様はまだお元気です、末の孫も半年前に生まれたばかりではありませんか! 」

「いや……何を言っている? 」

信じられない物を見る目の祖父を、春の息吹は強く押し返す。

「お前も、前は決闘を楽しみにしていたじゃないか。陛下が復活されれば、一番に戦場を駆けると言っていたではないか」

「戦いは好きです! 武を競い、刃を交えるのはとても好きです……」

彼女は一生懸命練習した技を披露して褒められるのは好きだった。
戦いの場で特技を活かし、誰かの役に立つのも好きだ。

以前はその結末が死であっても問題は無かった。

しかし、今はどうか。
死を意識しただけで、頭の中が直接冷やされた様に寒気が走る。

一族の皆と草原を駆け回り、食事を囲み……愛する人を背に乗せる。
死はそれらの終わりを意味していた。

「だけど、死にたくない! 」

「愚か者! 死を恐れる者に私の槍が捌けるか!? 」

放心から立ち直った風の鏃が再度槍を構え、鋭く突きを放った。
先程までと同じ様に春の息吹は槍を捌く。

「愚かなのはお爺様です! 他の者もそうだ! 死んで何になる! 」

「貴様! 父祖を侮辱するか! 」

「馬鹿にしてるのはお前達の事だ! ばーか! 」

「なにぃ! 鹿の要素なぞ何処にもないわ! 」

攻防は激しさを増す。
槍が接触する度に散る火花は、限られた空間の中を縦横無尽に駆け回る。

槍は当然、刃なんて潰していない本物の武器だ。
当たれば皮膚や肉が裂け、血が溢れ出る。

そういう物だ。

だが、風の鏃と春の息吹、二体の戦闘は激しさを増す程により洗練され、互いに傷一つ付くこと無くまるで舞踏の様な印象すら周りのケンタウロスに植え付ける。

「我らは戦士! 戦いの中の死によってのみ報われる! 」

「そんな事はない! 死は終わりだ! どう生きるかで全て決まるんじゃないのか! 」

「ぬ、ぬうう」

走り回れず、弓の使えないこの決闘法では槍の技術のみが純粋に勝負を分ける。
徐々に、春の息吹は祖父を追い詰めつつあった。

単純な技量の差だ。
彼女の槍術は祖父を凌ぐ。
動揺さえ落ち着けば、形勢はそう簡単に覆るものでは無い。

すると、今度は2体を囲むケンタウロス達に変化が訪れる。

「.……族長が」

「春の息吹が優先なのか? 死を恐れているのに? 」

死を恐れる者の槍なんて論外。
我らの誇る族長、風の鏃があっという間に勝利して終わりだろう。
全員がそう思っていた。

しかし実際はどうだ。
死を恐れる槍が、死を恐れぬ槍を上回っているでは無いか。
まさか、我らの思想はあの臆病者に劣ると言うのか。

そんな、モヤり、とした疑念が伝播する。

「ぬ、ううう。春の息吹! 何故それほど死を恐れる!? 確かに死は終わりかも知れぬ、だが、戦士は語り継がれる事で生き長らえる! 」

「うるさーい! 死んだら死ぬんだ! 私も、お爺様も、皆も! 皆で走ろうよ、楽しい事しようよ! 死ぬなんて言わないでよ! 」

愛。
春の息吹が振る槍に込められているのは、恐怖だけでは無い。

「お爺ちゃん! 」

「……」

春の息吹は大粒の涙を流していた。
涙は視界を覆い、鼻水が出て息は落ち着かない。
なのに、風の鏃の槍よりずっと正確で、早くて、美しい。

二体を囲むケンタウロスらは、いつの間にか槍を下ろしていた。

「な、なあ」

死ってなんだ?
若いケンタウロスは、隣の老いたケンタウロスに尋ねる。

誉だ! 戦士の在り方だ!
以前は迷い無く答えれた、今は? 

「……知らねえよ」

知る訳無い、死は素晴らしいと信じて生きてきた。

死に意味を見出すのは大事だ。
でも死を目指し始めるとちょっと話が変わってくる。

彼らは道徳1年生。
カラフルな教科書ではしゃぐ小学生より死を知らない。

「私の、勝ちだよ」

風の鏃も何時の間にか槍を下ろしていた。
結局、どちらも血は一滴も流れていない。

春の息吹が槍を掲げた。

本来は、その切っ先に相手の首が吊り下げられている。

そんな事はしない。
気持ち悪いし。

「私の勝ち! お爺様の負け! 」

「う、く」

「四つ膝ついてごめんなさいしろ! 私が今日から、一族の長だ! 」





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