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ダイバー編

十七話 ナンバーネームズ

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 そこは、四方をガラス張りで覆われた筒の中だった。

 目覚めたバルファーデン第3王女ナエリカは、その身を覆う物がない生まれたままの姿になっている。

 中からガラスを割ろうと肘で叩くが、そのガラスにはひびすら入らなかった。

 しばらくその筒から出ようともがいていると、その筒の外から彼女を覗き込む顔が現れる。

 その女は銀髪に金色の瞳、ナエリカには見覚えがあった。

 ファーストと呼ばれていた女、その他にも銀髪に金色の瞳の女が数名いた。

 コトーデの指令官、カーハス・ロバルトアールの命を奪い、その後ナエリカ自身をも捕らえた女の一人。

「目覚めたようです父上」

 ファーストは喋っているようだが、ガラス張りの筒の中のナエリカには言葉は一切聞こえなかった。そして、ファーストの隣にもう一人顔を覗かると、ナエリカをジッと見ていた。

 それは年老いた男、体は太っていると服の上からでも分かる。

「なかなかに美人ではないか、生身でヴァルキュリアと戦ったとあるが、ふ~む、素材としては一級だな」
「私に手傷を負わせましたから」

 老人は不気味に笑顔を浮かべて、舌なめずりしながらナエリカを見ている。

「ガスをカプセル内に注入後、サンプルガンマを投与しておけファースト」
「はい、父上」

 そして、ナエリカの入った筒に気体が充満すると、その意識を残したままに体の自由が利かなくなる。

 しばらくして、そのガラスが頭から足へと開くと、ファーストはナエリカの腕を掴んだ。

「お前は、私の希望だ」

 ナエリカの腕に注射されたものが何かは分からないが、その瞬間に彼女は意識を完全に失った。気を失ったナエリカにファーストはもう一度言う。

「お前だけが、私たちの希望なのだ」


 コトーデの東にユラダリア、その東にバルファーデン、その北にカフド、その西にヒシュパーン連合の小国がいくつもあり、その北にケイブを有するチュアールのあるサンテシリュカなどの国がある。

 ホチアがテイムしたシュグルーのシュシュ、その案内でカイネルは、カフドからヒシュバーン連合の一国であるデクリへと移動していた。

 その頃には、辺りは明るくなりかけていて、距離的にはすでに129ガレンの距離を移動した事になる。そして、シュシュが足を止めた場所は、デクリの北部、ルアリッカの古代の遺跡だった。

 シュシュは、その遺跡をフラフラと嗅ぎながら痕跡を探したが、そこで完全に消えてしまっているようだった。

「やっぱニオイはここで途切れてるって」

 ホチアの言葉にカイネルはシュシュの頭を撫でて言った。

「ご苦労だったねシュシュ、ゆっくり休んでくれ」

 本来ならモンスターは討伐して当然の存在、礼を言った自分が不意におかしくなって笑みを浮かべる。が、すぐにナエリカのことを思い出して悲しげな表情をカイネルはする。

 そんな彼をホチアは心配そうな顔で見つめている。そして、すでに手がかりがない事を伝えた。

「シュシュがニオイを追えない以上は、もうあのお姫様を探すことができないんだね」

 カイネルは、地面を注視しながら辺りを歩き回っている。立ち止まった彼は、足の裏で明らかにおかしい場所を擦った。

「埃……不自然だな」

 それは円形に埃がない場所と埃のある場所とが交互にあり、埃は強く擦らないと払えないぐらいに積もっていた。

「ここにあった物、おそらくはタワーの頂上にあった昇降盤に違いない。隣の台座の板もタワーにあったものと同じだ」

 台座の上を指で触ったカイネル、その指には一切埃がつかなかった。

「間違いない、おそらくここにあった、で……」

 空を仰ぎ見るカイネルにつられるホチアは、「どうかしたの?」と聞く。その肩で、コロロも目をパチパチさせる。

「ナエリカさんはこの上にいるよ」
「この上?……それってどういうこと?空?」

 ホチアがいくら空を仰ぎ見ても、そこには一切何も見えなかった。カイネルは彼女の顔を見ると、「目では見えないと思うな」、と言ってその理由を説明した。

「ホチアは、スカイって知ってる?」
「スカイってダンジョンでしょ?コロロから聞いた事はあるけど、空に浮かんでる島ってだけしか知らないかな。空に島があるなんて信じられないけど」

「スカイは確かにあるんだよ、偽装外面を展開しているから今は見えないだろうけどね」

 偽装外面?と疑問の表情のホチア。

「スカイはダンジョンだと思われているけど、本来はこの地上を監視するための監視島の役目があったんだ。つまり、古代人がいた場所ってこと」
「何を監視するのさ?モンスター?でも、テイムされたモンスター以外はダンジョンからでれないから違うか」

「監視していたのはボクらをだよ、正確には冒険者をかな」
「どうして冒険者を監視していたの?危険だから?」

 ホチアはカイネルの言葉を半分ほど理解してはいたが、どうして?何故?という疑問ばかりが浮かんでいた。

「冒険者がとる行動に古代人は酷く敏感だったんだよ、昔の……って言っても千年以上も前の冒険者たちは今の冒険者とは全然生業から全てが違っていたんだ。今では冒険者はお互いを助け合うようになっているけど、昔は冒険者同士、ギルド同士での殺し合いなんて日常茶飯事だったんだよ」

「え、戦争してたの?ギルド同士で」

「そうだね、戦争してたんだ、冒険者のほとんどが古代人で、おそらくサポーターがボクらの先祖、ブラックスミスなんかもね。とにかく昔の冒険者たちは今より傲慢だったんだ、この世界に安定をもたらす、ウンエイがそんな冒険者を見かねて作ったのかもしくは初めから監視していたのか、それがスカイブロック、ボクらの言うスカイのことだ」

「へ~、カイネルは何でも知っているんだね」
「知らないことが怖いんだ」

 カイネルは、ホチアから顔を背けて、「臆病だからね」と言った。

「じゃあさ、今も古代人の子どもの子どもの子どもの子どもの、とにかく、それの子どもは今もスカイにいるの?」

 カイネルは空を仰ぎ見ながら、「どうだろうね。もしそうならボクはとてもうれしいんだけど」と言った。

「それにしても、空にいるんじゃドラゴンでもいないと行けないんじゃない?どうするのカイネル?」

 ホチアの言葉にカイネルは左腕を出し、それを指差してニコリと笑う。しかし、ホチアはそれを使うのを良しとはしなかった。

「それはダメ!絶対ダメ!」

 カイネルの左腕に宿っているEXスキル、コール・オブ・ヴァハムートは、強力なゲンジュウ、ヴァハムートを召喚する事ができるスキルだ。

 その力は強大でドラゴンを一瞬で灰にしたり、空を自由に飛んだりと、その恩恵は計り知れない。が、その召喚の代償に使用者の体の一部か、もしくは複数の供物を与えなければならない。

 前回それを使ったカイネルは、左腕を丸々代償として支払っている。霊酒によって再生したのを差し引いても、それを知っているホチアが反対するのは当然の事だった。

「ウチが許すと思ってんの!絶対にダメだからね!」

「……空を自由に飛びたいな~って――」
「ダメ!」

「心配しすぎだよ、今回の用途は前回とは違うから、空飛ぶだけなら――指とかかな、何本か分からないけど」
「絶対ダメ!」

「聞いてホチア、ナエリカさんは今とても危ない状況にいる。もしかすると手遅れかもしれない……、けど、連れ去ったことには何か意味があると思うんだ。今ならまだ間に合うかもしれない」

 ホチアは、ナエリカのことはそんなに知らない、だが、カイネルは大切にしたいと思っているんだろうということは分かる。

「ナエリカはカイネルにとってなんなの?自分を犠牲にするだけの価値があるの?」
「彼女は、彼女は……本当だったらボクが殺していたかもしれない人なんだ」

 カイネルは思い出すように遠い目をして、ホチアの質問に答えだした。

「ユラダリアで初めて戦争に足を向けたとき、ボクは敵としてナエリカを殺す事を決めていた。けど、いざ戦場で戦ったらボクは見惚れてしまったんだ……」

 戦場で敵に惚れるってどうなのさ、とホチアはカイネルの腕を掴む。

「違うよ、ボクが見惚れたのは彼女の剣の腕前だよ。彼女を殺すつもりで剣を手に取ったし振るった、そして初めて彼女と対峙した時にボクの本気の剣を止められたんだ。戦慄が走った、並大抵の努力でボクは今の剣の腕を手に入れてない。本当に血反吐を吐いて手に入れたものだから。そんなボクの本気の剣を一切退けのない剣で止めた。いくら彼女がボクより早くに剣を始めていたとしても、やはりあの剣を見たなら驚きがないわけがない。殺すつもりだったボクはもうすっかりそんな気は失せていたよ」

 カイネルの言葉に、ホチアは複雑な感情を持ちながらも、自分が彼と出会った時の事を思い出して、気持ちが繋がった時間はあっただろうかと思ってしまう。

「それとね、彼女はボクに言ったんだ、剣の主となってほしい、とね」
「剣の主?どういうこと?」

「つまり、ボクに、カイネル・レイナルドに仕える騎士となりたいと彼女は言ったんだ。あれほどの剣の腕を持った彼女が、同等の剣の持ち主である彼女が、ボクの騎士になりたいなんて……そんな失礼な願いは断ってしまうのも当然だろ?ボクは彼女と対等でいたかったのに」

 羨ましいとホチアは呟いていた。

 自分がカイネルと対等かと聞いたら、それは違うと返ってきそうで。

「カイネルはナエリカのこと……好きだったんだよ」
「……そう……なのかな」

 きっとそうだよ、カイネルは自分に近づいてくる人を遠ざけているだけださ。

 口には出さないが、ホチアはそう思った。


 二人が空を見上げている頃、銀髪に金色の瞳の女が窓の外を眺めていた。

 そこは地上から1ガレン(km)程の高さに浮いているスカイブロック。

 目には見えない外層幕で覆われた島の中は、常に気候が一定に保たれている。

 日がゆっくりと昇り始め、名も知らない桃色の花を咲かせる木が鮮やかに照らされていた。

 一年を通して、散っては咲き、散っては咲きを繰り替えす、そんな木を見ながら女は思う。

 あの木はなんて木かな、キレイな本当にキレイな木、汚れた私とは違う。

 彼女はファースト、歳の頃21歳くらいで、いつも悲しげな表情をしている。

 その騎士服からはみ出る胸は大きくもなく、小さいわけでもない。

「ファースト!お姉様~!ね、何見てたの?何見てたの?」

 そんな彼女と同じく、銀髪に金色の瞳の女が、はしゃいで入ってくる。

「……スィクスス、どうした……警備のあなたがこんなところで」
「もう!ファーストお姉様、わ・た・く・しの事は、クススって呼んでと言っているでしょ」

 ファーストは、「そうか、すまないクスス」と言ってクススの頭を撫でた。

 クススは、歳の頃16歳で、胸も平均より少し大きいくらいの少女。

 彼女がどうして自らをクススと呼ばせるのかと言うと、自身をスィクススと呼ばれるのが嫌いだということからだ。

「お姉様こそ、パパの傍にいなくてもいいの?」
「父上なら今サードと共にいる、私は……歩いていただけだ」

「サードお姉様のところですか……、パパも本当にサードお姉様が好きですね。ま、そのおかげで私はパパにベタベタされなくていいから助かってますけどね」

 クススはそう言って自分の胸を触りながら、「パパは胸を吸うのがお好きですので、巨乳のサードお姉様のことがお気に入りですもの」と言う。

 彼女が言う『パパ』とは、ファーストの言う『父上』と同じ人物で、サードと呼ばれた女を一番好んで部屋に招いているのだ。

「父上はサードの嫌がる姿を好んでおられるのだ。サードは初めて父上が肌に触れたときに、その腕を払ったらしいからな、それと、父上がサードの相手をするのは、その時の感情を後で姉妹全員にリンクするからだ」

 ファーストがそう言うと、クススは、「そうだった~」と頭を抱えた。

「リンクは月に一度、お互いの感情や体験を追体験することで、姉妹の異常を確認しあうために行う……、拒否もできませんですしね~」

 嫌そうな表情を浮かべて、「本当に嫌なんですけど!」と言ってクススは身を震えさせた。

「……異常を確認しあうリンクがその異常を広げているなんて思いもしないだろうな父上は」

 ファーストは父上と呼ぶ男の顔を思い出しながら、その無表情に確かな歪みを作った。

 その時に急に彼女がその左手に持っていた槍が、リィィイイインと何かに共鳴しだした。

 そして、それはクススの腰に留めた弓も同様の反応をする。

「お姉様、これは」

「ああ、エイトスのオハンによる共鳴だ。それもエイトスの身にが危険なときにだけ起こる対神宝具同士の共鳴」
「つまり、エイトスに何かあったということですね、こんなこと初めてです」

 彼女たちが、このスカイブロックでどのくらい過ごしているか定かではないが、おそらくは長年、数百年単位でこの島に侵入した存在はいないだろう。

 しかし、ファーストはこの異常に少しも慌てたりはしなかった。

「クスス、お前は天外へ向かいそこから侵入者を射抜け」
「ええお姉様、私のアポロン&アルテミスなら必ず射抜いて見せますわ」

 そう言ったクススは足早に廊下を進んで行った。


 ファーストは、ゆっくりと歩き出すとバルコニーへと繋がる外枠への扉の前に立つ。扉は自動で開いて、ファーストが通った後に勝手に閉まる。

 建物の外枠は、花壇や木々を観賞するためのスペースで、その一部にバルコニーとして突き出た場所に立つファーストは、そこから下の地に咲いた花を見つめて、「すまない」と呟くと槍を突き出した。

「何者かは知らないが、どうやってここまできた」

 槍の先は、まだ日が当たらなくて暗い影となっていたが、次第に日が差すとそこに人影が現れる。

 人影はフードで表情が見えず、その外見は黒一色、俯いた顔がファーストの方へと向くと白面がその瞳に映った。

「貴様は何者だ?エイトスとフォース、私のような銀髪の女が二人いたはずだ」

 それを聞いた白面はようやく声を発した。

「その二人なら向こうで寝ている、それよりここに連れて来た女がいるだろう?名前はナエリカだ」

 ファーストは、エイトスとフォースの無事を確認する方法がないために、二人の事は一度頭から除いた。

 ナエリカ……、たしかあの女が吠えていた名前だったか。

「知らないな、そんな女は」

 ファーストはそう言うと、左手をゆっくりと上げる。

 その瞬間に何かが白面の男へ音も無く向かっていく。

 白面の男は体を半歩ずらして何かを避け、目に見えない何かは、白面の男の立っていた場所の地面を抉り花を散らした。

「見えない……矢か?」

 白面の男が上を見上げると、そこにはフワフワと浮かんだ何かにクススが乗っていて、上身が銀、下身が金の弓を持って見下ろしていた。

「エイトスとフォースが向こうで寝ているというのは本当らしい。クススの見えない矢を避けるとは中々やるな」

 槍先を白面の男に定めたファーストは、「ゲイボルグ」と呟くと、その槍先が赤々と光って光速で数十本の光りの矢を放った。

 赤光りする矢は普通の人間だったなら射貫かれていただろう、が、しかし、白面の男は右手に持った細い剣でそれらを弾いた。

 続けざまにクススが弓を射て、それらはまたしても姿の見えない矢で、白面の男がどうやってかそれの場所を察知して全てをかわした。

 地に咲く花が舞い散り、木の幹に穴が開き、見えない矢を弾く音が響き渡る。

 細い剣を振った白面の男の左から、大鎌を持った女が現れると、その鎌ごと突撃して、その反対側からも漆黒の剣を持った女が突撃する。

「……リミテッドソードメイド」

 白面の男がそう呟くと、自身の左右の地面を突き破って同じような剣が生えてくる。

 大鎌と漆黒の剣をそれで同時に弾いた白面の男は、両手からそれを手放すと一瞬で漆黒の剣を持つ女の背後に回り、大鎌の女の方に蹴り飛ばした。

「く!」
「速い!」

 あまりの速度に、二人は一旦距離をとるために飛び退いた。

「大丈夫かしら!フィフス!ファースト、こいつはなに?まるで……化け物ね」
「セカンド姉様、申し訳ない、受け止めてもらって――」

「バカね、謝っている場合じゃなわフィフス。それよりも、ダーインスレイブを抜いてしまったなら、早めに一人殺さないと、また暴れてしまうわよ」

 【ダーインスレイブ】、その剣は抜いたら最後、誰かを殺すまでは鞘に収まらない。

 時間が経つたびにその形状を変化させて、刃が自身や周りを勝手に襲いだす。前回この剣を抜いたフィフス自身も、その体に傷を負った。

 セカンドは、歳の頃22歳くらいで、その胸は大きく、騎士服から殆ど下の部分がはみ出している。対照的にフィフスは、16歳ほどで胸は平均よりも少し小さい。

 あの白面を斬るのは、フィフスに任せたい……だが、やはり難しいか。

 ファーストは、そう思いながらフィフスとセカンドに言う。

「セカンド、お前は足止めフィフスが止めを、相手は高速で動く!私とクススで追い込む!」

 ファーストは、またも槍先を白面に向けると赤い矢を放つが、その威力が徐々に低くなっている事は明らかだった。

「もう二人分ぐらいしか残っていない、早めに始末しなければ」

 【ゲイボルグ】その槍が放つ光の矢は、吸った血の量で威力が上がり、使用するたびに再び血を吸わせなければ撃てなくなってしまう。

 何より、早く始末しないとアレが来る。

 そう思うファーストは、明らかに戦闘を終わらそうと焦っていた。

 白面の男は、ファーストの変化のない表情から何も窺えなかったが、それゆえに彼女の腕の筋肉が強張ったのに気がついた。

「その槍はもうすぐ遠距離攻撃ができなくなる、あの剣は時間経過とともに剣が暴走するタイプ、あの弓は光りの屈折で姿を隠している、あの鎌は影に仕掛けがある――だろ?」

 白面の男が何者か分からないが、対神宝具についてそれなりの知識があるようだ……、あの男に興味を持たれるかもしれない。

 ファーストは、思わず顔に笑みを浮かべてしまう。

「厄介だな――」

 そして、彼女は考えずにはいられない。

 この白面は私たちにとって悪い方に向くかもしれない。あの男がサードのクラウ・ソラスの共鳴に感づいているかもしれない。

 かもしれない、かもしれない、かもしれない、可能性というやつは本当に邪魔だ。

「白面――名を聞こうか?」
「……ワールドだ、で、ナエリカのことは話してくれるんだろうな」

 この男もあの男も、男というやつは女に執拗に拘るのだな。

「ファースト!会話はもういいわ!早く殺すのよ!」
「セカンド……ああ分かっている、ゲイボルグ――」

 放たれた赤い閃光は、ワールドには一切当たらない。

 ダーインスレイブは、その刃を徐々に変形させ、デスサイズが範囲の広い攻撃を出すと、アポロン&アルテミスの矢が今までとは違う軌道で襲う。

 一斉にその攻撃がワールドに迫るが、一瞬のうちにその姿がファーストの目の前に移動すると、いつの間にかバルコニーの一部から剣製していた細い剣を握る。

 速い、何てものじゃない、私の視認速度が追いつかない!

 ファーストが斬られると思った瞬間。

 目の前の細い剣が何かに阻まれる。彼女が目にしたのは、いつもカプセルに保管されていた黄金に輝く。

「エ、エクスカリバーカリバーン」

 視線をそれの手元に向けると、長い銀髪を靡かせて、瞳は左が緑色で右が金色の女が立っていた。

「侵入者……主の命で私が相手します、ファースト姉様はお下がりください」
「お前は……セヴンスか?まだ投与して間もないはずだ」

 セヴンス、今までも三度実験体をあのエクスカリバーの所有者とするために作ってきた。

 三体が三体とも今や廃人になって、メディカルルームで寝ている。そのうち一体はダーインスレイブを収めるために使った。

「成功したのか、セヴンス」


 私は、セヴンス、私の愛剣はエクスカリバーカリバーン、私の姉妹たちは全部で12人。

 私の使命は主を護る事、そして神を斬る事、スカイブロックのコアを守護する神核者たちを倒すための剣。

「私の主、主は――」

 目が覚めるとそこは明るかった。

 その入れ物が睡眠用カプセルだと分かる。中から開けるスイッチも、カプセルを起こすスイッチも分かる。

 不思議だ、知らない物の名前、使い方が、頭にそれがなんなのか分かるように知識が溢れてくる。

「ああ、愛剣よそこにいたか――」

 カプセルに保管されている愛剣を取り出すためにカプセルを開けると、中から白い煙が出るが、それは内部の温度を低くしているため。

 愛剣のナノマシンは低温下でなければ、勝手に近寄る者を攻撃してしまう。その能力は【オートバトルシステム】という、剣の主たる私が意識不明であった場合は、危険と判断したものに対し鞘から勝手に抜け戦い始める。

 つまり私が寝ている時に誰か近づけば、それを敵と認識してナノマシンが自律して迎撃を行う。

 愛剣の鞘を腰に吊るしたセヴンスは、何の変哲もない壁に張られたパネルに手を触れると、プシューと音を立てて横に開いた。そこには、何着も騎士服が置いてある。

「私の――服だな」

 私は知らないことを次々と知ることは、不思議な感覚だが、主を思うと。

 そう考えながら、彼女は旨に主を思い浮かべようとするが、それは靄のかかったようにしっかりとは見えない。

「あ、るじ――私の主は、どこだ」

 そうしてセヴンスは頭を押さえた。

 その時、腰のエクスカリバーカリバーンが共鳴しだす。

 これはオハンの共鳴、敵襲か、ならば主もそこにいるかもしれない。

 そう考えた彼女は、目覚めたばかりのその足で、その部屋を後にした。

 何でも知っているのに、まだ顔も知らぬ、主を求めて。


 目の前に立っている銀髪の女は、カイネルのよく知る人物だった。

 ナエリカさんのようだけど、髪の色に瞳も片方変色している。それよりもステータスに靄がかかっている――異常だ。

 カイネルの目には、彼女のステータスが何重にも重なったように見えて、とてもじゃないがレベルや耐久値などが窺えたものじゃなかった。

 ワールドの白面の内のカイネルは、ナエリカが何かの催眠か暗示にかかっていると想定し、彼女が自身を取り戻す可能性は少ないことも理解しつつも、後は一縷の望みに託すしかなかった。

「ナエリカ・ハルファー、バルファーデン第3王女、18歳で士官学校を主席卒業、19で軍属21で少将23で中将、昇格したあと北東の国との国境警備司令官を就任、26歳にして将軍に西軍司令官に任命された。それがキミの――」

 言い終わる前に、ナエリカはカタナを押し返し、ファーストを抱えて後方に下がった。

「何をぶつぶつと――」

「キミはナエリカ・ハルファーなんだ!」
「私の名前はセヴンスだ、主は」

 ナエリカは自らをセヴンスと呼んだあとに、「主」という言葉を言って頭を押さえた。

「私の主、主……主はどこに」

 彼女が自身の主としたかったのは、ワールドではなく、カイネル・レイナルドとしてのボクだ。

 カイネルは、希望に縋る想いでワールドの白面を取ろうとするが、ファーストの光の矢がそれを邪魔する。

 後ろにさがったワールドに、さらにフィフスとセカンドが襲い掛かる。

「はあぁあああ!」
「相手は強いわ!一斉に!」

 ワールドはカタナを放し、瞬間でその場から移動すると、再び花を散らせながら地に降り立った。

「いただきました」

 それはワールドの後ろから聞こえてきた。

 振り返るとそこには剣を持った女がいて、再び超加速で別の場所へ移動すると、そこにも少女が剣を構えていた。

「パターンは理解しました」

 少女が剣を振った瞬間には、ワールドはその少女の背後へ移動し、片腕を押さえて首に腕を回し捕らる。

「テンスお姉様!」
「もう!トウェルフス!アロンダイトを使いなさい!」

 セカンドの言葉に、トウェルフスはテンスを押さえるワールドに剣を投げつけた。

 剣はただ飛ぶだけではなく、勝手にワールドの腕に向かってその刃を斬りつけ、さらに白面めがけてその剣先を向けた。

「自動攻撃ってやつか――」

 タワーの百層の古代文字に、対神宝具の機能にそんなやつがあるって書いてあった。

 たしか、オートなんとかって。

 ワールドは、不意に背中に悪寒を感じてテンスの剣を手から落とした後に、そのまま連れて音速でその場から移動すると、テンスは勢いでそのまま意識を失ってしまう。

 そして、元いた場所を見るとそれがそこにいた。

「モンスター……じゃない、ヴァハムートと同じタイプのやつなのか」

 ユラユラと黒い物体がモンスターの形をして、その後ろの影からテンスよりももっと小さい少女が現れる。

「し、侵入者ですの、パパ、サードお姉様、どうしましょう、どうしましょう」

 その手に短剣を持った少女は、オドオド、オドオド、とその後ろにいた影に言う。

 ワールドは、テンスを抱えたまま、左足に痛みを感じながらも、その影を注視した。

「おやおやおや、これはこれは、お客とは本当にいつ振りか、いや、初めてかな私の城に客などと、ナインス、ヴァーサゴの後ろに隠れていなさい」

 男を見たワールドは、年のころ60以上の贅肉まみれの肥えた老人と認識した。そして、その男の隣で嫌々胸を触られている女は30代近い、もしくは30以上で、他の女の服装が騎士服のような装いなのに対し、一人だけまるで娼婦のような格好をしている。

「いつまで胸揉んでやがる!この、エロじじい!ぶっ殺すぞ!」

 その女の手に持たれた武器は轟々と燃え盛り、自分の隣に立つ男に振り上げて、振り下ろそうとするが腕をプルプルと震わせながら唇を噛む。

「くそ!」
「ふ、サード~、何度も言っているだろう、私には対神宝具は振るえないと」

 そう言いながら男は、サードのその豊満な胸を力強く揉み続けた。

「つぅ!イテーってんだエロじじい!」

 サードの怒鳴り声に合わせて、その剣がさらに炎を猛らせる。

 そしてワールドは、その剣が持ち主の怒りに反応して威力を増す武器だと推測して、さらに、その前のモンスター形の黒い物体が、この中で一番危険であると理解していた。

 アレは危険だ、個々の戦闘力はたいした事ないけど、危険なのはナエリカとあの黒いの……アレにはヴァハムートをぶつけるしかない。が、今はナエリカを取り返すのが最優先、けど。

「父上、こんなところまで来ずとも我々だけで――」

 それはファーストの言葉だったが、男は彼女が言い終わる前に言う。

「セヴンスが稼動したようだったのでね、私が彼女のカプセルに向かった時には、すでにエクスカリバーカリバーンを手にしていたのだ」

 ファーストは、セヴンスと呼ばれたナエリカを見て、頭を押さえて、「主、主――」と言っている様子を確かめると言う。

「セヴンスはまだ不安定です、今戦わせて廃人になってしまいます」

 私の計画が狂う。

 そうファーストは思ったが、男はその思惑に乗らなかった。

「いいやファースト、意識的な不安要素はあるが、こんないい機会はない、セヴンスの試験にこれほどの相手はいな~い」
「相手?セヴンスの試験ならまた地上の国を相手にすればいいではありませんか」

 男は指を立てそれを振ると、不敵な笑みを浮かべて言った。

「いいやファースト、この者は神核、ヤマタノオロチ級に匹敵する力を持っている。EXスキルを二つ所持した地上人など現状そやつしかおらん」

 ワールドは、手の内が全て知られていることを理解して、そして、現状ナエリカを殺さずに連れ帰える方法を思いつかなかった。

 ゆえに、ワールドは叫んだ。

「ヴァハムート!」

 その瞬間、建物の上空から巨大な物体が舞い降りて来て、テンスを抱えたワールドを4本の腕で抱えるとすぐさま天へと飛び立った。

「見ろ!アレが神核の最上級!ヤマタノオロチに匹敵する力だ!」

 男の声に、セヴンスを含むファーストたちはそれを見上げた。

「あ、あれが、最上級の神核と同等の力、うう、恐いです、お漏らししちゃいます」
「半端ではない圧力よ!あれは――」
「まるで化け物ですわね」

 ナインスはオドオドとそう言い、セカンドは目を見開いて、トウェルフスはまるで他人事のようにそう言った。

 天外でヴァハムートを追うクススだったが、外層幕を通過してしまったそれを追いかけることはできずに諦めてしまう。

「テンテン――」

 ファーストは、テンスが連れ去られてしまった事に気がついて、すぐにゲイボルグを構えていたがついに投げることはしなかった。

「いやはや、アレだけの力を持ちながら逃げの一手とは、一体何が目的だったのやら」
「父上、あの者はセヴンスの個体に関係のある者かと」

 男は、サードの胸を揉みながら天を見上げて、「主、主」と繰り返すセヴンスの方を見る。

「サード、セヴンスのところへ」
「ちっ!」

 舌打ちとともにサードは、男を連れてセヴンスのところへと跳び寄った。そして、男は騎士服の上からセヴンスの胸を触ろうとする。が、セヴンスはその手を制止した。

「私に触れるな!下郎が!この身は主のものだ――」
「何を言っている、お前の主は私だよセヴンス」

 男は余裕の笑みでそう言うが、セヴンスは男の言葉を尚否定した。

「私の主は――、主は――、主はカイ……」

 セヴンスは、そのまま糸が切れた人形のように倒れると気を失ってしまった。

 男は倒れたセヴンスの胸を揉むと、ニィと笑みを浮かべてファーストに言った。

「ファースト、セヴンスをカプセルに戻しておけ、テンスは……また別のを用意しよう、フラガラッハは幸いここにあるしな」
「……はい父上」

 ファーストは、男が再びサードに抱きつくその背後を無意識に睨み付けていた。

 そんなファーストの肩を叩いたのは、同じように男の背を見るセカンドで。

「落ち着きなさい、テンスは大丈夫よ、それよりもフォースとエイトスも連れて行かれたようなの」
「それは本当か?」

「ええ、あの白面は元々こちらの数人を人質にして、セヴンスと交換するつもりだったんでしょうね。本当に強いわ、地上の人間にしては――」

 セカンドの言葉に、ファーストはようやく落ち着き、冷静さを取り戻すとセカンドに強く抱きついた。

「あの男があの白面に殺されてしまえばいいのに――」

 ファーストの言葉にセカンドは頭を撫でながら、「そうね」と答えて強く抱きしめ返した。

「本当に計画というやつは、うまくいかないものだ――」

 ファーストはそう言うと、より一層セカンドを強く抱きしめた。

 ヴァハムートで外層幕から脱出したワールドは、テンスを抱えて一度地上に降りていた。

 地上では先にヴァハムートに頼んで降ろしておいた二人、フォースとエイトスと名乗った女を縛り上げて待っていたホチアが、目覚めたエイトスと睨み合っていた。

「貴様に答えることはなにもない!」
「は~ウチに逆らおうっての?……コロロやっておしまい!」

 ホチアがそう言うと、胸元からススッと出てきた毛玉が縛られたエイトスの首筋から服の中へと入り這い回りだした。

「ひ!ひぃいいい~!」

 無抵抗で何もできないエイトスを好き勝手に悪戯できるホチアは、不安などを紛らわすためにひたすらそうしていた。

「シュシュ、この女の足をペロペロしちゃって!」

 ホチアがそう言うと、彼女の二番目のテイムモンスター、獣系のシュグルーのシュシュは言われるままに、靴を脱がされて露出した細い足の裏をペロペロと舐めだした。

「ふ!ング!……いぁ、……あんっ――」

 エイトスは、はぁはぁと息を切らして、ピクピクしながら白目を向いてしまう。

「あ、やり過ぎたみたい……、ヨダレたらして気絶しちゃった」

 丁度その時、上空から降りてきたもので風圧が発生し、ホチアはしりもちをついてしまう。

「いた~、ヴァハムート!?」

 地面に着地したヴァハムートは、手に乗ったワールドが降りやすいように片膝を突いて地面に手を下ろした。降りてきたワールドが、またも銀髪の少女を連れているのを見たホチアは、ムッとした表情を浮かべて歩み寄る。

「……たく、まったく……またしても、ワールドは女を片手に戻ってきましたとさ」
「嫌味かい?悪いけど今は構ってられない」

「何かあったの?」
「ナエリカさんが……、その……ごめん、うまく説明できない」

 ワールドは白面を取りカイネルに戻る。

「主よ、我はこれで消えるがよいか?」
「ああ、対価は?手かな……」

 カイネルは左手を前に出すが、ヴァハムートは左手をジッと見ると言った。

「何を言う主よ、対価などいらん、我は舞い上がって下りてを繰り返しただけだ、そのような細事に対価など求めんよ」
「な、飛んだりするだけでは対価はいらないのか?……それは現状で一番いい話だね」

 霊酒の小瓶を手にしたホチアはホッとしていた。

 ヴァハムートが姿を消した後、カイネルはテンスをフォースの横に寝かせてフォースの剣を手に取る。

「対神宝具、グラムって言ってたっけ」

 鞘から引き抜いたそれは、いたって普通の剣に見えカイネルは首を傾げた。

「これが精神を汚染する、なんてことはないのか……ならどうやって彼女は操られている……、くそ!情報が!知識が!……また足りない」

 カイネルは剣を鞘に収めると、フォースの隣に置く。そして、エイトスの服に触ると不意にそれを脱がせ始める。

「ちょ、カイネル!服を脱がしちゃダメ!」

 止めようとするホチアだが、カイネルは一切耳を貸さない。

 普通の女の子だよな、ファーストやセカンド、それにこの子はエイトスと名乗っていた。この子達は古代語の番号で名前が付けられていて、あの『パパ』という言葉がどういう意味か分からないけど、ファーストは『父上』と呼んでいたことからしても黒幕はアレだ。

 体には異常は見当たらないけど、髪の色や目の色は変化していると見ていい、ステータスが見えないのが面倒だけど、筋力は普通の女の子と同じだ。

「ところで、ホチアこの子発情しているようだから、体拭いてあげて」

 そう言われたホチアは、「何で平気な顔で女の裸見れるかな!」と怒りを露にしながらカイネルの言うとおりにエイトスの体を拭き始めた。

「女ばかりなのも引っかかるが、髪の毛の変色や目の色の変色からしても体内に何か投与されたと考えるのが一番納得がいく」

 カイネルが独り言を言っていると、不意にその言葉に、言葉を返してくる者がいた。

「投与、そのとおり、その思考に回答、する」

 その声は、テンスの隣で横になっていたフォースだった。フォースは短い銀髪で年のころは19のそれなりに胸のある女だが、その声は幼さも窺えてカイネルは少しの違和感を覚えた。

 それにその喋り方も。

「ぼくは投与されています、それは父がサンプル、呼ぶものです、ファースト、ナノマシン、呼んでいました」
「ナノマシンか……」

 どうして急に、と思考しているカイネルにフォースは続けて語った。

「ぼく、ぼくになる前、人間でした、名前、家、家族、いました、でも記憶、ありません、ナノマシン、人間を変化、過程で、記憶、削除、してる、です」

「なるほど、脳に影響を与えるから髪や目が変色した、記憶を削除する過程でなにかしらの新しい記憶を植えつけている……」
「イエス、あなた、頭いい、それに強い、……あなたに、願い、あります」

「願い?それが急にボクに情報を話す気になった原因かい?」
「イエス、願い、ぼくたち、願い、救援」

 救援と言ったフォースにカイネルは掴みかかる。

「救援?助けてくれと?お前たちは何万人も殺しておいてボクに助けを求めるのか!お前たちが助けを求めて突き出した手、お前たちはその手で何万人も殺しておいて、それでもその手をボクに差し出すのか!」

 感情を抑えきれないカイネルは、その後も言い続ける。

「助けてほしいなら……どうして、なぜ!ナエリカを連れ去った!」
「……命令、不可避です、父、命令、抗う、できない。ぼくたち、人形、殺し、殺ししない、セカンド、トウェルフスは、分かりません」

 強制されたから殺した。その言葉にカイネルはフォースから手を放す。

「……ボクが――キミを助けると思ったのはどうしてだい?」
「……その質問、答え、ぼく、知らない、理解できない、ですが、あなたなら、助けて、くれます」

 冷静さを取り戻したカイネルは、フォースを抱き寄せて耳元で言う。

「ボクは一方的な奉仕をしているほど暇じゃない、……だからキミにもナエリカを助け出す手助けをしてもらう。もしも裏切れば」

 裏切ればボクはキミに酷い事をするだろう、その言葉はカイネルの旨で、ゆっくりと、静かに響き渡った。
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