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22話 始まりの場所で救いを。

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「新野さん、市宮さん」

「!え!?なに!」
「この声……もしかして!委員長!」

 王都に帰還した勇者パーティーは、それぞれ王宮内の客間で日々を過ごしていた。

 新野心優も市宮美衣香も同じ部屋で休憩しているところへ柚夏奈は声をかけた。

「そうだよ、ほら、私だよ……って言っても、結構変わっちゃって分からないかな?」

 二人に振れ、認識をさせることで一時的に彼女らに見えるようになった柚夏奈を見て、二人はもちろん驚きの反応をしてしまう。

「うそ、委員長なの?なんか、雰囲気……ううん、可愛くなったよね」

 と顔を見てそう言うのは市宮で。

「変わってる……大きくなってる……前でも十分大きかったのに」

 と胸を見ながらそう反応する新野は、どこか不満そうに見えた。

 戸惑う二人に事情を説明しようと、扉の外に耳を澄ませて外に人がいないだろうと思い込んで話を始めた。もちろん、その時丁度彼女たちの部屋の前の警備の兵士が休憩を終えて立っていたとしても柚夏奈さんは気が付かない。

「実はね……」

 そうして柚夏奈は二人にこれまでのことを早足で語ると、二人とも足を組み変えたり立ったりして事実を受け入れようとしていた。

「えっと……羽生くん?だっけ?彼の能力で色々あって委員長……新垣ちゃんもそうなったってことでいいのかな」
「うん、その解釈で間違いないよ、全部太一くんのおかげだよ」

「……太一くんね……羽生くんって太一って名前だったんだ」

 市宮が自身の記憶に殆どない俺の顔を必死に思い出そうとしている横から、新野は柚夏奈の手を握って真剣な表情で言う。

「私も羽生くんに胸大きくしてもらえるかな!」
「む、胸!?ど、どうだろう……太一くんに聞いてみないと分からないよ」

「なら、今すぐ彼に会わせて!私も胸を大きくしてもらいたいの!」

 新野心優、学年一位の美女と言われ、身長160年齢16歳でバスケ部所属している。そんな彼女のコンプレックスは胸の大きさだった。

 本人はBはあるとしているが、実際にはギリギリAであり、親友である市宮の胸の大きさに日々嫉妬していたのだ。

「え……でも、太一くんは大きなお胸の子が好きだから……嫌だな……」
「なんで!いいじゃん、減るものでもないんでしょ!私の胸が大きくて困ることなんてないでしょう!」

 おお神よ、なぜ彼女ら女性に胸の格差など作る必要があったのだろうか……成長すれば一律大きくなってもよかったのではないだろうか!

 俺の自論はさておき、柚夏奈と二人がそうして会っている頃、俺も新光一と御崎刀夜を見つけていたのだが、どうやら勇者らしき男と外へと移動中で隠れて後ろを追いかけていた。

「いったい何をしているんだ……御崎も新も制服だし……まさかと思うけど先に帰る気なのか?」

 相手が勇者だと考えて距離をとっているから話が聞こえ辛い……こうなったらアビリティを付与して。

「……だな」
「……だ、おま……こ……でな」

 卑猥な単語に聞こえた……まるで御崎がNGワード言わされているように聞こえるな。

「勇者……心優のことよろしく頼む……」
「言われなくとも、特別に扱うつもりだ」

 御崎の言葉に勇者が答える。

 勇者の名前って……そういえばなんだっけ。

「美衣香ちゃんのことも……」
「コウイチ、お前に彼女を心配する権利はない、早々に彼女を諦めたお前にはな」

「……そんなこと……分かってるさ」

 は、話が聞こえても少しも流れが理解できない。

 まるでバトルロワイアルで草むらで伏せて移動するキャラみたく、彼らに見つからないように近づいて行く俺は運よくそれを見ることができた。

「これは帰還のスタッフ、勇者だけが使えるお前たち異世界人を元の世界へと送り返すことができる唯一のアイテムだ」

 視覚強化をしてようやく見えたその杖は……むしろ木の枝としか思えない造形で、たしかに勇者専用の文字が見て取れた。

「起源の木の枝?使えるのは勇者だけのようだけど、帰還できるのは使用した側ではなく使用された側が想い募らせる場所へと移動する杖のようだな……」

 俺の視界に映る説明に妙な文言があって少しだけ沈黙してしまう。

 『デストラクタン、トランス、テオロラリ、フォンシオンに含まれる者はこの世界からの移動はできない』

 おそらくはトランスという言葉は俺の知っている言葉の意味と違うはずだし、俺が引っかかったのはフォンシオンの方だった。

 フォンシオン、こちらの本で読んだことがある……理を捻じ曲げると言われるグラムワーク。グラムワークとはルールに囚われないが世界に囚われた者という意味らしいが、それの文言にフォンシオンと綴られている部分があった……意味は分からないけど。

「フォンシオン……」

「じゃ、お前ら帰りたい場所を思い浮かべろよ」

 そう勇者が言うと、俺も意識をそっちへ向ける。

 杖を二人の前で地に付けるとそのまま魔法陣のようなものが展開する。

 勇者が何かを言っている様子はない、つまり使用者にとってその杖はノーリスクで使えるのかもしれない。

 そして、杖自体がレリック……特別であると察することができる。

 見ている間に御崎刀夜と新光一は、俺たちが始めにこの世界にいた場所からたぶん元の世界へと帰って行った。

「そうして彼ら二人は異世界の能力を有したまま、元の世界で活躍する物語が始まったり始まらなかったりするのだ」

 なんて言いながら、残った勇者を見ていた俺は、奴がこの後市宮と新野を帰すはずだと思い違いをして奴の後を追いかけ続けることにした。

 さすがは勇者、身に着けている装備はそれぞれ勇者専用でアビリティも他では見たこと無い六枠あった。六枠あれば柚夏奈の服についているアビリティを更に長持ちさせて、ペノーやシロ……パーフたちの服に付けたアビリティももっと……。

 三人は今頃泣いているのだろうか、そんなことを考えながら少し悲しい気持ちのまま俺は事前工作をしておくことにした。

 まず、日々の努力……いや実際には日課だけど、それで新たにできるようになった【ロック解除】だ。

 これによって、ロックされていたアビリティの削除や付与ができるようになる。アイテムのステータス画面さえ見れれば外せるため、勇者の装備ももろもろ外しておくとあとで色々使えるかもだし。

 そして、反転ボタンの付与と削除ボタンの付与だ。

 反転ボタンは装備アイテムのステータスが全てマイナスへ変わり、削除ボタンはあらゆるアビリティと名前、デフォルトの能力値を削除することができるボタンのことだ。

 押すのは意識で押せるため、俺が望みさえすれば勇者は己のステータスでしか戦うことができない存在に貶めることができる。

「……神とかそんな奴らがもしアイテムに頼っていたとしたら……」

 俺ってサイツヨなのでは!と思わなくはない。

 ま、一番強いのはそんな俺を惚れさせた柚夏奈さん以外いないんですけどね~。

 俺が二ヘラと笑っていると、勇者が足を止めていて何かを呟いている様子だった。

 視線を彼の見ている方へと向けると、そこには階段を駆け上がる制服姿の美女二人の姿があった。

「あれは市宮さんと新野さんか……って柚夏奈も一緒に、やっぱ御崎と新の二人の帰還を知らなかったわけだな」

 俺はそう思いつつ、隠れた岩を見て数か月前に自身がバグを探すつもりで飛び跳ねていた場所だと気が付く。

 懐かしいな、そう思っていると事態は急変していた。

「勇者!二人はどこ!」

 市宮の言葉に勇者は答えた。

「帰した、もちろん二人一緒にだ」
「なんでそんな勝手なこと!」

「彼らの自由意思を尊重したまでのことだ、あとはキミたちと一緒にこちらへ来たおまけを送り帰すだけだ……がどうやら全員がいなくなってしまったらしいな、もう一人いたという美女もいなくなってしまったとか」
「私ならここにいるわ!」

 まさかの柚夏奈さん登場!って指輪外しちゃったのか。

 姿を現した柚夏奈はとてもお怒りの様子で。

「勇者!あなたが二人にしたことは許されないことだわ!」

 柚夏奈の言葉に勇者は即答しない、なぜなら彼は目の前に現れた彼女に見惚れてしまっていたからだ。

「……なんだキミは……まさか女神か?こんなにも美しい女性が俺のために召喚されていたとは!」
「勇者!あなたの傲慢には私も怒っているわ!集落を襲うオークよりも外道だわ!」

「名前を聞いてもよろしいかな、麗しの姫」
「聞いているの!言っておきますけどね!私には心強いパートナーがいるんですからね!」

「是非ともキミの名前を聞かせてほしいな」
「名前?柚夏奈よ!新垣柚夏奈!」

「ユカナ……おお、なんと心地の良い響きだ!キミは俺様のものになるためにここへ召喚されてきたのだ!間違いない!」

 そう勇者と柚夏奈のかみ合わない会話に市宮さんも新野さんも怯えているように俺には見えた。

「委員長……勇者に逆らっても」
「そうよ、彼は……強いわ」

 そう言われて引き下がる柚夏奈さんではない、むしろその腰に帯びた剣を抜いてしまうほどに怒っていらっしゃるのだ。

「戦いなさい勇者!私が勝ったら二人に謝りなさい!」
「おお、ユカナ、キミはミユとミイカとは違う扱いをしようじゃないか!この国の姫よりも好待遇で生涯をともに暮らそう!」

 まるで聞く耳もたない、柚夏奈さんはのれんに腕押しだと思っているんだろうな。

 俺が彼女が剣を抜いて動かなかった理由は、その剣には勇者特効やら聖騎士特効やら全裸効果やらを付与していたからだ。

 安心して、勇者に勝てると思っていた。でも、実際にはそうはならなかった。

 柚夏奈が剣を振り降ろすと、勇者がその腕を片手で受けて剣を払いのけ、彼女をガッシリと抱き寄せた。

「使えない剣を振るう姿もいい!」
「この!放して!放しなさい!」

 柚夏奈は剣に関して素人でその剣の効果も振られなければ発動すらしない。

「ああ、良い匂いがする……堪らなく興奮してきたよ!」
「……いや!やめて!太一くん!太一くん!」

 もちろん、勇者が柚夏奈の剣を払った瞬間に俺は走り出していた。

 懸念があるとすれば、勇者が柚夏奈に触れているのに彼女の法衣がアビリティを発動させていないことだ。

 彼女を拘束する行為にも反発が発動するはずなのに、アビリティが切れるまでの時間もあったはず。

「タイチとは誰の事だい、そいつが助けにきても俺様が屈服させるだけだよ!惨めな思いをして元いた世界へ一人で帰るのさ!」
「太一くん!……太一!」

 そうして俺は全力で勇者の首根っこを掴んで持ち上げた。

「いい加減に放せよ勇者」
「ぐっ……(なんだこいつは、急に後ろに現れた!)」

 その表情は見えないけど、柚夏奈の俺を見つけて嬉しいという表情を見えたことが俺にとってはそれだけでよかった。

 そして、沸々と込み上げる怒りに後先考えずに勇者の全ての装備の反転ボタンを操作した。

「放せ勇者……でないとこのまま縊り殺すぞ」
「ぐっ(なぜだ!俺様の鎧にはあらゆる攻撃に対する耐性と免疫、それに圧倒的なまでの身体強化が付与されているんだぞ!攻撃事態が無意味なほどの装備なんだぞ!)」

 勇者の勘違いは、まずこれが攻撃だと錯覚している部分にあった。

 これは荷物を持つときの様にして彼をただ物として掴んでいるだけ、このまま縊り殺すのは攻撃ではなく“ただしっかりと物を持つ”という感覚で握り潰すんだ。

 アビリティによって付与される力は攻撃や身体強化ではなく、“強い力で掴む”という事象が発揮される。

「ぐっ(やむを得ん、ここは相手の隙を伺うとしよう)」

 そうして勇者は柚夏奈を解放した。

 市宮さんも新野さんも勇者を掴んでいる俺を見ているけど、俺は柚夏奈と彼女に妙な気を起こした勇者しか目に入らない。

「オーケ、勇者が放したんだから俺も放そう」
「おほ!ごっほっほ!く!貴様!何者だ!ただの人間ではないだろ!」

「見た通りのただの柚夏奈の伴侶だけど?」

 ここは相手が勇者だったから恋人なんてぬるい関係じゃないってところをアピってみた。

「伴侶だと!ふざけるなよ!彼女は俺様の妻になる存在なんだぞ!そのためにこの世界に召喚されたんだぞ!」
「……いやいや、そんな独占欲向けられてもね、事実そうだからそうだと言っているだけなんだよな~」

 こうしている間にも勇者が身に着ける装備は見た目に反した物に変わっている。

 ステータスにマイナスを付与するアビリティを6スロット分埋め尽くすと、勇者はその称号に当てはまらない中身になっていった。

「勇者として俺が!お前を!」

「許さない、俺は柚夏奈を勝手に自分のものにしようとしたお前が許せないんじゃない……対策は万全だと思い込んでいた俺自身が許せないんだ」

「この剣で引き裂いてやる!」
「今!俺が!話してる最中だろ!」

 俺は振りかぶった拳を棒立ちのカカシに打ち付ける様に突き出した。

 そんな攻撃届くはずがない、そう市宮が思うのは彼女自身クラス拳闘士を極めた時に勇者に殴りかかったことがあったが、簡単にあしらわれてしまったからだ。

 だけど、俺が素人に毛が生えた程度のフォームと農民相当の力で振り抜いた拳は、日々の鍛錬と運動とイメージが重なり、指輪に付与したアビリティ【右手が少し音速を超える】の効果で勇者の目に見えない程の速さで顔面中央に埋まった。

 刹那の時間だけ拳が勇者の顔に埋まったが、その勢いのまま彼の体は流線形のまま弘を描いて。

「ホームラン……ってそんなに飛んじゃうのかよ」

 予想外に坂の上側から殴り飛ばしたせいで距離が稼げてしまった。

「死んだらどうしよう……勇者を殺しましたから死刑ってのは嫌だぜ俺……」

 圧倒的だった勇者がアイテム鑑定士に殴り飛ばされた事実に、ただただ市宮美衣香と新野心優は困惑と興奮を抑えきれなかった。
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