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第三部

116.

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 小野は何かの操作をし終えると。首の端末を触り視界から消した。

 そして凛に、とある仮定の話をし始める。

「これはあくまで推測ですが、コードで斬られた者は、無事に帰還しうるのだと思います」
「誰でもですか?」

「ええ、キミも知っていると思いますが、BCOに囚われたプレイヤーがHMCに付けた外部パーツは高度なブラックボックスだった」

 凛や帰還した者たちのHMCに外付けされたそれを解析した専門家が公表したのは、それが現状では完全に解析できない代物だということだった。

 そう、解析されたのはカイトたちが帰還した後。それまでにBCO内で死亡した者たちがどうなったのかと言うと、ジョーカーの宣言通り頭を半壊させて死亡していた。

 全員がそうなったわけではない、一部のプレイヤーはとある条件下でのみ脳内を高周波で破壊されてしまっていた。外部パーツの内部は高度な構造をしていて、テロリストが自爆に使う部品に似たものが内臓されていた、爆発の原因の一部はこれだ。

 機械部分は日本やアメリカの最新のものよりも一世代は先にあるもの。爆発の原因にしても、純正のものより性能で優れたものだった。

「解体過程で爆発したのは200個ほど、今も解体作業は続いている、そして、解体したものを解析するのにも手間取っている」
「ネットニュースで見ました、専門家の人が絶対にありえない構造物だと言っていました」

「ああ、何せ、米日の科学技術で解析できないものなど考えられない、そんなものオーパーツとしか言いようがない、しかし、存在するということはコレを作った者がいるということだ」

 構造物である以上は作り手がいるのは必然、だが、どうやっても作られることはないしろものを、もし作られるとしたなら、その者は未来を生きているということになる。

 しかも、その構造物が今現在の物よりも性能が高いということになると、専門家も絶対にありえないと口にするだろう。

「この謎の多い外部パーツは、プレイヤーの死亡時に爆発する仕組みになっている、しかし、どこかしらと繋がっているようで、コードの個人特定のシステムによってハックしようとすると、それをさせないために強制的にネットワークを切ってしまうようだ」

「それって、ハッキングされないように向こうからネットワークを切断しているってことですか?」
「そうだ、だから、神谷くんがコードを使い斬った者たちは爆発することなく帰還できている、彼はまだ人を殺していない」

 小野はそう言うと凛に、「用件はそれで終わりかい?」と聞く。

「あと、裕人くんが今どこの病院にいるのか聞いても構いませんか?」
「……それは、本人から自宅を聞いていれば家族から聞けることではないですか?本人が教えなかったことを教えることはできないですね」

「違うんです!教えてもらうには教えてもらったんです、間違いなく本人から聞いたんです、でも、どういう訳か思い出せなくて」

 その原因は医者にも分からなかった、凛は帰還してから記憶の一部を思い出せない。

 それは凛に限らず、複数のBCO帰還者も同様に起こっている症状だ。

「帰還者特有の記憶障害……その原因は今も調査が進められている。博士の見解では、特定の記憶消去信号がネットを介してプレイヤーに送られたのが原因――と言っていたが……」
「記憶の消去?そんなこと可能なんですか?」

「元々人の脳は覚える機能と忘れる機能を持っている、しかし、忘れる機能は日常では余り使わないことが多い。その機能が使われるのは精神が耐えられないほどの苦痛を伴った時だけ、それも制御も利かない範囲でだ」
「その機能を機械的に再現して、ボクたちの脳に影響を与えたということですか?」

「……また、饒舌になっていたようだ、キミの状況は理解した、神谷くんの所在を教えるとしよう」
「ありがとうございます!」

「彼は病院にはいない、彼は自宅で現在も生存している、住所は」

 凛は小野からヤトの自宅の場所を聞くと、すぐに首の端末にメモを取ろうとする。

 しかし、小野がそれを制止して、「この施設では一般の端末は使用してはいけない」と言う。

「え?でもさっき小野さんが――」
「私の首についているこれは仕事用だ、情報の一切を抜き取られてもいいならその端末の電源を入れても構わないが……おすすめはしない」

 凛はその言葉に静かに首元から手を離す。

「小野さん、最後に一つ聞いてもいいですか?」
「なんだい?」

「ヤトをエージェントにしたのはどうしてですか?彼はただの子どもですよ」
「……そんなことを聞きたいのかい?そんなの決まっている、彼が――」

 彼が、正義を求めていたからだ。

 その小野の言葉に、凛は少し違和感を懐いた。

 レッテルや肩書きを嫌うヤトが、正義という言葉を求める。

 そんな肩書きなど、本当にあのヤトが求めていたのだろうか?

 凛は、小野が嘘を吐いている気がして仕方がなかった。

 そうして、凛は仮想現実管理室の建物を出ると、セミの鳴き声が鳴り響く中、覚えたての住所へと足を向ける。

 小野坂凜――カイトは、現実世界に帰還していた。
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