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第三部

119.52 メイドの監視

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 52 メイドの監視

 都内某所――個人所有の億ション4階。

 4階の造りは3階と違い、電子部品やら接続パーツやら回路やらが散乱し、電力パイプ・コードが這うように伸びている。

 玄関に一番近い部屋に、電子パネルとホワイトボードが両隣にならんで、データの資料と紙の資料が同時に視界に入る。

 ツインテールの制服姿のカイトが、その前で何かをブツブツと呟く。

 カイト、小野坂凜は、「次世代型のコネクトシステムだ……ヘッドマウントからネックタイプなるのかな……アイギア?」と独り言を呟くと、中年白衣姿の男が指を立てて説明し始める。

「従来のHMCでは小型化できてもハンドバック程度の入れ物が必要で、データ転送速度や受信速度が安定せず、タイムラグによる不快感が機器によって発生していた」

 ヤトの父である神谷博は、凛の前で膝を折るとその足先を指さす。

「足元でもたついていては一向に進展はない。なら、いっそネック端末と一体にした物を開発すればよいのではと私は考えた。すると、一部の科学者が首に埋め込むチップタイプのコネクトシステムを開発すると言い始めた」

 神谷博は、凛の足先からゆっくり首元まで指をさすと、その行動に彼女は眉を顰めている。

「しかし、身体に埋め込むことには馬鹿げていると言ってしまおう。チップ型というのも、セキュリティー面で脆弱としか言いようがない。どうせ埋め込むなら、もはや電脳化すると言った方がまだ将来性に見込みがあるというものだ」

「はぁ……」

「つまり、私が言いたいのはだね!IT科学者の我々に医学者どもがチップを埋め込む作業!インプラント手術の権利欲しさに対等しようという考えが気に食わんのだよ!医療用のフルダイブ環境を提供した者もIT科学者にはいたのに……けしからん!」

「医療用って構造物がない仮想空間のことですよね?」

「そう!患者の要望に答えられる、長時間ダイブが可能な理想的な空間のことだ。見た目以上にVR空間というものは脳にストレスを与える。それらを緩和する重要な要素がいくつもその空間には備わっている。心を落ち着かせたり、楽しさを強く感じられるようにしたり、安らぎすら感じる空間が医療用にはある。しかし、国の補助を受けてその上で医療用のFD装置を設置しない病院が後をたたない。私は残念だ、いや!医療フルダイブの初期設備を作って提供した者も残念だろうな~」

「医療フルダイブの初期設備って、メディキュ――」

 話に入ろうとしたカイトだが、神谷博はその隙を与えない。

「金欲優先の経営陣による病院経営などクソだ!個人の利益より多数の幸福を優先すべきだ~!……と言ってやったら、私はこの計画から干されてしまった」

 凛は苦笑いを浮かべて、「そうなんですか」と言う。

 いつの間にか神谷博の愚痴を聞かされることになった彼女は、内心早くヤトに会いたいと思っていた。

「これだけは断言できる!半侵襲型で得をするのは病院の経営者と利権がらみの役人だけだ!医師は手術の手間が増え、病気でもない人へ時間を割くことになる。医師は常に、いや、今後医療が進んで行けばそれだけ人手不足になる。そして、半侵襲型はおそらく拒絶反応が出るだろう。大人なら確実にだ、おそらく順応できるのは次の世代の子どもたち。視覚補正に電波の可視化、反射神経の補助、拡張現実がより身近になる――などと言えば聞こえはいいが、ハッキングツールを持っている者が、そうであると認識できない状況になるのだ……軽犯罪の増加は否めない。それ以上に、視覚情報の窃盗など犯罪が横行するのは間違いない、それも子どもの手によってだ……」

 神谷博は凛に、「そんなクソッタレな世界は誰も望んでいないだろ」と悲しげな表情をする。

「しかし、抗えない、進化は人の欲求の一つで利便性は追及されるものだ。人は、便利だからと、作れるからと、それを行ってしまうだろう。その中で、私のような個人研究家ができうることは、予防や問題の対策、世界への警笛を鳴らすぐらいだよ」

 そして神谷博は、研究資料に埋もれたベットに腰掛けて、「そんな私も科学者という進化の探求者なのだけれどね」とほくそ笑む。

 凛は、その姿がヤトから聞いていた通りだったために、彼が自身に浸っているのだろうと理解して、そっと部屋を出て行く。
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