終末のエリュシオン

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三話 その男、師匠にて

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 今から約14年前になる。

 俺様、とランスロット、当時近衛の兵長同士で新しい室長を選ぶ折に、王の前で決闘をした際の事だ。

「アグスーラ!貴様のゼンデルーク格闘術など、私の剣の前では弱すぎる!」
「鳴いていろ!王家の剣となるのは俺様だ!」

 当時、俺様は自身の強さを疑うことは無かった。だがしかし、決闘の最中、俺様はある瞬間だけランスロットよりも弱かった。

「ランスロット様!負けないで!」

 それは、当時俺様が恋心などというものを抱いていた王族の親戚に当たる姫で、ランスロットが興味のないように話していた。

 だが、その姫がランスロット名を呼んだ瞬間、俺様は一瞬だけ奴よりも弱かった。

「ぐぁああ!」
「そこまで!勝者!ランスロット・エクトロアノース!」

 俺様は自身の弱さに負けた、そうその時は思っていた。

 だが、その姫とランスロットは結婚どころか、付き合ってすらおらず、姫はランスロットの口利きで奴の弟と結婚することになった。

 そう、あの戦いの中、ランスロットは俺様に隙を作るために、姫に名を呼ぶようにと言っていたのだ。

 そんな姑息な手で、と当時は思っていたが、すぐに自身の弱さを受け入れた俺様は数日後にもう一度戦いを挑んだ。が、奴はその闘いに宝剣を用いて戦い俺様は再び敗北した。

 正式な戦いではなかった、それゆえにアイツは自身の地位を守るため宝剣を用いた。

 そして、それから二年、俺様は奴を倒すために修練し、もう一度戦いを挑んだ。

 だが、それでも負けた。

 俺様が二年間という歳月をかけ、誓約刻印によって鍛えた強さは、宝剣を保有する奴には勝らなかった。

 そして、その頃になると俺様は体に異変を感じ出していた。

 拳が上手く握れない、力が入らない。

 最初は単なる疲労だと思っていたが、数年後には右手は動かせなくなっていた。

「こんなことでは奴に負けたままではないか!」

 そんな時、俺様の弟子を志願する者が現れ、俺は妙案を思いついた。

「そうだ、俺が育てた弟子が奴に勝ったなら、その時は俺の勝ちも同然だ!」

 そんな考えで、俺は弟子を育て始めた。

 だが、弟子を育て初めてすぐに、こんなことでは宝剣を有する奴には勝てないと分かった。

「だめだ、こんな修行ではだめだ!そうだ、誓約によって修行すれば!」

 そうして俺様は弟子に誓約を要求した。だが、翌日にはその弟子が死に、それからも弟子をとる度に一ヵ月もたずに死んでいった。

「だめだ、もっと若い、そして、必死になれる者でなければ無理だ!」

 そうして俺様は35人の弟子を死なせて、随分前から弟子には奴を倒させることなどできないと諦めていた。

 だが、神は俺様の言葉を聞くかのようにあいつに会わせた。

 それはやけに直感が足を急かせた日だった。

「……キャラバンか、珍しいな」

 大気中に外獣の卵が飛散していることから、人はマナのない外には出られない。しかし、俺様のように内気勁を極めている者か、逆に外気勁を鍛えている者にとっては例外になる。

 故に俺様は時折外を歩くことがあった。

 その日は外獣に襲われたキャラバン、駆動工業都市ザラタンの商人の乗り物を見つけた。

 全滅に思えたそのキャラバンに、一人だけ息をしている者がいた。

「子どもか……虫の息だな」

 生きているのが奇跡なほどだった、口に付けられたフィルターはその子を抱く母がしたものだろう。

 だが、腹部を強く打ち付けている様子で、呼吸をするのも辛そうだった。

 それでも子どもは生きることを止めたくない、その気持ちのみで息をしていた。

「生きたいか小僧」
「……」

 話す事など無理だろうと思いつつ俺様はそう聞いた。

「……い」
「ん?まさかな……」

「……きたい……い……き……」

 確かに微かに聞こえた『生きたい』という言葉、それに俺様は目を見開いた。

 俺様はその子どもを内気勁を使い手当しつつ連れ帰った。

 五日後には、普通に会話できるほどに回復した子どもから、名を聞くと同時に話をした。

「名前は?」
「リュー」

「リュー、お前の命は俺様が拾った、そうだな」

 頷く子どもは、間違いなく俺様に助けられたという事実を認識していた。

「ならばだ、お前は今日から生きるために俺様の弟子となり以下の盟約をし、以下の誓約をする」

 黙ってただただ頷いたリューは、何やら覚悟をしている様子だった。

 そして、俺様はリューに盟約を言う。

 1、俺様の弟子であること、それは俺様の死後も絶対である。

 2、俺様の要求全てに答えること、でなければお前は自ら死を選ぶ。

 3、俺様との誓約は俺様がお前を認めるまで続く。

 4、ブリンガル家王族、それに名を連ねる者に忠誠を誓え。それらは王がお前を不要、もしくは死を望んだ時まで続く。

「以上が俺様からの盟約だ」
「……分かった……けど、どうして王に忠誠を?」

「言葉に従うか否かだリュー」
「……分かった、盟約を結ぶ」

「よし、次は俺様の弟子として、誓約を命ずる」

 1、戦いにおいて背中を負傷したら即死。

 2、戦いにおいて相手を殺す度に数分間呼吸をし辛くなる。

 3、戦いにおいて格下相手には拳以外使えない。

 4、戦いにおいて攻撃を受ける度に負傷カ所を悪化。

「それらが破られない限りは、訓練においてのお前の命は補償される」
「破れば即死……」

「どうするんだリュー」
「……分かった誓約を受ける」

「よし、これにより刻印として刻む!」

 俺様が手をリューの腕に押し当てた時、それらの盟約と誓約は完了した。

 そうしてリューは俺様の弟子となった。


 訓練初日。

「リュー、今日からお前には訓練に入ってもらう。相手は外獣だ」
「外獣!」

「外獣と言っても足無しだ」
「足無し……」

 外獣の足無しは言わば子どもも同然、攻撃性も低く、生き物の肺から羽化するという事を除けば外は少ない。

「そして、一日三食食べるためには、一日三体の外獣の足を持って来い。もちろん、二足獣を倒して二本持ち帰って来ても構わないし、確実に一本足を狩っても構わない」
「……分かった」

 俺はリューに礼儀は求めなかった。必要なのは強さであり、生きたいという気持ちだ。

「これまで俺の弟子は35人この誓約の前に死を迎えた」
「……弱かったんだな」

「そうだ、弱かった、あいつらは弱かったから死んだのだ」

 その日から、リューは日々外獣と戦うことになった。

 日に多くて二体、最初はそんなものだった。

 内気勁を極めていた俺様は、その技術をリューに何度も教え込んだ。

 そして、次に外気勁がどんなものかを一応教えた。

 リューは内気勁を使い、子どもながら外獣と戦い日々を食いつないでいく。

「リューお前、歳はいくつだ?」
「七、来月八だ」

 さすがは商人の子ども、商売に関係する知識は普通の子どもより長けているように思えた。

 それからリューは毎日外獣と戦い、ある時から、奴は足を持ち帰れなくなってしまう。

「リュー、今日も足無しか?初日から足を持ち帰って来ていた頃とはまったく違う状況だな」
「……二本脚……あいつはもう格下だし、俺は今拳を使えない」

「拳を使えない?」

 何を言っているんだと思った。

 翌朝、訓練に出かけるリューの後を追跡した俺様は、思いもよらぬ光景を目にした。

 リューは戦っていた、三本足の外獣とそれも足のみでだ。

「リュー、まさか足だけで」
「は!った!」

 三足獣の硬さの前にその蹴りは一切効いていない様子で、リューは追い詰められ、地面に転がった。リューの三倍ほどの大きさの足が、襲いかかろうとした時だ。

「くそ!」

 リューは、拳を使ったんだ。

「内気勁!掌勁!」

 見事な掌勁に、俺が感心していると、リューはそのまま外気勁を使い連撃を扱った。

「外気勁!双衝撃!」

 その外気勁は間違いなく外気を操っていて、しかも見たこともない技をあいつは使った。

「リュー!」
「……………………」

 敵を倒したから数分は話すこともできない、そう理解して待っていると、奴は2分程度だと思っていたそれを、数十分かけて口からの呼吸を止めていた。

 そして、人はそれほどに呼吸を止めてはおけない、そうリューは肺に外から穴をあけて、外獣か動物の内蔵で作ったらしい管から空気を取り入れていた。

「そんな方法で呼吸を……それよりお前、外気勁をどうやって」

 数分後、ようやく口を開いたリューは管を布で包むと話し出した。

「……どうって、訓練して使えるように」
「そうではない!お前の内気勁は極めていなくとも、この数ヶ月では到達し得ないほどに扱えている。加えて外気勁をそれほど使えるわけがない!」

 俺様は困惑しながら奴に尋ねた。どうやって、と。

「そんなの……子どもに右手で匙を使って左手で皿を持つ奴にどうやってるんだって聞いているのと一緒だぞ、師匠」

 天才、才能とはこういう者のことを言うのだと理解させられた瞬間だった。

「……もういい、だが、どうして最初は足で戦っていたんだ?」
「……足で戦ってるのは、俺はまだ腕でしか内外気勁が使えないからだ」

 天才、とは時にバカと紙一重だと理解させられたのもこの時だ。

 腕でできることを足でできない、それなのに、内気勁と外気勁を扱える。そんな事は常人には起こりえない。

 奴は、器用なのか、不器用なのか、そして、それは倒したはずの三足獣を捨て置いた行動から何となく理解できた。

「拳で倒したから足を取らないのか?」
「そうだよ、俺の誓約はそうなんだ」

「俺の誓約?」

 リューは勝手に誓約を増やしていた。もちろん刻印などはなくだ。

「数か月でここまで強く……異常だとは思っていたが、そうか、そういう事か」

 誓約は刻印によるもので身体に効果を成す。だが、リューの奴は刻印無しにの効果を得ていたのだ。

 自身で決めた理に、ただ忠実に従った結果だろう。

 足で倒せなければ食事は食わない、そう決めたらそれを実践する。

 そうして誓約はリューの身にちゃんと実利を与えた。

 その日から、リューの修行を見ていて気が付いたことがある。

 リューは内気勁によって気を練ったあと、それを貯蔵するように体内で一度切り離し、その間は外気勁を扱い技を出している。

「体内に気を留めている……そんな事をすれば体に反動が来るはずだ」

 俺様もそれはやろうとしたことがあるが、内気を溜めた場合、全身が激痛に襲われ、内部で気が霧散した感覚のみが残るだけだった。

 おそらくは、切り離しているであろう内気を、リューは無意識のうちに練り続けているのだろう。

「内気を無意識で留めているな、リューよ」
「……無意識?違うよ師匠」

「?違うだと」
「内気は結局外気なんだよ、ただその本質は気であり、外気を操りながら内側の気も外気と捉えて操っているだけだ」

 は?こいつは何を言っている?

 その時の俺様の知識では、リューの思考には追いつけなかったため俺様は困惑した。

 知識的な部分の天才であるリューに、俺様は少し高揚を覚えた。

 弟子であるはずのリューから、内外気勁のさらに高みを見出した俺様は、だが、もう時すでに遅しだった。

 リューが呼吸を肺に直接ではなく、数十分止めていられるようになった頃だ。

「リュー、俺様はもう長くない」
「うん、肺血症、マナ滞留による後遺症、首のヘルニアから身体麻痺だろうね」

「……そういう知識はどこで得た?」
「父からだよ、俺の父は医者だったから」

「医者!商人ではなかったのか!」
「商人は母だ。三歳になった頃から医者としての知識を父が叩き込んで、その合間に息抜きとして母の商売を覚えていったんだ。正直、命の危機は無かったけど、自由も無かった」

「……まぁいい、俺は動けなくなる前に、お前に最後の試練を課す」
「……試練の内容は?」

「お前、強くなってどうする?」

 俺様は素朴な疑問としてそれをリューに聞いた。

「強くなって……そうだね、楽するためかな。化け物がのさばって、俺たちはビクビクしてるなんて、認識では普通だろ?でも、化け物が強いから化け物なら、俺も強くなればビクビクすることも、寝ている時に慌てて目を覚ますこともなくなる」

 化け物になれば、怯えずに済む。

「……そうか、では最後の試練、それは外獣の巣窟にいる十足獣の退治だ」
「十足獣?」

 外獣の中でも十足獣はほぼ動き回ることはない。というのも、十足獣は親獣である存在で、つまり子どもを作るために引き籠っている。

「十足獣の巣穴には八足獣以外の足獣がひしめいていると聞く、俺様の知る限り、最も危険であり過酷な戦場だろう」
「……分かった。あと、数週間だけくれよ師匠」

「ああ、いいだろう」

 リューが俺様の弟子になって既に二年、俺様は何の心配もしていなかった。

 毎日六足獣を狩ってくるアイツは、八足獣にすら会えば勝つ。俺様よりも数十倍以上強い武闘使いであり、ゼンデルーク格闘術の全てと、自己流の技を身に着けている。

「何者もお前に勝てないだろう」

 そうして、リューが十足獣に挑む日を迎えた。

 俺様はもう戦うこともままならない、歩くことがやっと、そんな状況の中でリューの試練を見るために、マナ溜まりである隠れ家を出た。

 この隠れ家はリューにくれてやるつもりだったが、要らぬと言われたため、ならば俺様の墓にしろと奴に伝えた。

「あれが巣穴か……」
「そうだ、外獣はああいう谷の下、古のビルの間や中に巣を作る」

 その光景はまさに地獄絵図だ。六足獣が数十、四足獣に至っては数百、八足獣がいないのがある意味救いだが、やはり十足獣は圧巻だった。

 六足獣から八足獣に足が増える個体は、元々大きいものに限るとされているが、十足獣に関しては、八足獣の中で本当に大きなものに限る。

 奴らがどうやって巨大化しているのか、何を食事として動いているのかが解明されていないのは、マナの中に奴らの体を入れると液状化することと、死ぬと液状化することが要因になっている。

「あれだけ集まるとさすがに気持ちが悪いな」
「リューお前でも怖気づいてしまうか?」

「いや、さすがに気持ち悪いよあれは」

 そう言いつつ既に内気勁を練り続けているリューは、それを内側に留めると、今度は外気勁を練り始めた。

 最初に数を減らすつもりなのだろう、そう思っていた俺様は、十足獣の様子を捉え思考していた。自分ならばどう戦うのかを。

 外獣は六足獣から鎧骨格を纏うようになるが、八足獣ではさらに硬い堅牢鎧骨格を持つ。

 十足獣の見た目は堅牢鎧骨格と比べるとまずその色が違う。

 元々白い鎧骨格が、堅牢になると赤黒くなり、十足獣のそれは完全な黒で強度も増してそうだった。

 堅牢鎧骨格は宝剣でも貫けず、俺様の一撃も防ぐほどだ。素手は倒せない、そう思ってしまうのだが、リューはその八足獣の堅牢鎧骨格を拳で砕きやがった。

 だが、あの黒い鎧骨格はどうだろう。

「内外気勁!」

 内外気勁?そんな言葉から始まる技は俺様も覚えが無かった。

 飛び出したリューは、その体に真っ赤な外気を纏い、圧倒的な速さで十足獣へと突貫して行く。

「まさか!最初から頭を叩くつもりか!」
「龍牙如く!」

 内外気勁、龍牙如く、その技は伝説に聞く龍を気で具現化させたまま、突貫して蹴りつける技だったが、蹴りが当たった瞬間に、その具現化した龍の顎が十足獣に齧り付いたように見えた。

 一撃のもと、十足獣を仕留めたリューは、そのまま外獣の巣穴を蹂躙し、数時間で全てを退治し終えると、数十分立ち止まり、呼吸を取り戻したら俺のもとへ帰って来て言う。

「なぁ師匠」
「……なんだ?」

「硬いだけの敵しかいないってのも考えものだよな、ただのいじめだよ」
「……ま、それだけ扱えるならそうなるんだろうな……リューよ、これで試練は終わりだが、お前には封印刻印を施そうと思う」

 俺様も恐れてしまったのだ、リューが人の枠内に入った時、周囲がその強さに恐れないようにするための方法として考えた。

 リューに施した封印刻印は五段階で、封印を一つ解除するだけで王室近衛兵士に匹敵し、二つ解除で法具保持者に匹敵し、三つ解除で宝剣保持者に匹敵する。

 四つ解除で人間最強、全て解除すると外獣に匹敵する。もちろん、外獣に匹敵と言ってもその上限は十足獣にも勝るため、まさに地上最強になることを意味している。

 四つの時点でも、おそらくは十足獣か八足獣には勝つことができる。

「師匠が言うなら」
「うむ、そうした方がお前のためになる。もちろん解除はお前の任意に任せるし、お前の常識は信用している。必要な時に、必要な強さで勝利すればいいのだリューよ」

「分かった」

 そうしてリューは俺様の最強の弟子となった。


 十歳にして最強になったリューは、誓約から解放された。それから師アグスーラによって武術国家デサリウスでの常識を教え込まれた。

 日に日に弱る師の傍で、彼は盟約によってそれを受け、七年間の勉強と修行を経て、師アグスーラの最後を看取り、隠れ家に不格好な墓を建てると、その次の月にはランスロットの前に立っていた。

 師アグスーラが王より下賜された王の名が押印された手紙を見つけたランスロットは、王がそれを見る前に一見するために開いた。

 懐かしい名前で内容は弟子である剣を一振り送りたい、そう書かれていて、ランスロットは最初鼻で笑いリューを呼び寄せた。

「リュー・ヴァン・リヴェイン、師であるアグスーラから頂いた名です」
「ふむ、私はランスロット・エクトロアノースだ。手紙は読ませてもらった」

 ランスロットのリューの第一印象は、こんな子どもが私よりも強いというのかアグスーラ、そう思いつつ観察していた。鍛えられた筋肉は確かに歳には不相応なものだが、体付き自体はまだ小さくランスロットは手紙の内容を疑っていた。

 白髪のランスロットの左右には、宝剣を腰に吊るした若い男たちがいて、口元に笑みを浮かべる白髪の白い瞳の男が口を開いた。

「父上、この者が父上の戦友アグスーラ殿の弟子なわけがありませぬ」
「ボールス、ここでは室長と呼べ」

「はい、室長」

 その不敵な笑みは変化しないまま、ランスロットを挟み、彼の反対側にいる白髪に白い瞳の男は不満そうな顔で言う。

「室長、このようなもの追い返せばよいではありませんか。なぜ今日こんな場を設ける必要があったのですか」
「ライオネル、それは私の判断に異を唱えるということか?」

「そうですぞ兄上、これは室長の判断であり、兄上の判断は関与し得ないことです」
「……黙っていろボールス」

 二人が兄弟であり、ランスロットの息子たちであるのは瞬間的にリューも理解した。

「ランスロット卿、手紙は王に出したもの、王はこの場におられないようですが?」
「必要ない、お前の是非は私が判断する」

「判断?一体何を考えておられるのか、私は王の剣となるために来た、今あなたは王の剣を独断で扱おうとしていると理解しておいでか?」
「……言うではないか小僧」

 リューの態度にはランスロットは戯言と捨て去ったが、息子たちはそうもいかない様子だった。

「室長!このような無礼を見過ごすおつもりですか!」

「私も、先の言動は礼儀に失すると判断します!」
「……お前たちは黙っていなさい」

「室長!」
「室長!」

「黙れ小僧ども!高が子どもの戯言に宝剣保持者ともあろう者が浮足立つではない!」

 完全に気圧された二人は、口を閉じて直立する。

 リューはそのまま黙って待っていて、ランスロットが次に口を開くまで見ていた。

「すまなかった、リュー・ヴァン・リヴェイン、我が戦友たるアグスーラの頼みだ、検討はするつもりだが、この手紙では外獣を倒しておったそうだな」
「はい」

「ならば、八足獣がここより北の方角にいて東へ向かって移動中だそいつを倒して参れ、ま、無理にとは言わんよ。何せキミは宝剣も持ち合わせていないのだからな」
「構いません、今から行って倒してきます」

「……証拠としてこの映像送信器を持って行きなさい。ちゃんと、証拠がなければ王や法具保持者は納得できないだろうからな」
「理解はできますよ、では、早速行ってきます」

「待っておれ、今補助に法具保持者を一人つける」
「必要はありません、足手まといですから」

 そう言って振り向いたリューの背を見つつ、ランスロットは後ろに立つ息子二人に言う。

「棺桶と墓、それに花を用意しておけ」

「はい、室長」
「……ですよね」

 そう呟くボールスは、その視線をリューの背中へと向けた。

 あんな子どもに、俺や父でも勝てない八足獣に勝てるはずもない。

 ランスロットは密会した私邸から移動して、法具保持者であるカノエ・ヒットナンの研究室へと向かった。

「カノエはどうした?」
「はい!所長は今レーダー観測班に呼ばれて外出中です」

「ならば勝手に、映像中継機器を借りるが、構わないな」
「はいどうぞ」

 そうして彼が座った椅子の前にはモニターが置かれていて、周囲には術師たちの杖や装備が乱雑に置かれていた。そこは映像や移動手段、装備などの開発をしている技術研究所である。

 マナの発生から数千年、外獣の発生からも同じくらいの時間が経過した今、あらゆる分野にマナを組み込んだ技術が増えてきた。

 この映像の中継もマナを介して行うため、電波や衛星無しに遠距離の映像を確認することができる。現状その遅延は、約一分しかないほどにまで技術は進歩している。

 映像を中継し始めたランスロットは、歩く八足獣を見て一言呟く。

「やはり巨大だな」

 観測していた八足獣は、武術国家デサリウスを囲う堅牢鎧骨格製の壁の数倍の大きさで、その移動は大きさに比例して鈍足になり、約半年はもうその位置を移動し続けていた。

 おそらくは十足獣へと変化することも可能な段階だが、移動の遅さから目的地に到達することができないのだろうな。

 ランスロットはそう考えていると、映像に急にリューの姿が現れる。

『もう映像は届いているんだろうか……まぁいい、言われた通り、点滅しだしたからな』

 そう言ってカメラの前で気を右手に集めたリューに、ランスロットは外気勁かとアゴに触れた。

 外気勁という事は、セオリー通り足を片端から斬り落として動きを止める気なのか。だが、相手は八足獣、その足は最も硬い部分であり堅牢鎧骨格であるぞ。

『内外気勁!縮地!斬空旋!』

 長く一緒にいたアグスーラのゼンデルーク格闘術は、全て知っていると思っていたランスロットはその技の名に聞き覚えが無かった。

 そして、映像から一瞬だけリューの姿が消えると、八足獣だけが映る。ジッと彼が映像を見つめていると、映像で捉えられるほどに濃密な気の塊が刃のように八足獣から幾つも放たれ、そのうち胴体からゆっくりバラバラになっていく。

「バ!バカな!」

 目を見開いて間抜けな表情で驚きを露にしたランスロットは、思わず周囲に人がいないことを確かめた。

 誰も見ていないか……しかし、懐に潜り込み、周囲に高濃密な気の刃を飛ばして切り刻んだというのか。

 岩塊が崩れるが如く、八足獣はバラバラにその体を地に崩しだし、リューは徐々にカメラの方へと向かって歩き出すと、溜息混じりに宙に浮遊しているそれを掴んで回収した。

『討伐完了、八足獣と言ってもただの鈍足だった、近衛でも倒せるほどののろまだ』

 想像を超えた光景に、ランスロットは開いた口が塞がらないまま映像は途切れる。

「八足獣、鈍足だろうと私でさえその硬度ゆえに倒すことはできない相手だぞ!何なのだ!あの子どもは!アグスーラ!貴様一体どんな修行をしたのだ!」

 呆れるを通り越して疲れたランスロットは、リューの強さを認めることにした。だが、認めると同時に扱いに困ってしまい、その老けだした顔のシワに更にシワを寄せて考え込む。

「室長!大変です!」
「わ!ど、どうした!」

 あまりに突然に声をかけられたランスロットは、自身でも今まで出した覚えのない声で驚いて顔を押さえた。

「レーダー班の報告でが、外獣の群れが!このデサリウスへ!真っ直ぐ向かって来ているとの報告です!」
「な、なに!」

 驚いたランスロットは、そのまま王へ報告して、宝剣法具保持者を呼び寄せた。

「室長!外獣!しかも階級3を含む数百匹がここへ迫っているとか!」
「あぁ、八足獣が一体、しかも個体としての特性は中型であり、以前北を移動中だった八足獣の半分にも満たない大きさだが、今回の個体は【国殺し】と特徴が合致している」

「国殺し!過去に国を襲い人を全て殺してしまった八足獣の事ですか!室長!」

 息子二人の反応にランスロットは、頭を悩ましながらも対応を脳内で済ませていて、それにはリューもいなくては成立しない作戦を考えていた。

 そうして対策を考える場を開き、法具保持者を集めた。

「ランスロット、こんなことに何の意味があるの?」
「バラライカ、何を言ってる」

「国殺しがいました、はいこの国おしまいですね、で終わりでしょ」

 バラライカはしっかりと身を包んだ露出の少ない私服で、法具すら持ち合わすことなく同席していた。

「バラライカさん、ランスロット卿と呼びなさい。……ですが卿、彼女の言う通りです。もうこの国は滅びを前にしているだけです、何せ、誰も国殺しを退治できないのですから」

 そう言うのはカノエ・ヒットナンで、彼女はちゃんとした法衣と呼ばれる布面積の少ない格好で法具であるボルホッテ・ダリンも持ってきている。

 大事そうに大貝状の法具を持つ彼女だが、少し重そうに抱えていた。

「そのことは気にしなくてもいい、あれは倒せると想定して考えはまとまっている」

 ランスロットがそう言うと、最後の法具保持者であるトレイニー・レニーが口を開いた。

「卿、可能性など必要ない、事実だけ話して欲しい。……誰が八足獣を倒せるのだ?」
「トレイニー、アレを倒すのはアグスーラの弟子に任せることにする」

「……アグスーラと言えば、宝剣無しに卿と互角だった男か?……その弟子が今ここにいるというのか?」
「あぁ」

 彼の言葉にバラライカは呆れた様子で立ち上がる。

「そんなのいたって国殺しは無理でしょ、私は勝手に出るわよ、もう、こんなことになるなら早く夫とか子どもとかそういうの経験しとくんだった!」

 バラライカはそう言って部屋を出て行く。

「……バラライカはああいいましたが、私もあまり信用できないことです……卿、もしもの時は、誓約により、保持者全員で差し違える覚悟で挑みましょう」
「無論だ、何があっても我々の務めはただ一つ。王家を守るために!」

「王家を守るために!」
「王家を守るために!」
「……ために……」

 その後、ランスロットは帰ってきたリューに事の全てを話し、王に会い誓約刻印を授かれと助言する。

 だがしかし、リューは溜息混じりにこう言った。

「子どもの使い程度でしょう、誓約刻印はもちろん受けますが、国殺しは足が速いですから、このまま倒してきますよ」

「帰って来たばかりで、行けるのか?」
「訓練をしていた頃は、日に十体の八足獣を倒していましたし、国殺しももう何度も倒しているので、問題もないとだけ言っておきます」

「……そ、そうか」

 まるで、ちょっと散歩でも行ってきますと言わんばかりに気軽に最悪の敵に立ち向かうのだな……、これほどの才……どうすればよいのだ。

「リュー報酬はどうする、お前は何を望む」
「……報酬?これは師との盟約に定めれられていることだと手紙にも書いていたはずですが」

 それを信じるほど愚かではないわ。ただ盟約だからと、誰もが絶望する強敵に一人立ち向かう者などいるはずもない。一体後に何を望むのか……想定もできんな。

 そんな事を彼は思いつつ、王に会い、全てを説明したのち、近衛兵の前で士気を高めて、自身も宝剣保持者として四足獣を足止めする法具保持者たちのもとへ向かう。

 そして、彼女らにリューから送られてくる映像を見せた。

「こ、この青年は?」
「嘘……一撃で足を一本粉砕した……」

「すすす、素手?!素手でこれ!マジ、マジ?」
「……圧倒的ですね、ランスロット卿、彼は?」

 全員の驚愕が見て取れる、やはりそういう反応になるのが普通か。

「我が戦友であるアグスーラ・ヴァン・ゼンデルーク、ゼンデルーク格闘術の創始者の唯一の弟子が彼だ。アグスーラはキミらも知っているだろうが、とても頭のイかれた奴だった」
「アグスーラ殿と言えば、強くなるために封印刻印や誓約刻印を使用していたとか」

「アグスーラが弟子にした者は、これまでに36名で、そのうちの一人が彼であり、それ以外は全員死んだ」
「国殺しの外獣を宝剣も法具も無しに一人だけで倒す人……」

 ほぅ、トレイニーも興味があるようだな。

「それ故に扱いあぐねているのだ……預かったはいいが、あれほどに強いと、正直敵対した時に止める者がいないのだ」
「そんな必要ないでしょう」

「バラライカ……どうしてそんなことが言える」
「だって彼は……」

 バラライカもリューに関心がある様子だ……だが、この危機を回避できるのなら、今はどうでもよい些事だな。

「皆、誓約を胸に!外獣を殲滅せよ!」

「はい、誓約に誓い」
「……誓約に誓い」
「誓約に誓って」

 カノエ、トレイニー、バラライカがそう言うと、それぞれの頭上に剣が具現化する。

 法具保持者でも誓約によって具現化するのは、常に剣であり、それはその誓約における守護対象が王族であるからだ。王に捧げるのは剣であり、そういう理の輪の中にあるからだ。

 ところによれば、剣ではなく花であったり、あるいは死神だったりもする。

 外獣の群れを倒し終えると、天に輝く六本の剣はゆっくりと消え去る。

 こうして外獣の群れは何とか殲滅し終えた。

 だが、その後の事の方がランスロットにとっては気苦労が多かった。


 まず、彼が頭を抱えたのは、息子たちの反応だ。

「父上!」
「室長!」

 二人の意見は単純だった。

 ぽっと出の男がそれも八足獣を一人で宝剣すら無しに倒した事実を王や姫が知れば、間違いなく王家に迎え入れる方向へと流れができるというもので。

「もし!アゼリア姫やカリーナ姫が奴に惚れた場合!奴は王族になるのですよ!我々兄弟を差し置いて!」
「……だから言うておるだろう、リューは名声も褒賞もいらぬと言っておるし、王家に仕えろと師であるアグスーラに命ぜられていると言っておったし」

「それが本心のはずがありません父上!」
「そうであっても、リューはこれより私の下で扱うことになった。本人も特に問題ないと言っておった、修行時代と比べると天国とな。王とも誓約を結び、王族に尽くして命をかけるという言葉はまぎれもなく本心だった」

「……ならば、あやつには、表に出さず、裏で活動してもらうことにしましょう。そうした方が奴の望みにも叶うでしょう」

 我が息子ながら、若い頃の自分を見ているようで情けない。

 そう思うランスロットは、次なる苦労の前に立っていた。

「ランスロット、私は今日からリュー様のもとで働かせて頂きます。これは決定事項なのであなたの考えは必要ないので」

 バラライカがそう言うと、次にトレイニーが口を開く。

「……私は……彼に興味がある……明日から、彼と一緒に暮らしてみる」
「ちょっと!トレイニー!リュー様と暮らそうだなんて!許さないんだから!」

「本人の許可を得ている……バラライカの言葉など知らん……」
「……勝手な事ばかり申すな、こちらとて段取りというものが」

 ランスロットが呆れた溜息を吐くと、最後にカノエ・ヒットナンが言う。

「技術研究所所長として、彼の力の根源を探りたいのですが、卿、よろしいでしょうか?」
「うん?ああ、構わないぞそれくらいならば」

 一番まともな意見を出すカノエ・ヒットナンは、一児の母であり、平凡な夫もいて、法具保持者の中で唯一の常識人。彼女の存在はランスロットにとっても唯一の救い。

「……リュー・ヴァン・リヴェインに関しては、各々表に出ないようにさえすれば問題ない」

 その頃、リューはランスロットに用意された住む家でデサリウスの景色を眺めていた。

「そういえば……キャラバンにいた頃は内側ばっかりで、こうして都市を見るのは初めてだったな……」

 風に吹かれて体が傾くと、そのまま八階の窓から落ちそうになる。だが、外気勁を極めているリューは外気で壁にピタリと固定される。

「……どうやってるですか?」
「……白髪の女……胸は小さいな、タイプじゃない」

 彼の前に現れたのは、トレイニー・レニー。その身長は小さく、胸も小さい。

「リュー・ヴァン・リヴェイン、今日から一緒に暮らす、トレイニー・レニー、法具保持者」
「トレイニー・レニー、その名には覚えがある、だけど、一緒に暮らすというのは初耳だ。それはランスロット卿の命か?」

「違う、私がそうしたいと思った、だからそうする、私はリューが気になる、だから甘えていい?」
「……あれか、頭にウジが沸いているのか?それとも、ウジを飼っているのか?」

「リューの強さに興味がある、その強さ、異常だから、私リューのこと好きだから」
「……なんだ……色々言ってるけど、俺のこと好きだから傍にいていいかってことでいいんだな?」

 トレイニー・レニーはコクコクと頷くと、リューの傍に寄って抱き付いた。

「最初からそういえば色々勘ぐったりしなくて済んだのに、だけど、トレイニー・レニー、俺は胸の小さい子どもには興味がない」
「……それは残酷な事実、私の胸はこれ以上肥大しない……でも大丈夫、女は子どもが腹にいる時に胸が大きくなる。だから、子ども作ろ?リューの」

「……性欲が沸かない、諦めてくれ」

 抱き付くトレイニー・レニーは、リューが今建物の壁にしっかりと固定されたように感じてしまう。

「それにしても、リューは外気勁を極めているのは凄い、でも内気勁も極めているのは不思議なこと」
「師匠も言っていたな、内外気勁は一緒に極めれないって、でも実際に俺はできてるからな」

 リューはトレイニー・レニーを抱えると、部屋の中へと戻る。

 広い部屋に置かれたベットに寝ると、トレイニー・レニーに言う。

「トレイニー」
「なに?」

「飯を作ってくれ、女ならば料理が得意だろ?」
「……トレイニーの料理スキルは絶望級だけど……」

 それは良い方の意味か、それとも悪い方の意味かを気にしつつ、リューはその日彼女の料理を口にして、二度と彼女には料理を頼まないと心に決めた。


 数日後、リューのもとへ住み着いたトレイニーがリューベットで添い寝していると、急に短剣を持つ女に襲われてリューがその手を掴み捕らえる。そして襲撃者はゆっくり口を開いた。

「法具保持者が一人、バラライカ・メストです、リュー・ヴァン・リヴェイン様」
「……で、どうしてトレイニーを殺そうとした?」

「すみません、私情にかられ、このメス豚を殺しておかないと邪魔になるので」

 そういうバラライカの胸はスイカが二つなっているように見えるほどの大きさで、リューはジッと見つめるが、すぐにその違和感に気が付く。

「大きい、だが、現実ではない、認識阻害か?」
「胸の事であれば、これは私の保有する法具によるものです。殿方には大きかったり小さかったりと、望む大きさに変化して見えるようになっているのです」

「なるほど、実際に触れると分かるんだな、まぁまぁの大きさだ。だが、俺はもっと大きい方が好みだ」

 頬を赤らめるバラライカに、トレイニーは不満そうな視線で言う。

「なぜ私のリューのところへ来た、バラライカビッチ」
「……私のとは、抜かしたわねメス豚!私はリュー様にランスロットより命を伝えるための橋渡し役よ。あなたのように好き勝手に動いているわけじゃないの」

「……ランスロット卿から?私は聞いていない」
「ここ数日リュー様と一緒にいて、連絡の集まりにも来てなければそりゃ知らないでしょうね!」

「俺に用があるんだろ?早く話してくれないか?」

 取っ組み合う二人にそう言うと、バラライカはようやく落ち着いてリューに話す。

「……そうでした、リュー様、ここより南に肥大した外獣の巣穴があるそうで、そこの十足獣を保持者とリュー様とで殲滅するとのことで、明日までに準備しておけ、そうランスロットは申しています」

 十足獣は基本巣から動くことは無いが、外獣を産み続けるため目の上のたんこぶになることがある。これまでも何度か討伐を試みたが、堅牢鎧骨格よりもさらに強度の高いそれを砕けずに彼らはお手上げ状態だった。

「リュー様と我らがいれば、誓約のもとに倒せるだろうとランスロットは考えているようです」
「……今から行ってくる」

「ええ、明日皆で……え?今から?」
「暇だし、明日は一日寝てたいから、トレイニーも用事があるし、二人だと疲れも溜まるんだ」

「え!おおおおおお二人はもうそういう関係に!」

 トレイニーがいると、抱き付いてきて眠り辛いため、明日は一人でゆっくり寝たい。

 そんな彼の言葉も、バラライカには別の意味に聞こえてしまっていた。

「トレイニー!このビッチ」
「ビッチはお前、バラライカビッチ」

「ビッチ!」
「ビッチ」

 リューは立ち上がると、二人の会話を無視して、服を身に着けて早速十足獣を討伐しに行ったのだった。

 その様子は再びランスロットが映像を通して見ながら、技術研究所、技研の所長であるカノエ・ヒットナンや所員たちも目にするところとなる。

『内外気勁、練武鋼破斬!』

 内気勁により活性化させた肉体を用いて、外気勁で練り上げた高密度な気を上乗せして右手で放っただけ、そうだけ、だけなのだが。

「……気の塊だけで階級1、2、総数238体を殲滅……しかも、一振りで数十体撃滅……ランスロット卿、彼、彼の精子を採取しないと!これが遺伝によるものだとしたら量産可能な力ということに!」
「お、落ち着け、カノエ、そういうことは後々本人と交渉しろ」

「所長!母体として志願します!」
「な先輩!彼氏いるくせに!所長!私が志願します!」

 所員たちがこぞって手を上げる中、カノエはその眼鏡を白く光らせて言う。

「必要ありません、母体としては一度出産を経験している私が適任であり、データも取りやすいでしょうし」

 そう言われた彼女たちはブーイングの荒しを巻き起こすが、次の言葉でその態度変わる。

「母体はいくらいてもいいでしょう!データをとる上では、多いことが大事なのです!」

「所長!」
「よ!所長!」

 いつも技術や研究にしか興味のない女たちが、こうも妙な反応を示すとはな。

 そう思うランスロットは、リューを姫たちに紹介するべきかを決めあぐねていた。

 守護対象である姫に好意を寄せている息子たちよりも、興味が守護に徹底しているリューの方が、姫たちの守護に向いているのでは。

 本心からそう思う彼も、王族の女性に言い寄られても一切恋愛感情を抱かず、ただただ守護する対象としてしか見ていない。

 若き頃、姫たちに言い寄られても近衛の者は一切反応しないように徹底していたが、最近の息子や近衛たちを見ていると、過ちを犯しそうで気が休まらない。人選に術師を起用するのが一番手っ取り早いが、外獣から守るのには不向き、いざという時に守れぬでは意味がない。

「外獣教さえいなければこうも悩むことでもないのだが……」
「卿、そういえば、トレイニーがリュー様の住居に住み出したとか、あまつさえ毎日迷惑をかけているとか」

「……知らぬ、あ奴の考えなど分からん」
「自身の娘でしょう?」

 実の娘だろうと、会話もない、考えも伝わらない彼女とは、全くランスロットも把握していない。

「最年少の法具保持者、あれほどの使い手は今後も出てこないだろうが、幼少よりあ奴は何を考えているか分からん。虫を捕まえて調理して食わそうとする危行も、寝ている兄の髪の毛を燃やす思考も、全てが理解できん」

 すぐにリューの奴もレインを無視し出すだろう。

 そんなランスロットの考えに対して、リューと暮らしだしたトレイニーは色々と変化していた。

「リュー様、ご飯を用意しました」
「……食わん、マシにはなったが、まだまだ俺が口にする気にはなれないな」

 グロテスクな見た目から、少し失敗した料理へと変化したその料理の腕前は、日々変化し成長の兆しがあった。

 奇抜な暗めの服も、少しだけ常人の領域に寄り始めていた。

 そんな変化を感じ取りながら、リューもトレイニーに対して少しだけ気を使うようになっていた。例えば、食事をとる時は声をかけたり、出かける時にも声をかけたりするようにしていた。

「リュー様、トイレやお風呂も声かけて」
「……かけるわけがないだろ」

「かけて欲しいな~、一緒に入りたいな~」
「……」

 しつこい時は無視をして、その白い髪に顔が隠れるまでは口を開かないのがリューの対応の仕方だった。

 そして、トレイニーはその白い髪にリューが触れるまで、その落ち込んだ姿をし続けるのが彼女の日常であり、それに触れてしまう彼に彼女はいつも楽しみにしていたりもする。

 そんな風に二人がなるとは思っていなかったバラライカは、ただただ悔しそうにその様子を隠しカメラ越しに見る日々で、出遅れた感を強く感じていた。

 そんな彼女はリューの住む建物の一階上に住み付き、日々ストーカー行為に励んでいた。

「あんなにくっついて!あ!それはリュー様の食べかけ!あ!それはだめよダメダメ!あ~あ!食べさせてもらうとか!羨ましい!」

 そんな彼女の携帯するランスロットとの連絡手段である耳掛けタイプの交信機から、彼の声が聞こえると不機嫌そうに返事をする。

「なによ!ランスロット!え?!そんなの知らないわよ!姫様?知るか!え?!リュー様と!それを早く言いなさいよ!」

 そうして、ランスロットからの交信を切った彼女はリューの部屋へと急いで行く。

 呼び鈴を鳴らすと、何故かリューではなく寝間着姿のトレイニーが現れる。

「なんだ、ビッチか」
「あんたがビッチ。それよりリュー様にランスロットからの報告をしたいんだけど」

「私が伝える、だから話して」
「機密事項だから」

「私はあなたと同じ法具保持者、権限は同じ」

 ッチ、と内心思うバラライカは、目の前の小娘と本気で睨み合う。

「何してるんだトレイニー、さっさとバラライカを入れてやれ」
「は~い、リュー様。入れば、リュー様のお許しが出た」

「……(こいつ話し方まで変わってるし)」

 バラライカは納得がいかない様子で、トレイニーの後ろをついて行く。

 部屋に入ると既に内部の状況は隠しカメラで知っていたものの、それでもバラライカは呆れた溜息をついてトレイニーに言う。

「ちょっと、トレイニー、この調理器具やら勉強のあととか……少しは片付けなさいよ」
「……すぐ使うもん」

 広い部屋にはベットとトレイニーが家事をしている形跡が散乱していて、まとめられているのか、とっ散らかっているのか分からない状況にあった。

「そんな話はいいから用件を話せよ、バラライカ」
「リュー様がいいなら、私に文句はないですが……」

 などと言いつつ内心トレイニーを見つつ、『ビッチ』と不満を持つ彼女は映像を映したデバイスをリューの前に出す。

「この女はアゼリア姫、ブリンガル王家の第一王女です。今回、ランスロットがリュー様にお願いしたい責務とは、彼女の救出です」
「救出?なら今すぐ行こう」

「いいえ、彼女は今は無事です」
「……どういうことだ?」

 今姫を狙っているのは外獣教の過激派の一部であり、ミュコスという教徒内でも王家に殺意の強い女である。そして、ランスロットはそのミュコスが教祖であるアルネスティー・クロムエルの居場所を知っていると見ていて、今回姫を囮として使うつもりだった。

「つまり、守るべき姫をわざわざ襲わせるということか?」
「その様ですね、この作戦の内容からすると、姫の前にミュコスが現れることをお祈りしなければいけないですが、どうやらミュコスは姫に執着しているようですので、必ず現れるでしょう」

「気は進まないが、俺は姫が襲われる前に彼女を守っても構わないんだろ?」
「いいえ、どうやら違うようです」

「……まだ何かあるのか?」
「作戦書によると、姫に見つからないように、そして、ミュコスを殺さないように、と書いてあるので、リュー様は見つからないを前提に、姫を守りミュコスを捕まえなければならないってことですね」

「……で、日取りは?」
「明日の、……クラス変動戦でらしいですわ」

「クラス変動戦?」
「武術を学ぶ姫は現在学園に在学中ですので」

「学校ってことか……まさか、闘技場だとか言わないよな」
「訓練場、見取り図と当日の関係者の名前と初期位置の予想まで記載があります」

 リューは体を起こすと、その割れた腹筋に触れるトレイニーの手を掴むと、彼女を抱えてバラライカの前まで連れて行く。

「作戦の準備にかかりたい、トレイニーはバラライカに預ける……と言っても俺のものじゃないからな、勝手に住み着いた猫みたいなものだ」

「猫?」
「猫……」

「そういう動物がいたんだ、かなり前にな」

 元々商人の子であるリューは、知識では常人より博識である。

 バラライカは言われた通りにトレイニーを連れて外へ出ると、すぐに廊下に置き口の動きでビッチと言い、トレイニーも全く同じようにそうすると二人はそこで別れた。

 部屋に一人残ったリューは、バラライカが置いていった資料に火を点けると、一人夜の窓を見つめながら小さく呟いて目を瞑る。

「……盟約に基づいて……」
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