偽りの道化師(パリアッチ)

あや

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第5滑走

表彰式の後で

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照明が落ち、メダルセレモニーも終わったリンク。
リンクサイドに残っていたのは、ヤンとヴォルフィーだけだった。

金メダルが首にかけられたままのヤンが、ゆっくりとヴォルフィーに近づく。

「……ありがとう、ヴォルフィー。あんな演技を見せてくれて」

ヴォルフィーは肩をすくめ、相変わらずの飄々とした口調で答えた。

「礼を言うのはこっち。お前があんな風に滑るとは思わなかった」
「正直、あの《モルダウ》見て、俺もうちょっとだけ"表現"ってやつを信じてもいいかなって思った」

 

二人はしばらく無言で立ち尽くす。
互いの背中に、誰よりも強い信頼とライバル意識があった。

「……でも、次は勝つからな」
「ふふ。言われると思ったよ」
「当然」

「じゃあそのときも、“自分らしい表現”で来てよ。……また君と戦いたいから」

 

ヴォルフィーは珍しく照れたように鼻を鳴らし、
手をひらりと振って去っていった。

 

控室へ戻る通路。
途中、エリーが待っていた。

エリー「ヤン!」

呼びかけられて振り返ると、いつもより少しだけ化粧が濃いように見えた。
たぶん、泣いたあとの名残だ。

「すごかったよ。ほんとに、すごく……」

ヤンは一瞬戸惑ったあと、そっと笑った。

「……ありがとう」
「君が衣装を作ってくれたから、あの演技が完成したんだ」
「“仮面”を脱いだ衣装。……自分のままで立つための」

 

エリーは恥ずかしそうに視線をそらし、手にしていた仮縫い用の針山をぎゅっと握った。

「でも……勝ってほしかったんだよ、私は。最初から、ヤンに」

ヤンは驚いたように目を見開いたあと、
少し照れくさそうに、けれどしっかりと彼女に向き直った。

「……僕も、君にそう言ってもらいたかったんだ」

 

二人の間に、言葉はいらなかった。

ほんの一瞬、手が触れた。
でもそれだけで、あたたかい春の光が差し込んだような気がした。

 

――大会後、ホテルの裏に小さな人工のせせらぎがあった。
夜遅く、ヤンは一人その前に座っていた。

水の流れは、どこまでも静かで、途切れることなく続いていた。
まるで、《モルダウ》の音楽の中にまだいるようだった。

「いつか僕も、誰かを導く流れになれるだろうか……」

そんなことをふと思う。
そして思い出す――
あの日のジャンプの感触。
ルイ先生の静かな頷き。
エリーの笑顔。

「流れは、途切れない」

 

小さくそう呟いたヤンの目には、もう迷いはなかった。
あの川の先に何があるか、まだ知らない。
でも、もう、恐れずに進める。

 

彼のスケートは、まだ続いていく。
どこまでも、流れのように。
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