Blood Pact

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Blood Pact

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 力強い腕、迷いのない肩。煙草と汗、そしてスパイシーノートが混ざり合う大人の香り。深みのある低音で名前を呼ばれるだけで、抗えない快感が全身を満たしていく。

「息をしろ……、酸欠になるぞ」

爪先から腰まで、下半身は甘く痺れて感覚がない。広いベッドの上で、シーツの海に溺れる姿は酷く滑稽だろう。

 グチャグチャと派手な水音が響く。長く節くれだった指先が、恥ずかしいほど濡れた穴をこじ開けていく。

「ヒッ……っ、ぁあっ……!」

器用な動きで粘膜を何度も抉じ開ける指先が、尻穴を、性器へと変えていく。
 荒々しく乱れる息遣いも、大袈裟なほど痙攣する身体も、濡れきった喘ぎ声さえ、彼には何のダメージも与えられはしない。

「あぁぁーーッっ!」

背を反らし、逞しく脈打つ陰茎を咥え込む。ズンッと重く突き上げる腰の動きに翻弄され、俺は呆気なく精を放った。 

「あっ、……ッ、ん……あぁっ……、ん……!」

衣服さえ脱がず、上質なスラックスの前を寛げただけの格好で、硬い肉を何度も突き立てられる。
 ぬぶ、っと根元まで深く身を沈められ、乱暴な腰使いで最奥を暴かれる。

「ひぅっ、……ッ、や、ぁっ……ッ……!」

気遣いの欠片さえ感じられないほど激しい律動に翻弄され、視界が霞んでいく。

両足を限界まで広げられ、体重をかけられる。ズッシリと鍛え上げられた筋肉質の体に組み敷かれ、あられもない声を上げて善がる自分自身が情けなくて堪らない。

「……中、うねってやがる。誠」

ガリッと血が滲むほど首筋を噛まれると、俺は精を放つことさえなく、全身を震わせて絶頂する。

「あぁッーーっ!」

びしゃっ、と最奥を濡らす熱い精液の感触にさえ感じ入り、一際甘い嬌声を上げた。

「……っ、秀一さん……ッ、もぅ、ッ、だめっ……、だめぇっ……!」

ドチュ、ドチュと盛大な交接音を響かせながら、高圧的な男に嬲られる。

「……普段は澄ました顔をしているくせに、一皮剥けばとんだ淫乱だな、誠……」

べろりと歯形が刻まれた首筋を舐められ、ちくりとした痛みにさえ快感を見出し、腹の奥がびくびくと痙攣する。

「あぁッ、……ァあっ、あんッ……!」

とろりと蕩けた襞が硬い肉に纏わりつき、射精を強請るように吸い付く。激しさを増す律動に硬く張り詰めた陰茎がびくりと震え、ビュルッ、ビュクッと熱い精液を何度も吐き出し、体内をじわりと濡らした。

「んんぅっ……!ンッ……っ……!」

噛み付くように唇を奪われ、深く舌を絡め取られる。肉厚な舌に執拗に口内を蹂躙され、注ぎ込まれる大量の唾液を何とか飲み込んだ。力が入らなくなった身体をベッドへ投げ出され、濃厚な口づけが解かれると、獰猛な色を宿した黒光りする瞳が俺を見下ろしていた。

「……これで、俺とお前は番となった。どうだ? 誠、運命の番とやらになった気分は」

大きな手に顎を掴まれ、再び唇を奪われる。

「ンンっ、んうっ……!」

その体臭に包まれるだけで、内側が濡れ、子種を欲しがるように腹の奥が疼いた。

 同じ男でありながら、第二性がαである彼、南雲秀一と、第二性がΩである俺、高野誠には明確なパワーバランスが存在している。
 αの強力な誘引フェロモンに、発情期のΩが抗うことは不可能だ。

「お前は俺のイロだ。それを、忘れるな」

「……は、い……」

彼はそう言って手を離すと、シャツを脱ぎ捨てバスルームへと消えていった。

“運命の番”

その残酷な鎖に繋がれた俺は、その夜、底なし沼に落ちていくような感覚に襲われていた。



初めて彼に出会ったのは、小学生の頃だった。さらさらと風に揺れる艶のある黒髪と、彫りの深い端正な顔立ち。背が高く、大きな手が印象的だった。
 仲良くなった友達の家に遊びに来た俺にケーキを出してくれた彼を、俺は漠然と友達の兄だと思っていた。
それほど、彼は若く、人を惹きつけるオーラを放っていた。俺の中にある父親の印象とは、まるで別物だったのだ。

「…たくさん、食えよ」

今にして思えば、彼の笑顔を見たのはそれが最初で最後だった。

「うん! ありがとうお兄ちゃん」

「ふ、拓実と仲良くしてくれてありがとな」

優しく頭を撫でてくれた彼、南雲秀一が小学生の頃からの親友、南雲拓実の父親だと知ったのは、中学生になってからだった。

 俺と拓実が通っていたのは、小中高一貫の私立で、周りからは「成金学園」と呼ばれていた。クラスには、有名企業の代表や官僚、議員、実業家など、ハイクラスの経済力を持つ親たちが、金とコネを使って子供に質の高い教育を与える場だった。

「……拓実。また、喧嘩したのか」

小学生まで大人しかった親友が、なぜか中学生になってから喧嘩ばかりするようになった。

「うるせーな、誠。テメーは母ちゃんか」

こうして、保健室で傷の手当てをすることが増えた。

「そんなに体力が有り余っているなら、得意の空手部にでも入ったらどうなんだ?」

不良そうに見えても、幼い頃から空手に通っている拓実は、今でも道場へ行くことだけは欠かしたことがない。

「……は、こんなお遊びの部活なんてやってられるかよ」

ちっ、と短く舌打ちをする拓実の姿に、俺は溜息を吐いた。 

「バカ。本気になれば、拓実だって学年トップだろ。俺は努力しなければ成績をキープできないけど、拓実は適当に聞いただけで授業の内容を理解できるんだからな」

ジロリと鋭い視線を向けると、聞き飽きたとでも言うように拓実が肩を竦めて見せた。

「……お前は、前から変わんねぇよな」

拓実はポツリとそう呟くと、保健室からふらりと出て行った。俺は、どこか寂しげな背中を見送ることしかできなかった。

 小学生までは、金持ちという括りでひとまとめにされていたクラスメイトも、中学生になれば、状況や立場、親の言葉などから、自然と似た境遇の相手と過ごすようになる。

 そんなクラスの中で、思春期ということもあり、関東を牛耳る広域指定暴力団、極道という組織をまとめている南雲組が拓実の家だと知れ渡った。

 当然、大人同士の取り引きにより、表向きは差別も区別も発生していない。それでも、拓実の家があまりにも裏社会に影響力があるため、見て見ぬ振りをすることもできず、自然とクラスメイトたちは距離を置くようになった。

 加えて、若くして一大組織を率いる代表となった拓実の父、南雲秀一は、その若さと整った容姿からスキャンダルが絶えない存在でもあった。そんな世間を賑わせている父親に良く似てきた拓実を見る度に、俺は高等科に進級する前に行われる第二次性の検査に不安な気持ちを抱えていた。

 その日、俺は目の前が真っ暗になった。第二次性の結果が配られ、担任からΩ、β、αについての解説や、ヒートと呼ばれる発情期についての注意事項、突発的な事故を防ぐために全員に配られた抑制剤の使い方など、事細かに説明された内容をほとんど覚えていなかった。

人口の約10パーセントしか存在しないΩ。その判定結果が、自分の名前が書かれた診断書に記載されていた。鈍器で頭を殴られたような衝撃を受け、強烈な目眩と吐き気に襲われた俺は、体調不良を理由に逃げるようにして教室を飛び出した。 

 家に帰り、塾も休むと、俺はその夜一晩中声を殺して泣いた。

それからしばらくは、Ωの症状が現れることもなく平和な日々が続き、辛うじて進級することができた拓実と高等科に通うことになり、運良く同じクラスになった。

「誠、教科書見せろよ」

「またかよ。教科書も持たないで、一体鞄に何を入れてるんだ?」

席も隣同士となった俺たちは、気心が知れたお互いの存在に安心しきっていた。高等科に上がり、ますます外見が派手になっていく拓実が隣にいたおかげで、当時の俺の外見は地味以外の何者でもなかった。

そして、突如二度目の絶望が俺を襲う。

「済まない。誠、父さんのせいでもう私立には通えなくなってしまった……」

高校二年の春、父親が事業に失敗し多額の借金を背負った俺の家族は、突然貧乏家庭へと転落した。

「拓実、ごめん。俺……転校することになったから、明日からもう、お前に教科書を見せてやれない」 

震える声でそう吐き出した俺の言葉に、拓実は「分かった」とだけ返した。
 翌日、慌ただしく転校の手続きを終えた俺は、拓実に会うこともできないまま、逃げるようにして引っ越しを済ませた。

【落ち着いたら、連絡よこせ】

 拓実からSNSにそうメッセージが届いた時には、幼い頃から優しかった拓実の姿に俺は涙が止まらなかった。

 父親の多額の借金により、自己破産となった俺たち家族は、慎ましい生活をすることになり、毎月の返済に追われる両親に代わり、俺が妹の面倒を見るようになった。

 公立高校に通いながら大学受験のために勉強していた俺に、拓実から久しぶりに会いたいとメッセージが届いた。
 
 引っ越してからもSNSでやり取りをしていた俺たちは、相変わらず仲が良かった。

 俺は何の心の準備もないまま、拓実からの呼び出しを了承した。

 ちょうどお互いの住んでいる場所の中間にあるファストフード店で待ち合わせると、そこにはスラリとした長身で、切長の目元が印象的な男が立っていた。

 細身のパンツにジャケットを羽織る姿は、とても同じ年齢の高校生とは思えないほど大人びていて、鋭い眼差しが、幼い頃一度きり会ったことがある拓実の父に似ていた。 

「誠、呼び出して悪かったな」

「ううん。大丈夫だけど……何かあったのか?」

いつもは軽い口調で話す拓実の表情は固く、何か事情があるのか思い詰めた様子だった。

「実は俺、じいさんの会社を継ぐことにしたから、来週、アメリカへ発つことになった」

拓実の祖父といえば、南雲会長と呼ばれる裏社会の重鎮であり、いくつかの金融機関や不動産を所有している。直系の孫であり、南雲組組長である南雲秀一の長男であれば、会社の一つや二つは継がせるのが当然だ。

「……決めたんだな、拓実」

「ああ。俺は組を継がない代わりに、じいさんが設立した会社のトップに立つ。そのためにアメリカでMBAを取得してから戻る。しばらくは帰ってこられない……だから、誠。お前も、体には気をつけろよ」

その、覚悟を決めた真剣な表情を向ける拓実の姿に、俺は胸が熱くなった。

「お前の決断を応援するよ、拓実。俺も、お前に負けないように難関大学に合格して法律家になるからな。帰国したら、また会おうな」

俺の言葉に、拓実は眉根を寄せると、切ないとでも言うように目を伏せ、頷いた。

「バカ、今生の別れでもあるまいし、大袈裟なんだよ誠は。いくらでも通話できるし、顔だってオンラインで見られるだろ……それに、長期休みには帰って来るから心配するな」

いつものように明るく笑う拓実の笑顔に、俺は安堵すると、出発の日に空港へ見送りに行くと約束をして、その日は解散となった。 

 空港への見送り当日、拓実から「急遽朝一便に変更になったため、見送りは不要になった」とSNSにメッセージが届いた。
結局、その日を境に拓実からの連絡は途絶えてしまった。


【7年後】

「被告人は、本当にその資金が不正な取引によって得られたものではないと、心から信じていたとおっしゃるのですか?」

 コツ、と磨き上げられた革靴の踵が鳴る。法服に身を包んだ俺に視線が集中する。

「裁判長、被告人真壁は、資金の出所が不正であると知りながら、それを用いて平然と利益を得ていました。これは明白な犯罪行為であり、社会的影響も甚大です。よって、検察側は懲役刑を強く求めます」

法廷内に響く声に、裁判官が神妙な顔つきで俺の熱弁を眺めている。

カン、カンと鋭くガベルの音が鳴る。

「主文。被告人真壁を懲役三年に処する。
理由。被告人は、組織的かつ計画的に不正取引を行い、社会的信頼を著しく損なった。
その責任は重大であり、実刑をもってこれに応える必要があると判断する」

裁判長の判決により、第一審が下された。

「高野先輩、お疲れ様でした! さすがですね~! 弁護士どもの悔しそうな顔! あれ、見ました? 最高でしたよ」

後輩の言葉を聞き流しながら、共に法廷を後にすると、俺は急いで車に乗り込んだ。長時間に及ぶ裁判が無事終わると、次は検察庁に戻り、今回の判例に対する確認作業が残っているからだ。

「難しい案件が終わって一安心ですね」

「ああ、ようやくこれで一息つける」

俺は車を走らせながら、長期間に及ぶ事件に決着がついたことに安堵する。
 これで、次の事件への資料を調べる時間を確保することができる。休む間もなく業務は続く。

不吉な知らせは、緊張感を解いた瞬間にやって来た。検察庁に到着し、自室へ向かおうとした途端、スマホが鳴る。 

 高野慎二。父親の名前が表示されると、俺は後輩を先に行くように促し、一人で車内へと戻る。急速に湧き上がる不安を抑え込むように、慎重に通話ボタンを押した。

「はい。誠です」

ガサガサという雑音の後に、父の嗚咽が聞こえた。



「……っ、誠、……すまない、父さん、お前に少しでも金を返したくて……っ、」

下卑た笑いが背後から聞こえて来る。ひやりとした冷たい汗が背を伝う。

嫌な予感が頭の中を過り、急速に体温が下がっていく。

「あー、高野誠さん?アナタのお父さんが抱えた多額の負債についてお話しをさせていただきたいんですがねぇ、今から言う事務所まで来てもらえませんか」

威圧するような掠れた声に、俺は了承すると通話を切った。
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