【完結】トラウマ眼鏡系男子は幼馴染み王子に恋をする

獏乃みゆ

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22.きみだけの特別

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 自分の荒い息が、耳の奥で反響しているようだ。日頃こんなに走ることなんてないから、胸の辺りが痛むほどに辛くなってきた。
 体育館の扉を押し開けた瞬間、舞台の上では悪役がボウガンを構えて野獣を狙っていた。
 バン! という乾いた音が響いた瞬間、舞台の光が一斉に消えた。

 このあと、もう悠斗にスポットライトが当たってしまう。
 自分の外見を切り売りするのは嫌だって、そう言ってた。この舞台だって、絶対に上がりたくないからって裏方の仕事を選んでたのに。

「ハル……っ」

 荒い息が喉を張り付かせて、上手く声が出ない。
 客席の中央には舞台へと真っ直ぐ伸びる通路がある。照明が落ちた暗がりの中、舞台へと駆け寄る。
 、と、床に落ちたパンフレットか何かに足を取られ、転んでしまう。

「っあ!」

 カシャン、とメガネが落ちるが、探している暇はない。すぐに起き上がり、再び駆け出す。

「ハル…」

「ハル!!」

 今度は体育館に響き渡るような声で、ハルを呼ぶ。

「……ゆう……くん?」

 暗闇の中、声だけが響き合う。互いの姿は見えないのに、たしかにそこに存在を感じる。
 舞台の上で、人が動く気配がする。
 会場はざわざわと騒がしい。舞台の上の足音が近づいてくる。

「ハル、行こう」
「え……」

「──迎えに来たよ」




 ぱっ、とスポットライトが灯される。

 目の前に、白い王子様のような衣装に身を包んだ悠斗が、舞台の端に膝をついて俺を見つめている。
 光に照らされて、キラキラと光ってる。
 俺はそんな王子様に手を伸ばした。

「ゆうくん……」
「ほら、行こう!」

 悠斗の手が、俺の手に重なる。
 悠斗は舞台から飛び降り、俺はその手を握りしめて、駆け出した。
 スポットライトが俺たちを追ってくるが、そんなものは関係ない。全力疾走で、二人で駆けていく。

「え、やば!あれだれ?!」
「嘘、あんな人うちの学校にいた?!」
「王子が王子さらっていく!!」

 体育館中にどよめきが巻き起こる。叫ぶ人もいれば、スマホをこちらに向ける人もいる。
 その喧騒を背中に受けて、悠斗と体育館を飛び出した。
 




「はーっ、はーっ、も、 むり……」

 悠斗を連れて走ると、学校中でスマホのカメラを向けられて、逃げ回るのに苦労した。でも、何とかB棟の端まで逃げ切ることができ、空き教室に駆け込んで、ドアの鍵を閉めて2人して床に座り込む。
 隣で、同じように息を切らす悠斗を見つめる。
 白い詰襟の正装に赤いマントをつけた悠斗は、まるで絵本の世界から飛び出してきたみたいだ。

「ふ…、ふふ、ほんとに王子様になっちゃったね。
 似合うよ、ハル」

 ふふふ、と笑う俺を、何も言わずに悠斗が見つめる。その顔にそんなに見つめられると、段々と顔に熱が点ってくる。

「王子様はゆうくんだよ。
 俺を連れ出してくれた。」
「だって、ハル嫌がってたから」

 俺を見つめていた視線が揺れて、そのうちに床に落ちる。さっき壁を殴ってできた悠斗の手の傷はそのままだ。王子様の白い手袋に赤く血が滲んでいる。

「……さっきは、ごめん。
 俺、ひどいこと言った」

、あいつに見せてどうすんだよ!』

 確かに。傷ついた。
 でも……
 そっ、と傷ついた悠斗の手に両手で優しく触れて、静かに手袋を外す。それほど深い傷じゃないみたいだ。……良かった。

「……ハルがさ、俺の友達で居てくれるのは、俺の顔以外でもいいところがあるからでしょ
 俺だって、ハルが顔以外にもいっぱいいいところあるって知ってるもん」
「……ゆうくん……」

 心の中の柔らかい部分をさらけ出すように、悠斗に本当の気持ちを伝えていく。

「あ、ごめん。
 メガネ、ちゃんとつけてたんだよ。
 でも、体育館で転んじゃって、落としちゃった」
「ゆうくん、」

 床の上でぺたりと座り込んだまま、ハルに抱きしめられる。赤いマントに包まれて、まるでハルに閉じ込められたみたいだ。

「もう……メガネかけなくていい。
 顔も、隠さなくていい。」

 目の前の、かろうじてピントの合う距離にいる悠斗は、見たことのない泣きそうな顔をしている。

「俺は、ずっとゆうくんのこと、綺麗だと思ってた。
 誰よりも綺麗で可愛いから、俺以外の誰にも見せたくなくて、だからメガネをかけさせて隠そうとしたんだ。
 前髪も伸ばして、どんどんゆうくんが誰にも関わらずに、一人になっていくことに安心してた。

 俺、最低なんだ……」

 はらはらと、綺麗な瞳から宝石みたいな涙がこぼれ落ちていく。呆然と、これが絵本ならきっとこの涙は宝石になってただろうな、と現実味のないことを考えてしまった。
 だってそれくらい、夢みたいなことを言われたから。
 まさか悠斗がそんなことを考えていただなんて、思いもしなかった。想像もできなかった。

 俺を……独り占めしたかった?

「……ハル、俺の顔好きなの?」
「すっごく好き」
「……俺の顔だけ好きなの?」

 悠斗の息を吸い込む音が聞こえる。

「そんなわけない。ゆうくんの全部が好きだ」

 思いの外大きな声で悠斗の気持ちを伝えられる。
 宝石をこぼし続ける瞳から、目を逸らせない。

「ハル、俺も好きだよ
 ずっとハルのことが好きだった」

 はは、思わず笑ってしまう。

「っ……ゆう、くん……っ!」

 あまりにも悠斗の目から涙が出るものだから、目が溶けちゃいそうだ。

「もー、昔に戻ったみたい
 泣き虫に戻っちゃったよハル」
「……ん、」

 袖を伸ばし、袖の布地で優しく涙を拭ってやる。
 無言でハルがこちらに両腕を開いた。

「ゆうくんがぎゅってしてくれたら、止まる」
「はは、うん、おいで」

 俺の胸に、でっかい幼馴染みがその身を預けてくる。悠斗の体温も、匂いも、全部を抱きしめる。

「……ハル、陽だまりみたいに温かいね」
「……ゆうくんもね。
 俺の陽だまり。俺だけの陽だまり。」
「……うん。」

「ね、ゆうくん」
「ん?」

 悠斗が胸元から俺を上目遣いに見上げる。

「ずっと一緒にいてくれる?」

 あぁ、何度も聞かれた質問だ。
 もう、悠斗に気持ちを隠す必要はない。

「うん、ずっと一緒
 大好きだよ、ハル」
 
 悠斗を抱きしめる腕に力を込めると、悠斗も俺を力強く抱きしめ返してくれる。
 絶対に離さないと伝えるように。





 文化祭アワードの結果は、最優秀賞をなんと2年3組が獲得して、クラス全員の焼肉獲得が決定した。そして、アイデア賞で2年2組の『Re:美女と野獣』が受賞していたが、『王子が他国の王子に攫われるという、劇的なクライマックスで会場を大いに沸かせた』と、説明されたときに、舞台演出をしていた演劇部の人にすごい目で睨まれた。……王子を攫ってごめんなさい。

 なぜかアワードの発表のときも悠斗は2年3組の席に座ってるし、後夜祭もずっと一緒に居たけど、焼肉屋への移動では、遂に壮司に引っがされてた。

「てめぇは焼肉獲得してねぇだろうが!!」
「ゆうくん……っ!!
 チッ 離せ久生、俺とゆうくんの邪魔をするな」
「あ"あ"?!」

「……遠野くんてあんな感じなんだね」

 戸田さんが心なしか遠い目で、悠斗と壮司のやり取りを見ている。

「青山っち苦労しそう……いや、案外幸せそう?」
「ふふ、うん。
 たぶん大丈夫。」

 たぶん、腑抜けた顔で笑ってみる。
 ここにいる皆には、この顔を見せても大丈夫だと、そう思える。

「これはお熱いわぁ~
 とりあえず、焼肉は一緒の席座ろ
 お肉いっぱい焼いたげる」
「やった~」
「ゆうくん……っ!!」

 叫ぶ悠斗に振り返って手を振る。

「ハル、帰ったら家行くからな、
 待ってて!」

「……うん!」

 そう言って笑う悠斗は、舞台上のスポットライトよりも強く、俺の心を照らしてくれる。

 そうして、俺たちの文化祭は幕を閉じた。



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