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新婚夫婦と7つのお茶
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庶民にとっては憧れの場所であり、中流以上の家庭にとっては自らの足で訪れても後ろ指を差されることがない、貴重な店の一つ。それがホールトン&ランベルトの百貨店だ。ローグスの一等地でほんの十数年前に創業したこの店は、幅広く、それでいて個性的な品ぞろえと確かな品質でローグスの人々に人気となった。そんな新進気鋭の商会の現当主がライセル王国では異例中の異例である若い女性だ、ということも多くの人が知っていることだ。
そんな人々の注目を集める女性、アデル・ホールトン。数々の壁を跳ね返し、若くして大店の商会を束ね、若い女性達の憧れの的ともなっている彼女だが、もちろん彼女にも悩みはある。
自分よりずっと年上の者ばかりの商売人達と渡り合ってきた結果、同世代の友人が少ない、というのもその一つだ。ところが最近、そんなアデルにはとても素敵な友人が出来た。自分と同じく若くしてライセルを代表する商会を束ねる男、トーマス・ブラッドリー。最近その妻となったシンシアだ。
彼女に初めて会った時からその明るさ、賢さ、そして愛らしさに魅了された彼女は忙しい合間を縫って彼女とお茶をしたり出掛けたりしている。今日は商会が休みの日。彼女は午後のお茶の時間にシンシアを招いたのだった。
「お招きいただきありがとうございます、アデル様。今日が来るのをとっても楽しみにしておりましたわ」
そう言って、ドレスの裾を軽くつまみ膝を折るシンシア。最初はもっと大仰に挨拶されていたものだが、友人同士なのだから、あまり堅苦しくしないで欲しい、と彼女が何度も訴えた結果、最近ようやく、親しい友人にする挨拶に変えてくれた。
そんなことを思い出しつつアデルは庭に誂えたティーテーブルへ案内する。夏のお茶会は爽やかな風が吹き抜け、色とりどりの花を楽しめる庭先で楽しむのがライセル流だ。
すでに美しくセットされたテーブルの中央には三段重ねのスタンドがあり、断面の美しいサンドウィッチに、焼き立てのスコーン、そして色鮮鮮やかなケーキが載せられている。そしてその周りにはお茶のセットが一式。もちろんそれらはすべてホールトン&ランベルトの商品だ。
これが普段の彼女が主催するお茶会ならば、その一つ一つをわざとらしくならないよう気をつけつつも、出席者達に以下に素晴らしいものか勧めて行くのだが、そんなことをせずとも、ホールトン&ランベルトを贔屓してくれるシンシアの前では必要ない。
「まあ、このポットは初めて見る模様ですわ。こんなきれいな青色初めて見ましたわ」
今日も、彼女が言うまでもなく、彼女が最近見つけたとある窯元の磁気に目を止めたシンシアにアデルは目をほころばせる。彼女自身が陶磁器で知られる名家出身なこともあり、茶器や茶葉に関する感性や知識は、目を見張るものがある。
「さすがシンシアだわ。西部に言った時に偶然見つけたの。あまりにも素晴らしいから、その場で職人のところまで行っちゃったの。家族で細々と作っているから数は作れないそうだけど、とっても素敵よね」
「あちらにはまだまだ知られていない工房がたくさんありますわね。こうしてこういった品々が日の目を見るようになれば、ライセルの陶磁器ももっと栄えますよね」
「えぇ、新しい可能性を見つけ出すのも私達商人の仕事よ」
と、そこで何かを思い出したらしいアデルは鮮やかな朱色のお茶をシンシアに勧めつつ、ニヤリと笑う。
「そう言えば、ブラッドリーズのピクニックボックスが大人気だそうじゃない。専属ブレンダーが選んだ茶葉にオリジナルの食器類、そしてなにより今をときめくブラッドリー夫妻も気に入ったとあちこちで噂されているわ」
その言葉にシンシアは少し頬を赤らめる。
「えぇ、お陰様で。でも良い宣伝になる、とはいわれましたが、まさか本当にこんな効果があるなんて。ただただ楽しくピクニックしただけですのに」
「その、勧めるつもりなんてありません、っていう純粋な気持ちがまた良いのよ。上流の方々は人を見る目も肥えているから、本当に楽しんでいるかなんてすぐ分かるしね。それにしてもピクニックボックスに先に目をつけたのはホールトンなのに、トーマスもやってくれるわね」
少し憎まれ口を言いつつも、その瞳は笑っている。ピクニックボックスはブラッドリーはもちろんローグスの各商会がこぞって個性のある商品を出しているし、その中でオリジナルとも言えるホールトンの商品の人気はまだまだ健在だ。
「ですが、やっぱりホールトン&ランベルトのピクニックボックスの人気は絶大ですわ」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
そう行って頬をほころばせたアデルは小皿に取り分けられたサンドイッチをつまむ。食べやすく一口大に作られたそれはイワシのパテが挟まれていて混ぜ込まれたハーブの香りが素晴らしい。これもホールトンの試作品の一つだ。一方シンシアはきゅうりが入ったものを食べている。サワークリームであえられたきゅうりは定番だが、胡椒のアクセントがさっぱりとしていて美味しい。
「それはそうとその調子だとトーマスとの仲は順調なようね。ピクニックは初めてのデートだったって聞いたけど?」
「えぇ、そうですわね。お出かけはとっても楽しかったです」
カップを手にしながら聞くアデル。なんのことはない話だが、シンシアの答えは少しアデルにとって意外だった。楽しかったと言いつつ、シンシアは少しだけ愁い顔だ。何か問題でもあるのだろうか、カップをソーサに戻したアデルは少し心配げにテーブルの向こうの友人を見つつ、まずはお茶請けを勧める。
「あら、どうしたの。浮かない顔して。まあ、まずは甘いものね。このジャム、料理長のおすすめなの」
その言葉に合わせ、今度はスコーンが取り分けられる。アデルが示したジャムは夏が時期の数種類のベリーを合わせたものだ。ホールトンでは素敵な瓶に詰めたジャムが何種類もあり人気だが、家で作る手作りのジャムにはそれならではの良さがある。アデルの勧められるまま、半分に割ったスコーンにジャムとたっぷりのクリームをつけてかじったシンシアは憂い顔を少しほころばせる。
シンシアの顔が少し笑顔に戻ったのを見たアデルは「で?」と切り出す。
「ようやくスタートラインに立って幸せな新婚生活を過ごしているはずのシンシアはどうしてそんな浮かない顔をしているの?何かあった?トーマスに何かされた?」
そんなアデルの問いかけに少し考えたシンシアは恐る恐るといった様子で言葉を紡ぐ。
「いえ、その、トーマス様はとても良くしてくださいます。以前より話す機会も増えましたし、食事やお茶の時間も可能な限り一緒にしようとしてくださいます。ただ・・・・・何もない、といいますか何もされないのです」
「何もされない?」
と、一度疑問符を頭の上に浮かべたアデルだが、目の前のシンシアの頬がほんのりと赤くなっているのに気づきその真意に気付く。
「つまり、トーマスが手を出してこないってことね」
その言葉に、今度は茹で上がったように赤くなったシンシアは
「手を出してって、そこまでは考えていませんでしたが・・・・・、その口づけも結婚式の一回きりですし、そもそもエスコート以外では手を握ることさえないのです。きっとトーマス様は私のことを気遣ってくださっていらっしゃるのだと思うのですが」
と言ってうつむく。そんな彼女の様子にアデルは大きく息を吐き視線を上に向ける。
「まぁ、あのトーマスにそっちの方面のことを期待するのは無理だとは思ってたし、早急にあなた達の仲が進むとも思ってなかったけど・・・・・、でもやっぱりあまりにも触れてこないと気になるわよね?」
「はい・・・・・、その、もともと 伯爵にお呼ばれした夜『恋人から始め直しましょう』と二人で話したので、きっとトーマス様もそのとおり、まずはお話することから始めようとしてくださったのだと思います。実際私も今の関係は心地よいのですが・・・・・、でもこのままで良いかというと違う気もして。でもこんなこと言ったらトーマス様に面倒な人だと思われないかと」
「まあ、面倒と言えば面倒ね」
お茶のカップを煽り、端的に言うアデルにシンシアの顔は更に曇る。しかしそんな彼女にアデルは少し声を柔らかくして話を続ける。
「でも、それが恋愛の醍醐味じゃないの?それに付きあえないような男は所詮その程度よ。トーマスはあなたから見てそんな人?」
「いえ、違います!」
「まあ、昔の彼なら微妙だけど、少なくとも今のトーマスはあなたに誠実に向き合っていると思うわ。だから一度彼に相談してみなさい。それかいっそあなたから誘ってみるか?」
「無理ですわ!」
と声のトーンが一気に大きくなり、ほんの一瞬であるが、給仕の使用人たちの目線が集まったのに気づきシンシアは
声を小さくする。
「ごめんなさい。でも直接誘う勇気なんてとてもないし、遠回しに誘ったら、トーマス様が気付くと思われますか?」
「確かに思わないわね・・・・・」
シンシアの言葉に、アデルも考え込む。二人共が手持ち無沙汰にカップに手を伸ばす時間が少しあったが、考え込むのは嫌いらしいアデルが「やっぱり」とシンシアの方を見る。
「あなたから近づくしかないんじゃない?」
「え!そんな」
結局その結論なのか、と嘆くシンシアにアデルがさらに畳み掛ける。
「別にそこまで大胆なことをしなくても良いわ。いつもより少し薄手の服を着て、可愛らしく手でも握れば、さすがのトーマスも全く何も思わないってことはないでしょう?何ならお茶にお酒でも混ぜれば良いわ」
「トーマス様が酔うほどのお酒をお茶に淹れたら美味しくなくなりますわ」
シンシアが苦笑する。
「なにも一服盛れ、と言っているわけじゃないわ。軽く酔えばシンシアもいつもより大胆なことができるかな、と思って」
「でも、恥ずかしいですわ」
そう言って下を向くシンシアにアデルはなおも続ける。
「だけど、そうしていたらいつまでも今のままよ。トーマスがあなたのことを好いているのは傍から見ても絶対なんだし、シンシアは可愛いんだから頑張りなさい。大事なのは度胸よ」
そんなアデルの言葉に押され、シンシアは「わかりました。一度試してみますわ」と笑う。
「首尾は報告なさいね」
と笑いながら眼の前の皿に載せられた見た目もとっても可愛らしい一口大のケーキに手を付ける。彼女に促されたシンシアもまた眼の前のケーキを口にした。
「まあ、とっても美味しいですわね。レモンのクリームが爽やかでこの時期にぴったりですわ」
「ありがとっ、料理長に伝えておくわ。きっと彼も喜ぶはずよ」
シンシアの夫婦仲進展についての話もとりあえず方向性が決まり、二人の話題はまた新しい紅茶の流行についてに変わる。
美味しいお茶、素敵なお菓子、楽しいおしゃべりが揃った、楽しいひとときを二人は楽しんだのだった。
そんな人々の注目を集める女性、アデル・ホールトン。数々の壁を跳ね返し、若くして大店の商会を束ね、若い女性達の憧れの的ともなっている彼女だが、もちろん彼女にも悩みはある。
自分よりずっと年上の者ばかりの商売人達と渡り合ってきた結果、同世代の友人が少ない、というのもその一つだ。ところが最近、そんなアデルにはとても素敵な友人が出来た。自分と同じく若くしてライセルを代表する商会を束ねる男、トーマス・ブラッドリー。最近その妻となったシンシアだ。
彼女に初めて会った時からその明るさ、賢さ、そして愛らしさに魅了された彼女は忙しい合間を縫って彼女とお茶をしたり出掛けたりしている。今日は商会が休みの日。彼女は午後のお茶の時間にシンシアを招いたのだった。
「お招きいただきありがとうございます、アデル様。今日が来るのをとっても楽しみにしておりましたわ」
そう言って、ドレスの裾を軽くつまみ膝を折るシンシア。最初はもっと大仰に挨拶されていたものだが、友人同士なのだから、あまり堅苦しくしないで欲しい、と彼女が何度も訴えた結果、最近ようやく、親しい友人にする挨拶に変えてくれた。
そんなことを思い出しつつアデルは庭に誂えたティーテーブルへ案内する。夏のお茶会は爽やかな風が吹き抜け、色とりどりの花を楽しめる庭先で楽しむのがライセル流だ。
すでに美しくセットされたテーブルの中央には三段重ねのスタンドがあり、断面の美しいサンドウィッチに、焼き立てのスコーン、そして色鮮鮮やかなケーキが載せられている。そしてその周りにはお茶のセットが一式。もちろんそれらはすべてホールトン&ランベルトの商品だ。
これが普段の彼女が主催するお茶会ならば、その一つ一つをわざとらしくならないよう気をつけつつも、出席者達に以下に素晴らしいものか勧めて行くのだが、そんなことをせずとも、ホールトン&ランベルトを贔屓してくれるシンシアの前では必要ない。
「まあ、このポットは初めて見る模様ですわ。こんなきれいな青色初めて見ましたわ」
今日も、彼女が言うまでもなく、彼女が最近見つけたとある窯元の磁気に目を止めたシンシアにアデルは目をほころばせる。彼女自身が陶磁器で知られる名家出身なこともあり、茶器や茶葉に関する感性や知識は、目を見張るものがある。
「さすがシンシアだわ。西部に言った時に偶然見つけたの。あまりにも素晴らしいから、その場で職人のところまで行っちゃったの。家族で細々と作っているから数は作れないそうだけど、とっても素敵よね」
「あちらにはまだまだ知られていない工房がたくさんありますわね。こうしてこういった品々が日の目を見るようになれば、ライセルの陶磁器ももっと栄えますよね」
「えぇ、新しい可能性を見つけ出すのも私達商人の仕事よ」
と、そこで何かを思い出したらしいアデルは鮮やかな朱色のお茶をシンシアに勧めつつ、ニヤリと笑う。
「そう言えば、ブラッドリーズのピクニックボックスが大人気だそうじゃない。専属ブレンダーが選んだ茶葉にオリジナルの食器類、そしてなにより今をときめくブラッドリー夫妻も気に入ったとあちこちで噂されているわ」
その言葉にシンシアは少し頬を赤らめる。
「えぇ、お陰様で。でも良い宣伝になる、とはいわれましたが、まさか本当にこんな効果があるなんて。ただただ楽しくピクニックしただけですのに」
「その、勧めるつもりなんてありません、っていう純粋な気持ちがまた良いのよ。上流の方々は人を見る目も肥えているから、本当に楽しんでいるかなんてすぐ分かるしね。それにしてもピクニックボックスに先に目をつけたのはホールトンなのに、トーマスもやってくれるわね」
少し憎まれ口を言いつつも、その瞳は笑っている。ピクニックボックスはブラッドリーはもちろんローグスの各商会がこぞって個性のある商品を出しているし、その中でオリジナルとも言えるホールトンの商品の人気はまだまだ健在だ。
「ですが、やっぱりホールトン&ランベルトのピクニックボックスの人気は絶大ですわ」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
そう行って頬をほころばせたアデルは小皿に取り分けられたサンドイッチをつまむ。食べやすく一口大に作られたそれはイワシのパテが挟まれていて混ぜ込まれたハーブの香りが素晴らしい。これもホールトンの試作品の一つだ。一方シンシアはきゅうりが入ったものを食べている。サワークリームであえられたきゅうりは定番だが、胡椒のアクセントがさっぱりとしていて美味しい。
「それはそうとその調子だとトーマスとの仲は順調なようね。ピクニックは初めてのデートだったって聞いたけど?」
「えぇ、そうですわね。お出かけはとっても楽しかったです」
カップを手にしながら聞くアデル。なんのことはない話だが、シンシアの答えは少しアデルにとって意外だった。楽しかったと言いつつ、シンシアは少しだけ愁い顔だ。何か問題でもあるのだろうか、カップをソーサに戻したアデルは少し心配げにテーブルの向こうの友人を見つつ、まずはお茶請けを勧める。
「あら、どうしたの。浮かない顔して。まあ、まずは甘いものね。このジャム、料理長のおすすめなの」
その言葉に合わせ、今度はスコーンが取り分けられる。アデルが示したジャムは夏が時期の数種類のベリーを合わせたものだ。ホールトンでは素敵な瓶に詰めたジャムが何種類もあり人気だが、家で作る手作りのジャムにはそれならではの良さがある。アデルの勧められるまま、半分に割ったスコーンにジャムとたっぷりのクリームをつけてかじったシンシアは憂い顔を少しほころばせる。
シンシアの顔が少し笑顔に戻ったのを見たアデルは「で?」と切り出す。
「ようやくスタートラインに立って幸せな新婚生活を過ごしているはずのシンシアはどうしてそんな浮かない顔をしているの?何かあった?トーマスに何かされた?」
そんなアデルの問いかけに少し考えたシンシアは恐る恐るといった様子で言葉を紡ぐ。
「いえ、その、トーマス様はとても良くしてくださいます。以前より話す機会も増えましたし、食事やお茶の時間も可能な限り一緒にしようとしてくださいます。ただ・・・・・何もない、といいますか何もされないのです」
「何もされない?」
と、一度疑問符を頭の上に浮かべたアデルだが、目の前のシンシアの頬がほんのりと赤くなっているのに気づきその真意に気付く。
「つまり、トーマスが手を出してこないってことね」
その言葉に、今度は茹で上がったように赤くなったシンシアは
「手を出してって、そこまでは考えていませんでしたが・・・・・、その口づけも結婚式の一回きりですし、そもそもエスコート以外では手を握ることさえないのです。きっとトーマス様は私のことを気遣ってくださっていらっしゃるのだと思うのですが」
と言ってうつむく。そんな彼女の様子にアデルは大きく息を吐き視線を上に向ける。
「まぁ、あのトーマスにそっちの方面のことを期待するのは無理だとは思ってたし、早急にあなた達の仲が進むとも思ってなかったけど・・・・・、でもやっぱりあまりにも触れてこないと気になるわよね?」
「はい・・・・・、その、もともと 伯爵にお呼ばれした夜『恋人から始め直しましょう』と二人で話したので、きっとトーマス様もそのとおり、まずはお話することから始めようとしてくださったのだと思います。実際私も今の関係は心地よいのですが・・・・・、でもこのままで良いかというと違う気もして。でもこんなこと言ったらトーマス様に面倒な人だと思われないかと」
「まあ、面倒と言えば面倒ね」
お茶のカップを煽り、端的に言うアデルにシンシアの顔は更に曇る。しかしそんな彼女にアデルは少し声を柔らかくして話を続ける。
「でも、それが恋愛の醍醐味じゃないの?それに付きあえないような男は所詮その程度よ。トーマスはあなたから見てそんな人?」
「いえ、違います!」
「まあ、昔の彼なら微妙だけど、少なくとも今のトーマスはあなたに誠実に向き合っていると思うわ。だから一度彼に相談してみなさい。それかいっそあなたから誘ってみるか?」
「無理ですわ!」
と声のトーンが一気に大きくなり、ほんの一瞬であるが、給仕の使用人たちの目線が集まったのに気づきシンシアは
声を小さくする。
「ごめんなさい。でも直接誘う勇気なんてとてもないし、遠回しに誘ったら、トーマス様が気付くと思われますか?」
「確かに思わないわね・・・・・」
シンシアの言葉に、アデルも考え込む。二人共が手持ち無沙汰にカップに手を伸ばす時間が少しあったが、考え込むのは嫌いらしいアデルが「やっぱり」とシンシアの方を見る。
「あなたから近づくしかないんじゃない?」
「え!そんな」
結局その結論なのか、と嘆くシンシアにアデルがさらに畳み掛ける。
「別にそこまで大胆なことをしなくても良いわ。いつもより少し薄手の服を着て、可愛らしく手でも握れば、さすがのトーマスも全く何も思わないってことはないでしょう?何ならお茶にお酒でも混ぜれば良いわ」
「トーマス様が酔うほどのお酒をお茶に淹れたら美味しくなくなりますわ」
シンシアが苦笑する。
「なにも一服盛れ、と言っているわけじゃないわ。軽く酔えばシンシアもいつもより大胆なことができるかな、と思って」
「でも、恥ずかしいですわ」
そう言って下を向くシンシアにアデルはなおも続ける。
「だけど、そうしていたらいつまでも今のままよ。トーマスがあなたのことを好いているのは傍から見ても絶対なんだし、シンシアは可愛いんだから頑張りなさい。大事なのは度胸よ」
そんなアデルの言葉に押され、シンシアは「わかりました。一度試してみますわ」と笑う。
「首尾は報告なさいね」
と笑いながら眼の前の皿に載せられた見た目もとっても可愛らしい一口大のケーキに手を付ける。彼女に促されたシンシアもまた眼の前のケーキを口にした。
「まあ、とっても美味しいですわね。レモンのクリームが爽やかでこの時期にぴったりですわ」
「ありがとっ、料理長に伝えておくわ。きっと彼も喜ぶはずよ」
シンシアの夫婦仲進展についての話もとりあえず方向性が決まり、二人の話題はまた新しい紅茶の流行についてに変わる。
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