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丘の上 ※
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最近、考え事をするとき、優里はよく古墳へ来ていた。内部へは入らず、古墳のそばにある丘上から風景を眺めるためだ。
眼前には、箱庭のような町が広がっている。頭を空っぽにして、行き交う車や列車をただじっと眺めた。いつもなら、それだけで心が落ち着くはずなのに、今日に限ってイライラは募るばかりだ。
さっき聖吏から打たれたところが、ヒリヒリしてきた。
(おもいきり平手打ちしやがって……。これ冷やさないとダメなやつだ。きっと腫れる……)
芝生の上に足を投げ出し、腰をおろした。片方の膝を曲げ両手で抱え、その上に顎をのせた。
今日は朝から聖吏に皇琥のことを話さなければと、ずっと考えていた。それなのに、話を切り出すどころか、心が乱れ、しまいには悪態をついて、ぶたれる始末。
もちろん聖吏が悪いわけじゃないのは分かってる。ただ、この気持ちをどう鎮めればいいのか、分からないだけだ。
「あ~、もう~、イライラする!! 聖吏の馬鹿野郎!!」
大きなため息と共に大声で叫んだ。ここなら誰もいないし、誰にも聞かれることもない、そう思ったのにーー。
「なにをそんなに騒いでる?」
振り向くと、そこには皇琥が立っていた。
「え、皇琥! どうして?」
「ここに来られたら、不都合か?」
「別に……そういうわけじゃねえよ」
とっさに顔をそむけたが、赤く腫れた顔を見られたに違いない。
皇琥に会うのは、初めて古墳に来た時以来だ。体を繋げた時の記憶が蘇り、頬がさらに熱を帯びてきた。
「お前に……、優里に会いたくて、ここへ来た。駄目だったか?」
隣に座った皇琥の優しい声色に、おもわず涙が流れそうになった。ぐっと堪え、バレないよう、膝に顔をうずめた。
「俺は、毎日でもお前に会いたいし、抱きたいと思ってる……もう二度と失いたくない」
肩が小刻みに震え、すでに涙腺は崩壊直前だった。
「優里……」
皇琥に肩を抱きしめられ、頭にキスが落ちたのを感じた。温かいのに、なぜか切ない。
「愛してる」
(なぜ皇琥は、こうもあっさり愛の言葉を呟けるのだろう。経験が違う? ってことだろうか)
優里は返事もせず、ただ黙って聞いていた。
頭を撫でられ、いつの間にか膝にうずめたはずの顔を、皇琥の両手が包んでいた。聖吏にぶたれた側の頬を優しく撫でる。
「これは、腫れるな。冷やしたほうがいいな」
「……別に…腫れたって構わねえよ…」
皇琥の手を払い落とし、顔をそむけた。
「聖吏か?」
「……」
「返事をしないところを見ると、図星か」
違う、と返答しようと、顔を皇琥のほうへ向けた。でも口から出たのは、別の答え。
「なんで分かるんだよ!」
「やはりそうか……」
「!?」
騙された。というよりかは、あっさり誘導尋問に引っかかった。皇琥が小さなため息を吐くと、静かに言った。
「どうせ聖吏とくだらないことで、喧嘩でもしたんだろ……」
優里は目をパチクリと見開いて、頬を膨らませた。
(なんかすっげえ悔しい。俺って、そんなに分かりやすいのかよ……)
「前もそうだったしな……」
「前も……って前世ってこと? ……皇琥は、どれくらい覚えてんだよ。俺はさっぱりなのに……」
「……さあな」
「教えてくれたって、いいじゃ 」
言い終わらないうちに、唇を塞がれた。皇琥の柔らかな唇が、乾いた気持ちを潤していく。
すぐに舌が入り込み、丁寧に歯列をなぞったあと舌を絡ませた。息を絶え絶えにしながら、何度も唇を貪った。
離れないように、皇琥のシャツをぐっと握りしめ、しがみついた。柔らかな風が、さっきまで痛いと感じていた頬を撫でていく。
草の匂いも、鳥の囀りも、わずかな空気の流れさえも感じるくらい、感覚が研ぎ澄まされていった。
口づけを交わしながら、どこか遠い昔に忘れてしまった記憶が見えた気がした。そして、できることなら、ずっと一緒に生きたいと願った想いまで。
その全ての想いが、静かに舞い降りてきた気がした。まるで、空から降る白い雪のように。
長いキスの後、無意識に互いの唇が離れた。名残惜しそうに吐息と銀糸が混じりあう。そして、今この瞬間を見逃さないよう、見つめ合い、瞳の奥に満足そうな自分の笑みを見つけた。
「なぜ泣いてる、優里……」
「……なんだか、嬉しくて…それにちょっと思い出したかも……」
「?! …お前も…見えた……のか?」
コクコクと頷いて、笑顔で応えた。見えたというよりも、感じた。いつか二人で見た、遠い記憶の風景を。
「そうか……」
皇琥の片手が優里の頭を、もう片方を腰に回し、優しく抱き寄せられた。
優里が皇琥の頬を両手で包み込み、顔を近づけ唇を重ねた。新緑を含んだ風が吹くなか、優里はこの出会いに感謝した。
もし運命というのが本当にあるとしたら、いま目の前にいる人こそ、優里の運命なんだろうと思った。
そして、もう一人もーー。
眼前には、箱庭のような町が広がっている。頭を空っぽにして、行き交う車や列車をただじっと眺めた。いつもなら、それだけで心が落ち着くはずなのに、今日に限ってイライラは募るばかりだ。
さっき聖吏から打たれたところが、ヒリヒリしてきた。
(おもいきり平手打ちしやがって……。これ冷やさないとダメなやつだ。きっと腫れる……)
芝生の上に足を投げ出し、腰をおろした。片方の膝を曲げ両手で抱え、その上に顎をのせた。
今日は朝から聖吏に皇琥のことを話さなければと、ずっと考えていた。それなのに、話を切り出すどころか、心が乱れ、しまいには悪態をついて、ぶたれる始末。
もちろん聖吏が悪いわけじゃないのは分かってる。ただ、この気持ちをどう鎮めればいいのか、分からないだけだ。
「あ~、もう~、イライラする!! 聖吏の馬鹿野郎!!」
大きなため息と共に大声で叫んだ。ここなら誰もいないし、誰にも聞かれることもない、そう思ったのにーー。
「なにをそんなに騒いでる?」
振り向くと、そこには皇琥が立っていた。
「え、皇琥! どうして?」
「ここに来られたら、不都合か?」
「別に……そういうわけじゃねえよ」
とっさに顔をそむけたが、赤く腫れた顔を見られたに違いない。
皇琥に会うのは、初めて古墳に来た時以来だ。体を繋げた時の記憶が蘇り、頬がさらに熱を帯びてきた。
「お前に……、優里に会いたくて、ここへ来た。駄目だったか?」
隣に座った皇琥の優しい声色に、おもわず涙が流れそうになった。ぐっと堪え、バレないよう、膝に顔をうずめた。
「俺は、毎日でもお前に会いたいし、抱きたいと思ってる……もう二度と失いたくない」
肩が小刻みに震え、すでに涙腺は崩壊直前だった。
「優里……」
皇琥に肩を抱きしめられ、頭にキスが落ちたのを感じた。温かいのに、なぜか切ない。
「愛してる」
(なぜ皇琥は、こうもあっさり愛の言葉を呟けるのだろう。経験が違う? ってことだろうか)
優里は返事もせず、ただ黙って聞いていた。
頭を撫でられ、いつの間にか膝にうずめたはずの顔を、皇琥の両手が包んでいた。聖吏にぶたれた側の頬を優しく撫でる。
「これは、腫れるな。冷やしたほうがいいな」
「……別に…腫れたって構わねえよ…」
皇琥の手を払い落とし、顔をそむけた。
「聖吏か?」
「……」
「返事をしないところを見ると、図星か」
違う、と返答しようと、顔を皇琥のほうへ向けた。でも口から出たのは、別の答え。
「なんで分かるんだよ!」
「やはりそうか……」
「!?」
騙された。というよりかは、あっさり誘導尋問に引っかかった。皇琥が小さなため息を吐くと、静かに言った。
「どうせ聖吏とくだらないことで、喧嘩でもしたんだろ……」
優里は目をパチクリと見開いて、頬を膨らませた。
(なんかすっげえ悔しい。俺って、そんなに分かりやすいのかよ……)
「前もそうだったしな……」
「前も……って前世ってこと? ……皇琥は、どれくらい覚えてんだよ。俺はさっぱりなのに……」
「……さあな」
「教えてくれたって、いいじゃ 」
言い終わらないうちに、唇を塞がれた。皇琥の柔らかな唇が、乾いた気持ちを潤していく。
すぐに舌が入り込み、丁寧に歯列をなぞったあと舌を絡ませた。息を絶え絶えにしながら、何度も唇を貪った。
離れないように、皇琥のシャツをぐっと握りしめ、しがみついた。柔らかな風が、さっきまで痛いと感じていた頬を撫でていく。
草の匂いも、鳥の囀りも、わずかな空気の流れさえも感じるくらい、感覚が研ぎ澄まされていった。
口づけを交わしながら、どこか遠い昔に忘れてしまった記憶が見えた気がした。そして、できることなら、ずっと一緒に生きたいと願った想いまで。
その全ての想いが、静かに舞い降りてきた気がした。まるで、空から降る白い雪のように。
長いキスの後、無意識に互いの唇が離れた。名残惜しそうに吐息と銀糸が混じりあう。そして、今この瞬間を見逃さないよう、見つめ合い、瞳の奥に満足そうな自分の笑みを見つけた。
「なぜ泣いてる、優里……」
「……なんだか、嬉しくて…それにちょっと思い出したかも……」
「?! …お前も…見えた……のか?」
コクコクと頷いて、笑顔で応えた。見えたというよりも、感じた。いつか二人で見た、遠い記憶の風景を。
「そうか……」
皇琥の片手が優里の頭を、もう片方を腰に回し、優しく抱き寄せられた。
優里が皇琥の頬を両手で包み込み、顔を近づけ唇を重ねた。新緑を含んだ風が吹くなか、優里はこの出会いに感謝した。
もし運命というのが本当にあるとしたら、いま目の前にいる人こそ、優里の運命なんだろうと思った。
そして、もう一人もーー。
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