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*ショーリ* side
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「なぁ、ショーリ」
「ユーリ……あ、王子」
「ユーリでいいって言ってんだろ」
「いや、でも……」
「いまは俺たちだけだし、それにショーリは、気にしすぎる。別に俺は、誰がいても構わない。それに俺たち許婚だろ?」
「そうだが、やはり主と家来とでは立場が違う」
「はぁ、もうそんなのどうでもいいじゃん」
「そうはいかない、王子」
「だから、ユーリだって!」
「……ユーリ」
人懐っこそうな甘い蜂蜜色をたたえた瞳で俺を見るユーリ。天真爛漫で、容姿も相まって、誰からも愛されていた。俺も物心ついた時から、こいつのことが好きで、許婚だと知ったときには、嬉しさを隠すのが大変だったのを覚えている。しかし、身分の差という壁があるのは知っていたが、それがとてつもなく大きなものだとは、俺はあまり気づいてはいなかった。
「ショーリ」
「はい、父上」
「来週にはユーリ王子は15歳となる。その誕生日より、お前は正式に王子の護衛としてお側に仕える」
「はい、心得ております」
「それと王子は、……お前の許婚ではあるが、相手は王族であることを忘れるな」
「はい」
「……ショーリ、お前はすでに15であったな?」
「あ、はい。父上?」
父の悲しそうで苦しそうな表情をいまでも覚えている。
「ショーリ、この許婚は、先祖が勝手に決めたこと。お前に非は無い……しかし許婚を解消することは、今の世ではできない」
「私は別に解消など……」
「ショーリ、お前は私の大事な息子だ。だから幸せになってもらいたい……」
「父上?」
「我が一族は、代々王族をお守りしてきた。それは、この先も変わることはない」
「はい……」
「それに、騎士団長の家系といえど、他の団員同様、家来であることには変わらない」
「はい、分かっております」
「ショーリ……」
「はい、父上」
「ユーリ王子はお前の許婚だ。しかし……、家来であるお前は、王子と色事……、関係を持ってはならん」
「!……あっ、…はい」
「お前にとって、とても苦しいことになるだろうが……決して一線を超えてはならんぞ。良いな?」
「……はい」
ユーリに触れたいという思いが募っていた時期だけに、まさに父の言葉は、俺の想いに釘を刺したと言っても過言ではなかった。そして王子と家来という身分と立場を呪った。こんなにも近くにいるのに、こんなにも愛しているのに。
それからの俺は、王子の護衛として、家来として見守ることに徹した。ユーリに悟られないよう、表情を隠して偽った。しかもあいつが皇帝に会いに行くとき、俺はその使者の役目から秘密裏に外されていたのだった。
ユーリに再会したのは、ユーリが皇帝の元へ行ってから半年が過ぎてからだった。その半年の間、ユーリは一度も国には戻って来なかった。
「ショーリ!」
「お久しぶりです、王子」
「だから、ユーリで良いって言ってんだろ。お前は、相変わらずだな」
半年前と変わらない笑顔。甘い蜂蜜色の瞳が心を潤していく。
「こっちだから、案内する」
俺の手を取って、歩き出そうとするユーリ。触れるのさえ怯えていた俺は、思わずユーリの手を軽く振り解いていた。
「ショーリ?」
「すまない……案内を頼む」
「うん、こっち」
気づかれないよう小さく息を吐き、両手をぐっと力を込めて握った。そしてユーリの後について行った。案内される先は、たぶん皇帝のいるところだろう。
「ここにいるはずなんだけど……あ、いたいた」
そこは宮殿の中庭で、小さな滝に、水路が流れる美しい場所だった。色とりどりの花が咲き、美しい蝶が花の蜜を求め飛んでいた。
その美しい庭の一角に向かって、ユーリが足早に駆けて行った。ユーリのあとを追うように近づいて行った。花壇や生垣の間から、ユーリのかがむ姿が見えた。どうやらそこに目的の人物がいるらしい。
「起きろって! うわぁ!」
ユーリの姿が急に見えなくなり、急いで生垣の間を抜けていった。
「ユーリ?!」
石でできた長椅子の上にいた誰かに、ユーリが覆いかぶさっていた。ユーリの背中と頭を押さえている手は逞しい。
「ん………っ…っ、コーガ! やめろって! ショーリを連れてきたんだって!」
「ショーリ? ああ、もう一人の許婚か」
甘くて低い美声が聞こえた。
「ごめん、ショーリ……」
長椅子の上から立ち上がったユーリの顔は真っ赤になっていた。口元を手の甲でぐっと拭き取った。背後から伸びた腕がユーリの腰を引き寄せ、長椅子に座っている人物に引き寄せられるように座った。
「うわぁ、危ないって!」
ユーリを座らせた人物は、ユーリの首元に顔を埋め、キスを浴びせ始めた。
「ちょっ! コーガ、いまはやめろ…って……」
「なら、あとでなら良いのか?」
ユーリは真っ赤な顔でコクッと頷いてみせると、ようやっと後ろの人物が俺の方へ顔を向けた。息をのむような美丈夫。ユーリとは対照的な美男子。とりわけ、その瞳は射抜くような鋭い眼光で、珊瑚朱色をしていた。
「コーガ、こっちがショーリ。ショーリ、こっちがコーガ」
「陛下、お目にかかれて光栄です」
「うむ……」
「ちょっとコーガもなんか言えって!」
「何をだ?」
「あー、もういい」
「なら、さっきの続きだ。ショーリ、さがれ」
「っ! まだだって」
「もう待てぬ」
「……あ、ショーリ、まっ…て……ああっんっ………っ」
中庭を出るまで、ユーリの甘い声が聞こえ続けた。心がざわざわと音を立てた。何度も大きく息を吸ったり吐いたりして、心臓の鼓動を押し黙らせようとした。当然効果など全くない。
この先、何度こんな目にあうのだろうか。そう思ったらいたたまれなくなった。
ようやくユーリの甘美な声が聞こえないところまで来てから、俺は壁を思い切り叩いた。拳からは血が滲んだ。痛くはない。心の痛みに比べたら、このくらい。そして俺は座り込み、その場で声を殺して泣いた。
「ユーリ……あ、王子」
「ユーリでいいって言ってんだろ」
「いや、でも……」
「いまは俺たちだけだし、それにショーリは、気にしすぎる。別に俺は、誰がいても構わない。それに俺たち許婚だろ?」
「そうだが、やはり主と家来とでは立場が違う」
「はぁ、もうそんなのどうでもいいじゃん」
「そうはいかない、王子」
「だから、ユーリだって!」
「……ユーリ」
人懐っこそうな甘い蜂蜜色をたたえた瞳で俺を見るユーリ。天真爛漫で、容姿も相まって、誰からも愛されていた。俺も物心ついた時から、こいつのことが好きで、許婚だと知ったときには、嬉しさを隠すのが大変だったのを覚えている。しかし、身分の差という壁があるのは知っていたが、それがとてつもなく大きなものだとは、俺はあまり気づいてはいなかった。
「ショーリ」
「はい、父上」
「来週にはユーリ王子は15歳となる。その誕生日より、お前は正式に王子の護衛としてお側に仕える」
「はい、心得ております」
「それと王子は、……お前の許婚ではあるが、相手は王族であることを忘れるな」
「はい」
「……ショーリ、お前はすでに15であったな?」
「あ、はい。父上?」
父の悲しそうで苦しそうな表情をいまでも覚えている。
「ショーリ、この許婚は、先祖が勝手に決めたこと。お前に非は無い……しかし許婚を解消することは、今の世ではできない」
「私は別に解消など……」
「ショーリ、お前は私の大事な息子だ。だから幸せになってもらいたい……」
「父上?」
「我が一族は、代々王族をお守りしてきた。それは、この先も変わることはない」
「はい……」
「それに、騎士団長の家系といえど、他の団員同様、家来であることには変わらない」
「はい、分かっております」
「ショーリ……」
「はい、父上」
「ユーリ王子はお前の許婚だ。しかし……、家来であるお前は、王子と色事……、関係を持ってはならん」
「!……あっ、…はい」
「お前にとって、とても苦しいことになるだろうが……決して一線を超えてはならんぞ。良いな?」
「……はい」
ユーリに触れたいという思いが募っていた時期だけに、まさに父の言葉は、俺の想いに釘を刺したと言っても過言ではなかった。そして王子と家来という身分と立場を呪った。こんなにも近くにいるのに、こんなにも愛しているのに。
それからの俺は、王子の護衛として、家来として見守ることに徹した。ユーリに悟られないよう、表情を隠して偽った。しかもあいつが皇帝に会いに行くとき、俺はその使者の役目から秘密裏に外されていたのだった。
ユーリに再会したのは、ユーリが皇帝の元へ行ってから半年が過ぎてからだった。その半年の間、ユーリは一度も国には戻って来なかった。
「ショーリ!」
「お久しぶりです、王子」
「だから、ユーリで良いって言ってんだろ。お前は、相変わらずだな」
半年前と変わらない笑顔。甘い蜂蜜色の瞳が心を潤していく。
「こっちだから、案内する」
俺の手を取って、歩き出そうとするユーリ。触れるのさえ怯えていた俺は、思わずユーリの手を軽く振り解いていた。
「ショーリ?」
「すまない……案内を頼む」
「うん、こっち」
気づかれないよう小さく息を吐き、両手をぐっと力を込めて握った。そしてユーリの後について行った。案内される先は、たぶん皇帝のいるところだろう。
「ここにいるはずなんだけど……あ、いたいた」
そこは宮殿の中庭で、小さな滝に、水路が流れる美しい場所だった。色とりどりの花が咲き、美しい蝶が花の蜜を求め飛んでいた。
その美しい庭の一角に向かって、ユーリが足早に駆けて行った。ユーリのあとを追うように近づいて行った。花壇や生垣の間から、ユーリのかがむ姿が見えた。どうやらそこに目的の人物がいるらしい。
「起きろって! うわぁ!」
ユーリの姿が急に見えなくなり、急いで生垣の間を抜けていった。
「ユーリ?!」
石でできた長椅子の上にいた誰かに、ユーリが覆いかぶさっていた。ユーリの背中と頭を押さえている手は逞しい。
「ん………っ…っ、コーガ! やめろって! ショーリを連れてきたんだって!」
「ショーリ? ああ、もう一人の許婚か」
甘くて低い美声が聞こえた。
「ごめん、ショーリ……」
長椅子の上から立ち上がったユーリの顔は真っ赤になっていた。口元を手の甲でぐっと拭き取った。背後から伸びた腕がユーリの腰を引き寄せ、長椅子に座っている人物に引き寄せられるように座った。
「うわぁ、危ないって!」
ユーリを座らせた人物は、ユーリの首元に顔を埋め、キスを浴びせ始めた。
「ちょっ! コーガ、いまはやめろ…って……」
「なら、あとでなら良いのか?」
ユーリは真っ赤な顔でコクッと頷いてみせると、ようやっと後ろの人物が俺の方へ顔を向けた。息をのむような美丈夫。ユーリとは対照的な美男子。とりわけ、その瞳は射抜くような鋭い眼光で、珊瑚朱色をしていた。
「コーガ、こっちがショーリ。ショーリ、こっちがコーガ」
「陛下、お目にかかれて光栄です」
「うむ……」
「ちょっとコーガもなんか言えって!」
「何をだ?」
「あー、もういい」
「なら、さっきの続きだ。ショーリ、さがれ」
「っ! まだだって」
「もう待てぬ」
「……あ、ショーリ、まっ…て……ああっんっ………っ」
中庭を出るまで、ユーリの甘い声が聞こえ続けた。心がざわざわと音を立てた。何度も大きく息を吸ったり吐いたりして、心臓の鼓動を押し黙らせようとした。当然効果など全くない。
この先、何度こんな目にあうのだろうか。そう思ったらいたたまれなくなった。
ようやくユーリの甘美な声が聞こえないところまで来てから、俺は壁を思い切り叩いた。拳からは血が滲んだ。痛くはない。心の痛みに比べたら、このくらい。そして俺は座り込み、その場で声を殺して泣いた。
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