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あの日の記憶(6)*昂毅(ジョー)*

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 迎えに来た兵士たちと共に、僕らは馬を走らせ、伯爵の屋敷を目指した。

 真っ赤になった太陽が木々の間から見え隠れし、西の空が茜色に染まりはじめている。あと30分ほどしたら日没だ。ヴェルレー伯爵の屋敷へ到着した頃には、陽は完全に沈み、辺りは闇に支配されていた。
 
 敷地には、幾つもの松明が灯され、多くの兵士がいる。みな殿下を見かけると、その場で手を休め、頭を下げた。彼らは第一陣で派遣された兵士たちだろうか。それにしては数が多い気がする。ユーリ殿下も気づいたのか、周りの兵士を見ては、眉間に皺を寄せていた。

 馬から降り、殿下のあとに続いて、屋敷の中へ入ろうとした。すると、玄関先を警護していた二人の兵士に僕だけ足止めされた。

「我は、ユーリ殿下直属の近衛である! 道を開けよ」
「ここから先は、殿下と陛下の近衛のみだ」
「なに!?」

 兵士たちと僕が問答を繰り返していると、ユーリ殿下がやってきた。

「この者を通さないのなら、俺も外で伯爵を待とう」

 二人の兵士は、互いに顔を見合わせて、しばらくすると「入れ!」と僕へ告げた。

 屋敷の中にもたくさんの兵士がいた。みな帝国軍の服を着ているが武装しており、いまにも戦争でも始まるような雰囲気だ。

 戦争経験がない僕は、この異様な空気に当てられたのか、気分が少し悪くなった。緊張感とでもいうのだろうか、そこらじゅうに殺気が充満しているのだ。

 足がふらついて倒れそうになると、ユーリ殿下が支えてくれた。

「大丈夫か?」
「……あ、はい…大丈夫です……すみません、殿下」
「気にするな……ここは空気が悪い」

 僕が殿下を守らなければならないのに、守られてどうするんだ。奥歯をぐっと噛み、両手をぐっと握り、「ひとりで歩けます」と言い、殿下から離れて歩きはじめた。

「俺の後ろにいろ。そばを離れるな」

 ユーリ殿下が優しく微笑んでくれる。僕はショーリ隊長の代理なのだからと何度も自分に言い聞かせ、殿下の背後を守ように歩いた。

「こちらに伯爵が居られます」

 僕らを案内していた伯爵の側近が、大きな扉を押し開けながら、ユーリ殿下を中へ案内した。僕らと陛下の近衛も殿下のあとに続いて部屋へと進む。

 するとーー。

「殿下と近衛どもを捕らえよ!」

 ーー部屋の中から叫び声が聞こえ、その瞬間に兵士たちが僕たちを囲むようにして襲ってきた。

「剣を抜け! これは訓練じゃない!」

 ユーリ殿下の声が聞こえ、無意識に腰にさしてある剣を抜いた。大きく深呼吸し、落ち着いて周りを見渡す。

 すぐに金属と金属が叩き合う音。あちこちで戦闘が始まったようだ。 

 陛下の近衛三人とユーリ殿下は、複数人を相手に戦っている。相手と言っても同じ帝国の兵士だ。どうして仲間同士で戦うんだ。

 なぜ、こんなことに!?

 考えてる暇などなかった。僕に気づいて突進してくる兵士に、僕は剣を向ける。

 戦いたくない!
 実戦が初めての僕は、おもわず目を瞑ってしまった。

 キーン!

 甲高い金属音に気づいて目を開けると、目の前にはユーリ殿下が立っていた。相手の剣を、やはり殿下の剣が受け止めていた。

「目を瞑るな、ジョー!」
「はい!」
「お前なら、大丈夫。訓練通りにやれば、大丈夫だ」

 殿下の優しい声に気持ちを奮い立たせる。僕はショーリ隊長の代わりだ。隊長に代わって、殿下をお守りしなくては!

 それからの僕は無我夢中で相手と戦った。血飛沫が飛び、顔にかかる。しかも相手は敵ではなく、同じ帝国の兵士、仲間だ。その仲間を切らなければならない。

 そう思って戦っていた僕の心には、たくさんの隙間が生まれていたのかもしれない。その隙が相手に好機を与えてしまっていた。

 相手の剣をかわしたところでバランスを崩してしまい、背後から首に腕を回された。剣先が首筋に当たりそうになる。全てがスローモーションのようになり、ああ、もう死ぬんだ…と思った瞬間だった。

「動くな! 殿下! 剣を捨てよ!」

 殺されると思っていた僕は、背後にいる人の言っていることが一瞬理解できなかった。

 カシャン、という音が床から響くように聞こえた。音のする方を見ると、ユーリ殿下が頭の後ろで手を組んでいた。

「殿下、こちらへ」

 殿下の背後には、複数の兵士たちが剣を殿下に向け、歩くように促している。ゆっくりと殿下が僕の方へ、正確には、僕の背後にいる人の方へやって来た。殿下の鋭い眼差しが、僕の背後へ注がれる。

「……ヴェルレー伯爵」
「ユーリ殿下、ようこそ、我が屋敷へ」
「一体これは、どういうつもりだ……」
「どういうつもり……ただの余興です…と言ったら?」
「笑えないな。冗談なら、すぐにそいつを放せ」

 殿下が顎をしゃくって、僕を解放するよう伯爵へ命令した。

「それは次第です、殿下」
「なに?」

 僕の喉に剣先が当たると同時に「あうっ!」と思わず小さく叫んでしまった。首がズキズキして、血が流れ出すのを感じた。

「やめろ!」

 悲痛そうな殿下の眼差し。剣先が僕の首から離れていく。これ以上、声が出ないよう、僕は奥歯をぐっと噛み続けた。

「殿下……着てる服を…脱いでください」
「服を…脱げだと?」
「美しい貴方のを拝みたい」
「……脱いだら、そいつを解放しろ!」
「いいでしょう」
「殿下! おやめください! 放せ!」
「ジョー! お前は黙ってろ!」
「殿下……」

 上着から順番に、殿下が服を脱いでいく。脱ぎ捨てるたびに、周りの兵士たちの様子も、まるで見せ物でも見るような目つきだ。

「やめろ! やめてくれ! 殿下、やめてください!!」

 僕の叫びに、誰も反応を示さない。誰もが殿下に注目している。最後の一糸を殿下が脱ぎ捨てる前に、僕は目を閉じた。

「ほぉ、さすがに裸体も美しい……」
「約束だ。そいつを放せ!」
「いいでしょう。解放して上げましょう」
「貴様!!」

 僕の背後にいる伯爵が手を離すと、今度は別の兵士が僕を捕まえた。後ろ手がさらにキツく締まる。

「殿下!」

 目を開け、殿下を探すが見当たらない。周りの兵士たちは、僕のことには目もくれない。ただ視線の先は床をみているようだ。僕も視線を床に向けると、そこには伯爵が殿下に覆いかぶさるように重なっている。

「この美しい体を蹂躙したら、さぞ皇帝陛下はなんと思われるか……」

 ヴェルレー伯爵は殿下の首筋に顔をうめながら、喘いでいる。殿下は両目をぐっと瞑っていた。

「放せ! 貴様、殿下から離れろ!!」
「まったく煩い近衛だ!さっさと牢へ連れて行け!」
「やめろ! 放せ!! 殿下!!!」

 伯爵と殿下の周りには人だかりができていた。僕がその場から連れ出されると、殿下の姿は兵士たちの人だかりで、見えなくなってしまった。

「放せ! 殿下……殿下……」

 そのまま僕は牢のある塔へと連れていかれ、牢屋へ投げ込まれた。僕を連れてきた兵士は鍵を掛け、駆け足で元来た道を降りていった。

 鉄格子の扉をバンバンと叩いて叫んだ。

「ここから出せ!! くっそ!」

 もちろん助けなどこない。陛下の近衛たちはどうなったのだろう。

 守らなければならない人に守られ、ついにはその人の足枷になってしまった。その場で自らの命を絶とうとしたが、剣も何も持っていないことに気づいた。

 自死することさえ叶わない。

「殿下、殿下……ショーリ隊長…」

 ただ力なく、両膝を抱えて泣きつづけた。鉄格子の入った小窓からは、美しい満月だけが見えた。
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