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交差する夢と記憶

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 眠りに落ちた優里は夢を見ていた。それはどこか懐かしく、リアルに感じる不思議な夢だった。









『……優里………ゆう……り……………ユーリ王子』
『……ん?』

 名前を呼ばれ、目を手で擦りながら開けた。眩しい光が飛び込んできて、何度も瞬きする。

(ここは?)

「ユーリ王子、お怪我はありませんか?」

 上体を起こして辺りを見ると、どうやら草原の上で寝転んでいたようだ。左手に視線を移すと、小さい白い花がたくさん咲いている。風がそよそよと吹き、頬や髪を優しく撫で、気持ちがいいとさえ感じた。

 これは多分、夢だよな、と優里は思った。なぜなら呼ばれている名前が今の自分の名前ではないからだ。

「ユーリ王子?」

 鉛色の甲冑に身を包んだ若い兵士が手を差し伸べながら言った。その兵士の手を取りながら起き上がる。相手の鎧が間近になり、そして気づいた。ところどころに赤い染みのような点がついている。

 立ち上がって、もう一度、周りをゆっくり見渡した。目を開けた時には気づかなかったが、草むらの上は真っ赤に染まり、多くの人が倒れている。しかも一人二人の数ではなかった。数えきれないほどの人があちらこちらに、うつ伏せだったり、腹ばいだったり、なかには胴体と首が離れているものまで……。

『助けないと!』 と言おうとしたが、声が出ない。

 口をパクパクするだけで精一杯だった。それなのに、相手は優里の言いたいことが理解できるのか、首を傾げながら答えてくれた。

「王子? あれは敵です。それに助けるも何も、もう死んでいます」

(死んでる?)

 どうしてそんなに冷静でいられるのだろう。そうか、これは夢だからだ。そんなことを自分に言い聞かせるようにしているが、なぜだかとても生々しく感じる。

 いままで嗅いだことのない臭いが鼻を刺激し、それに右手に重みを感じた。視線を向けると剣を握りしめている。急に怖くなり、優里は剣を投げ捨てた。

「ユーリ、どうかしたのか?」

 背後から頭を撫でられ、振り返ると聖吏が立っていた。

 いつものように眉間に皺を寄せる聖吏の顔。短い黒髪に、海を思わせる青い瞳は変わらない。ただ身についているのは、さっきの兵士と同じ鎧だった。

「ユーリ?」
「ショーリ隊長! うちの隊員は、みな無事です!」
「そうか、よくやった!」

 安心したのも束の間、兵士らがこちらに駆け寄ってくる。それに『ショーリ隊長』という呼びかけから、やはりこれは夢なんだと確信した。きっと皇琥や聖吏たちから前世の話を聞いた影響だろう。

「ユーリ、気分でも悪いのか?」

 いつものように聖吏が心配そうに聞いてきた。喋ろうとするが、やはり声が出ない。とりあえず首を横に振って否定した。それが通じたのかどうか分からないが、ふたたび頭をぽんぽんと軽く叩かれた。優里が知っている聖吏がするように。

 気分は悪くないと否定したものの、夢とはいえ正直なところ胸糞悪いと思った。額に汗が滲み出し、体や脚が震えているようにも感じる。俯いていると、聖吏が両肩に手を置いた。

「本当に大丈夫か?」

 顔を上げ、大丈夫と言う代わりに、そして安心させるように笑顔を向ける。やっぱり声が出ない。出ないのか、出せないのか分からないが、音として自分の耳に届かない。

 そうこうするうち、真顔の聖吏の顔が鼻先まで近づいてくる。互いの鼻が触れ合ったかと思った瞬間、いきなり唇が重なった。

 優しく甘噛みするかのように唇を包み込んでくる。ほんの少しだけ、口を開いた隙に、するりと舌が入り込み、舌を絡めとられた。

 聖吏にしては、なんとも大胆なキスだった。それに夢なのに、本当にキスをされているかのように、全身がびりびりして、息が絶え絶えになってくる。それにこのままキスを続けていたら、下半身の疼きが込み上がってきそうだった。

 そっと聖吏の体を押すと、すぐに唇も離れていった。夢なのに顔が熱く感じる。

「……すまない……つい」

 俯いた聖吏の顔は、真っ赤になっていた。優里もとっさに顔をそむけ、視線をそらした。ただ視線をそらした先には、いまだに遺体が転がっている。見てしまったことを後悔するように、目を瞑る。

「さっきからどうしたんだユーリ? お前らしくないぞ」

 いきなり背中に悪寒が走り、ゾクゾクと体が震えた。顔をあげ、聖吏の背後に視線を合わせると、さっきまで倒れていた敵兵が起き上がってくるのが見えた。死んだはずじゃなかったのだろうか。

 その起き上がった敵を見ていたら、剣を振りかざし聖吏に切りつけようとしていた。でも切られたのは聖吏ではなくて、襲ってきた相手がドサッと音を立てて倒れる。なにが起こったのか一瞬分からなかったが、人を斬った感触が込み上げる。そう、相手を斬ったのは優里。捨てたはずの剣を握りしめていた。

「ユーリ!? 怪我してないか?」

 聖吏が心配そうに声をかけるが、なにも答えられず、ただ涙が勝手にこぼれ落ちる。体が勝手に動いたとはいえ、人を殺めた。夢なのだからと言い聞かせるが、涙はとまらない。

 ふたたび悪寒が体に走った。

「ユーリ! 敵襲だ!!」

 周りを見ると、先ほどまで倒れていた、つまり死んだと思った敵が再び襲いかかってきた。戦わなくては、と思っているのに動けない。優里は立ち尽くしたままだった。そして、仲間の兵士や聖吏たちが悲鳴をあげながら斬られるのを黙って見ていた。

 敵兵は優里の姿が見えないのか、誰も襲ってはこなかった。

(もう、やめてくれ!)

 足元を誰かに掴まれ、下を向くと、血を流した聖吏が倒れていた。名前を呼びたくても声が出ない。

 涙が溢れて止まらない。戦わなかったばかりに、聖吏や他の兵士たちを見殺しにしてしまった。お前のせいだ、という声が聞こえる気がした。

 ふたたび背後から肩を叩かれ振り向くと、今度は皇琥が立っていた。冷たい目で睨んでいる。

「ユーリ……これは一体……」

 すると聖吏の時に見た光景が、皇琥の背後にも見えた。さっき見たのと同じように、倒れたと思った兵士が起きあがり、皇琥のほうへ近づいてくる。危ないと声を出そうとするが、やはり声は出ない。そして、その起き上がった兵士が皇琥の背中を斬りつけた。スローモーションのように、皇琥がゆっくりと優里のほうへ倒れてくる。

(いやだ…………もう、やめてくれ)

 皇琥の背中から流れる大量の血。優里の両手も真っ赤になっている。目の前には、剣を振りかざした兵士。その剣が再び振り下ろされそうになった瞬間、優里は叫んだ。









「やめろ!!」


 ベッドの上で優里は上半身を起こして、飛び起きていた。

 全身に汗をかき、呼吸を乱しながら泣いていた。涙が頬を伝い、目をパチパチと瞬きをして、ここが病室だということを思い出していた。

「夢?」

 夢なのに、両手が痺れたようにじんじんとしている。それは夢の中で人を斬った時に感じた感触に似ていた。

 急に喉がカラカラに乾いて、サイドテーブルに置いたペットボトルの水を飲む。半分まで一気に飲んで気持ちを落ち着かせようとした。なかなか心臓のどきどきは収まらない。

 時間を確かめようと部屋を見渡すが時計が見当たらない。病院に来るまで、神子の姿のままだったから、スマホも持っていなかった。

 大きくため息を吐き出し、捻挫した足を庇いながら優里はベッドから抜け出した。窓の外を見れば、時間がわかる何かがあるかと思ったからだ。

 窓へ近づきカーテンを開ける。外は暗闇に包まれ、街の灯りがついていた。ここからの眺めは悪くはない。きっと悪夢を見た後でなければ、この煌めく夜景を少しは楽しめたかもしれない。

 車や列車のライトが流れるたびに、夜明けにはほど遠い気がして、少し気分が落ち込んだ。こんな心細い夜は、子供の時に熱を出して以来だ。

 ベッドへ戻り、横にはならずに座って、さっき見た夢を思い返していた。あの夢は何を伝えたかったのだろう。

 戦わなければ、生きられない時代。大事な人さえも守れない時代。それはさきほどまで皇琥や聖吏が話して聞かせてくれた前世のことにも通じる気がした。

 二人の言葉を思い出す。

『今のお前とは、関係ない。それにもう終わったこと』
『前世のお前は、もう自分の命で償ってる。だから今世は、前だけを向いていればいい』

 本当にもうそうれでいいのだろうか。きっと納得なんて出来ないだろう。

 でも前世ばかりを見ているのも、良く無いことは分かる。せっかく今世で二人に出会えたし、もっとちゃんとと向き合いたい。

「ごめん……ごめん…なさい」

 謝っても許してなんてもらえないだろう。でも前世で奪ってしまった命へ、せめてもの償いだった。

 涙越しに見る夜景はぼやけて見えた。にもかかわらず、その夜景を優里は綺麗だと思った。
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