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本編
*32* 星が弾ける ネモSide
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予定より遥かに遅れてセントへレムから戻ったお母様が、ヴィオ姉様が、リアン姉様が、ことごとく出立前とは様子を違えていた。
特に、ヴィオ姉様が酷かった。
これまで何があっても凛とした佇まいを崩さなかったのに、物思いにふけることが多くなった。
昼下がりの自室で青空に向かってじっと何かを祈っていたヴィオ姉様が、薄紫の花の耳飾りをそっと机の引き出しに仕舞ったことを、浅ましい私は知っている。
それからヴィオ姉様は、鍛錬に没頭することが多くなった。
元々自分に厳しいひとではあったけれど、朝も昼も夜も、何かに取り憑かれたように剣を振るっていた。それこそ寝食を忘れて。
もうやめてと、リアン姉様が泣きながらすがりついていた夜は、いつだったろう。
啜り泣く背に手を添えながら、「私は、大切な方をお守りできなかったから」と、ヴィオ姉様は微笑んでいた。
……見ていられなかった。姉様たちはマザー・セントへレムに会っておかしくなってしまったのだと、そう思った。
* * *
「ご丁寧にどうも! 星凛と申します!」
お母様や姉様たちが戻ってきてからひと月後、ウィンローズにお客様がやってきた。
マザー・セントへレムは、小柄でふわふわとした女性だった。
あくまでそれは見た目のお話で、口を開けば快活で、くるくると表情を変える。
人懐っこくて愛らしいというのが、ぼんやりと感じた第一印象だ。
お母様たちが『お茶会』へ招待した際には、第一子のジュリ様だけでなくドールのゼノ様までもが血眼になって追ってきたとの話だから、なるほど、ひとから愛される方なんだろう。
従えているのが凶暴な猛獣などとは知るよしもない、お姫様。
私の彼女に対する認識は、お世辞にも褒められたものではなかった。
「ウィンローズ騎士団って、やっぱりすごく忙しいんだろうなぁ」
案の定、彼女の私たちに対する認識も、世間話の材料でしかなかった。
「我々の職務は、マザーを守り、市民を守ることです。屋敷の警備、街の巡回。有事の際にはいち早く駆けつけ、災害救助や取り締まりなどを行います」
だから「単純に気になって」という彼女へ、懇切丁寧に説明して聞かせたのだ。
血と汗の滲む私たちの日常を、震えそうになる語気を抑えながら。
「あとは……モンスター退治、とか?」
でも、その言葉を聞いたらもうダメだった。
知ってて訊いたの?
何も知らない箱入り娘のふりをして、私を弄ぼうっていうの?
「そうですね。民を悩ませる悪質なモンスター討伐のために、遠征任務へ赴くこともございます」
だけどあなたは知らないんでしょう。誰がどんな思いで、剣を振るってきたのかを。
「……これは、一介の騎士の独り言なのですが」
身体の奥底で燻っていた熱を煽った代償は、重い。
「人々が悲しみや不安を抱く。ゆえに、そうした負の感情を好物とする悪しきモンスターが跋扈する」
何十体のモンスターを葬ったか、もう覚えちゃいない。
マザーの聖なる力をもってすれば、充分に防ぎ得ること──
あなたがちゃんとマザーの役目を果たしていれば、私だってこんなことをせずに済んだのに。
「もっと視野を、世界を広げるべきだ」
どうせあなたは、自分の平穏な日常の裏で誰が泣いているのか、知らないんでしょう。
……誰かの『悲しみ』や『不安』を垣間見るのは、もうたくさん。
そっか、とちいさくつぶやいたマザー・セントへレムの、私より小柄な彼女のうつむいた表情をうかがうことは、できなかった。
打ちひしがれればいい。非力なあなたには、どうせ何もできやしないんだから。
そんな恨みがましいことを腹の底で渦巻かせる自分自身にも、嫌気が差した。
リアン姉様に言われた通り、ヴィオ姉様のもとへ送り届ける。
私とマザー・セントへレムの繋がりは、そこで切れるはずだった。なのに。
「あの! ありがとう!」
マザー・セントへレムが、お礼を言っている。
誰に? ヴィオ姉様じゃない。
……私に。
「お話できて、よかった!」
話って? モネに「ヴィオ姉様譲りの堅物」だとか言われている私が、どんな話をしたっていうの?
見苦しい皮肉しか吐いていない私に……どうしてあなたは、そんなにも笑顔を弾けさせるの?
「上手いことは言えないんだけど、あたしも、あたしにできることで頑張ろうって思った。だから、ありがとう!」
みんなあたしを甘やかしすぎるからさ──背中、押してもらったよ。
へにゃりと下がった眉。飾りけのない笑みを前にして、ばちりと星が弾けた。
特に、ヴィオ姉様が酷かった。
これまで何があっても凛とした佇まいを崩さなかったのに、物思いにふけることが多くなった。
昼下がりの自室で青空に向かってじっと何かを祈っていたヴィオ姉様が、薄紫の花の耳飾りをそっと机の引き出しに仕舞ったことを、浅ましい私は知っている。
それからヴィオ姉様は、鍛錬に没頭することが多くなった。
元々自分に厳しいひとではあったけれど、朝も昼も夜も、何かに取り憑かれたように剣を振るっていた。それこそ寝食を忘れて。
もうやめてと、リアン姉様が泣きながらすがりついていた夜は、いつだったろう。
啜り泣く背に手を添えながら、「私は、大切な方をお守りできなかったから」と、ヴィオ姉様は微笑んでいた。
……見ていられなかった。姉様たちはマザー・セントへレムに会っておかしくなってしまったのだと、そう思った。
* * *
「ご丁寧にどうも! 星凛と申します!」
お母様や姉様たちが戻ってきてからひと月後、ウィンローズにお客様がやってきた。
マザー・セントへレムは、小柄でふわふわとした女性だった。
あくまでそれは見た目のお話で、口を開けば快活で、くるくると表情を変える。
人懐っこくて愛らしいというのが、ぼんやりと感じた第一印象だ。
お母様たちが『お茶会』へ招待した際には、第一子のジュリ様だけでなくドールのゼノ様までもが血眼になって追ってきたとの話だから、なるほど、ひとから愛される方なんだろう。
従えているのが凶暴な猛獣などとは知るよしもない、お姫様。
私の彼女に対する認識は、お世辞にも褒められたものではなかった。
「ウィンローズ騎士団って、やっぱりすごく忙しいんだろうなぁ」
案の定、彼女の私たちに対する認識も、世間話の材料でしかなかった。
「我々の職務は、マザーを守り、市民を守ることです。屋敷の警備、街の巡回。有事の際にはいち早く駆けつけ、災害救助や取り締まりなどを行います」
だから「単純に気になって」という彼女へ、懇切丁寧に説明して聞かせたのだ。
血と汗の滲む私たちの日常を、震えそうになる語気を抑えながら。
「あとは……モンスター退治、とか?」
でも、その言葉を聞いたらもうダメだった。
知ってて訊いたの?
何も知らない箱入り娘のふりをして、私を弄ぼうっていうの?
「そうですね。民を悩ませる悪質なモンスター討伐のために、遠征任務へ赴くこともございます」
だけどあなたは知らないんでしょう。誰がどんな思いで、剣を振るってきたのかを。
「……これは、一介の騎士の独り言なのですが」
身体の奥底で燻っていた熱を煽った代償は、重い。
「人々が悲しみや不安を抱く。ゆえに、そうした負の感情を好物とする悪しきモンスターが跋扈する」
何十体のモンスターを葬ったか、もう覚えちゃいない。
マザーの聖なる力をもってすれば、充分に防ぎ得ること──
あなたがちゃんとマザーの役目を果たしていれば、私だってこんなことをせずに済んだのに。
「もっと視野を、世界を広げるべきだ」
どうせあなたは、自分の平穏な日常の裏で誰が泣いているのか、知らないんでしょう。
……誰かの『悲しみ』や『不安』を垣間見るのは、もうたくさん。
そっか、とちいさくつぶやいたマザー・セントへレムの、私より小柄な彼女のうつむいた表情をうかがうことは、できなかった。
打ちひしがれればいい。非力なあなたには、どうせ何もできやしないんだから。
そんな恨みがましいことを腹の底で渦巻かせる自分自身にも、嫌気が差した。
リアン姉様に言われた通り、ヴィオ姉様のもとへ送り届ける。
私とマザー・セントへレムの繋がりは、そこで切れるはずだった。なのに。
「あの! ありがとう!」
マザー・セントへレムが、お礼を言っている。
誰に? ヴィオ姉様じゃない。
……私に。
「お話できて、よかった!」
話って? モネに「ヴィオ姉様譲りの堅物」だとか言われている私が、どんな話をしたっていうの?
見苦しい皮肉しか吐いていない私に……どうしてあなたは、そんなにも笑顔を弾けさせるの?
「上手いことは言えないんだけど、あたしも、あたしにできることで頑張ろうって思った。だから、ありがとう!」
みんなあたしを甘やかしすぎるからさ──背中、押してもらったよ。
へにゃりと下がった眉。飾りけのない笑みを前にして、ばちりと星が弾けた。
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