社則でモブ専ですが、束縛魔教主手懐けました〜悪役武侠女傑繚乱奇譚〜

はーこ

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第二章『瑞花繚乱編』

第九十七話 射陽【中】

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(翠桃がふるまわれる宴の席に参加できる神は、ごく限られている。それで、木のほうを狙ったわけか)

 愛する妹に近づけるのも不愉快だと、晴風チンフォン黒慧ヘイフゥイ静燕ジンイェンへあずけ、さらに金王母こんおうぼたちの視界をさえぎるように立ちふさがる。
 仁王立ちで見下ろす晴風を、ニタァ……と不気味な笑みが見上げた。

「腹へった、腹へった、くれぇ、食い物くれぇ!」
「なんだこいつ……涎たらしやがって気色悪い。餓鬼かよ」
「そのとおり、餓鬼ですわね」
「はっ……」

 晴風の言葉は、事実として金王母に肯定された。あっけなく。

「悪鬼のたぐい。怪物。餓鬼は水辺にあつまります。喉の渇きを潤すためです」
「水辺……」
「翠桃を狙ったのも納得できます。喉の渇きだけでなく、空腹も満たせますもの。こんな者の侵入をゆるすなんて……石碑の結界をゆるめていたつもりはありませぬが、なんと口惜しや」
「この餓鬼は、お招きした神仙の方を喰らい、その霊気をまとっておりました……王母おばあさまのせいではありませんわ」
「なんてこった……」

 仙を喰い殺した。そんな餓鬼と、黒慧は闘ったのだ。最悪殺されていてもおかしくはなかった。

「地獄に送り返してやる」
「ンヒヒッ! カラス、カラス、カラス!」
「うるせぇ! 静かにし──」
「カラスが焼ける、丸焼き、丸焼き、あァ美味そうだなァ! キヒヒヒッ!」

 ……こいつは、先ほどからなにを言っている?
 黒慧は幼子のすがたをしているから、餓鬼のいう『カラス』には該当しない。

「そういえば、ファンあにうえは、どこですか? ジュンあにうえたちも……」

 静燕に抱かれ、こわごわと問う黒慧を目にしたとたん、晴風の思考は冴えわたった。

黒皇ヘイファンだけじゃなく、俊坊ジュンぼうたちもいないのか?」
「えぇ、どこにもいないわ。……すくなくとも、この金玲山こんれいざんには」

 力なくかぶりを振る静燕。
 晴風の予想し得る最悪の状況が、現実となった瞬間だった。

「あにうえ……っ!」
「黒慧ちゃん!」
「っ、待て慧坊!」

 一瞬だった。静燕の腕から抜けだした黒慧が、背から濡れ羽色の翼を生やし、飛び立つ。
 伸ばした晴風の右手は、虚空を掻いた。

「カラス! カラスがまた一匹丸焦げになるぞォ! ヒャッハー!」
「──お黙りなさい」

 ヒギィ、とつぶれた蛙のようなうめき声をひびかせ、餓鬼の首が飛ぶ。
 ふき上がる血飛沫。とっさに静燕をかばった晴風の目に、剣をふり払う金王母の冷たい新緑のまなざしが映る。

「だめだ、ばあちゃん……慧坊を行かせたら」
小風シャオフォン
「止めねぇと……連れ戻さねぇと、黒皇たちを!」
「小風」

 金王母は晴風をふり返りはしない。
 新緑の瞳で、遠ざかる幼子の背を見つめるだけ。

わたくしたちにできることは、もう、なにもありません。これもまた必然。そうあって然るべき、さだめなのです」
「ばあちゃんッ!!」

 行かせちゃだめだ、そんなことをしたら。
 晴風の悲痛な訴えが、つむがれることはない。

「よいですか、小風。小鳥シャオニャオたちは妾のお使いに行きました。今日のことは、
「ばあちゃ──」

 金王母の華奢な手のひらがひたいにふれた刹那、かくりと意識をうしなう晴風。
 脱力する兄を抱きしめ、静燕は深々と頭を垂れる。

「……ありがとうございます、王母さま」
「そなたにも、辛い思いをさせますね、小燕シャオイェン
「いいのです。やさしい兄さんがじぶんを責めるくらいなら、私はどんなことでも耐えられます」

 にじむ静燕の視界では、たしかなことはわからなかったものの。

「天帝にお仕えして永いですが、ひとつだけ申し上げたいことがあるとすれば……くそったれ、ですわね」

 蒼天を見やった新緑の瞳からこぼれたのは、ひとすじの雫だったろうか。


  *  *  *


「兄上、皇兄上!」

 がむしゃらに黒慧をさがしまわる黒皇の腕をつかんだのは、見慣れた顔だった。

「……黒嵐ヘイラン? 黒雲ヘイユンも」
「へへ、来ちゃいました! おれたちだけじゃないですよ。ドン兄上、ルン兄上、シン兄上もいます」
「みんなでやったほうが、早いでしょ? いっしょに小慧シャオフゥイをさがしましょう」

 屈託のない笑顔を浮かべる双子の弟を前にし、黒皇は言葉をうしなう。
 遅れて腹の底から湧き上がる感情は……怒りだ。

「皇兄上? どうし……」
「──なぜここに来たッ!!」

 はじめて目にする、黒皇の激昂だった。
 うろたえる黒嵐と黒雲は、兄の怒りのわけが理解できない。

「なにをしている、ランユン!」

 上空から黒皇同様に鬼のような形相でやってきたのは、黒俊だ。

「皇兄上がおもどりになるまで、待っていろと言っただろう!」
「でも、小慧がいなくなったのに、じっとしてられないだろ!?」
「だからって……じぶんがなにをしているのかわからないのか!? わたしたち兄弟は、んだぞ!!」
「そんなに怒らなくても……!」
「黙れ! 黒文ヘイウォン黒春ヘイチュン! ドンたちをさがしてくれ! はやく連れ戻すんだ!」
「あぁ、わかった!」
「皇兄上をたのむぞ、黒俊!」

 兄弟のなかでも成熟した肉体をもつ三つ子が、力強く羽ばたいて散る。そのときだった。
 蒼穹に渦巻く気流が、引き裂かれる。

「危ないっ、雲っ!」

 身をひるがえした黒春が、混乱真っ只中にいる黒雲を突き飛ばした直後、その翼から鮮血をまき散らす。
 振りかかる兄の血に、黒雲は硬直する。

「なっ……チュンあに、うえ……?」
「ぼーっとするな、嵐!」

 黒文の叱咤が響きわたる。

「うぐぁっ……!」

 黒嵐へ体当たりを食らわせた黒文もまた、翼からおびただしい血飛沫を上げながら、真っ逆さまに墜落してゆく。
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