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第三章『焔魔仙教編』
第百七十六話 言葉にできない感情【後】
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(蒼く燃える剣気……剣罡だと!)
剣罡とは、体内の気を練り合わせることよってかたちづくられた剣をさす。
内功を自在にあやつる卓越した実力が必要不可欠であり、剣罡の使い手とはすなわち、武功の達人であることの証。
剣罡は使用者の内功を反映する。
街でいちど目にしたが、憂炎の内功は蒼い炎功だ。
早梅が止めに入らなければ、燃える剣に、首を掻き切られていたかもしれない。
「ちがうから……その子の父親は、彼じゃない!」
「……はぁ、なるほど。よくよく考えてみればそうですよね。理解しました。胸糞悪いことに変わりはありませんけど」
早梅の訴えを受け、眉間をおさえた憂炎が嘆息。
「失礼いたしました、殿下。わたしの早とちりだったみたいで」
「早とちりで殺されそうになった私の身を思えば、そう悪びれもなく上辺だけの謝罪はできぬはずだがな。そして、私は名乗っていないはずだが?」
「おや、これはおみそれしました。かさねてお詫び申し上げます」
暗珠が皇子であることに動じず、追及に難なく返すさまは、知っていた者の口ぶりだ。
「まぁま! うぁあ、まぁま、まぁま~!」
「小蓮! お母さんだよ、そばにいてあげられなくてごめんねぇ……!」
「んん、んうう……」
あれだけ泣きわめいていた赤ん坊が、早梅に抱き上げられたとたん、暴れるのをやめる。
ひとしきりあやし、泣き疲れた赤ん坊が寝入ると、室内はふたたび静けさに包まれる。
あとには、ばつが悪そうな早梅のすがたが残された。
「梅雪、念のため確認しますけど、その子は」
「私の息子だ」
「そのへんから拾ってきたとかじゃないですよね」
「私が生んだ」
「うん、まぁ、でしょうねぇ……最悪だ」
「息、子……生んだ、だって……どういうことだ!?」
「ああもう、わからないひとですね」
めまぐるしくくり広げられる光景に、混乱極まれり。
うろたえる暗珠を、憂炎が苛立たしげに一刀両断する。
「いいですか、あの子からは、梅雪ともうひとり、あなたとよく似たにおいがします。だからあなたに斬りかかったんです。でもちがった。父親はあなたじゃない。わたしがなにを言いたいか、さすがにわかりますよね?」
「っ……待て……そんな、はずは」
「えぇそうです。あの子の父親は皇帝陛下。もっとわかりやすく言いましょうか? あなたの父親が、梅雪に乱暴をして生ませた。それがあの赤ん坊であり、あなたの弟なんですよ」
「うそだ、そんなはずはない! うそだと言ってくれ、梅雪……!」
「……憂炎の言っていることは事実です、殿下。この子の父親は、羅飛龍今上陛下です」
「なっ……そん、な」
なにを、言っているのだろうか。
最愛の女性を、尊敬する父が犯したなど。
そのようなことが、あってはならないのに。
「誤解のないよう申し上げますが、蓮虎を生んだのは私の意思。後悔はしておりません。そして陛下への私怨に、この子は一切関わりがありません」
早梅の言葉が、どこか遠くにきこえる。
茫然自失へおちいったさなか、とん、と肩を叩かれる感触。
「おまえは物事の側面が見えてない。俺の言った意味が、わかるな?」
晴風の瑠璃の双眸が、静かに、暗珠の動揺を見透かす。
「……ちち、うぇっ……!」
悲痛な声とともに腹の底からこみ上げる感情がなんなのか、暗珠には理解できなかった。
剣罡とは、体内の気を練り合わせることよってかたちづくられた剣をさす。
内功を自在にあやつる卓越した実力が必要不可欠であり、剣罡の使い手とはすなわち、武功の達人であることの証。
剣罡は使用者の内功を反映する。
街でいちど目にしたが、憂炎の内功は蒼い炎功だ。
早梅が止めに入らなければ、燃える剣に、首を掻き切られていたかもしれない。
「ちがうから……その子の父親は、彼じゃない!」
「……はぁ、なるほど。よくよく考えてみればそうですよね。理解しました。胸糞悪いことに変わりはありませんけど」
早梅の訴えを受け、眉間をおさえた憂炎が嘆息。
「失礼いたしました、殿下。わたしの早とちりだったみたいで」
「早とちりで殺されそうになった私の身を思えば、そう悪びれもなく上辺だけの謝罪はできぬはずだがな。そして、私は名乗っていないはずだが?」
「おや、これはおみそれしました。かさねてお詫び申し上げます」
暗珠が皇子であることに動じず、追及に難なく返すさまは、知っていた者の口ぶりだ。
「まぁま! うぁあ、まぁま、まぁま~!」
「小蓮! お母さんだよ、そばにいてあげられなくてごめんねぇ……!」
「んん、んうう……」
あれだけ泣きわめいていた赤ん坊が、早梅に抱き上げられたとたん、暴れるのをやめる。
ひとしきりあやし、泣き疲れた赤ん坊が寝入ると、室内はふたたび静けさに包まれる。
あとには、ばつが悪そうな早梅のすがたが残された。
「梅雪、念のため確認しますけど、その子は」
「私の息子だ」
「そのへんから拾ってきたとかじゃないですよね」
「私が生んだ」
「うん、まぁ、でしょうねぇ……最悪だ」
「息、子……生んだ、だって……どういうことだ!?」
「ああもう、わからないひとですね」
めまぐるしくくり広げられる光景に、混乱極まれり。
うろたえる暗珠を、憂炎が苛立たしげに一刀両断する。
「いいですか、あの子からは、梅雪ともうひとり、あなたとよく似たにおいがします。だからあなたに斬りかかったんです。でもちがった。父親はあなたじゃない。わたしがなにを言いたいか、さすがにわかりますよね?」
「っ……待て……そんな、はずは」
「えぇそうです。あの子の父親は皇帝陛下。もっとわかりやすく言いましょうか? あなたの父親が、梅雪に乱暴をして生ませた。それがあの赤ん坊であり、あなたの弟なんですよ」
「うそだ、そんなはずはない! うそだと言ってくれ、梅雪……!」
「……憂炎の言っていることは事実です、殿下。この子の父親は、羅飛龍今上陛下です」
「なっ……そん、な」
なにを、言っているのだろうか。
最愛の女性を、尊敬する父が犯したなど。
そのようなことが、あってはならないのに。
「誤解のないよう申し上げますが、蓮虎を生んだのは私の意思。後悔はしておりません。そして陛下への私怨に、この子は一切関わりがありません」
早梅の言葉が、どこか遠くにきこえる。
茫然自失へおちいったさなか、とん、と肩を叩かれる感触。
「おまえは物事の側面が見えてない。俺の言った意味が、わかるな?」
晴風の瑠璃の双眸が、静かに、暗珠の動揺を見透かす。
「……ちち、うぇっ……!」
悲痛な声とともに腹の底からこみ上げる感情がなんなのか、暗珠には理解できなかった。
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