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第三章『焔魔仙教編』
第百八十八話 夜明け【後】
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「んっ……ん」
丁寧に血を舐めとった憂炎は、最後に早梅の首すじを吸い上げ、唇をはなす。そして赤く咲いた華を目にして、うっそりと笑んだ。
「はい、上書きできた。ねぇ……口づけもしようか? いい気分になって、よく眠れるよ」
「だめだよ……憂炎」
「えぇ、ここにきておあずけ? 生殺しじゃないかなぁ」
「あっ、やっ……!」
「ふふ、からだは素直に反応してるのにね。かわいい」
ちゅ、ちゅ、と耳に口づけられたかと思えば、かり、と甘噛みをされる。声を押し殺せなかったじぶんが恨めしい。
「でも、嫌われたくはないからね。梅雪がいいって言うまで、この先はしないからね」
翻弄されている一方で、どこか安心感がある。
思わず身をゆだねてしまいそうになるのは、『この子は乱暴をしない』と、信じているからなのだろう。
盲目的ともいえる重い愛。けれど飛龍のそれとは、まるでちがう。
「ゆう、えん……っ!」
「おっと!」
なんだか無性にほっとして、しがみつく。
憂炎は抱きとめてくれた。
「悪いやつにやなことされたんだね。俺が見張っててあげるよ。そばにいるから、大丈夫、大丈夫……」
この子の前で弱音を吐くのは一度きりだと決めたくせに泣いてしまう情けないじぶんを、すべて包み込んでくれる、たのもしい腕だった。
いつの間に、この子は立派な男のひとになっていたんだろう。
よしよしと頭をなでられて、余計に泣けてくる。彼という存在にとっくの昔にほだされているのだから、すこしくらい、いいだろう。
「ちょーっと目をはなしたすきに、でかいわんこが増えてやがるんだが!?」
「あっ、おじゃましてますー、おじいさま」
「じゃれんのもそこまでだ。梅梅はこれからお着替えすっからな、はい出てった出てった!」
ちょうど水桶と手ぬぐいをかかえた晴風がもどり、憂炎におどろきつつもヒラヒラと手をふって軽くあしらう。
憂炎も憂炎で晴風が仙人である事実をすんなり受け入れた肝のすわりようなので、動じない。
「いいこにしてますから、そばにいちゃだめですか?」
「いいこならそもそも空気を読んで出てくもんだよ!」
「えー、わたし、梅雪といっしょにお風呂とか、寝たことありますよー?」
「それはちびっこのときの話だろが!」
「ふふっ……」
晴風と憂炎のやりとりを見ていると、気が抜けて、笑ってしまった。
「ふたりとも、ありがとう。モヤモヤした気分でしたけど、すっきりしました」
「食べちゃいたいくらいに、愛らしいえがおですね……」
「おいそれは聞き捨てならねぇなぁ!」
もはや本音をかくしもしない憂炎のつぶやきに、すかさず晴風のツッコミが入る。
平和な日常の風景に、早梅もこわばりがほどかれるようだった。
「──梅雪!」
そんな和やかなひとときが、一瞬にして様変わりする。
ぎょっとしたのは、寝室の入り口にたたずんでいた晴風だ。
「お、おう……なんだ、おまえさんか。そんなに慌ててどうしたよ? 桃桃」
「……お父さま?」
そんなはずはと疑問に思えども、寝室へ足を踏み入れたのは、たしかに桃英である。
──早家当主は、そなたに『すべて』を明かしてはいないようだな。
ふいによみがえる言葉があり、思わず手足が緊張する。
ききたいことはあれども、深刻な桃英の面持ちを前にして、言葉がでてこない。
「桜雨が……」
桃英は告げる。瑠璃の瞳をゆらめかせ、声をふるわせながら。
「桜雨が、目を覚ました……!」
いつの間にか空は白み、夜明けがおとずれていた。
丁寧に血を舐めとった憂炎は、最後に早梅の首すじを吸い上げ、唇をはなす。そして赤く咲いた華を目にして、うっそりと笑んだ。
「はい、上書きできた。ねぇ……口づけもしようか? いい気分になって、よく眠れるよ」
「だめだよ……憂炎」
「えぇ、ここにきておあずけ? 生殺しじゃないかなぁ」
「あっ、やっ……!」
「ふふ、からだは素直に反応してるのにね。かわいい」
ちゅ、ちゅ、と耳に口づけられたかと思えば、かり、と甘噛みをされる。声を押し殺せなかったじぶんが恨めしい。
「でも、嫌われたくはないからね。梅雪がいいって言うまで、この先はしないからね」
翻弄されている一方で、どこか安心感がある。
思わず身をゆだねてしまいそうになるのは、『この子は乱暴をしない』と、信じているからなのだろう。
盲目的ともいえる重い愛。けれど飛龍のそれとは、まるでちがう。
「ゆう、えん……っ!」
「おっと!」
なんだか無性にほっとして、しがみつく。
憂炎は抱きとめてくれた。
「悪いやつにやなことされたんだね。俺が見張っててあげるよ。そばにいるから、大丈夫、大丈夫……」
この子の前で弱音を吐くのは一度きりだと決めたくせに泣いてしまう情けないじぶんを、すべて包み込んでくれる、たのもしい腕だった。
いつの間に、この子は立派な男のひとになっていたんだろう。
よしよしと頭をなでられて、余計に泣けてくる。彼という存在にとっくの昔にほだされているのだから、すこしくらい、いいだろう。
「ちょーっと目をはなしたすきに、でかいわんこが増えてやがるんだが!?」
「あっ、おじゃましてますー、おじいさま」
「じゃれんのもそこまでだ。梅梅はこれからお着替えすっからな、はい出てった出てった!」
ちょうど水桶と手ぬぐいをかかえた晴風がもどり、憂炎におどろきつつもヒラヒラと手をふって軽くあしらう。
憂炎も憂炎で晴風が仙人である事実をすんなり受け入れた肝のすわりようなので、動じない。
「いいこにしてますから、そばにいちゃだめですか?」
「いいこならそもそも空気を読んで出てくもんだよ!」
「えー、わたし、梅雪といっしょにお風呂とか、寝たことありますよー?」
「それはちびっこのときの話だろが!」
「ふふっ……」
晴風と憂炎のやりとりを見ていると、気が抜けて、笑ってしまった。
「ふたりとも、ありがとう。モヤモヤした気分でしたけど、すっきりしました」
「食べちゃいたいくらいに、愛らしいえがおですね……」
「おいそれは聞き捨てならねぇなぁ!」
もはや本音をかくしもしない憂炎のつぶやきに、すかさず晴風のツッコミが入る。
平和な日常の風景に、早梅もこわばりがほどかれるようだった。
「──梅雪!」
そんな和やかなひとときが、一瞬にして様変わりする。
ぎょっとしたのは、寝室の入り口にたたずんでいた晴風だ。
「お、おう……なんだ、おまえさんか。そんなに慌ててどうしたよ? 桃桃」
「……お父さま?」
そんなはずはと疑問に思えども、寝室へ足を踏み入れたのは、たしかに桃英である。
──早家当主は、そなたに『すべて』を明かしてはいないようだな。
ふいによみがえる言葉があり、思わず手足が緊張する。
ききたいことはあれども、深刻な桃英の面持ちを前にして、言葉がでてこない。
「桜雨が……」
桃英は告げる。瑠璃の瞳をゆらめかせ、声をふるわせながら。
「桜雨が、目を覚ました……!」
いつの間にか空は白み、夜明けがおとずれていた。
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