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*8* えがお咲く
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「ごめんなさい。変なことを言いました」
「いえいえ。よくわからない病気になったら、みんな不安になりますって。独りで溜め込んで爆発しちゃうより、どんどんぶちまけてくださいね。わたし、こう見えて頑丈なので、どーんと来い!」
堂々と胸を叩く少女が、小柄なのに頼もしすぎる。色々悩んでいるのが、馬鹿みたいだ。
「……あぁ、ありがとう」
胸の中まで、太陽が顔を出したよう。ほんわり、ぽかぽか、あったかい。
「……はわわ」
「どうか、したんですか?」
「ちょっと、思った以上に、尊みがすごくて」
「とうとみ……?」
振り返っても、木漏れ陽のカーテンがさやさや揺れるだけ。
ほかにひとけのない山道で、なにかしたとすれば俺なんだろうけど、心当たりがない。
いや、さっきちょっと口調を砕いてしまって、馴れ馴れしかったかな、とは思う。
けどそれが、両手をこすり合わせて「ありがたや……」と拝まれることには、つながらないだろう。
「はー……尊い」
「プゥ」
「だよね、そう思うよね! ……って」
「プフゥ!」
ひとけはない。ひとけはなかったが。
青い若葉の上を、てけてけ、と進む焦げ茶色のちいさな毛玉が、視界に映る。
「ぷーすけー!」
足元から拾い上げた毛玉を、頭上高くに掲げて、ご機嫌な高い高い。
そうして、はとこさんがぎゅっと抱きしめたのは、ちいさな丸耳に、短い四つ足、ぺたりと平べったい鼻を持った……
「……いのしし?」
「赤ちゃんなので、うり坊ですね」
「うりぼう」
「なつかれちゃったみたいで、よくうちに遊びに来るんです」
何故に、うり坊。
素朴な疑問を抱いていたら、まじまじと見つめすぎていたんだろう。ふにゃりと破顔したはとこさんと、ぱちり、目が合う。あ、これは。
「だっこしてみます?」
「いや……思ったより、ちいさいし」
「ぬいぐるみみたいで、かわいいですよねぇ」
「うっかり、潰れたりとか……」
「しないです、しないです! いいこなので、暴れたりもしません!ほら、ふわふわ、もふもふ~」
「うわっ……!」
ぽふりとなにかが胸に当たったかと思えば、ぷふぅ、とくぐもった鳴き声。
「まずい、鼻が、呼吸が、死んじゃったり……」
「プヒィッ!」
「……してない。よかった……」
慌てて抱き直し、元気よく足をばたつかせて返事をするうり坊に、心底ほっとした。本当にほっとした。
そんな俺の隣で、からころと、硝子の音色がふるえている。
「ふふっ、お兄さん、びっくりしすぎです」
「うり坊とか見たり、だっこするのなんて、はじめてだから……赤ちゃんって、ふにゃふにゃしてて、か弱いイメージだし……」
「ふにゃふにゃしてます?」
「……ふわふわ、してます」
「かわいくないですか!?」
「……かわいい、かも」
「プフゥ~」
大きさは、子犬と同じか、少しちいさいくらい。
だっこしたはいいものの、固まる俺に、「背中に縞もようがあるでしょ? それが縞瓜に似てるから、うり坊って言うんですよ」とはとこさんが教えてくれた。
「ぷーぷー鳴くので、ぷーすけなんです!」とも。そうなんだ。オスなんだ。それはさておき。
「よしよし、これでお兄さんも、ぷーすけと仲良しさんですね。それじゃあお兄さんを、お散歩中のぷーすけお世話係に、任命します!」
「あっ……はい」
任命されてしまった。つい勢いでうなずいてしまったけど、どうしよう……赤ちゃんって、とりあえず揺らせばいいんだろうか。ゆりかごの要領で。
あたふたしながら、ゆらり、ゆらり。
おっかなびっくりしているうちに、ぷーすけがつぶらな瞳を細めて腕の中で丸まったから、悪くはない……と思う。
「ごめんな。子守り歌は、歌ってあげられないけど」
無意識のうちにつぶやいて、ハッと我に返る。きょとんと、はとこさんに見つめられていたから。変なことを口走っている奴だと思われただろうか。
「やばい、あふれんばかりの尊みが。これは推せる……」
と思ったら、違ったらしい。……まただ。脈絡のない単語と共に拝み倒される光景は、流石に見覚えが。
「あの、尊いとか、推せるとか、さっきからなんのことを言って……?」
「えがおです!」
「えがお?」
「そう、笑顔! ふとしたときにお兄さんが笑ったところ、すごく素敵だから!」
「……すみません、俺が悪かったです」
「すっごく素敵で、綺麗なんですよ! そりゃあもう、お花がふわって咲いたみたいに!」
「……すみません、ほんとにもう、その辺で……」
それこそ花のように可愛らしいお嬢さんから褒めそやされるなんて、一種の苦行じゃないか。
俺なんかより、きみのほうがずっと素敵です。
そんなこと、太陽の笑顔を前に、面と向かって言える余裕なんかない。
なす術もなく、ぷーすけを盾にささやかな影へ隠れる俺は、悪いやつだ。……悪いやつ、なのに。
「えがお、わらう……えみ……そういえば、お花が咲くって〝咲む〟とも書けるって、ミヤ姉が言ってたなぁ」
「……はとこさん?」
「そうだ! 呼び方がこのままなのもアレですし、お兄さんさえよければ、〝えみさん〟って呼んでもいいですか? お花が咲いたみたいに素敵な笑顔の、〝咲さん〟!」
突然の展開。一瞬、なんのことを言われたのか、わからなかった。
「いえいえ。よくわからない病気になったら、みんな不安になりますって。独りで溜め込んで爆発しちゃうより、どんどんぶちまけてくださいね。わたし、こう見えて頑丈なので、どーんと来い!」
堂々と胸を叩く少女が、小柄なのに頼もしすぎる。色々悩んでいるのが、馬鹿みたいだ。
「……あぁ、ありがとう」
胸の中まで、太陽が顔を出したよう。ほんわり、ぽかぽか、あったかい。
「……はわわ」
「どうか、したんですか?」
「ちょっと、思った以上に、尊みがすごくて」
「とうとみ……?」
振り返っても、木漏れ陽のカーテンがさやさや揺れるだけ。
ほかにひとけのない山道で、なにかしたとすれば俺なんだろうけど、心当たりがない。
いや、さっきちょっと口調を砕いてしまって、馴れ馴れしかったかな、とは思う。
けどそれが、両手をこすり合わせて「ありがたや……」と拝まれることには、つながらないだろう。
「はー……尊い」
「プゥ」
「だよね、そう思うよね! ……って」
「プフゥ!」
ひとけはない。ひとけはなかったが。
青い若葉の上を、てけてけ、と進む焦げ茶色のちいさな毛玉が、視界に映る。
「ぷーすけー!」
足元から拾い上げた毛玉を、頭上高くに掲げて、ご機嫌な高い高い。
そうして、はとこさんがぎゅっと抱きしめたのは、ちいさな丸耳に、短い四つ足、ぺたりと平べったい鼻を持った……
「……いのしし?」
「赤ちゃんなので、うり坊ですね」
「うりぼう」
「なつかれちゃったみたいで、よくうちに遊びに来るんです」
何故に、うり坊。
素朴な疑問を抱いていたら、まじまじと見つめすぎていたんだろう。ふにゃりと破顔したはとこさんと、ぱちり、目が合う。あ、これは。
「だっこしてみます?」
「いや……思ったより、ちいさいし」
「ぬいぐるみみたいで、かわいいですよねぇ」
「うっかり、潰れたりとか……」
「しないです、しないです! いいこなので、暴れたりもしません!ほら、ふわふわ、もふもふ~」
「うわっ……!」
ぽふりとなにかが胸に当たったかと思えば、ぷふぅ、とくぐもった鳴き声。
「まずい、鼻が、呼吸が、死んじゃったり……」
「プヒィッ!」
「……してない。よかった……」
慌てて抱き直し、元気よく足をばたつかせて返事をするうり坊に、心底ほっとした。本当にほっとした。
そんな俺の隣で、からころと、硝子の音色がふるえている。
「ふふっ、お兄さん、びっくりしすぎです」
「うり坊とか見たり、だっこするのなんて、はじめてだから……赤ちゃんって、ふにゃふにゃしてて、か弱いイメージだし……」
「ふにゃふにゃしてます?」
「……ふわふわ、してます」
「かわいくないですか!?」
「……かわいい、かも」
「プフゥ~」
大きさは、子犬と同じか、少しちいさいくらい。
だっこしたはいいものの、固まる俺に、「背中に縞もようがあるでしょ? それが縞瓜に似てるから、うり坊って言うんですよ」とはとこさんが教えてくれた。
「ぷーぷー鳴くので、ぷーすけなんです!」とも。そうなんだ。オスなんだ。それはさておき。
「よしよし、これでお兄さんも、ぷーすけと仲良しさんですね。それじゃあお兄さんを、お散歩中のぷーすけお世話係に、任命します!」
「あっ……はい」
任命されてしまった。つい勢いでうなずいてしまったけど、どうしよう……赤ちゃんって、とりあえず揺らせばいいんだろうか。ゆりかごの要領で。
あたふたしながら、ゆらり、ゆらり。
おっかなびっくりしているうちに、ぷーすけがつぶらな瞳を細めて腕の中で丸まったから、悪くはない……と思う。
「ごめんな。子守り歌は、歌ってあげられないけど」
無意識のうちにつぶやいて、ハッと我に返る。きょとんと、はとこさんに見つめられていたから。変なことを口走っている奴だと思われただろうか。
「やばい、あふれんばかりの尊みが。これは推せる……」
と思ったら、違ったらしい。……まただ。脈絡のない単語と共に拝み倒される光景は、流石に見覚えが。
「あの、尊いとか、推せるとか、さっきからなんのことを言って……?」
「えがおです!」
「えがお?」
「そう、笑顔! ふとしたときにお兄さんが笑ったところ、すごく素敵だから!」
「……すみません、俺が悪かったです」
「すっごく素敵で、綺麗なんですよ! そりゃあもう、お花がふわって咲いたみたいに!」
「……すみません、ほんとにもう、その辺で……」
それこそ花のように可愛らしいお嬢さんから褒めそやされるなんて、一種の苦行じゃないか。
俺なんかより、きみのほうがずっと素敵です。
そんなこと、太陽の笑顔を前に、面と向かって言える余裕なんかない。
なす術もなく、ぷーすけを盾にささやかな影へ隠れる俺は、悪いやつだ。……悪いやつ、なのに。
「えがお、わらう……えみ……そういえば、お花が咲くって〝咲む〟とも書けるって、ミヤ姉が言ってたなぁ」
「……はとこさん?」
「そうだ! 呼び方がこのままなのもアレですし、お兄さんさえよければ、〝えみさん〟って呼んでもいいですか? お花が咲いたみたいに素敵な笑顔の、〝咲さん〟!」
突然の展開。一瞬、なんのことを言われたのか、わからなかった。
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