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本編

*69* 家族

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 テオバルト・カーリッド。

 ヴァンさんが話していた、『十数年前に家門を飛び出した従兄』が、お父さん? お父さんが、カーリッド侯爵家の嫡男だった……?

 気になることは、それだけじゃない。

(……見間違い、じゃないよね?)

 もういちど、記憶のなかの面影と、目の前のお父さんをかさねてみる。

 錯覚じゃない。神官服を身につけているかどうかという違いだけで、お父さんは──

「ヴァネッサ、君になにを説明しろと?」
「じぶんのひとり娘を捨てておいて、どの口が……ッ!」

 カッとマゼンタの瞳を見ひらいたヴァンさんが、お父さんの胸ぐらをつかんだ。

 でも、お父さんはうろたえない。葡萄酒色の瞳でまばたきをして、きょとんと首をかしげるだけだ。

「わからないな……君に、私たち親子のことは関係がないはずだが?」
「関係あるわよ! リオちゃんがあんたの娘なら、私とも血がつながってる……私にとっても家族ってことよ!」
「家族、か。君がそう思っていても、ほかの人間はどうだろうね」
「なんですって……!」
「ヴァネッサ。その答えは、君に対する家門の人間からの風当たりを思えば、わかるはずだろう?」

 唇を噛みしめるヴァンさん。

 追及の言葉が止むと、お父さんはおもむろに右腕を持ち上げ、胸ぐらをつかんでいたヴァンさんの手をそっと押しのけた。

 庭園に、痛いくらいの沈黙が流れる。

「リオ」
「っ……!」

 名前を呼ばれ、愛おしげに細められた赤い瞳を向けられたとき、わたしのからだは、反射的にこわばってしまう。

「突然の再会で驚いているんだろう? わかってるよ。大丈夫だから、パパのところにおいで、リオ」

 だけれども、伸ばされたお父さんの手がわたしにふれることは、なかった。


「──さわんないでくれる?」


 いまのいままで庭園にすがたがなかったはずの、あの子の声がひびいた。

 ハッと顔をあげれば、わたしを背にかばい、お父さんの右手首をつかんだノアが、そこに。

「……君はだれかな?」

 笑みをひそめたお父さんが、ネイビーのフードをすっぽりとかぶったノアを、さぐるように見つめている。

「父親だかなんだか知らないけど、リオにさわるな。……あんた、嫌な『におい』がするんだよ」

 ノアはお父さんの問いには答えない。嫌悪感を丸出しにして、つかんでいた手首を放るように離すだけだ。

「いっしょにいたくても、いられない家族だっているのに……じぶんから家族を捨てたあんたが、いまさら父親面をするな」

 重みのある言葉だった。

 それは、大好きなお父さんを亡くしたノアの言葉だからこそ。

「大神官さま」

 わたしを完全に覆いかくすように、エルがノアと肩をならべた。毅然とした態度で、お父さんと対峙している。

「卑しい僕に、あなたの高尚なお考えは理解できません。ですが、これだけはわかります。あなたの愛が、一方的なものでしかないということです」
「ほう……それで?」
「彼女のためを想うならば、お引き取りください」
「あらエルったら、やさしいわね。このクソ野郎は、まずぶん殴られてしかるべきじゃない?」

 あの朗らかなヴァンさんまで殺気立って、お父さんを睨みつけていた。

 三対一。どちらが不利かは、言うまでもないだろう。

「やれやれ……物騒なことだ」

 それでも、肩をすくめてみせるだけで、お父さんは取り乱さない。

「どうやら、私たちのあいだには誤解があるようだ」
「誤解……?」
「すべては、おまえを愛していたがゆえだった」
「っ……!」
「いますぐに、とは言わないが。ふたりで話す機会をくれないかい? リオ」

 話す? いまさら、なにを?

 あなたがわたしを『悪魔』だって遠ざけて、わたしが何年も独りぼっちですごしてきた事実は、どうしようもないのに?

 ……あぁもう。こうやって、卑屈になってしまうじぶんが、一番嫌だ。

「いつまでも立ち話もなんだし、私とお茶でもしましょう、テオ? ここのスウィートルームに案内してあげるわ」

 いい加減にしなさいよ、と。

 目の笑っていないヴァンさんが、お父さんの腕に腕をからませる。有無を言わせない凄みがあった。

 お父さんは眉をひそめ、するりとヴァンさんの腕をほどいて、淡々とひと言。

「案内していただこう。じゃあリオ、また」

 最後にそう言い残し、ヴァンさんに連れられたお父さんが遠ざかっていく。

 その背が完全に見えなくなったとたん、がくりとひざの力が抜けた。
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