【完結】たまゆらの花篝り

はーこ

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茜の蜜語㈢

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「真っ赤だ。穂花……かわいい」

 鼈甲の双眸は、完全に蕩けきっていた。
 手遅れとは、このことを言うのだ。
 未だかつて見たこともないほど破顔した青年の腕に抱き寄せられる。

 ただただ意味がわからない。混乱の極みだった。

「ま……ちく……なんで、いきなり」

 やっと絞り出した言葉は、黄昏の静けさにすら消え入りそうだ。

「いきなりじゃない。ずっと想ってた……気が遠くなるほど昔から」
「むか、し……?」
「あぁ。何度もおまえを失って、死に物狂いで探して……りんの果てに、漸く探し当てたんだ」

 真知はなにを言っているのか。まったく理解できない。

「好きだ……」

 どうして。

「愛してる……」

 何故なのだろう。
 居心地のよかった日々はどこに。
 熱っぽいまなざしを注がれるほど、凍えてしまうのは、どうして。

 発声法を忘れ去った穂花になにを思うたか。視線を伏せた青年は、強張る頬へふれてくる。

「愛してるんだ……俺の……ニ…………ト」

 聞き慣れない単語の全てを拾うことは叶わなかった。切実な言の葉は、もしや自分を喚んでいたのだろうか。
 けれど自分は葦原あしはら穂花だ。それ以外の何者でもない。

「……たし、はやく、かえらなきゃ」

 ほぼ無意識のうちに身をよじっていた。
 一刻も早くここを去らなければ。動悸にも似た警鐘がやかましく鳴り響く。

「厭だ、帰るな。帰らせない。俺といろ」
「ダメ、紅が怒っちゃう……」

 口走り、我に返る。
 誰だ、それは。続くはずの言葉は、ない。

「……あの神か」

 半音下がった声音が、言外に知らしめる。
 紅の存在も、神であることも、既知だと。

「なんで…… 」
「知ってる。おまえは知られたくないようだったから、視えないふりをしていたが、今朝のはさすがに腹が立ったな」

 反感をあらわにしながら、よりいっそう穂花を抱き込む真知。

「穂花、よく聞け。このままだとおまえは、あいつに殺されるぞ」
「なっ……」
「おまえの身体は、あいつの呪いに蝕まれてる。でも心配するな。俺が護ってやる。だから」
「紅は、そんなことしないっ!」

 ほぼ悲鳴の叫びであった。
 吹き下ろす静寂に、じわりと視界が滲む。

 反抗ばかりしていたけれど、紅のことは嫌いではなかった。いや、好きだった。
 家族を亡くした自分に誰よりも長く寄り添ってくれたのは、ほかでもない彼なのだ。

「おまえは、騙されてる」

 想い出は、即座に斬り捨てられる。あの頬笑みは偽りだと。
 信じた自分さえも、否定された瞬間。

「ちがう、紅は、やさしい……やだ……」
「穂花、待て」
「こんなの、まちくんじゃないよッ!!」
「穂花っ!」

 黒の艶髪を振り乱し、制止を振り切る。
 なにを信じればいいのか、もうわからない。
 無力な穂花にできることは、考えることを放棄し、がむしゃらに茜の校舎裏から逃げ出すことだけだった。
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